長年に亘って大俳優を支えてきた芸能事務所専務をあっさりクビに…血縁者が困惑する高倉健相続人養女の“排斥主義”

高倉健が鬼籍に入ったのは一昨年11月のことである。享年83。尤も、何より世間が驚いたのは、突如現れて全財産を相続した養女・貴の存在だった。健さんは今年2月16日に生誕85周年を迎えたが、ここにきて養女が奉じる“排斥主義”に、血縁者らは困惑しきりなのだ。 (取材・文/ノンフィクション作家 森功)

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「それぞれに趣きのことなる色鮮やかな葉が風に舞うこの時期、高倉が独り虹の橋を渡って行きました。一年があまりにも早く、再び同じ季節を迎え感慨一入です。ご健勝にてお過ごしのことと存じます。高倉健、生前は皆さまの温かいご支援を戴きましたお蔭で、一作ごとに想いを込め、映画俳優という職業に誇りを抱き、天寿を全うすることが出来たように思います。心より感謝申し上げます。この度は、来年十一月より始まる高倉の巡回追悼展開催のお知らせをさせて載きます。東京駅 東京ステーションギャラリーからスタートし、全国の美術館を巡回予定です。俳優の追悼展が美術館で開かれるのは日本初、パイオニア精神の強かった高倉に相応しいものとなるよう、これから専門チームと準備を進めて参ります。全国何れかの会場で、高倉に再び出逢い、そしてお別れ頂きたいと願っております。師走に入り、時の移ろいの早さが一層強く感じられます。どうぞご自愛下さいませ」――。こう書かれた案内状が関係各所へ届いたのは、昨年12月のことだ。差出人は、『高倉プロモーション』代表取締役の小田貴。高倉健は本名を小田剛一と言い、彼女は健サンの戸籍上の養女である。52歳の元女優だ。一昨年11月、本人が不帰の人となり、その後の週刊文春(2015年1月1・8日特大号)によるインタビューで、養女自らその存在を明らかにした。そして、先の案内状にあるように、健サンの一周忌を境に、高倉プロモーションの社長として盛んにイベントを仕掛けている。だが、彼女については健サンと極近しい友人や親族でさえ、その得体を知らない。

「親戚の私たちも、彼女のことを全く知りませんでした。それどころか、今に至るまで一度も会ったことがありません。『一周忌を終えるまでは…』と我慢してきましたが、やはりはっきりさせなければならないことが沢山ある。だから話すことにしました」。そう打ち明けるのは、健サンの実妹の長男、つまり甥だ。「実は、私たちは亡くなったことすら知らされなかったのです。亡くなった2日後でしたか、あるマスコミの方から『伯父さん、お元気ですか?』と意味ありげな問い合わせがあった。『そう言えば最近、伯父から連絡が無いな…』と気になり、本人の携帯電話や事務所(高倉プロ)に電話したのです。でも音信不通。漸く高倉プロの専務の携帯電話に繋がると、『今、火葬場だ』と。通夜やお寺の手配を一体誰が仕切っているのか心配だったので聞いたら、『いや、実は養女がいて、私も全てを外されてしまって、詳細がわからない』と言うではないですか。その時です。初めて彼女の存在を知ったのは」。一昨年11月12日、東京都渋谷区の代々幡斎場でひっそりと営まれた密葬については、本誌既報(昨年11月19日号→)の通りだ。血の繋がった親族が誰一人亡骸に手を合わせることなく、四六時中日常を共にしてきた“チーム高倉”のメンバーも野辺送りを許されなかった。甥の携帯電話に出た高倉プロの専務もまた、健サンの従弟で幼馴染でもあるが、火葬に立ち会えず終いだった。「それで、親戚中皆が愕然としたのです。おまけに、彼女は我々と直接話すことも拒否し、『代理人を通してほしい』と弁護士の連絡先を伝えられましてね。だから、彼女とは今に至るまで会えないでいるのです」(同)。親戚の中で唯一、この専務だけは前から彼女の存在を知っていたが、その彼でさえも健サン亡き後、弁護士を通さないと養女と連絡できないという。




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高倉健は1931年、福岡県に生まれた。男2人・女2人の4人兄妹の次男である。1987年12月に兄を亡くし、直ぐ下の妹も9年前に他界している。直系の親族で健在なのは、80歳になる末娘の敏子と、2人の妹の息子や娘の5人だ。健サンは甥や姪を甚く可愛がり、ひょっこり遊びに訪ねてくることもあった。そんな親族の絆が断ち切れていると、前出の甥が悔しがる。「養女には『せめてお骨だけでも分けてもらえないか』と弁護士を通してお願いしました。ですが、それも断られてしまいました。だから今現在、伯父の遺骨がどうなっているか…」。健サンとは2つ違いの妹の娘、即ち姪の攝子も、同様にこう憤る。「おばあちゃん(高倉の実母・タカノ)をうちで引き取っていたこともあり、伯父はいつも九州に住む私たちのことを気にかけてくれていました。『元気か?』と仕事の合間に電話をかけてくる。母が亡くなった時も、葬式の1週間後にお忍びで訪ねて来て、線香をあげてくれました。この(一昨年)10月末、父の法要の時にもお花が届きました。それが突然、あんな形で彼女が現れ、何か狐に抓まれたような信じられない話です。『家政婦さんを探している』とは聞いていましたけど、まさか…」。健サンと貴は、ひとつ屋根の下で暮らしてきた間柄だった。世間は「江利チエミとの離婚後は独身を貫いてきた」と考えてきたし、近親者としては「孤高の銀幕スターのイメージを大事にしたい」という思いもある。親戚を始め、映画関係者・理髪師・愛車の整備をするメカニック等、寝食を共にしてきた“チーム高倉”のメンバーらは、彼の存在を公表することを躊躇った。チーム高倉の1人が打ち明ける。「密葬は、貴さんが『東映や東宝の社長を呼びたい』と言うので5人を選んだが、勿論、その人たちも初対面。彼らとも、『養女の存在は1年ぐらい伏せておこう』と打ち合わせました。そうして、11月18日に亡くなったことを高倉プロから発表した。ところが、間もなく当人が週刊文春のインタビューで自分自身の存在を明かしてしまったのです」。実は、このインタビューには前段がある。先ず、『文藝春秋』2015年1月号(2014年12月10日発売)に高倉健の遺稿が手記として掲載された。続く週刊文春で、彼女自身が「これは高倉健の遺稿を自らが口述筆記したものだ」と明かしたのである。

簡単に健サンの病状を振り返ると、2014年4月に慶応病院へ入院し、悪性リンパ腫が見つかった。それから再び11月1日に検査入院し、10日に死亡している。彼女自身のインタビューによれば、口述筆記で遺稿を仕上げたのは「本人が息を引き取る4日前の11月6日だ」という。「11月の入院は検査入院だと聞かされていました。何より、本人は退院するつもりだったのです」。どうも妙だと、先のチーム高倉の1人が反駁する。「一度目に入院した時には、高倉プロの事務員や映画プロデューサーが貴さんを病院に送迎し、高倉さんの身の回りの世話をしてきました。だから、1回目の時は病室で仕事の打ち合わせができた。でも、その後から彼女も仕事に口を出し始め、2度目の入院の時は関係者を一切病室に入れなかった。事務員が書類を高倉さんに届けようとしても、部屋の前でシャットアウト。それで困った事務員が、九州にいた高倉プロの専務に相談したのです」。で、心配になった専務が健サン本人の携帯電話に連絡を入れたのが、6日の日中だという。留守電に吹き込んだところ、夜11時過ぎに当人から返信の電話があった。「専務の携帯には、『やっちゃん(※専務の愛称)、心配せんでええよ。順調やけん、もうすぐ退院できる』と伝言が残っていました。専務は、細かい打ち合わせを退院の後にすればいいと安心していたと言います」(同前)。従弟の専務に、死を覚悟していた人間が「もうすぐ退院できる」等と言うだろうか? 更に、このメンバーは、こう首を傾げる。「文藝春秋の手記の件は、亡くなる年の8月、編集部から高倉プロに依頼があったものです。“戦後70年企画”だと言うのですが、本人は『そんな柄じゃない』と放っておいた。それなのに突然、亡くなった後にあんな形で出たから驚きました。実際は、彼女が高倉プロの事務員に封筒に入った原稿を渡し、文春宛てに投函するよう指示したらしい。つまり、原稿がどこでどう作成されたのか、それを知っているのは彼女だけなのです」。専務が“健サン急逝”の一報を事務員から受けたのは亡くなった当日、つまり10日午後のことである。取るものも取り敢えず東京の慶応病院に駆けつけて主治医に聞くと、「悪性リンパ腫が肺に転移し、呼吸ができなくなってあっという間に容体が急変して逝ってしまった」という。それから専務と事務員、そして養女の貴は、亡骸を世田谷区瀬田の自宅に運び、3人だけで通夜を行った。翌11日は貴が自宅で遺体と過ごし、3人は12日に密葬を営む代々幡斎場で落ち合う段取りにしたのだった。

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前出のチーム高倉のメンバーが、事の経緯を打ち明ける。「専務が火葬場で待っていると、貴さんの代理人弁護士が駆け寄って来て、『貴さんが“貴方とは話したくないので会わない”と言っています。だから、どうか火葬をご遠慮してもらえませんか?』と伝えられた。専務は何のことかさっぱり意味がわからなかったけど、火葬場で採める訳にもいかない。ただ、映画会社の社長や監督たちは貴さんの顔も知らないので、彼らを待合室に案内し、その場を離れたといいます」。専務は、まさに鳩が豆鉄砲を食らったような気分だったに違いない。それ以来、専務も彼女と接触できないでいる。尤も、高倉プロの専務として、その後の対応はしなければならない。「高倉プロといっても、タレントは高倉さんしかいないし、専務と事務員がいるだけ。唯一のタレントが亡くなり、会社を存続させると高倉の名前を利用して悪さをする人間が出てくるかもしれない。で、専務は『高倉プロを解散したい』と貴さんの代理人弁護士に話したら、弁護士も『そのほうがいい』と言っていました。ところが、いつまで経っても解散しない。すると突然、専務に役員の解任通知が届いたそうです」(同前)。高倉プロの株は、生前の健サンが100%所有していた為、7億円以上の遺産の一部として養女の貴が相続した。長年、健サンを支えてきた専務も、ただ1人の株主の意向には逆らえず、敢え無く解任されてしまったのである。高倉健と小田貴。2人はどう知り合い、どんな関係を築いてきたのか。「親族・チーム高倉・親しい人の中でも、付き合い始めた頃から彼女のことを知っているのは、高倉プロの専務だけでしょう。1997年5月に高倉さんから紹介されたらしい。が、出会い方も知らされていない。元女優なんて話ではなく、ホテルジャーナリストという。ひょっとすると、高倉さん本人も元女優とは知らなかったのでは? 2人が同居していたのは10年くらいでしょう。亡くなる1年半前に、高倉さんが専務に『養女として籍を入れたい』と相談した。当然、専務は反対した。だが、本人の意思が固く、渋々了解したそうです」と前出のチーム高倉のメンバーが語る。2013年5月、専務と彼女の実母が保証人となり、養女として入籍しているのだが、他の近親者が養女と知ったのは死後のことだとか。姪の攝子は、こう話した。「彼女のことは、高倉プロの事務員の方もずっと、住み込みの年配の家政婦だと思っていたそうです。体調が悪くなってから初めて会い、『あら、こんなに若い人だったの?』と。だから、私たちとしては『いつからどう伯父に近付いたのか?』と不思議なんです。売れない女優時代の芸名が“貴倉良子”ですから、『ひょっとするとその頃から?』等と疑心暗鬼になってしまっています」。

親族にとって彼女はそれほど謎が多く、さらに言えば不快な思いを見ている。「生前、伯父は鎌倉霊園の他に、こちら(九州)にも小田家の墓を作り、そこにおばあちゃんも眠っています。それで、伯父のお骨をどうするのか貴さんに尋ねると、『故人の遺言で散骨する』と言う。『あの伯父がまさか…』とは思いましたが、『それなら一部をこちらに分けてもらい、お母さん思いの伯父を一緒に眠らせてあげたい』と私たちは考えたのです。しかし、彼女はそれを頑なに拒否した挙げ句、『貸し出しなら許す』と言う。『(墓を守る)叔母が亡くなったら返してほしい』と。そんな失礼な話があるでしょうか? だから結局、そのままです」。去年11月10日の命日には、親族が福岡県にある小田家の墓に集まり、健サンの供養をした。だが、寺の住職も弱っている。「お墓は高倉さんが建立されたものです。ただ、命日にご供養なされるといっても、お骨どころか戒名もありません。お骨が無くてもご供養はできますが、やはり困っています」。高倉健が神奈川県の鎌倉霊園に墓を購入し、江利チエミとの間の水子を供養してきたことは、よく知られている。関係者は、本人から「死んだら一緒に入る」と伝えられてきたが、「そこも放置されている」と前出の甥も怒っている。「伯父のファンの方から、『鎌倉霊園にお参りに行ってもいいですか?』と言われます。でも、『有難いけど、何も(お骨は)ありません』と言う他ありません。善光寺に30年間も参り続けてきた信心深い伯父が、散骨なんて遺言を残すでしょうか? おまけに彼女は、『お墓も全部売るよう伯父が遺言している』と言うのです。何でも“遺言”。なので、私たちはこの際、『じゃあ、その遺言を明らかにして下さい』と求めているのです。すると、『文書がある』と言ってみたり『口頭で聞いただけ』と言ってみたり…。返答らしき返答が無い」。最後に、こうも言った。「彼女は伯父の好きだった女性に違いないと思うのですが、普通ではありません。何故、私たち親戚をそこまで頑なに拒絶するのか。伯父が亡くなった後、直ぐに高倉プロを弁護士事務所のあるところへ移転してしまったり、あまりにも段取りが良過ぎて気味が悪い。私たちは、何も遺産がどうこうという話をするつもりはないし、こういうゴタゴタを伯父は最も嫌っていた人です。だから、これまでは『あまり騒いでも…』と黙っていたのですが、何故こんな異常なことになってしまっているのか、その理由だけでも知りたいのです」。たとい80の齢を期すとも思えば夢の如し――。今年2月16日で生誕85年。高倉健は生前、小田家及び自らの眠る2つの墓を用意していた。だが、未だそこで安眠できないでいる。 《敬称略》


森功(もり・いさお) ノンフィクション作家。1961年、福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。本誌記者等を経て、2003年にフリーに。政治・経済・事件等の分野で数多くの作品を発表する一方、航空問題にも造詣が深く、『血税空港 本日も遠く高く不便な空の便』『腐った翼 JAL消滅への60年』(共に幻冬舎)等の著作がある。近著に『現代日本9の暗闇 政治・経済・社会事件に蠢く道化と傀儡師』(廣済堂新書)・『日本を壊す政商 パソナ南部靖之の政・官・芸能人脈』(文藝春秋)。


キャプチャ  2016年2月25日号掲載
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