【働きかたNext】第9部・老いに克つ(03) 必要資金は1億円――就労の壁取り払う

20160404 05
東京都内でパートで働く女性(61)は、手厚い介護が要る母親(90)と2人暮らしだ。平日は午前5時半起床。食事や排泄等、母親の世話をしながら身支度し、ホームヘルパーと入れ替わりで家を出る。夕方に帰宅したら再び介護に向き合う。生活費や毎月10万円程度の介護費は2人分の年金や親族の支援で賄えるが、働かないと不安に駆られる。「若い頃から懸命に働き、親を介護して、70歳過ぎて貧しかったらやりきれない」。日本人の平均寿命は女性86.8歳、男性80.5歳。30年前と比べて其々約6歳延びた。定年後の“老後”はざっと20年超。そこに、親の介護や高齢出産した子供の教育費という支出が重なるのが今のシニアだ。ファイナンシャルプランナーの井戸美枝の試算では、60歳以降に必要な生活資金は夫婦2人で1億1720万円。単純計算で30年前よりも2000万円ほど増えた。一方、退職金・年金は大企業平均で約7000万円。不足する5000万円弱は自分で用意する必要がある。人手不足は追い風だ。日用品卸大手の『PALTAC』は、パートを含む全従業員約7400人の定年を65歳から70歳に延長した。「働き続けて少しでも家計の足しにしたい」。大阪府泉大津市で働くパートの原田和子(65)は語る。時給860円で週4日働いて月9万円ほどの収入になるという。

IT関連の『アイエスエフネット』(東京都港区)は、生活保護を受けている人も年齢に関係なく積極採用している。保護状態に陥ったシニアの自立は簡単ではないが、心身両面からきめ細かく向き合う独自の労務管理でフォロー。約2年半で60歳以上を15人雇い入れた。2013年に自己破産した沖山仁宏(62)もその1人。昨年末にアルバイトとしてパソコン関連の業務に就き、現在はグループ会社の正社員として障害者社員らにビジネスマナー等を教える。11月には保護状態から抜けられた。ただ、全体で見れば、70歳以上で働ける企業は約3万社と未だ2割。65歳までの継続雇用は浸透したが、60歳の定年後に給料が減る再雇用型の企業が8割を占める。年齢による雇用や賃金の線引きが能力あるシニアの就労を妨げる面が否めない。「年金が減額されます」――。高齢者派遣を手掛ける『マイスター60』で働く井口順二(63)には、『日本年金機構』からこんな通知が届く。理由は“働き過ぎ”だ。年金受給者が働いて収入を得ると、年金額が減らされる仕組みがある。60~64歳では年金を含む月収28万円が境目。井口は、「働かなくても収入が変わらないのはおかしい」と不満顔だ。こうした制度では、働く意欲がある高齢者も年金が減らないように仕事を抑えかねない。主婦が社会保険料や夫の所得税が増えないようにパート時間を減らす“就労の壁”のシニア版だ。高齢というだけで弱者と位置付ける仕組みは続かない。能力あるシニアは年齢に関係なく、弱者を支える側に回る働き方が求められる。 《敬称略》




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「会社の経営が危ないから俺と別れてくれ」――。沖山仁宏さん(当時56・右写真)が妻に切り出したのは、2008年秋のことだった。有名私立大学で電気工学を学び、工作機器メーカーで技術者として15年間働いた。その経験を生かしてソフト会社を設立。代表取締役として社員5人を束ね、17年に亘り会社を引っ張ってきた。ところが、リーマンショックの影響で会社は倒産。家族に迷惑をかけない為、妻と1人娘に別れてもらう苦渋の決断をした。趣味のギター・オーディオ機器・ゴルフセット…。お金になるものは全て手放した。住宅ローン等といった多額の借金が残り、自宅マンションも出て行くことに。競売の説明に来た弁護士のアドバイスで生活保護を申請した。生活は一変した。市からの支給は1ヵ月凡そ13万円。翌月の支給までには使い切ってしまう生活になった。自己破産もした。仕事を探す為にハローワークに通ったが、給料が安過ぎて自立できる仕事ではなかったり、年齢を理由に断られたりした。職に就けない日々が続いた。そんな状況が変化したのは昨年だ。ケースワーカーからIT(情報技術)関連企業の『アイエスエフネット』(東京都港区)を紹介されたことがきっかけだ。同社の研修を受けた後、アルバイト社員として取引先に派遣され、パソコンのセットアップ等の仕事に就けた。今は同社のグループ会社で正社員として雇われ、障害者の社員らにビジネスマナー等を教える就業支援を担当する。アイエスエフネットの採用姿勢は独特だ。生活保護やひきこもりといった課題を抱える人や、シニアや障害者ら雇用で敬遠されがちな人を積極的に採用することだ。今は、グループ約3300人の約4割に及ぶ。川崎市と連携して生活保護受給者を採用する取り組みでは、約2年半で153人を雇った。課題を抱える従業員をどうやって戦力にするのか。創業当時からひきこもり・障害者・シニア・ニート・ワーキングプア等に該当する人の採用実績があり、心身の状態を細かく把握する労務管理のノウハウが積み上げてきた。人員配置の工夫で体調不良による現場の欠員にも柔軟に対応。こうした体制が、日頃の状況把握にも生かされるという。昨年の売上高はグループ全体で120億円。業務はIT関連事業が大半を占めるが、障害者をスタッフにしたレストランやカフェも手掛ける。店頭で接客するタイプの事業を手掛けるのは、障害を持つ子供が働いている姿を親に見せることで、子供が働くことへの親の不安を減らす為だ。雇用の場があっても長く働くことは簡単ではない。継続していくには、親等周囲の理解も深めることが不可欠だという。この為、従業員の親と会社側が話し合う場も定期的に設けている。「就労困難者を1人でも多くを納税者に変えていくことに意義がある」。創業者の渡辺幸義社長は話す。沖山さんは、11月に生活保護状態を脱した。「今は仕事が忙しいが、邁進できることに喜びを感じる」と笑顔を見せた。 (小川望)

               ◇

高齢者の貧困問題が注目されるようになった。年金だけでは生活が行き詰まり、生活保護の基準相当の暮らしを強いられている人が増えている。高齢化が進む中、働き手や企業はどう対応したら良いのか。『下流老人』の著者で、生活困窮者を支援するNPO法人『ほっとプラス』(さいたま市)の藤田孝典代表理事(33)に聞いた。

――何故、生活に困窮する高齢者が増えているのか?
「昔から『年金では暮らせない』と言われてきたが、これまでは持ち家があり、家族の支えや(自営業等)定年後に働ける仕事があった為、年金への依存度が低かった。近年は核家族化が進み、会社勤めの人も増えてこうした要素が減った。一般的な会社員の厚生年金は月14万~15万円程度。現役時代の生活を維持できない。一番の原因は年金が足りないことだ」
「定年が実質的に早くなったことも原因だ。役職定年が50代半ば、60歳の再雇用で非正規となる会社は少なくない。年金は60歳までの報酬で決まるが、50~60歳の賃金が上がらない。4割を超える非正規雇用も問題だ。今の非正規の若者が高齢者になった時に、“下流老人”は間違いなく増えるだろう」

――下流老人はどれくらいいるのか?
「3300万人いる高齢者のうち、世帯年収が単身で120万円、2人以上で170万円に届かない人が600万~700万人いると見ている。これまで“1億総中流”を信じていたが、実は生活保護以下の生活だったという人は少なくない。自分が貧困に陥っているという自覚が無いことが問題であり、貧困脱却の糸口を見逃している」

――誰でも下流に転落する可能性がある。どう対応したらいいのか?
「老後の年金額を調べる等、生活設計を考えるべきだ。老後の収入は現役時代の半分になる。子育てが終わっても都内の大きな家に住み続けるのは無駄であり、生活のダウンサイジングが必要となる。退職金を当てにしている人が多いが、蓋を開けたら貰えなかったというケースもある。老後の見通しが甘い人が多いように感じる」
「老後も働き続け、足りない生活費を給料で補うことが大事だ。勤勉な日本人には、健康維持と自分の居場所を確保する意味もある。ただ、65歳を超えると病気を持つ割合が高くなり、週5日働くのは難しくなる。マンション管理人等の資格を取って、無理せずに働くのがいい。人不足で介護の求人が多いが、高齢者の力仕事は2年で潰れてしまう」

――企業ができることはあるのか?
「若者の賃上げだ。今の20~30代は長時間労働にも拘らず、賃金が低く抑えられて将来が見通せない。これでは正社員と言えないだろう。年収200万円以下の8割が実家暮らしであり、独立できないという調査結果がある。たとえ月収30万円でも、都内で月10万~15万円の家賃では老後の資金は貯められない。非正規の正社員化も必要だろう」
「それができないなら、住宅政策が現実味を帯びる。これまでは社宅や住宅手当等で企業が従業員の住まいを負担していたが、人件費の削減で打ち切る動きが広がった。企業が面倒を見られないのであれば、国が負担をするしかない。例えばフランスやオランダでは税金が高い分、国が住宅費や教育費を負担している。今のままでは若者は消費ができず、企業がどんなに良い製品を作っても売れない。過度な人件費の削減は、長期的に企業の不利益に繋がることに気付くべきだ」 (聞き手/阿曽村雄太)

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長年勤めた会社を定年等で辞めた後に、海外で活躍するシニアが増えている。蓄積した技術や経験を買われ、アジアの生産現場等で働く例が目立つ。「自分の技術が役に立っていると日々実感できる」――。中国・浙江省の繊維工場で働く丸木誠司さん(68)は満足気だ。実家の繊維会社で役員を務めていたが、繊維商社の『蝶理』に誘われ、2004年に転職した。単身で中国に渡り、同社が現地企業と立ち上げた合弁工場で品質管理を担当する。2800人の工場で日本人は丸木さんだけ。移った当初は元の会社と同じ条件で働いていたが、今は勤務時間の減少等で給料は当時の6割程度。物価も上がり、年金があって漸くやっていける水準だ。それでも毎週末、好きなゴルフができる生活から離れられない。海外で“第2のキャリア”を実現するには、今のところ、技術畑を歩んだ人が有利のようだ。人材紹介の『JACリクルートメント』によると、55歳以上で日本企業の海外駐在員に転職が決まった人の46%は技術系管理職。グローバルに活動する日本企業が増え、技術職として積み上げた経験や知識を新興国の生産現場等で請われる例が多そうだ。ただ、新興国の所得水準が上がるに連れ、外食や流通等のサービス分野でも日本のノウハウへのニーズは高まる公算が大きい。経験を生かして海外で働くシニアは、これからもっと増えるかもしれない。


≡日本経済新聞 2015年12月15日付掲載≡


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テーマ : 働き方
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