【経済の現場2016・揺れる春闘】(04) ベア縮み、非正規改善

20160401 03
懸命に働けば、いい暮らしができる――。そんな希望に日本の労働者が満ちている時代があった。1960年代から1970年代半ば、主要企業の労働組合は物価上昇率より遥かに高い10%以上の賃上げを獲得し続けた。組合員はカラーテレビ等といった最新の家電製品を競い合うように買い求めた。賃上げが消費を拡大させ、成長を促す“経済の好循環”が確立されていた。「賃金は毎年どんどん上がり、組合に勢いがあった。最も燃えたのはストライキだよ」。電機メーカーの労組を東ねる『電機労連』(現在の『電機連合』)の専従職員だった崎岡利克さん(73)は懐かしむ。重電大手の『明電舎』で労組幹部を務めた木村智佑さん(73)は、大規模なストを主導した1人だ。交渉が難航すると、明け方に「ストに入らせてもらう」と経営側に言い放つ。寝袋で仮眠し、工場の門前で出勤してくる従業員に“交渉決裂”と書いたビラを配る。生産ラインから離れて屋上で集会を開き、“要求貫徹”のハチマキを巻いた約1500人の組合員が労働歌を合唱した。しかし、1970年代半ばから環境は一変する。賃上げ幅は狭まり、交通機関に代表されるストには市民の批判が向かい始めた。バブル経済が崩壊した1990年代にはリストラの嵐が吹き荒れ、労組は雇用維持に軸足を移す。厚生労働省によると、賃上げ率は1976年から1桁に縮み、1995年以降は3%未満に沈んだ。そこに追い打ちを掛けたのが、2002年の“トヨタショック”だ。好業績の『トヨタ自動車』で、労組執行部はベースアップ(ベア)の満額回答に拘ることを組合員約1万人が参加した大規模集会で宣言した。

ところが、回答はまさかの「ベアゼロ」。国内主要企業はコスト削減の為に海外生産を進め、産業の空洞化が懸念されていた。「雇用を守る代わり、ベアは我慢してもらう」――。その意思をトヨタ経営陣が鮮明にした格好で、当時の労組幹部は「闘った相手はトヨタではない。ニッポン株式会社だった」と振り返った。この年、自動車・電機・鉄鋼等の大手が雪崩を打ってベアゼロを回答した。当時、日産労連会長だった西原浩一郎さん(62)は、「遂にここまで来たか」と春闘の先行きに危機感を募らせたという。トヨタショックは経営側からベア回答の機運を奪い、1955年に始まった春闘は半世紀近くを経て転換点を迎えた。労組の存在意義が間われ、“春闘不要論”すら囁かれるようになった。非正規社員が増え、一時は50%を超えた労組の組織率は、今や20%に満たない。欧米の先進国でも組織率は低下しており、組合活動は国内外を問わず難しくなっている。「デフレ脱却に向け、格差を是正し、(賃金等の)底上げを図るという春闘の機能を高める。今年で完結する語ではない」。『連合』の神津里季生会長は3月18日の記者会見で、春闘の“復権”に向けた姿勢を強調した。政府の援護射撃を受ける“官製春闘”となって3年目の今年、大手のベアは縮み、非正規社員の待遇改善の動きが見られた。今後はどうなっていくのか。ある官公庁労組の幹部は言う。「組織維持の為に非正規社員を取り込みたい労組。消費拡大・物価上昇に向けて非正規の賃上げが必要だと認識した政府。政府の強い要請に応えたい経済界――。3者の思惑が絡みながら、春闘は変わっていく」。2016年春闘は、その出発点となった。


≡読売新聞 2016年3月21日付掲載≡


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