【偽善の逆襲】(09) “偽善”と“偽アホ”のデスマッチ

今の日本はインターネットという共通の足場の下、偽善を嫌う心情が支配している。その心情の故郷が橋下徹を生んだ大阪だとするならば? これは一大事だ! (コラムニスト 小田嶋隆)

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2015年末に放送された民放のバラエティー番組を巡って、インターネット上でちょっとした騒動があった。以下、紹介する。騒ぎの発端になったのは、12月29日の夜にTBSテレビ系列で放送された『ぶっこみジャパニーズ』という番組だ。これは、「和のカリスマが海外の“ニセジャパン”を成敗する! 正しい日本文化を伝授する“ぶっこみジャパニーズ”」と自らのホームページで紹介している通り、海外に蔓延する正統的でない日本料理や間違った日本文化を摘発し、日本の“達人”が現地に出向いてその誤りを正し、“成敗”するという設定の番組で、今回の放送分を含めて、これまでにスペシャル番組枠で5回放送されている。インターネット上での炎上を招いたのは、日本のラーメンのカリスマがスコットランドのエジンバラに飛んで、当地のラーメン店で顧客に供されているけしからぬラーメンを“成敗”するという筋立てのVTR部分だ。炎上理由は、当該のスコットランドのラーメン店が自身のフェイスブック上で、当日“成敗”の対象となったとんこつブレックファストラーメンが、普段客に提供されているメニューではなく、番組の演出に協力してディレクターの指示を参考に作られた特別メニューだった旨を暴露したからだ。尤も、フェイスブックの記述は公開後、日本で騒ぎが大きくなったことを受けて、現在は削除されている。てな訳で、コトの真偽は最終的にははっきりしない。とは言え、消えてしまったエジンバラのラーメン店のフェイスブックの記述を一応鵜呑みにするなら、番組は実在しないラーメンを“成敗”していた訳で、とすれば、少なくともこの部分に関して、『ぶっこみジャパニーズ』は“ヤラセ”だったことになる。

当稿の目的は、テレビ番組のヤラセを告発して成敗するところにはない。ヤラセに関しては、然るべき人間がきちんとした取材と検証をしないと確定的なことは言えない。私が原稿の冒頭にこの話題を持ってきたのは、本題に入る前に、この騒動の中で端的に表現されている昨今のテレビの勘違いと、『ぶっこみジャパニーズ』という番組タイトルが醸している“気分”を先ず知ってほしいと考えたからだ。私は随分以前から、“ぶっこみ”“ぶっちゃけ”“ぶち切れ”といった“本音を曝け出す”系の用語並びに演出手法が、ゴールデンタイムのバラエティー番組の現場を席巻している感じを抱いている。念の為に、“ぶっこみ”という言葉について解説しておく。これは多分、ここ5年ほどの間にトーク番組の中で使われるようになった言葉だ。大まかなニュアンスとしては、「唐突に厄介な話題を持ち出す」「空気を読まずに話を変える」「人の嫌がるカテゴリーに踏み込む」くらいな意味の用語として使われる。トーク番組の司会者が出演タレントに向けて、リアクションに窮するタイプのプライべートのエピソードをいきなり振ったり、ひな壇芸人が場の空気に沿ったトークを展開しているところに、ゲストの女性歌手辺りが突然、ギャラや取っ払い営業についてのリアルな質問を投げかけてきたような場面に、「おお、ぶっこんできたなぁ」と応じるのが定番の展開だ。何というのか、この“お約束とは違うハプニング感”が、スタジオの生の緊張感を伝えている意味で珍重されている訳です。今回のケースでは、タイトルで“ぶっこみ”と無作為を謳っていながら、その実、作為的な演出を仕組んでいたことになるのだが、それはまた別の話だ。ここでは論評しない。ともあれ、確信的なヤラセが介在していたのかどうかは措いて、過剰な演出の下で“成敗”の物語が展開されたことは事実だ。こういうものを見ていると、21世紀のテレビ制作現場を支配しにかかっている“本音”なり“ぶっちゃけ”みたいなもののマイナスの規範力に、改めて脅威を感じる。遡れば、現在、こうしてある“本音”の時代の背後には、長い“建前”の時代があった。というよりも抑々、“ぶっちゃけ”“ぶっこみ”“ぶち切れ”が齎す破壊力が若い人たちを魅了するようになったのは、戦後以来長らく続いた“人権”と“平和”と“思いやり”と“寛容さ”を標榜する進歩時代の空気が、それを上から押し付けられる立場にある学校の生徒にとって、如何にも偽善的に感じられたからなのであって、してみると、私のような年配の男の目に“露悪”“中二病”“理由なき反抗2.0”くらいに見えている“ぶっちゃけ”“ぶっこみ”“ぶち切れ”は、それらの気分をべースに処世の諸事に立ち向かっている当のヤング諸君自身からしてみると、単純に“正義”であるのかもしれない。




私はわかり難い話をしようとしている。どういうことなのかというと、現在、“偽善”とされているものには2つの諸相があって、1つは辞書通りに「善たることを偽装する」意味での偽善であり、もう1つは「偽善を憎む者として振る舞う」一段階屈折した偽善だという、如何にも錯綜したお話だ。この立論は、偽善という言葉自体に自己言及をさせている点で、あまり筋が良くない。それ以前に、“偽善”という言葉が「ふりをする」という偽装を前提としている時点で、既にわかり難いのかもしれない。何れにせよ、筋が悪い。3年ほど前、ツイッターに以下のような短文を書いたことがある。
このツイートは、現在までに2500回以上リツイート(再拡散)されている。まぁ、それだけ“偽善”は堂々巡りに陥り易い論題で、そのことについてモヤモヤした感じを抱いている人間が多いということなのだと思う。抑々“偽善”は、“善”なるものが万人にとってはっきりしていないと機能することができない。更に重要なのは、「偽善を憎む」設定もまた、“偽善”とされるものが、人々の間で明らかな形で共有されていないと上手く動き出すことができないということだ。で、思うに現在、ここのところが混乱していて、それが、現代の“善”が、“偽善”や“偽偽善”や“偽悪”や“偽偽悪”に包囲されて、空回りする理由になっている。抑々、「ふりをしている」といっても周囲がそう思っているだけで、本人は本気でやっていたりする訳で、してみると、偽善者ぶっている人間は、本当は「ぶってぶって」と言いたいのかもしれない。遥か昔、全共闘の爺さんたちが若者だった時代、彼らは偽善を恐れなかった。というよりも、より実態に即した言い方をするなら、彼らは自信満々に自らが“善”たる者であることを宣言し、自分たちが善たらんとすることを高らかに宣言していた。どうしてそんなこっ恥ずかしいことが可能だったのかというと、当時の彼らにとっての“善”が、その内部に“反抗”を含んでいたからだ。彼らは、“反抗者”であることと“善なる魂の持ち主”であることを矛盾無く体現できると思い込んでいた。なればこそ、彼らは正々堂々と「我は善人なり」と叫ぶことができたのである。彼らにとっての“善”である“左翼的な理想論”及び“戦後民主主義的な原則”並びに“戦後世代のファッションと美意識”は、彼らの親の世代の常識から見れば、何れも“不道徳”で“ふしだら”で“非常識”で“男らしくない”“ガラクタ”だった。そうだからこそ(つまり、上の世代の人間に憎まれているからこそ)彼らは、自分たちの“善”を確信し、自分たちが“善人”として振る舞うことについて、そのこと自体を“偽善”とは考えなかった。

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実際に、髪を肩まで伸ばし、デモに参加し、戦前的な男らしさを嘲笑し、女子学生と同じ部屋でゴロ寝する彼らの振る舞い方は、彼らに不利益を齎していた。具体的には親に泣かれ、上司に迫害され、教授に糾弾され、入社面接の部屋から排除された。とすれば、そんな一文の得にもならない“善”を貫徹している俺のどこが“偽善者”だというのだ? “偽善者”というのは、行為としての善をなさずに、善人としての世評だけを得ようとする者を指す言葉で、だとすれば、“善”をなすことによって不利益に晒されている彼らは、少なくとも偽善者ではなかった。昨年末に亡くなった野坂昭如が1969年に刊行したエッセイ集に、『卑怯者の思想』という本がある。野坂が“卑怯者”を自称したのは、この本が書かれた1969年が、まだまだ保守的な価値観に支配されていた時代であったことを物語っている。つまり当時は、反戦を叫び、「戦争が来たら俺は逃げる」旨を明言することが“卑怯者”と呼ばれ得る時代だったということだ。逆に言えば、あの時代の反体制活動家は、卑怯者の汚名を着るリスクを自覚していたからこそ、逆に「自分が偽善者である」という自覚と無縁だったのである。が、程無く時代は変わる。戦後民主主義が同時代の主要な思潮となり、マスコミを席巻し、教育現場を支配し、進歩的文化人の行動指針に化けるようになると、全共闘発の“善”は迫害でなく、利得を生むようになる。それまで“反抗”の思想であった左翼思想も、少なくとも大学やメディアでは“体制”に変貌する。“長髪”は順応的な髪型になり、男女共同参画は“無難”で“優等生的”なお茶飲み話として各方面から推奨されるに至り、“人権思想”並びに“弱者擁護”は寧ろ道徳的な規範として、上から押し付けられ始める。と、世の中全般がそうなってしまった後に生まれた子供たちの目に、戦後民主主義思想を筆頭とするリべラル的諸価値が、“著しく体制順応的な優等生御用達の作文技術”くらいな“偽善の権化”として像を結ぶことは、これはもう致し方のない展開だ。1992年に廃刊して、雑誌としての使命を終えた『朝日ジャーナル』が、2009年に創刊50週年を迎え、『週刊朝日』緊急増刊号として1号限りの“復刊”を果たしたことがある。その復刊号の巻頭に、編集長氏が『この国への強い危機感 “知的虚栄心”と“知の復権”を』と題したコラムを書いていたことを覚えている。細かい内容は覚えていないので、記憶の中から再現する。或いは、細部が多少違っているかもしれない。が、主旨は合っている筈だ。そう思って読んでもらいたい。そのコラムの中で編集長氏は、嘗て学生の“知的虚栄心”に応える装備の1つであった『ジャーナル』(朝日ジャーナルの嘗ての愛称)が、失われたこの国の知的不毛(並びに“わかり易さ”と“ポジティブさ”ばかりが持て囃される出版界の現状)を嘆き、雑誌文化の復活への決意を語っている。

何というのか、編集長氏は「俺たちが若い頃は、インテリでなくても、せめて『インテリぶろう』と努力するくらいのことはしていたものだぞ」てなことを言いつつ、インテリぶろうとさえしない現代の若者に苦言を呈していた訳だ。ここにも、“偽善”への評価の違いが露呈していると思う。所謂“世代論”は概ねくだらないものだが、私は個人的に、こと“偽善”という言葉についてのみ言うなら、その周辺に“世代”による、受け止め方と使い方の違いがかなり露骨に介在すると思っている。大雑把に言うと、40歳より上の人間は、若い人たちに比べて、“偽善”に対して点が甘いということだ。復刊『朝日ジャーナル』の1号限りの暫定編集長氏が述べていた通り、嘗て“知的ぶること”は良いことと見做されていた。彼らが若者だった時代の学生は、背伸びをして、自分のアタマでは読み熟せる筈のない書籍に手を伸ばすことを常としていた。そういう“知的好奇心”が、結果として“知識人”を生み出していたことを思えば、自分たちのような凡庸な学生が“似非インテリ”を気取っていたことは、一握りの“本物のインテリ”を生み出す為の不可欠な過程であった筈だというのが論拠だ。知的虚栄心を抱く若者は、その空疎な努力の結果として、遠いある日に本物の知性を手に入れるかもしれない。同様にして、善人ぶる者は仮初めの善行に勤しむ内に、いつしか本当の善人に生まれ変わるかもしれないという理屈だ。若い人たちは、あまりそういう風には考えない。偽善の中に一定量の善意が含まれており、偽善者から本物の善人に成長する人間が極一部いるのだとしても、そのことの齎す利得よりも、世に数多ある偽善が醸している腐臭と、得意顔で説教をしてくる偽善者どもの口吻の不潔さを思えば、偽善を大目に見る訳にはいかない。「偽善は悪そのものよりも悪い」と、彼らはそれほど強烈に偽善を嫌っている。偽善への嫌悪ということでいつも思い出すのはボブ・ディランだ。彼は最初、プロテストソングから出発した。大学生を中心とした1960年代のフォークソングのファンたちが、当時、社会問題となっていた黒人の公民権運動やべトナム戦争への反戦に対して、歌の力で対抗しようとしていて、ディランはデビュー当時、その彼らの中の輝かしいヒーローだった。が、直に彼は、その社会運動の偽善臭とインテリ臭にうんざりする。で、ロックに転向した訳だが、その転向前後の時期に『寂しき4番街』という歌の中で、こんなことを言っている。逐語訳をすると『JASRAC』が煩いので、大意だけを伝える。「あんたが傷ついたヤツを抱き締めても、俺は良い気持ちにはならないな。俺がスリだったら、そういうヤツから掠める。当然じゃないか」。何とも身も蓋も無い言い方だが、実に1960年代の末期には、既にこういう声が生まれ始めていたのである。

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日本では多分、ビートたけし辺りがインテリの偽善を表だって攻撃し始めた先駆者の1人だと思う。以後、インテリ攻撃と偽善嘲笑と露悪とぶっちゃけとぶち切れは、お笑い文化の有力な動力源になる。で、その隠れた言論の力は、インターネットという共通の足場を得るに至って、若い世代が世間に対峙する際の基礎的なマナーに成長する。偽善を嫌う心情には、もう1つの故郷がある。大阪だ。これは油断できない。若しかすると、21世紀の日本は反20世紀化しているのではなくて、単純に“大阪化”しているのかもしれない。だとすると、これは一大事だ。橋下徹が大阪という街から登場したことは偶然ではない。インテリ(彼の言葉で言えば“自称インテリ”)と官僚と既得権益層を仮想敵として、その憎むべき敵の“癒着”と“偽善”と“嘘”を徹底的に暴き立てることを主要な政策の柱に据える彼のような政治家は、やはり東京からは現れない。“ええかっこしぃ”を嫌うことが生来の習慣として骨身に染み付いているあの街からでなければ、あれほどに舌鋒鋭い政治家は現れない。大阪の人たちが、あの橋下徹氏の自在な毒舌を“痛快”と評価するのは、抑々彼ら自身が露悪的だからでもある。露悪という言い方では足りない。“露アホ”“偽アホ”と言ったほうが適切かもしれない。それほど、彼らは自分たちがアホであることを誇り、アホになりきれない東京の人間を軽んじている。新卒で入社した食品会社で、私はいきなり大阪営業部に回された。恐らく、当時の営業系の企業では、生意気な新人社員は大阪で叩き直すという感じのカリキュラムが共有されていたのだろう。で、私はへコまされた。東京の人間が大阪に赴任すると、関東の言葉を使っているだけで「気取っている」と見做される。その他、エロ話に乗らなかったり、居酒屋に付き合わなかったりしても、直ちに「スカしている」という評価を下される。そして、大阪で何よりも駄目なのは、頭が悪いことでも意気地が無いことでも勤務態度が劣悪なことでもなくて、“ええかっこしぃ”なことなのである。或いは、これは大阪の風土が齎す蛮風である以上に、営業系の企業の先輩社員が新入社員に課すホモソーシャル的な文脈に由来する試練であったのかもしれない。が、何れにせよ、彼の地では“正しいこと”や“善きこと”を屈折無しに語る人間は、「アホじゃない」という意味で駄目な人間だった。私は、この先の日本が完全に大阪化することを本気で心配している。“大阪塗裝工”――。アホなことを言って笑ってばかりいると、この国は大阪色のペンキで塗り潰されることになる。 =おわり


小田嶋隆(おだじま・たかし) コラムニスト・テクニカルライター。1956年、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒。食品メーカーの営業マンを経てテクニカルライターの草分けに。著書に『地雷を踏む勇気 人生のとるにたらない警句』(技術評論社)・『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社)等。近著に『超・反知性主義入門』(日経BP社)。


キャプチャ  2016年2月号掲載




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テーマ : 橋下徹
ジャンル : 政治・経済

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