【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(56) トランプ旋風の源流! 不機嫌な白人を囲い込むえげつない“南部戦略”の先人たち

アメリカ大統領選では、“南部戦略”という言葉がよく使われます。南部諸州の保守的な白人層――黒人等との融合を好まない“不機嫌な白人”たちを惹きつける為に、約半世紀に亘り共和党が用いてきた戦略です。今回の大統領選で、共和党の指名を争うドナルド・トランプやテッド・クルーズが反移民的な発言を繰り返しているのも、この流れの中にあります。ところが、「実は、その“雛形”は共和党ではなく、民主党が作ったものだ」…と言うと驚く人も多いでしょう。現在では、“共和党=ティーパーティーに代表される保守層”“民主党=史上初の黒人大統領を生んだリベラル層”というイメージがすっかり定着していますから。実は、共和党と民主党のこうした関係は、約50年前までは真逆でした。歴史を順に追ってみましよう。奴隷解放を訴え、1861年に就任した共和党のエイブラハム・リンカーン大統領は、南北戦争後の1865年に全米で奴隷制度廃止を実現しました。しかし、その反動で南部では黒人に対するリンチが横行し、白人至上主義団体『クー・クラックス・クラン(KKK)』もこの頃に誕生します。すると、元々奴隷廃止に反対していた民主党はKKKに接近し、差別的・保守的な白人の支持を獲得。民主王国となった南部諸州では、『ジム・クロウ法』という人種隔離政策が次々と立法化される等、黒人の人権に重きを置く共和党の政策に長年、抵抗し続けました。大きな転機は、第2次世界大戦後の1948年。民主党のハリー・トルーマン政権が黒人に選挙権を付与する“公民権政策”を打ち出すと、南部の白人党員らが反発し、民主党が分裂したのです。割って出た側の『州権民主党』は、「公民権運動の黒幕はソビエト連邦の共産主義だ」という陰謀論を煽動していきます。以来、公民権法は1960年代に成立するまで、一部の人々が冷静さを忘れて叫ぶ政治の“ホットボタン”であり続けました(近年の日本で言えば“原発”や“辺野古”みたいなものでしょうか)。南部白人の心に澱のように溜まった、公民権法を推進しようとする連邦政府への憤り、黒人への恐怖感――。それらが暴走し、南部諸州の知事選等では、人種差別を煽る候補が圧倒的な強さを発揮したのです。

そんな中、南部アラバマ州に1人の州知事が誕生します。“怒れる白人”ジョージ・ウォレス。彼は1962年の州知事選で『segregation(人種隔離政策)』を強く打ち出し、KKKの支持を取りつけて圧勝。就任演説で叫びました。「I say segregation now, segregation tomorrow, segregation forever.(今、人種隔離を! 明日も人種隔離を! 永遠に人種隔離を!)」。実は、ウォレスはその僅か4年前、1958年の州知事選初出馬の際には、『全米黒人地位向上協会(NACCP)』の支持を受け、リベラルな主張で選挙を戦いました。しかしこの時、人種差別を主張する候補に完敗し、彼は悟るのです。「南部で勝つには差別心を煽るしかない」――。彼は知事就任後も、公民権政策に舵を切る連邦政府に強く反対し続けます。例えば1963年、アラバマ大学に黒人学生の入学を認めるよう迫ったジョン・F・ケネディ政権を公然と批判し、自ら大学の門前に立ちはだかるパフォーマンスを敢行。1965年には、黒人たちの平和的なデモに対し、地元警察と州兵を重武装させて圧力をかけました(銃撃に依る死者も出たこの事件は『血の日曜日事件』と呼ばれています)。こうした“熱気”は次第に北部の白人にも波及し、“公民権運動と戦う勇敢な男”として全米的な人気を得たウォレスは、1968年の大統領選に州権民主党の流れを汲む『アメリカ独立党』から出馬。人種隔離政策の継続と連邦政府の介入排除を訴え、ヒトラーを彷彿とさせる彼の絶叫演説に、南部白人は「He speaks my language.(彼は“私の言葉”で喋っている)」と感動したといいます(今のトランプ支持者と同じです)。ウォレスは結局、共和党のリチャード・ニクソンに敗れたものの、地元アラバマ州を始め、アーカンソー州・ジョージア州・ミシシッピ州・ルイジアナ州でトップを取る党、南部で圧倒的な強さを見せつけました(今、行われている共和党の指名争いでも、この5州全てでトランプは勝利しています)。このウォレスの大躍進を見た共和党は、「次はやられるかもしれない」と強い危機感を抱いた。そこで、“不機嫌な白人”を取り込む為の南部戦略を本格的に構築するようになったという訳です。




尤も、ウォレスのような露骨なやり方では、全米の選挙は勝てない。そこで共和党は、南部白人層に対してウィンクをするように、“暗に人種差別を匂わせる”ことに腐心。“nigger”等の差別語を使わず、「州の権限を尊重する」「皆さんの価値観を損なわない」といった言い方をしたり、税制や社会保障制度の中に巧みに人種差別を滲ませたのです。こうして、洗練されていった戦略はロナルド・レーガンに引き継がれ、南部を共和党の支持基盤へと変えました。その後も、1988年のジョージ・ブッシュ(父)の大統領選では、参謀のリー・アトウォーターが民主党候補のマイケル・デュカキスのリベラル政策を徹底批判。黒人差別を滲ませたネガティブキャンペーンCMを連発して勝利を収め、後に“最も汚い選挙”と呼ばれるに至りました。ところが、今やその南部戦略が共和党を追い込んでいます。今年の大統領選の候補者争いで南部白人層を熱狂させているのは、党主流派に反旗を翻すドナルド・トランプ。彼の過激発言に人々が「He speaks my language.」と熱を上げる姿は、まるでウォレスの時代にタイムスリップしたかのようです。“モンスターポピュリスト”が共和党を解体に追い込み、アメリカという国を分断しようとしている――。これは、共和党が“憎しみの政治”を繰り返してきたことのツケです。初の黒人大統領誕生から8年、アメリカ政治はどこまで“バックラッシュ(揺り戻し)”してしまうのでしょうか?


Morley Robertson 1963年、ニューヨーク生まれ。父はアメリカ人、母は日本人。東京大学理科一類に日本語受験で現役合格するも3ヵ月で中退し、ハーバード大学で電子音楽を学ぶ。卒業後はミュージシャン・国際ジャーナリスト・ラジオDJとして活動。現在、『NEWSザップ!』(BSスカパー!)・『モーリー・ロバートソンチャンネル』(ニコニコ生放送)・『Morley Robertson Show』(Block.FM)・『所さん!大変ですよ』(NHK総合テレビ)等に出演中。4月4日から『ユアタイム~あなたの時間~』(フジテレビ系)にニュースコンシェルジュとして出演!


キャプチャ  2016年4月4日号掲載
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