【異論のススメ】(13) アメリカ経済学への従属、日本にみあった思想を

この3月、政府の『国際金融経済分析会合』に3人のアメリカの経済学者が招かれ、首相官邸で意見を陳述した。安倍首相始め、主要閣僚と『日本銀行』の黒田総裁を前にして、スティグリッツ、ジョルゲンソン、そしてクルーグマンといった著名な経済学者が意見を述べた。国際経済の現状とアベノミクスについて、更には消費税増税に関する見解を聞くという。当然、日本の経済政策にそれなりの影響を与える。そのテレビニュースの映像を見ていて、私は何とも言えない居心地の悪さ(見心地の悪さ?)を覚えた。恐らく、「このグローバル経済の時代に、アメリカの経済学者の意見を聞くことは実に結構ではないか」というのが常識的な反応であろう。そうかもしれない。しかし、「どうして著名なアメリカの経済学者を態々首相官邸まで呼んでくるのか?」という気もする。「日本にも幾らでも経済学者はいるではないか。更に、アベノミクス道半ばの現在、態々意見を聞く必要があるのか?」という気もする。前者に対しては、「どうせ日本の経済学者の大半はアメリカ経済学の受け売りなのだから、それなら本場のアメリカ経済学者を連れてきたほうが手っ取り早いではないか」とある人が述べていた。後者については、「どうせアベノミクスの正しさを証言してもらい、また、何れ議論になる消費税増税において、アメリカ経済学者の権威を拝借して、マスコミや財務省を封じ込めたいのだろう」と言う人もいる。皮肉交じりに言えば、私もそんな気がする。確かに、アベノミクスの成果が思うほど上がらぬ現在、「3人の著名なアメリカ経済学者からお墨付きを得たい」という思惑を感じない訳でもない。実際、彼らはアベノミクスには好意的であり、一層の推進を唱えていた。穿った見方をすれば、アベノミクスに対する批判を躱す為に、これらの経済学者が招待されたとも言える。

しかし、このテレビ映像を見ての私の居心地の悪さは、必ずしもそういうことではなかった。寧ろ、「日本の経済政策、若しくは広い意味で日本人の経済についての思考が、益々アメリカ経済学に呑み込まれていく」といった不快感であった。概括的に言えば、日本の経済政策は、この30年ほどずっとアメリカ経済学の圧倒的な影響下にあった。そして、それでよかったのかと問えば、簡単に頷くことはできない。考えてみれば、1980年代の日米経済摩擦を機に、日米間での政策上の協調(例えば1985年のプラザ合意)が唱えられ、事実上、日本の経済政策にアメリカの意向が強く反映されるようになった。1990年代には、アメリカ発の構造改革要求によって、日本経済はアメリカ型の市場中心主義へと向かった。同時に、1990年代にはアメリカ経済学が後押しとなって、世界を巻き込む金融グローバリズムが出現し、日本もこのグローバル経済路線へと突入した。果たして、それらは日本の利益になったのだろうか? アメリカ型の市場中心主義は、我々の社会生活の土台を掘り崩し、過剰なまでのグローバル競争は過激なコスト競争によってデフレ経済を齎したのではなかったか? また、アメリカ発の金融グローバリズムは、アメリカの投機的資本に大きな利益を齎すと共に、世界経済を著しく不安定化したのである。アメリカの経済学は果たして我々を“幸せ”にしたのだろうかと問えば、私は否定の方向へ傾く。寧ろ、アメリカ経済学への従属こそが日本の社会を著しく不安定にしたのではないだろうか? アメリカ経済学には、「大規模な自由競争こそが経済を成長させる」とする“市場中心主義”と、「不況時には政府が積極的な財政・金融政策を導入すべきだ」とする“ケインズ主義”がある。1980年代以降、市場中心主義が経済政策を圧倒した。ところがその結果、グローバル市場が世界経済を不安定化し、格差を生み出すや、今度はケインズ派が息を吹き返してきた。今回、首相官邸に招かれた3名はケインズ主義に近い人たちである。その意味では、確かに経済政策の流れが変わったとも言えよう。




しかし、大事なことはそこにあるのではない。今日、日本経済の置かれた状況は、「市場中心主義かケインズ主義か」という選択にあるのではない。アベノミクスが嘗てない大規模な財政と金融の組み合わせによって景気を浮上させようとしたにも拘らず、十分な成果を上げ得ないのは、過度なグローバル競争によって国内にデフレ圧力がかかるからだ。更に加えて、人口減少や高齢化社会の到来が、将来の経済に対する楽観的な期待を砕いてしまうのである。しかも今日、我々は既に物的に“豊かな経済”の段階に達しており、いくらイノベーションを起こしても消費需要は大きくは伸びない。今日の日本社会が置かれたこれらの状況を直視しなければ、いくらお金をじゃぶじゃぶ出そうが、増税を延期しようが、どうなるものでもない。効率主義・成長主義・能力主義・自由競争等の価値観によって組み立てられたアメリカ経済学では、今日の日本の現状を先へ持っていくことは難しいだろう。それらの価値観こそが問われているからであり、日本には日本の状況に見合った経済思想が求められている。アメリカ経済学の“権威”を借りて何とかなるという時代ではない。

               ◇

佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2016年4月1日付掲載≡


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テーマ : 経済
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