【中外時評】 繰り返す熱狂と悲観――長期の視点で資源投資を

原油相場は一時、1バレル30ドルを下回り、2008年に記録した史上最高値の5分の1に下げた。中国に依る“爆食”が顕著になった2003年の水準だ。市場は落ち着きを取り戻しつつあるが、本格的な相場上昇は未だ描き難い。相場急落が油田等の開発投資に急ブレーキをかけたのは間違いない。アメリカの石油サービス大手『ベーカーフューズ』が纏めるアメリカの油田掘削リグ稼働数は、2014年のピークに比べ4分の1に減った。それでも、アメリカの原油生産量の減少は僅かだ。直近の生産量は日量約900万バレル(エネルギー省統計)と、シェールオイルの生産が拡大する前の2008年を400万バレルも上回る。シェール勢の粘り腰で、サウジアラビア等の中東産油国は想定外の持久戦に持ち込まれた。

市場は、サウジアラビアやロシア等といった有力産油国の協調減産に相場反転への期待を寄せる。だが、来月の会合が目指すのは、これ以上増産しない生産量の凍結。サウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源大臣は先月の講演で、「非効率で非経済的な生産者が退場すべきだ」と減産の可能性を切り捨てた。既視感のある風景だ。サウジアラビアは1985年の『石油輸出国機構(OPEC)』石油大臣会合で需給の調整役を放棄し、価格維持からシェア奪回に方針を大転換した。1970年代の相場高騰でノルウェー等の新勢力が台頭し、減産はOPECのシェア縮小を招くからだ。1986年に一時10ドルを下回った原油相場は、1990年にイラクがクウェートに侵攻した際の一時的な急騰を除き、1990年代末まで低迷を続けた。相場が急落した場面での生産削減は、財政赤字が膨らむ産油国にとって危険な賭けだ。仮に減産が奏功し、原油相場を押し上げることに成功しても、現状ではシェールオイルを勢い付かせる。結局は世界経済が力強く成長し、石油需要が拡大するのを待つしかない。2014年後半の相場急落から一貫して減産を否定するヌアイミ氏の発言の背景には、過去の教訓がある。




企業に価格ヘッジ手法を助言する『マーケットリスクアドバイザリー』(東京都新宿区)の新村直弘代表取締役は、「原油の需給が均衡し始めるのは来年以降で、本格的な相場上昇は、インドが人口ボーナス期に入る2020年代に入ってから」と予測する。その間は、相場急落が“負け組”を淘汰する市場メカニズムが働く。粘り腰を見せたシェール企業も追い詰められている。資源企業が拡大する『ストリーミング』と呼ばれる取引は、将来の生産分をお金に換える売り上げの先食いだ。ベネズエラやアゼルバイジャン等といった耐久力の弱い資源国は、危機的な状況にある。昨年9月には、スイスの資源大手『グレンコア』の株価急落が世界の株価を揺さぶった。資源大手や資源国の危機が金融市場に波及する事態に、警戒は怠れない。危機は往々にして市場の気の緩みを突く。

過去10年で資源権益の獲得に動いた日本企業にも逆風は強い。ただ、そこには新たな好機もある。資源市場の熱狂が続いた5年前までは考えられなかった優良権益が、市場に転がり出てくるからだ。『住友金属鉱山』は先月、アメリカの鉱山大手『フリーポートマクモラン』からモレンシー銅鉱山の権益13%(年間生産量で約6万2000トン)を10億ドルで追加取得すると発表した。会見に集まった記者の多くは不思議に思った筈だ。「何故、こんな環境で1000億円を超す資源投資に動くのか?」と。その答えも30年前にある。同社がモレンシー鉱山の権益を最初に取得したのは1986年2月。『住友商事』と共同で15%の権益を7500万ドルで手に入れた。当時の非鉄金属市場はドン底だった。1985年には『国際すず理事会』に依る相場買い支え資金が枯渇し、ロンドン金属取引所(LME)が取引停止に追い込まれる“すず危機”が起きた。住友鉱の中里佳明社長は、「アメリカの有力誌が“鉱山の死”を特集した」と悲観論が充満した時代を振り返る。同社が1986年に権益を買い取った時のLME銅相場は1トン1500ドル以下だ。銅相場は2011年に1万ドル台の史上最高値を記録し、現在は5000ドル前後にある。市場に向き合う経験が長い人ほど、相場の先行きは誰もわからないことを身に沁みて知っている。市場は熱狂と悲観を繰り返す。それに惑わされず、長期的な視点で将来に備えた投資が必要になる。資源を持たない日本は尚更だ。「30年前に権益取得を決めた先輩に感謝したい」――。中里社長に大型投資の決断させたのも、市場の教訓に違いない。 (論説委員 志田富雄)


≡日本経済新聞 2016年3月27日付掲載≡


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テーマ : 経済
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