【どの面さげて】(06) ゲスというより人間のクズ

20160412 03
自慢ではないが、当方、芸能関係にはまるで疎い。『AKB48』メンバーの名前と顔が一致する頃には、大抵皆、卒業していく。何とかガールズはどれも同じ顔に見えてしまうし、三代目何とかやら『EXILE』やら、歌わない奴が何であんなに大勢いるのか未だに意味がわからない。ラジオ番組に出る時はどうしているんだ? そんな人間に物言う資格があるのかは知らないが、年明けからこの方の芸能ニュースの洪水を見ていて、どうにも納得できないことがある。それは、ベッキー騒動の“後始末”のなされ方だ。週刊文春がベッキーと『ゲスの極み乙女。』の川谷絵音の不倫スキャンダルを報じたのが、1月7日発売の1月14日号。べッキーは即座に会見を開き、翌週には別の週刊誌が『SMAP』分裂騒動を報じたことから、この話題は一旦鎮火しつつあった。ところが、文春が更にその翌週号で、ベッキーの会見前日の2人のLINEを暴露。「ありがとう文春!」「センテンススプリング!」というべッキーの能天気ぶりが白日の下に晒され、これが止めを刺す格好となり、CMは全て打ち切り。レギュラー番組には復帰したかに見えたが、最早針の筵で、結局、1月30日を以て休業したことを所属事務所が発表した。無論、ここでべッキーを擁護するつもりは更々無い。全ては身から出た錆。文春記事から窺える2人の“のぼせ上がりぶり”には、ちょっと付ける薬が無さそうだし、あの“世間をナメた感じ”が反発を受けるのも当然である。しかし、仕事を全て干されるほどのことをしたのかと言えば、それもまた違うと思うのだ。年頃の女性タレントが男に惚れた。その男には妻がいた。自分が身を引くか、相手に別れさせるかしかない。女としての自信からか、後者を選び、結果としてそれが世間に知られることとなった――。言ってみればそれだけのことで、芸能界ではありそうな話である。まぁ今回は、結婚したばかりの妻を差し置いてベッキーを実家に連れて行く等、妻に同情が集まる余地が多分にあり、「妻がいるのに」「略奪愛だ」という声が上がった訳だが、結婚と言っても報じられる限りではお飯事にしか見えないし、大体、この手のバンド野郎の下半身に倫理などある筈もなかろう。妻の側も、そんなことは百も承知だったのではないのか。

それにしても不可解なのは、一連の騒動でべッキーだけが血祭りに挙げられ、ゲス乙女・川谷の側は粗無傷に終わりそうなことである。文春には「まさに“ゲスの極み”?」「ゲス&ベッキー」等と揶揄われたが、スポーツ紙やワイドショーでは、この種の揶揄も殆ど目にしなかった。“ゲス川谷”とか“ゲス男”とか、ピッタリな呼称も定着せず、日を追う毎にメディアに取り沙汰されるのはべッキーばかり。勿論、「彼女のほうがニュースバリューがある」というシンプルな理由もあっただろう。だが、ベッキーは全ての仕事を失い、川谷は新アルバム『両成敗』がランキング1位、武道館公演の追加チケットまで売り出すというこの落差。全然“両成敗”じゃない。ベッキーをプロモーションに利用した“ゲス男”と言われても仕方がない。結局、川谷は騒動の渦中で一度も会見を開かなかった。ライブの中でゴニョゴニョとお茶を濁しただけ。報道陣の矢面に立つこと無く、逃げ続けた。どこかのタイミングで、川谷が自分の口から「悪いのは、結婚しているのを隠して近付いた自分のほうです。べッキーさんを責めないで下さい」とでも言って矢面に立てば、少しはベッキーへの風当たりも変わった筈だ。それをせず、謂わば“女を盾にして”逃げ果せたのだ。何たる卑怯者。ゲス乙女というよりクズ男、人間のクズである。事情通によれば、川谷の所属事務所はバックの力が強く、芸能マスコミを抑えにかかったのだという。ベッキー所属の『サンミュージック』は今や弱小で、そこまでの力が無かった。だとすれば、ベッキーが降り注く矢を浴びながら孤軍奮闘している時に、川谷はシェルターに隠れていたようなものだ。情けない男である。




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今年1月10日深夜、『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)という番組にゲス乙女が出るというので見てみた。恐らく昨年末に収録されていたもので、不倫騒動への言及は無かったが、川谷のキャラクターやバンドの性格が垣間見えて面白い内容だった。ホスト側の古田新太が「深夜12時前、渋谷センター街の牛丼屋に1人でいる女」というお題を出して、川谷が即興で歌詞と曲を作っていくのである。川谷はスマホをメモ代わりにして8分で歌詞を書き、メンバーに指示を出しつつコード進行を決め、其々の楽器でアレンジしながら35分で1曲出来上がった。私にはそのレベルは全くわからないが、音楽的にはある種の才能の持ち主であることは確かだろう。しかし、どうにも違和感が止まらないのだ。歌詞が出来た途端、スタジオの出演者たちから「この世界観が凄いですねぇ」「ゲスの世界観になっている」等と声が上がる。川谷も得意満面で、世界観がどうのこうのと応じる。一体何なんだ、その“世界観”というのは? この程度のことで“世界観”と言われてもなぁ…。この“世界観”という言葉は、何だか“人間力”と同じくらいのイヤ~な臭いがする。個人的には撲滅したい日本語のツートップだが、兎も角、川谷はそういう言語感覚なのである。抑々、バンド名が『ゲスの極み乙女。』で、自分の芸名は“川谷絵音”。“えのん”ですよ。この白意識の在り様は、かなりイタいと思うのだが。川谷は恐らく、「自分は天才」と思っている類いの人間である。件の番組の曲作りの途中、「彼ら3人は本当に何も知りませんから」と自分1人で曲作りをしていることを強調していた。実際、このバンドは川谷の才能を活かすべく始まったものだろう。ミュージシャンというのは自信家でナルシスト揃いには違いないが、彼の「自分が自分が」の感じは、ナルシストというより聊か子供っぽい。

メジャーデビューしたのが2014年。あれよあれよという間に人気が出て、僅か2年足らずで『NHK紅白歌合戦』にも出場。昨年の秋から暮れにかけては得意絶頂の頃だっただろう。そこにベッキーが現れて、若い2人が舞い上がったのは容易に想像がつく。だがしかし、好事魔多しとはよく言ったもので、天狗になれば高転びするのが世の習いである。そう言えば、これまた得意絶頂の記者会見で、ゲス乙女の『私以外私じゃないの』を口遊んだ甘利明大臣も見事に沈んだ。人間、調子に乗ると碌なことにはならないという見本である。序でに、甲子園の星からプロ野球の大スターになり、シャブ漬けになって本当に転落してしまった清原和博に至っては、高転びにも程がある。「ドラフトで巨人に行けていれば…」と同情する声があるが、馬鹿言っちゃいけない。志望の学校や会社に蹴られて、そこから這い上がってこそ男だろう。大打者として一時代を築いた人間が、18歳の頃の挫折をイジイジと引きずっていたとすれば、それはあまりに情けなくないか? まだまだ人生は長い。立ち直れ清原。草野球でもいいから、また野球をやってくれ。俺は必ず観に行くぞ。恵まれた才能を無駄にするな。…いかん、芸能よりもつい野球を語りたくなってしまう。閑話休題。人間の真価は挫折の後にこそ問われる。べッキーには、こんなことで芸能人生を棒に振るのではなく、是非復帰してほしい。他にいい男はごまんといる。こんな男のことなど、とっとと忘れてしまえ。川谷絵音はきっと、挫折とも思っていないだろう。何しろ、女を盾に逃げ出すようなゲス男である。しかし、こういうのがまた、女心を擽るのだろうなぁ。人間のクズだからこそモテるという人生の真理(そういや、国会方面には正真正銘のクズなイクメン野郎がいるが、これも何故かモテる)。妻もベッキーも踏み台にして、次の女、次のステージへ――。そうやって独自の“世界観”とやらが磨かれて、大物アーティスト面していくということでしょうな。私は全く興味無いけど。


大口卓造(おおくち・たくぞう) フリーライター。1963年生まれ。論壇系メディアで雑用を熟しながら禄を食む。趣味は年表を眺めること。朝日新聞にツッコミを入れるのを日課とする。


キャプチャ  2016年3月号掲載
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