『Apple』よりFBIを支持するアメリカ社会の病理――スノーデン事件と9.11テロの影

20160326 21
銃乱射事件の容疑者が所有していたiPhoneの暗号解除を『アメリカ連邦捜査局(FBI)』が要求し、『Apple』が拒否している問題は、遂に法廷に持ち込まれた。死亡した容疑者夫婦は熱心なイスラム教徒だった。『Google』等の大手IT企業30社はAppleを支持するが、世論調査は逆にFBI支持が多数を占める。価値観が分裂するアメリカ社会を象徴する出来事だ。銃犯罪が多いアメリカでも、昨年12月にカリフォルニア州の福祉施設で起きた乱射事件ほど衝撃を与えたものは少ない。イスラム教に傾倒した容疑者が14人を殺害。FBIは背後関係を捜査する為、iPhoneに残されたデータの暗号解除をAppleに要請した。だが、Appleは拒否。ティム・クックCEO(右写真)は先月、顧客に向けたメッセージで理由をこう説明した。「我々は、暗号技術に依って顧客の個人情報を守っている。しかし、政府はiPhoneに“バックドア”(暗号を解除してデータを抜き取る裏口)のOSを作るよう求めている。これはとても危険なことだ。そんなOSを作れば、世界中の端末から情報を抜き取るマスターキーになってしまう。我々は民主主義への敬意と祖国愛を持って、政府に異議を唱える」。通常、スマホは暗号化されたパスワードでデータを守っている。仮に、FBIが可能性のあるパスワードを大量に入力する“総当たり攻撃”をかければ、いつか解除することができる。しかし、容疑者のiPhoneは、①パスワードを間違えると次の入力までの時間を長くする入力遅延機能②10回間違えると内部のデータを自動消去する機能――という2つの防御機能を備え、総当たり攻撃を不可能にしている。そこでFBIは、この防御機能を解除する為のバックドア用OSを別途作るよう要求しているのだ。FBIは「このOSはAppleが保有し、解除が必要なiPhoneが現れる度に裁判所からAppleに解除要請する形にすれば、プライバシー保護に影響は出ない筈だ」と主張し、Appleを「テロ捜査に非協力的な会社である」と攻撃している。一方のAppleは、バックドア用OSを作れば、FBIはこの先、何度も合法的に暗号解除の要請を繰り返し、テロ対策だけでなく、“国益”の名の下にメディアや市民の思想調査、果ては政敵のスキャンダル探し等に際限なく広がることを懸念する。

2013年に起きたスノーデン事件が、今回の伏線としてある。『アメリカ国家安全保障局(NSA)』で働いていたエドワード・スノーデン氏に依り、NSAが『PRISM』と呼ぶ極秘監視システムを使って、個人の電子メール・画像・利用記録等を極秘に収集していた事実が暴露された。インターネット情報の収集には、IT企業9社が協力していた。『Apple』『Google』『Facebook』『Microsoft』『Yahoo!』『YouTube』『Skype』『AOL』『Paltalk』である。電話盗聴には、通信大手の『ベライゾン・ワイヤレス』が手を貸した。暴露報道に慌てた9社は「PRISMなど知らない」と弁明していたが、後日、数社が事実を認めた。Facebookの場合、半年間で約1万件の提供要請があったという。9社の中で真っ先にNSAに協力したのがMicrosoft(2007年)で、NSAとの共同チームまで作っていた。最後に応じたのがApple(2012年)で、創業者のスティーブ・ジョブズが亡くなった翌年に、後継のティム・クックが協力に踏み切った。ユーザーからiPhoneの信頼性や安全性を疑われたAppleは、2014年以降は自社すら暗号を解除できないようにOSを改変し、諜報機関の要請には応じない姿勢に転じた。AppleとFBIの対立がエスカレートする中、先月に行われた世論調査(ピューリサーチセンター)では、過半数の51%がFBIの主張を支持し、Apple支持の38%を大きく上回った。18歳から65歳以上まで全ての年齢層で同じ傾向があり、年齢が高いほどAppleの支持率は低かった。民主主義やプライバシー保護を訴えるAppleに、世間は意外にも冷ややかだったのだ。9.11テロ以来、アメリカにはイスラムへの嫌悪や恐怖が積もっている。元々多民族の移民国家であり、自由・平等・個人の尊重・民族や宗教の多様性を目指してきたアメリカも、ここへ来て、普遍的な価値より“諜報国家”への志向を強めている。




大統領選挙にも、この問題は登場する。イスラム教徒排斥を主張するドナルド・トランプ氏は、「Appleが協力するまで製品をボイコットしよう」とツイッターで国民を煽っている。元々、大手IT企業のような多国籍のグローバル企業は、国家の枠の外へ出て行こうとする。Appleもアイルランドで桁外れの節税(※)を行っていることが知られており、アメリカ国民から愛されている企業とは言い難い。それでも、若しAppleが政府の要求を受け入れてバックドア用OSを作れば、誘惑に駆られるFBIやNSAはどんな使い方を始めるかわからない。事実、NSAの盗聴は独首相・仏大統領・国連事務総長・日本の内閣や官庁・ブラジル大統領等、海外の要人にも広く及んでいた。また戦後、FBIの初代長官だったジョン・エドガー・フーバーが知識人や政財界人に諜報活動を仕掛け、それで得た情報を用いて恐喝や迫害等の権力を振るった暗黒の歴史もあった。アメリカ国民が“テロ”に目を奪われる余り、スノーデン事件の延長上にある近未来を想像する余裕を失っているところに、現代アメリカの病理が見える。

(※)Appleは、世界で稼いだ利益の6割を税率2%のアイルランド法人に集め、税率35%のアメリカ本社には4割しか集めなかった。アメリカ上院は2013年、「44億ドル(2011年)の税金を取り零した」としてティム・クックCEOを公聴会に呼んで追及したが、同氏は「税負担が重いアメリカの税制こそ変えるべきだ」と平然と反論した。


木代泰之(きしろ・やすゆき) 経済・科学ジャーナリスト。1946年生まれ。東京大学工学部航空学科卒業後、『NEC』に入社。技術者として勤務した後、『朝日新聞社』へ。主に経済記者として財務省・経済産業省や、電力・石油・証券業界等を取材。現在は多様な業種の企業人や研究者らと組織する『イノベーション実践研究会』座長として、技術革新・経営刷新・政策展開について研究提言活動を続けている。著書に『自民党税制調査会』(東洋経済新報社)。共著として『500兆円の奢り』(朝日新聞社)等。


キャプチャ  2016年3月22日付掲載


スポンサーサイト

テーマ : ITニュース
ジャンル : ニュース

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR