【昭和史大論争】(11) 世界文化遺産にも反対…韓国歴史アタックに備えよ

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『明治日本の産業革命遺産』の世界文化遺産への登録が決まった。『国際記念物遺跡会議(イコモス)』による登録勧告から決定までの2ヵ月間に繰り広げられた韓国との攻防は、深刻な相互不信に陥った日韓関係の現状を象徴するものだった。先ずは、何が起きたのかを振り返ってみたい。ユネスコの諮問機関であるイコモスが2015年5月4日、世界文化遺産への登録を勧告した。通常はこれで事実上の登録決定となるが、今回は違った。「第2次世界大戦末期に朝鮮人徴用工が働かされた施設7ヵ所が含まれる」として、韓国が反対を表明したのだ。最終的に登録を決めるのは、日韓を含む21ヵ国が委員となっている世界遺産委員会。6月末に始まる委員会に向け、日韓両国が激しいロビー合戦を繰り広げた。日韓は、6月21日の外相会談で一旦は“登録に向けた協力”で合意するものの、「詰めが甘かった」(首相周辺)為に土壇場で再び対立が表面化。委員会での審議が当初予定から1日遅れとなる難産となり、7月5日に何とか全会一致での採択にこぎつけた。日本は当初、韓国側主張を「時代が違う」と一蹴した。「世界遺産登録の対象は“1850年代から1910年”であるのに、徴用工は1940年代の話だ」という理屈だ。内閣府の石破茂特命担当大臣は5月8日の記者会見で、1910年について「ロンドンにおいて日英博覧会というものが開催をされ、そこにおいて日本の新しい産業の発展が1つの区切りということになったもの」だと主張した。だが、中学校の歴史教科書にも出てこない日英博覧会を区切りとすることに、異論を強引に押し切るほどの説得力を持たせることは難しい。しかも、イコモスの勧告には「各施設の歴史全体を理解できるよう」求める項目が入っていた。全会一致の決定が通例であることも、日本には重荷だった。規定では、投票を求めることも可能で、3分の2以上が賛成すれば登録が決まることになっている。だが、対立の表面化を嫌う偽証国が来年の会議に審議を先送りする可能性もあった。「和を以て貴しとなす」というのは、日本特有の考えではない。国際会議の場でも無用な対立は嫌われる。先送りになった場合、日本は2015年で委員国の任期が終わるのに、韓国は2016年も委員国に残るという事情もあった。冷静に考えてみれば、日本にとって不利な条件が揃っていた。外相会談での決着に安堵したのは日本のほうだろう。

状況が再び暗転したのは、韓国が登録決定後の発言として準備した草稿に“強制労働(forced labor)”という言葉が入っていたからだった。議事録にしか残らない意見陳述だが、国内世論向けに強い姿勢を見せておこうとしたようだ。韓国がその通りに発言しても登録自体に支障がでる訳ではなかったが、日本側は、日韓外相会談の時点で“強制労働”という言葉を使わないことに合意したと理解していたから強く反発した。国民徴用令に基づく徴用は違法な“強制労働”に当たらないという日本政府の立場からは受け入れられない表現だった。韓国で元徴用工が起こしている訴訟に悪影響を与えることも懸念された。ところが、韓国側の説明は全く異なる。韓国政府当局者は「外相会談の時点で問題となっていたのは、日本がどういう発言をするかだった。日本は外相会談で“forced to work”という表現を使うと伝えてきたので、韓国は登録に協力することにした。韓国側の発言をどうするかなんて話は無かったけれど、日本側は『韓国も同じ表現を使う』と理解したようだ」と話す。結局、外相会談での合意について日韓の理解が異なっていたのだ。韓国は最終的に、“強制労働”という言葉を草稿から削除することに同意し、問題は決着した。日本政府代表の佐藤地ユネスコ大使が採択後に読み上げた英文の声明には、「1940年代に幾つかの施設において、その意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた(forced to work)多くの朝鮮半島出身者等がいた」という内容が入った。韓国外務省は、「韓国人たちが本人の意思に反して動員され、過酷な条件下で強制的に労役したという厳然たる歴史的事実を日本が事実上初めて言及」したと評価する報道資料を発表した。韓国外務省は“強制労働”という言葉を避けたものの、一部の韓国メディアは「強制労働を日本が初めて認めた」と報じた。一方で、岸田文雄外相ら日本側は「強制労働を意味するものではない」と説明した為、今度は韓国メディアが「誤魔化そうとしている」と反発。日本国内でも“forced to work”という表現を問題視する声が出て、日本政府は釈明に追われた。日本の世論が最も混乱したのは、“強制労働(forced labor)”と“働かされた(forced to work)”の違いだろう。一般的な感覚で言えば、どちらも“働くことを強いられた”という点で変わらないからだ。




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ただ、日本政府の説明では「国際法的には大違い」ということになる。『国際労働機関(ILO)』の強制労働条約第1条は、加盟国に“強制労働の廃止”を求めている。一方で第2条は、戦争や災害等“緊急の場合”における労務は強制労働に含めないと規定する。「徴用は戦時に行われたことなので禁止対象ではない」というのが日本政府の立場だ。政府高官は、「“forced labor”を使うと第1条だけが連想されて誤解を生みかねないので、“forced to work”を使った」と説明している。宇都隆史外務政務官(自民党参議院議員)は採択後、自身のフェイスブックに「結果として元々外相会談で合意されていたそのままのラインで決着した」と書き込んだ。声明の内容は日韓外相会談で合意された水準であって、最終局面で強い表現になった訳ではないということだ。“forced to work”というのは、日本として受け入れ可能な水準だった。日本は以前から、「朝鮮半島出身の徴用工が日本に連れてこられ、働かされた」ことは事実として認めてきたからだ。「歴史修正主義的な内容だ」と韓国が反発した『新しい歴史教科書』(改訂版市販本・2005年)ですら、「多数の朝鮮人や中国人が、日本の鉱山などに連れてこられ、きびしい条件のもとで働かされた」と記述しているのである。一方、韓国が世界遺産委員会での発言で“強制連行(forced labor)”という表現を使おうとしたのは、国内世論を意識した可能性がある。「韓国内の関心が非常に高くなった為、なるべく強い表現を使う姿勢を見せたほうがいい」という判断だろう。法的な厳密さより政治的意味合いを重視する韓国の社会風土が作用した面もあるようだ。韓国政府当局者は「“forced labor”にそれほど強く拘った訳ではない」としながら、「韓国では元々“強制徴用”と呼んできた。日本側は『法的に問題がある』とか言うけど、素直に訳せば“forced labor”でしょ」と振り返った。

一連の騒動で目についたのは、日本側の認識の甘さだ。原点は、市民団体等が「世界遺産登録を目指そう」という動きを始めた10年ほど前に遡る。当時から運動に携わってきた関係者によると、朝鮮人徴用工の問題を韓国が問題視することは当初から懸念されており、「徴用工のいた施設は最初から外しておこう」という議論も出ていた。日本は結局、10年前から心配されていた問題で躓いたということだ。イコモスの勧告に反発した韓国が5月上旬にロビー活動を始めてからも、事情は似たようなものだった。日本が本腰を入れて韓国に対抗するロビー活動を始めたのは、5月末になってからだ。政府関係者によると、契機になったのは、同月25日に行われた安倍晋三首相とマレーシアのナジブ首相との会談だった。安倍首相は、世界遺産委員会の委員国であるマレーシアに協力を要請したのだが、ナジブ首相は明確な返答を避けた。マレーシアはそれまで、事務レベルでの働きかけに好意的な姿勢を見せていただけに、日本側には大きな衝撃だった。日本は必死に巻き返しを図ったが、簡単ではなかった。多くの国が「日本と韓国で話し合って解決策を見つけてほしい」という反応で、ヨーロッパの委員国からは「日本の言うこともわからないではないが、日本は(和解の)努力が足りないのではないか」という声まで出たという。そして、世界遺産委員会での韓国側発言を事前に詰め切れなかった甘さが、最後に大きな混乱を招くことになったというわけだ。結局、落としどころとなったのは、従来からの日本の立場を再確認する水準だった。韓国との事前調整を行っていれば、イコモスの勧告前に同じ内容で折り合っていただろう。そうすれば、両国の世論を不必要に刺激することなく、静かに処理できた筈だ。日韓の外交当局間の意思疎通が上手くできなくなっている現状が生んだ不要な対立だった。

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それでも、「韓国に譲ること自体が許せない」と言う人がいるかもしれないが、それほど簡単な話ではない。今回の件は国際的な注目を集めてしまった為に、法的な議論とは別に「日本は多くの朝鮮人を強制的に使役した」というイメージが対外発信された。このマイナスは大きい。批判を浴びた日本政府は「法的な意味での強制労働ではない」と対外発信すると釈明したが、国際的には“言い逃れ”という印象を与えて終わる可能性が大きい。しかも、戦時中に日本企業で働かされた中国人や朝鮮人等のケースを2003年に検討したILOの専門家委員会は、条約で請求権問題を解決済みかどうかの判断を避けつつ、“強制労働条約違反”という判断を示している。この問題への注目を更に集めることが、日本にとって得策とは思えないのである。日本と韓国は2015年、1965年の国交正常化から50周年を迎えたが、歴史認識がずっと外交問題として存在してきた訳ではない。大きな懸案として浮上するのは1990年前後になってからだ。背景にあるのは、冷戦終結と韓国の経済成長、そして民主化(1987年)だ。1965年当時の韓国は、世界最貧国レベルの経済力しか持たない軍事独裁政権。東西冷戦の最前線で北朝鮮と軍事的に対峙する地政学的な条件故に、日米両国が経済・安保両面で支えねばならない弱小国だった。そこでは、日本との関係維持は安全保障と経済の両面で死活問題だと認識されたと同時に、国民の不満は力で捻じ伏せることができた。歴史認識問題で日本との関係を悪化させるような余裕は無かったと言ってもいい。ところが、前述した1990年前後の韓国内外の動きは、こうした制約を全て取り払うことになった。それまで“敵”だった旧ソビエト連邦・中国・東欧諸国とも自由に外交を繰り広げられるようになり、経済力が強くなったことで政治的な発言権も強くなった。韓国は今や、主要20ヵ国・地域(G20)の一員として日本と肩を並べる存在になっている。経済統計を見てみよう。1965年の国内総生産(GDP)は、日本の913億ドルに対して韓国は30億ドル。30倍以上という圧倒的な差があった。これが昨年は、日本の4兆7795億ドルに対して韓国は1兆2387億ドルで、差は4倍弱まで縮まった。日本のGDPは米中に次ぐ世界3位だが、韓国も今や10位である。購買力平価ベースの1人当たり国民所得だと、昨年は日本が3万7920ドルで韓国は3万4620ドルだ。韓国は日本の9割という水準に迫っており、成長率の差を考えると数年内に逆転されると予測されている。

韓国内の社会変化も重要だ。軍事政権下で抑圧されてきた不満は民主化で解き放たれ、自分たちが抑圧されてきた歴史の見直し(再評価)へと向かった。主たる対象となったのが、日本による植民地支配と軍事政権の時代だった。“32年ぶりの文民大統領”として1993年に就任した金泳三大統領は、第2次世界大戦後も政府庁舎や国立博物館として利用されてきた旧朝鮮総督府庁舎を解体し、全斗煥・盧泰愚という軍人出身の前任者2人を遡及立法までして投獄した。まさに“歴史見直し”を体現した動きだ。慰安婦と徴用工の問題も、1990年前後に社会的関心を集め始めたものだ。それから四半世紀を経て、日韓関係を大きく揺する事案になってきたと理解したほうがいい。韓国の歴代大統領は、経済発展を果たした1990年代以降、国民に「一流国家を目指そう」と呼びかけてきた。背景には、日本と中国に挟まれた弱小国だった歴史から生まれた「他者からきちんと認めてもらいたい」という意識が窺える。だから、認めてもらう為に先進=世界の標準に従うことへの抵抗感は少ない。“優等生志向”だと言ってもいい。一例は、人権問題への対応だろう。軍事政権時代の反省もあって、人権重視の姿勢は日本より受け入れられやすい。ヨーロッパ諸国が重視する死刑も、1998年以降は執行が無い“事実上の廃止国”である。人権NGOの活動も活発で、韓国のNGOは国際社会で一定の存在感を見せるようになっている。結果として韓国は、欧米諸国から“民主主義や人権という価値観を共有する先進国”と見られている。いくら経済力が大きくても“異質”と認識される中国と違い、韓国の主張は訴求力を持ち易いのである。しかも、歴史問題に関する限り、日本が加害者であることは明白だ。世界遺産を巡る騒動は、韓国との対立が日本にとって大きな負担になることを改めて見せつけた。韓国が一方的な主張をした時に反論することは必要だろうが、前提となるのは冷徹な現状認識である。それなしに、「事実を伝えればわかってもらえる」等と考えるのは純粋過ぎる。因みに、「外交の世界で純粋というのは世間知らずという意味」(日本の外交官)である。 =おわり


澤田克己(さわだ・かつみ) 毎日新聞論説委員。1967年、埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、1991年に『毎日新聞社』に入社。岡崎支局・東京本社編集総センター・外信部・政治部・ソウル特派員・ジュネーブ特派員等を経て現職。著書に『“脱日”する韓国 隣国が日本を捨てる日』(ユビキタスタジオ)等。


キャプチャ  2015年秋号掲載
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