【それがどうした】 泣いて笑って、笑って泣いて、また笑う

人は寿命で亡くなる“そうである”。断定しないのは、未だ少しそう言い切れないものが私の胸の隅にあるからだろう。「ねぇ、伊集院さん。人間は病気や災害や事故で死ぬんじゃなくて、寿命で亡くなるのよね。そうでしょう?」。東京で母代りをしてくれて、日本でも一、二のプロダクションの副社長・Mさんが言った時、「何の話をし始めたのか?」と思った。「信心の篤い人だから、どこかで僧侶の話を聞いたのだろうか?」と顔を見直すと、「私、そんなこと少女の時から知ってたわ」と言われ、「そういう考えもあるのか」と思った。その頃は“死別”をテーマにした小説を書いていたので、翌日、その言葉を反復した。数ヵ月・半年経つ内に、どうやらMさんの考えに理があると思えるようになった。私は弟・前妻以外にも、多くの友を半生の中で亡くした。年齢の割には多過ぎて、「私のほうに問題があるのでは?」と考えた時期もあった。そして、ずっと若くして死んだ人を「不運だった」と私は思っていた。「不運だった」と考える理由は、彼・彼女・友人が明るく笑って生きていた時間をよく覚えており、弟にも前妻にも夢や希望があり、「そうなるといいネ」と応えたこともあった。それ故に、死の瞬間から、目を輝かせて語っていたことが無になり、跡形も無くなったことに「嘸かし無念であったろう」と考えたからだ。死なせた方ほうは(近しい人はそう思うことが多い)自分のことより、無念であった人への思いばかりが何かにつけ浮かぶ。

奇妙なもので、近しい人を亡くすと、世の中に、これほどの数の同じ思いをした人がいたことを知ることになる。家族の誰かしらに不幸があるのが世の中の常なのである。人の死を寿命と捉え始めたのは、阪神大震災や東北大震災を見たことも大きい。どんなに短い生涯であれ、この世に誕生したことには喜びがあった筈だ。自分が見知っていた人には、確かにそれはあった。そのことで彼らをただ「不運だ」と考えては、彼らの生きた時間と姿勢に対して失礼だと思い始めた。況してや、残った自分が不運と思うことはもっと失礼で、死んだ人がどこかで、「不運だ」と項垂れている近しい人の姿を見たら、切なくなるだろうと思った。人は泣いてばかりで生きられない。泣いて、笑って、正確には「笑って泣いて笑う」が人の生きる姿である。よく、「こんな家に生まれちまって」とか「こんな学校にしか行かせてもらえなかった」、酷いのになると「こんな親に」と言う輩までいる。少年の頃、差別用語で詰られ、殴られて家に戻った弟が、「兄ちゃん、何で僕、ここの家に生まれたんじゃ」と泣いた時、「それは口にしちゃいけんよ。お母やんが泣くぞ。わしら男じゃけん、兄ちゃんが明日殴り返しに行ってやるから」と言うと、「そうじゃの、お母やんは『御飯も食べられん家もある』と言うとったもんな」と話したことがあった。未だ飢死する人・行き倒れの人がいた時代だ。




15歳を過ぎた頃には、私も弟も不運とは思わなくなったし、そんなこと考える暇無く走った。大リーグ『ニューヨークヤンキース』の松井秀喜コーチも、守備で左手首が減茶苦茶になった時、一度も“不運”とは口にしなかった。大きな落馬事故で復帰まで1年かかった武豊騎手の口からも、“不運”という言葉は一度も聞かなかった。何故だろうか? それは、己を“不運”と考えた瞬間から、生きる力が停滞するからではなかろうか。同時に、その人の周囲の人たちを切なくするだけで、生きる上で大切な、誰かの為に生きる姿勢が吹っ飛んでしまうからだ。誰だって幸せになりたい。ただ、「自分だけが…」では子供と同じだ。自分だけで精一杯が世間なのだが、その上、そうしなくてはならないのが本道なら、生きるのはそりゃ辛い。ただ誰かの為に何かができてることは証明なぞできないし、その姿勢が肝心なのである。「不運と思うな」。口にこそ出さぬが、私は自分より若い人が辛い・苦しい・哀しい目に遭っているのを見ると、胸の底で呟く。「決して不運と思うなよ。もっと辛い人は世の中にゴマンといる。今、その苦しい時間が必ず君を成長させる。世間・社会・他人を見る目が広く深くなるのだ」と。説教じみて聞こえたら勘弁してほしい。


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。


キャプチャ  2016年4月23日号掲載




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