【日曜に想う】 首相のコツ、記者のコツ

複数の政府要人によれば、大事なことを決める時の安倍晋三首相のコツはこうである。僕の取材実感も同じだ。「早めに布石を打ち、選択肢の幅を両極に広げておく。関係者はその真意を争って掴もうとし、結果として首相の求心力が増す。だから首相は、最良の時期を選んで自由に最終判定を下せるのだ」。政権発足直後、日銀総裁人事と、続く消費増税の可否で政権内が大きく割れた時、首相が事を収めたやり方が基本モデルである。一昨年の解散劇もそうだ。7月の滋賀県知事選で政権側が敗れた時は、もう解散は無いと思われた。だが、ひとり首相が極秘の世論調査を自民党に命じ、党幹事長を交代させ、11~12月の解散・総選挙へ布石を打った。同時に断行したのが、これまた政権内が賛否で割れた消費増税の先送りだった。つまり安倍政権は、選択肢の拡幅期と絞り込み期を繰り返す。その緩急のつけ方と、最後まで決めず真意を明かさないやり方が、恐らく首相の政局運営の勘所であって、それを見誤ると首相の術中に陥るのだから厄介である。今また、同じ兆しはある。辺野古代執行訴訟での国と沖縄の和解にせよ、政府の分析会合での消費増税の再先送り論にせよ、有権者の批判や不満に先手を打とうとするのはやはり、それ以上でも以下でもない衆参同日(ダブル)選挙への拡幅の準備運動なのだろう。尤も、今回は聊か趣が違う。よくしたもので、闘いのとば口に、衆議院北海道5区・京都3区の両補欠選挙(4月12日告示・24日投開票)がある。

これ以上の前哨戦はない。新幹線開通に沸く北海道は、首相が力説する通り“自公vs民共”という与野党の主軸が全面対決する闘いだ。他方、桜も盛りの京都は、自民党は不戦敗を決め込んだが、民進党とおおさか維新の会の対決が前面に出る野党の主軸を争う闘いだ。首相にとってはまさに天国と地獄になる。いつになく前のめりで“民共”攻撃に絞り込むのもそのせいだろうか。北海道で勝ち、京都でおおさか維新が勝てば、ダブルにせよ消費増税にせよ、首相は進むも引くも自在の求心力を得られよう。そればかりか、民進党を揺さぶりつつ、宿願の憲法改正へ向け、おおさか維新と共に“自公お”の多数派構築への第一歩と称することも不可能ではない。他方、北海道で負け京都で民進党の勝利を許せばどうなるか。少なくとも、参院選へ向け、民進党主導の“野党統一候補”の動きは勢いを増す。ならば、改憲意欲を引っ込めるか、逆に乾坤一擲で押し出すか。消費増税は再先送りしかないと覚悟するか。ダブルで衆参共に議席減となれば元も子もないが、ただ参院選単独で本当に凌げるか。逆に、ダブルで参院選を梃子入れする他ないのではあるまいか…。何れにせよ首相は、これまでにない追い込まれた形での最終判定を余儀なくされかねない。




ところで、記者には記者で取材のコツはある。例えば、選挙の第一声始め街頭演説。あれは前で見ては駄目で、須らく後ろから見るべきものである。聴衆というのは、前のほうは動員されていたり意識が高かったりして、実は殆ど差が無い。ところが後ろのほうは、写メを撮ったり私語をしたりなどばらけている陣営と、きちんと立ち止まって話に聴き入る締まっている陣営とで、勢いの差が如実に出る。これも取材実感である。2008年4月の衆議院山口2区補選がそうだった。偶々第一声をはしごで取材したが、明らかにばらけていたのは自民党陣営で、締まっていたのは民主党陣営だった。結果もそうなった。前年夏の参院選で惨敗、1回目の安倍政権の退陣を受けて登場した福田康夫政権はそこで退潮に歯止めをかけられず、翌2009年衆院選の自民党敗北・民主党政権誕生へと繋がる前哨戦となったのだった。というわけでこの春、北海道と京都で街頭演説に行き会ったら是非、後ろからの見物をお勧めします。政局の行く末が垣間見えるかもしれません。 (編集委員 曽我豪)


≡朝日新聞 2016年4月3日付掲載≡


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