【悪夢の21世紀】(04) グローバリズムと格差拡大

パリ経済学校教授であるトマ・ピケティが著した『21世紀の資本』が、アメリカで異例の大ベストセラーとなっている。この本の中でピケティは、税務統計をもとにして富の分配に関する長期的なデータを整備し、英米仏日など先進諸国の富の分配の変遷を、過去200年にさかのぼって辿った。そして、現在のアメリカにおける富の偏在が、上位1%の富裕層が国富の4分の1を占有するという、100年前の水準近くにまで達していることを明らかにした。この恐るべき歴史的事実には、格差に鈍感とされるアメリカ国民でも、さすがにショックを隠せなかったのだ。

ピケティによれば、19世紀から第1次世界大戦まで、富は資本家に有利に、労働者には不利な形で配分され、所得格差は拡大し続けていた。その一方で、当時の経済成長率は年間1~1.5%程度に過ぎなかった。ところが、第1次世界大戦の頃から、1970年代初頭までのおよそ60年間は、先進諸国において格差が劇的に縮小した。なぜ、この時期、格差は縮小し得たのか。




まず、2つの世界大戦によって、富裕層が保有する資本が物理的に破壊された。また、戦費を調達するために、相続税や累進的な所得税が導入された。インフレの昂進により債券の価値が棄損され、債務者の負担が軽減された。世界恐慌期には、アメリカでは、労使協調的なニューディール政策が実行された。第2次世界大戦後になると、労働組合の力が強まり、資本家に不利、労働者に有利な経済政策や社会政策が採られるようになった。こうした政治的な変化のおかげで、階級間の所得格差は著しく縮小したのである。しかも、第2次世界大戦終結以降のおよそ30年間、欧米、そして日本は、格差の縮小だけではなく、記録的に高い経済成長率をも達成した。

ところが、1970年代後半ごろから、所得格差は再び拡大を始め、同時に経済成長も低調となった。とりわけ、21世紀初頭におけるアメリカやイギリスの富の偏在は、100年前に近い水準にまで戻ってしまった。大陸ヨーロッパ諸国や日本においては、格差の拡大の傾向はあるものの、英米ほどに顕著ではなかったが、日本でも1990年代以降、格差が拡大し始めている。この戦後の格差の再拡大は、1970年代から始まり、1990年代に加速した“グローバル化”と明らかに時を同じくしている。グローバル化は格差を拡大する。このような主張は、主に欧米の左派知識人や異端派に属する経済学者たちによって幾度となく提起されてきた。これに対して、グローバル化を理想視する主流派の経済学者たちは、それを躍起になって否定してきた。しかし、もはやその不都合な真実を隠し通すことはできなくなったのである。グローバル化に対する楽観で知られていたポール・クルーグマンやローレンス・サマーズのような主流派経済学者ですら、グローバル化が労働者に不利益をもたらすことを認めるようになっているのである。グローバル化が格差を拡大する基本的なメカニズムは、至極単純なものである。貿易や労働移動のグローバル化は、先進国と途上国の労働者の競争を激化させる。その結果、先進国の労働者の賃金を下落させる圧力が発生するが、資本家にとっては、人件費の圧縮により利潤の拡大がもたらされる。資本のグローバル化もまた、労働者に対する資本家の優位を強化する。資本の海外流出を脅しにして、労働者の賃金水準を低く抑えられるからである。

ただし、ここで気を付けなければならないのは、いわゆる“グローバル化”とは、単に労働・財・資金の国際移動を意味するだけのものではないということだ。世界的に著名な経済学者ジョセフ・スティグリッツは、一部の資本家や大企業がグローバル化を口実にして利益誘導を行っていることを糾弾している。例えば、グローバル企業や利益団体は、アメリカ政府を動かして、WTO(世界貿易機関)協定や北米自由貿易協定、その他の貿易・投資協定を推し進め、自分たちの利益を拡大させるために、相手国の規制を撤廃させたり、改変を強いたりしている(『世界の99%を貧困にする経済』215~217頁)。TPP(環太平洋経済連携協定)も、その一種である。これらの貿易・投資協定がグローバル化の名の下に行っているのは、一部の大企業による利益誘導に過ぎないのであって、その結果、大多数の国民は不利益をこうむるのである。法人税率の引き下げもまた、グローバル化を恫喝とした大企業による利益誘導行為の1つである。

労働者の交渉力を弱める方向で、政府にグローバル化のルールを設定させたあと、企業はさらに政治のテコを使って、法人税率の引き下げを要求することができる。具体的に言えば、税金を下げてくれないなら、もっと税率の低い国に会社を移転させる、と国家に脅しをかけるのだ。【中略】企業はグローバル化――資本の自由な移動と投資の保護――を議論する際、結果として自分たちが利益にあずかり、残りの社会がツケを払うことを伏せ、社会全体が恩恵を受けるというまことしやかな主張に終始するのである。(『世界の99%を貧困にする経済』114~115頁)

法人税率の引き下げだけではない。労働規制や資本規制の緩和や社会保障負担の縮小などもまた、グローバル化の中での国際競争力の強化を名目として実行される。こうしたグローバル化を口実とした利益誘導行為が、富裕層に有利、中低所得者層に不利となる制度改革をもたらし、格差の拡大を助長するのである。グローバル化の推進者たちは、グローバル化が仮に一部の資本家や大企業の富を増やすのだとしても、増大した富は投資へと向かい、経済成長が実現し、低所得者層も含む国民全体が豊かになると喧伝してきた。彼らが主張するこのような仕組みを『トリクルダウン(おこぼれ)効果』と呼ぶ。

過去30年間のグローバル化は、このトリクルダウン効果を口実に進められてきたと言ってよい。しかし、実際には、『トリクルダウン効果』はみられず、その反対に、ピケティが示したような格差の拡大と経済成長率の低下という現象が発生した。グローバル化によって、所得の不平等が著しく拡大しただけでなく、高い経済成長すら実現しなかったのである。スティグリッツは、この格差の拡大と低成長には因果関係があるとする。一般に考えられているのとは違って、不平等は経済成長に伴うコストなのではない。不平等は経済成長を阻害するのである。そのメカニズムについて、スティグリッツの説明は明瞭である。

下層から上層へ金を移動させれば、消費は落ち込む。なぜなら、低所得者より高所得者のほうが、所得に占める消費の割合が少ないからだ。【中略】前述のとおり、アメリカの上位1%の人々は、国民所得の約20%を稼ぎ出している。彼らの貯蓄率を20%、中下層の貯蓄率を0%と仮定し、国民所得の5%分を上層から中下層へ移転すれば(上層にはまだ15%分が残る)、総需要を“直接”1%押し上げることができる。しかし、所得の移転がなされず、上層の稼ぎがそのまま再循環した場合、総需要の押し上げは約4分の3%にとどまる。(前掲書144~145頁)

このように不平等がもたらす需要不足は、構造的なものだ。このため、格差の大きい国では、景気対策によって需要を刺激したとしても、それによって増えた富は一部の富裕層に偏ってしまい、低所得者層には行き渡らないため、景気の押し上げ効果は小さくなる。さらにグローバル化が、景気対策の効果を海外へと漏出させてしまう。例えば、公共事業を増やしても、その雇用は低賃金の外国人労働者に奪われるだけで、国民の所得は増えない。日銀の量的緩和がもたらした円安にもかかわらず、輸出が増えず雇用が伸びなかったのも、グローバル化で製造業の海外移転が進んでいたからである。円安によって輸出企業の経営層や株主は儲かっただろうが、その恩恵は国内の労働者には及ばないのだ。

グローバル化は、このようにして不平等のみならず経済停滞をももたらす。だが、グローバル化は、資本家や富裕層が行使する政治力の産物に過ぎないのであって、歴史の必然でも不可逆の潮流でもない。

わたしたちは耳にたこができるほど言い聞かされる。これは不可避な道であり、グローバル化のもとではほかに選択肢などない、と。しかし、この運命論は、現行制度から恩恵を受けている人々が考え出したものだ。彼らは、今日の窮状が選択の結果であるという事実を、うやむやにしようとしている。(前掲書217頁)

グローバル化が政治現象であるならば、これに抵抗できるのも政治のはずである。しかし、人々がグローバル化を不可避の運命として受け入れたまま思考を停止している限り、政治が動くことはない。このままグローバル化と不平等が放置されれば、一部の富裕層への富と権力の集中がますます進み、民主主義自体が滅びてしまうとスティグリッツは声を大にして訴えている。グローバル化以外に選択肢はないという運命論は、とりわけ日本では根強い人気がある。デフレ脱却や景気回復を高々と掲げる安倍政権やその支持層だけではなく、格差是正や弱者保護の観点から安倍政権に批判的な左翼勢力もまた、このグローバル化の運命論を受け入れている。だが、格差を拡大し、経済成長を阻害する最大の元凶は、グローバル化なのである。そのことから目を背けている限り、誰が政権を担おうが、どんな政策論争を行おうが、全くもって無意味である。


中野剛志(なかの・たけし) 評論家。1971年神奈川県生まれ。元京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済学・政治経済思想。東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現:経済産業省)に入省。


キャプチャ  2014年12月号掲載


スポンサーサイト
Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR