【悪夢の21世紀】(01) イスラム国という“反文明集団”

日本のメディアが『イスラム国』と、まるで国家のように呼ぶテロ集団の恐ろしさの本質は、残忍な首切りにあるのではない。蛮行だけなら早晩、滅ぶ。これは簡単には滅ばない。なぜか。マネー・資源・若者・ネット・失業・偽善、すなわち西側世界の柔らかで弱い横腹のような要素をすべて突いてくる、これまで無かった反文明集団だからだ。怖いテロリストと言えば、つい最近までアル・カーイダだった。9.11同時多発テロを悪魔のごとく成功させた。ニューヨークの跡地に今ようやく、後継の超高層ビルがオープンしたが入居率は6割にとどまる。恐怖の記憶が消えないのだ。そのアル・カーイダという組織名の意味はアラビア語の解釈にもよるが、アルは定冠詞、カーイダは基地、つまり“ザ・ベース”である。これは実はかつてない組織名だった。例えばレバノンのヒズボッラーは“神の党”、パレスチナのハマスは正式名称の『イスラム抵抗運動』のアラビア語の頭文字を並べたものであると同時に、“情熱”という意味を成す。すなわちアル・カーイダ以前のイスラム原始主義組織はそれぞれ理念を表す名称を掲げてきた。ところがアル・カーイダは、ネットワークの拠点という意味合いであり、理念ではなく機能を表している。こうした掴み所のない組織、制服も指揮系統もない集団だからこそ、西洋型の統一国民国家に対して、その価値観を破壊するテロを実行できていた。




しかしポスト・アル・カーイダの組織は真逆に、国家を僭称するという挙に出た。これが『イラクとシリアにまたがるイスラム国』(ISIS)である。そして、油田を襲撃するテロを繰り返すのはアル・カーイダと同じだが、油田を燃やし黒煙を天に噴き上げるだけのアル・カーイダとは極めて対照的に、自前の簡易装置で精製して原油を生産。これを国際価格の10分の1ほどの破壊的な安値で闇商人に売り、闇商人はそれを中間業者に売り、その過程でISIS製の闇原油であることは隠れてしまい、あるいは隠れたことにして、日本の商社も含めた表の業者が買う。これが世界の原油市場に未知の不安要因となっている。もともとアメリカのシェールオイルの登場で混乱していた原油価格は、このショックで1バレルあたり100ドル台からわずか4ヵ月ほどで80ドルを割り込むまで急落している。国際メジャー資本と中東の独裁者たちの癒着によるコントロールが効かない資源安は、世界経済を撹乱し為替も揺さぶり、変調はアベノミクスをも襲う。資源マネーを操る勢力を破壊するのではなく侵食することで、ISISは資金を荒稼ぎしている。さらに産油国のサウジアラビアなどのなどの王族・特権層・富裕層を脅して莫大な裏献金を巻き上げ、あるいは欧米社会に麻薬を大量に売りさばき、そして“イスラム法の復活”と称して女性と子供を売買し、総じてアメリカのインテリジェンスの試算では少なくとも1日当たり2億円以上の新たな資金を日々、生み出している。イスラム原理主義は、悪魔の錬金術と化している。

一方でISISは、シリア北部に“首都”をこしらえた。それはユーフラテス川中流域の街・ラッカだ。20万人ほどが平穏に暮らす中堅都市だったが、『アラブの春』、つまり資源がこの先に枯渇する不安から民衆が独裁者に逆らう時代潮流が起きてからはアサド大統領のシリア政府軍、反政府・親米の自由シリア軍、そしてアル・カーイダ系のテロリストが入り乱れて殺害し合う惨たる街となった。しかしISISが制圧すると治安が見事に回復した。厳格なシャリーア(イスラム法)に逆らいさえしなければ、市民はもはや内戦の巻き添えになることもなく、女性も黒衣で全身を隠していれば、ほぼ安全に外出できるようになった。一方で宗教警察がパトロールし、シャリーアへの重大違反と勝手に判断されれば斬首され、庶民の晒し首が街中でみられる。想像を絶する恐怖政治だ。だがアサド政権も恐怖政治であり、それと比べれば格差が小さく、整備されることのなかったインフラがみるみる整っていく。市民が長く願ってかなわなかった病院・学校・橋・道路が大資金で建設された。さらに外国人の勧誘をめぐり戦闘員となる事例だけが興味本位に報じられる。実際は技術者こそ歓迎される。欧米諸国で失業中だった若い技術者がISISの支配地域に入ると20歳代前半で年収1000万円を超えたケースを米英のインテリジェンスが確認した。現地の物価水準では誇張なく大金持ちだ。「妻を4人まで得られるのか」と問い合わせて入った若いアメリカ人が現実に、イスラム教に改宗し4人の妻を持ったケースもある。この首都の姿を宣伝塔にして“国造り”を進めているから、アメリカとその協力国の空爆をものともせず西側世界の定めた国境を越えて領土を拡大しつつある。

こうなるとアル・カーイダは、ただのすき間テロ産業、過去の遺物に過ぎなくなる。かつてのテロリストたちは、とにかく西欧的な価値に打撃を与えることだけを目的としていた。あの9.11同時多発テロ事件も、そうである。しかしISISは、それを脱して、対抗軸を創ろうとしている。それを支えるのが資本主義をあざ笑うようなカネづくりの巧みさだ。ISISの怖さのもう一面は歯車が悪魔的に噛み合っていることだ。何の歯車か。アメリカの弱体化が進む歯車である。指導部の多くが、フセイン大統領時代のイラクの政治家や軍人であり、そもそもアメリカの起こした失敗戦争・イラク戦争が最初の種を蒔いた。その種に、たっぷり養分を与えたのがオバマ大統領だ。イラクやアフガンから無戦略で撤兵したためにISISが楽に軍事的勝利を収めてきた。世界の80以上の国から戦闘員を集めているのは事実だが、それとシリア人・イラク人らアラブ兵を合わせても総勢3万人以下に過ぎない。イラク戦争でアメリカが投入した兵力は非常に少なかったとされるが、それでも21万を超えている。アメリカの地上軍がいればISISがここまで占領地域を拡大したとは考えられない。そのオバマ大統領が中間選挙に大敗し、ますます実行力を失ったまま、あと2年余もアメリカの指導者にとどまる。この2年余こそが世界の恐怖である。正直な性格のヘーゲル米国防長官は「これまでに一度も見たことが無いほど洗練されたテロ集団」と記者会見で、ISISへの驚きを露わにした。“洗練された”(sophisticated)という言葉は何を意味するか。それは、単なる一発屋のテロ組織であることを既に脱し、中東の国境線を超越する国家づくりを今後も進めるだろうという深刻な懸念である。

ISISは、エボラ出血熱と並んで世界経済の最新の2大リスクとなり、不安に駆られる既存世界の通貨安競争と相まって脅威の度を深めている。ISISは6月、『カリフ制によるイスラム国』を建国したと宣し、脱・テロ組織を世界に示した。国連をはじめ世界が「いや国じゃない」と懸命に否認しても、民衆が恐怖しつつ待望する事態が進行する。イスラム教のカリフとは預言者・ムハンマドの代理人であり、イスラム国家の最高指導者だ。トルコを世俗主義で改革したケマル・アタチュルクが“カリフの廃止”を提唱し、カリフは姿を消した。これの復活を唱えるのがISISである。一方で、占領域内の“統治”は前述したように極めて現実的だ。したがって“カリフ制による世俗国家”を造ろうとしているという理解がいちばん正しい。西側世界はアフリカの現実を放置していたツケが回り、エボラウイルスの脅威にも同時に晒されている。このダブル不安が西側社会をこれからも浸食し、就職難などに苦しむ若者をISISに惹きつけていくだろう。ISISは国家を名乗りながら全ての既存国家と激しく対立している。外交とは仲良くすることという偽善への挑戦だ。それをネットという西洋文明の先端を利用して宣伝していく。わたしたちの日本は、本来の価値観、国家の理念と哲学を今こそ打ち立てたい。それが無ければ、遠いはずの中東からの呼び声に、社会の貴重な若い力を奪われていくことにもなるだろう。


青山繁晴(あおやま・しげはる) 独立総合研究所代表取締役社長兼首席研究員。1952年神戸市生まれ。早稲田大学政経学部卒。共同通信・三菱総合研究所を経てシンクタンク経営者。文科省参与・総務省消防審議委員など公職多数。著書に『ぼくらの祖国』(扶桑社)など。


キャプチャ  2014年12月号掲載


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