【偽善の逆襲】(05) “民主主義”と『黄昏流星群』と高橋源一郎

20160328 10
年の暮れの金曜日の夜、久しぶりに官邸前を覗いてみた。いっそのこと「誰も来るな」と念じていたが、先ず太鼓を叩きながら法華経を唱えている反原発行者2人組がいた。抗議行動が始まるのは6時を過ぎてからのようで、夜がとっぷり暮れた頃、国会議事堂前で「私は、ベトナム戦争で沢山人を殺しました」とか絶叫を続ける反戦一人芝居をやっていた。観客は10人ほど。官邸前で「今日は少ないけど、歌います!」と謎の反原発替え歌をメガホンでがなり始めるおばさん集団や、基地反対の沖縄舞踏を踊る4人組にも遭遇し、つまりは素人演芸大会の会場と化していることが判明した。抗議行動をしていたのは数十人で、警察官の数が圧倒的に多い。「忘年会シーズン酣の寒空の下、未だ“民主主義”をやっている訳か」と半ば呆然としつつ、官邸や国会の前が“民主主義”活動のタイムカードを捺す場という状況になっているのは、どうにも納得いかない。年の頃は、定年間近から年金生活直前の“黄昏流星群”的な方々が中心だが、若い人もちらほら混じっており、顔つきは思い詰め派とエンジョイ派に二分できた。勿論、デモが未だ盛り上がる日もあるのは知っている。アイドル扱いの『SEALDs』等が呼びかければ、今でもかなりの人数が集結する。デモは、日本の風物詩として定着してしまったのかもしれない。そして、その守り本尊が、3.11の翌月から朝日新聞の看板『論壇時評』を書き続けている“民主主義者”高橋源一郎であることは、衆目の一致するところだろう。高橋は1951年生まれ。目分量だが、デモの中心の面子と粗同世代。その中にイケメンとキレイどころの男女学生群が入り、見栄えがよくなっている訳である。別に「デモをしてはいけない」と言うつもりはない。最近のデモは警察公認でエコなゴミ持ち帰りだから、ハロウィーンのバカ騒ぎのほうが余程危険だろう。瀬戸内寂聴を筆頭に、「政治的無関心よりは学生が声を上げるほうが宜しい」という声もあることだし、好き好きとしておく。でも、SEALDsの主力メンバー・奥田愛基君が高橋の明治学院大学の教え子で、牛田悦正君も同大学の学生、つまり“拠点校”化していることを知ると、何だかキナ臭くなってくる。

「奥田君は異彩を放っていた。惚れ惚れするような、変な、文章を書いてくるんだ。どこに向かっているのかわからない、無鉄砲なところもよかった」(高橋源一郎×SEALDs『民主主義ってなんだ?』・河出書房新社)。小説家のスター教授にここまで褒められれば、学生は確実に舞い上がるだろう。「ぼくは、高校生の頃、小さな組織を作り、政治活動を始めた。すべてが手作りだった。いちばん力になったのは、友人のM君だったけど、このM君というのが、すごく変わったやつだった。難しい本を読むのが好きで、しかも音楽好きだったんだ! 牛田君はラップという音楽(とことば)をやるけど、M君は、ピアノを弾きながら、シューベルトの歌曲をドイツ語で歌っていた。牛田君は、ルジャンドルとブランショという思想家の話をしてくれたけど、M君はフロイトとハイデッガーという人たちの話をよくしていた。実は、フロイトはルジャンドルの“先生”で、ハイデッガーはブランショの“先生”なんだ。びっくりするよね!」(同前掲書)。引用がちょっと長くなったが、高橋が学生達に“活動家”だった自身の学生時代を重ね合わせているのがよくわかる。座談会では灘高時代にどう運動したかを被露しており、「2人とも学校にあまり出て来ないようだから、教授が教えているのはデモのやり方だけか」と心配になる。ここで少し脇道に入って、世代論をしておきたい。高橋が属する1950年・1951年早生まれは、1968年から全共闘が安田講堂を占拠し、翌1969年に東大入試が行われなかった世代に当たる。同年生まれの知識人は、1年遅れで東大に入った内田樹に中沢新一。皆さん、無党派だけれども政治的な発言を続けており、ノンポリが多い近頃の知識人の中では突出している。その理由は何なのか。格好の補助線となる小説がある。実は、日本の“The Catcher in the Rye.”『赤頭巾ちゃん気をつけて』の主人公“薫クン”も、同年生まれの設定なのだ。作者の庄司薫は東大の丸山眞男ゼミ出身の俊秀で、日比谷高校出。1958年、21歳で本名の福田章二名義の『喪失』に依り中央公論新人賞を受賞し、計4作発表した後10年間沈黙。1969年、13歳年下の主人公の名前で発表した『赤頭巾ちゃん』が芥川賞を受賞し、ミリオンセラーとなり、1977年までに“赤”“白”“黒”“青”の“薫クン”4部作を発表した。中村紘子の夫である。愚生も恥ずかしながら数十年前に熱中し、“由美ちゃん”に心を熱くしたクチだが、久々に引っ張り出すと強かな風俗小説で、当時の若者心理がヴィヴィッドに描かれていた。そして、やっぱり出てきました“民主主義”。「日比谷の卒業生っていうのはみんなどっちかというと(と言うより確実に)ゲバルトよりもおしゃべりが好きないやったらしい民主主義人間」(庄司董『さよなら快傑黒頭巾』)。高橋・中沢・内田のうち、日比谷出身は内田だけだが、当時のエリート高校生の気分は皆、似ていたような気がする。小説家・庄司薫は4部作の中で、“薫クン”世代に丸山直伝の近代的“市民”への成長という理想を託したが、学生運動の退潮と共にその期待は雲散霧消し、1980年以降はまた沈黙を続ける。




20160328 09
しかし、現実の高校生たちは「“スチューデントパワー”が永遠だ」と信じ、「大学に入ったら暴れてやろう」と手薬煉を引いていたら、先ず東大入試が無いことで躓き、学生運動に乗り遅れる。それでも浪人せず、横浜国立大学に入った高橋は、授業が粗行われない中で学生運動に参加し、1969年に逮捕されてしまった。因みに、1970年頃の大学は学生闘争が退潮に向かっていたとは言えアナーキーで、中沢が所属した柳川啓一ゼミは宗教に入信することが課題であり、2級下の島田裕巳が『ヤマギシ会』への入会に依って宗教学者として開眼した経験をべースに、『オウム真理教』を視察して擁護した為、社会的に激しいバッシングを受けた経緯はよく知られている。授業が行われないか、就職予備校か、中間くらいが丁度いいような気がするけれど、高橋たちの世代に「“1968年”の夢よ、もう一度」という密かな欲望があるならば、どうだろう。アナクロに見えないだけタチが悪い。振り返ると、東大を早期退官した丸山眞男と、小説の筆を折った福田章二の師弟のほうが筋を通して立派に見えてくるのが不思議である。粗50年前の1968年と今のどこが違うか? はっきりしているのは、マルクス主義革命が成就する幻想が少しだけ残っていて世界中の学生が暴れていた時代と、“革命”の熾火すら無く暴れているのは『IS(イスラミックステート)』という現在との圧倒的差異である。“インテリ源ちゃん”が「打倒べーテー」とか言い出すならば「宮本顕治ばりの非転向だ」と心底感心するけれど、とどの詰まりは“民主主義”ですか。「“民主主義”とは、たくさんの、異なった意見や感覚や習慣を持った人たちが、1つの場所で一緒にやっていくためのシステムのことだ。だから、ものすごく小さな場所(たったふたりだけ)から、ものすごく大きな場所(世界全体)まで、それぞれに違った“民主主義”があるはずだ。ぼくたちはひとりで生きていくことはできない。でも、他人と生きることはとても難しい。だから、“民主主義”はいつも困難で、いつも危険と隣り合わせなものだ」(高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』・朝日新書)。この曖昧模糊とした文章を読むにつけ、昨夏の安保法制に関する与党と野党の時間の無駄にしか見えない蒟蒻問答や、阿波踊りのリズムになる「サイカドーハンタイ! ゲンパツヤメロ!」、カメラ目線で「お願いだから、止めて!」と絶叫していた辻元清美とか、嫌なものばかりぐるぐる頭に浮かぶ。運動を稍ファッショナブルにした点だけ、SEALDsの功績があるかもしれないけれど、一生デモして暮らす訳にもいかないだろう。高橋と同じく、スポーツ紙で競馬予想を続けた文学者に寺山修司と古山高麗雄がいる。テラヤマは晩年、住居侵入で捕まって「のぞき?」と報じられるし、“ピー”の記憶に拘泥し続けたコマさんは、いつまでも“悪魔の囁き”だった。イマドキの知識人様に、そんな含羞を求めるのはワガママなのだろうか?


川東吉野(かわひがし・よしの) フリージャーナリスト。1961年、兵庫県生まれ。早稲田大学文学部卒。昭和文学愛好家。趣味はJR中央線沿線探訪。


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