【宮崎哲弥の時々砲弾】 リベラル再装填のために part.3

「躓く前に死ぬほど後悔しておく」という趣旨だろうか。米英の真っ当な知識人・ジャーナリストの間では、「一体、何がドナルド・トランプをアメリカ大統領選挙の大舞台に呼び出してしまったのか」ということが頻りに論議されている。例えば、『フィナンシャルタイムズ』の経済論説主幹であるマーティン・ウルフは、「トランプ氏は実現不可能な、パラノイアとも言うべき排他主義的政策の扇動者であり、外国人嫌いで、無知な人間だ」と火を吐くような批判を投げつけている(『米大統領に扇動者は不要だ――トランプ氏が壊す民主主義』日本経済新聞の訳文による・3月6日付朝刊)。ポール・クルーグマンは「トランプがペテン師“con artist”であるのは確かだ」として、「だが他の共和党の候補者にペテン師でない人間がいるのか」と皮肉な調子で問う。「最近の共和党は、どこをとっても呪術経済学とネオコンの幻想ばかりが瀰漫していたではないか」と(『ニューヨークタイムズ』3月4日付・朝日新聞による3月11日付け朝刊掲載の抄訳『トランプ現象 ペテン師は誰なのか』による)。

共和党はずっと、所得や資産に対する累進課税を拒否する富裕層に阿諛追従してきた。ウルフの論説が示唆するように、“小さな政府”なるお題目が再分配を回避し、格差の拡大を放置する為の拾好の方便として使われた。彼ら経済右翼は他方で、『アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)』による金融緩和を執拗に非難し、政府の財政政策や福祉の充実にも断固反対した。共和党の二番手候補であるテッド・クルーズなど“金本位制への移行”を訴え、三番手だったマルコ・ルビオもFRB規制の強化を支持している。正気とは思えない金融タカ派なのだ。“小さな政府”を志向する政策バイアスは、共和党ばかりではなく民主党にも波及し、軈て政策運営の上で考慮すべきファクターになってしまった。その結果、アメリカの中産階級は徐々に蝕まれ、自人の貧困層への淪落を助長した。そうして生まれた所得の低い白人男性が、トランプの中核的支持層である。現時点で、トランプへの支持はもっと広範に拡がっているようだが、それでも彼がプアホワイト的な怒りや不満・不安、そして絶望の受け皿になっていることは否めない。そこで、トランプが格差拡大・貧困化・失業の原因として槍玉に挙げるのが“メキシコから流入する不法移民”であり、“アンフェアな貿易政策をごり押しする中国や日本”なのだ。この見立ては完全に間違っているが、ヒスパニックやアジア人への憎悪感情を手玉に取ることで、彼の演説は好評を博し、人気は鰻上りとなった。




だが、トランプの真の厄介さは、実はそこには無い。“診断”の誤りではなく、“処方箋”の部分的な正しさこそが難儀なのだ。彼は巨額のインフラ投資を主張したり、或いは「社会保障制度と高齢者医療制度を保護すると約束し、富裕層への増税を仄めか」している(クルーグマン・前掲)。トランプは、保守派はおろかリベラルすら後回しにして、十分に対処できなかった政策を実行すると宣言しているのだ。“小さな政府”という保守派のドグマも、彼にとっては弊履に等しい。「保守は愚かだが、リベラルは無力だ」と痛感している庶民や、「民主党も共和党もウンザリだ!」と絶望している有権者が今、雪崩を打って破壊神の君臨を待望している…。どうしてもアドルフ・ヒトラーの擡頭を想起せずにはいられない。「ヒトラーの政権掌握はインフレではなく、世界恐慌によるデフレと大量失業によって実現した」(田中素香『ユーロ危機とギリシャ反乱』・岩波新書)。アメリカもユーロも、そして日本も状況は似ている。リベラルがリベラル本来の経済政策を実行できなければ、その先には不穏な扇動者が私たちを待ち受けているだろう。


宮崎哲弥(みやざき・てつや) 研究開発コンサルティング会社『アルターブレイン』副代表・京都産業大学客員教授。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒。総務省『通信・放送の在り方に関する懇談会』構成員や共同通信の論壇時評等を歴任。『憂国の方程式』(PHP研究所)・『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』(新潮社)等著書多数。


キャプチャ  2016年3月31日号掲載
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