報道界の主流、小さなNPO型集団に…ニュースを掘り起こす職分、不変の価値

20160419 07
「新聞社はいつまで持つと思いますか?」――。取材先で時々、そういうキツイ質問を浴びます。「新聞記者って将来あるんですか?」と聞かれたこともあります。大抵はインタビュー終盤の座が緩んだ辺りか、取材後、一緒にビールを飲みに出たような時です。私は、いつもこう答えます。「何れ、ニュースは全てデジタルで届く時代になるでしょう。ただ、そうなっても記者という仕事の内容は殆ど変わらない筈です。50年先・100年先も間違いなく、記者は取材に駆け回っていると思いますね」。そんな楽観論を言うようになったのは、最も悲観的だった時期のアメリカの新聞産業を現地で嫌というほど見てきたからだと思います。私は、1990年代半ばからリーマンショック(2008年)を経て、現在まで断続的にアメリカのメディア界を取材してきました。新聞からテレビ・PC・スマホ・タブレットへと、ニュースの主媒体は目まぐるしく移りました。それと並行して、アメリカの報道界で生まれた変化の大波は、数年か十数年以内に必ず日本へも打ち寄せてきました。日本のメディアの将来を知りたければ、先ずはアメリカの現在を知ること。そこに必ず答えがあると私は思っています。これまで時間を作っては、せっせとアメリカ各地の新聞社を訪問してきました。『ニューヨークタイムズ』や『ワシントンポスト』等、大きなところは極少なく、私の見学した新聞社の殆どは本社が平屋建てです。発行部数は数千から数万部ほど。社内に印刷インクの臭いがプーンと漂い、販売と広告、紙の新聞とニュースサイトの編集が同居しています。

今から数年前、それらアメリカの地方新聞社は、ただ1つの例外も無く節電令で社内は昼間も暗く、壁には経費削減のスローガンが貼られていました。記者たちの作業スペースは、人員補充が無い為にガランと空いています。解雇しない代わりに人件費削減の為、週単位や月単位で無給休暇を記者に割り当てている新聞社もありました。肌感覚で言えば、アメリカ新聞界の経営面での最盛期は2005年頃でした。翌年から、新聞広告は恐ろしいほどのペースで減り始めました。報道面でのピークはそれよりずっと早く、1990年代だったと思います。1989年に全米で5万6900人もいた編集者・記者は、今や3万8000人にまで減りました。休刊に追い込まれた新聞の名を挙げれば限がありません。同じ題字の下で発行が続いている新聞であっても、経営の実態は激変しています。近年では、経営難に陥った新聞を富豪が私費で会社ごと買い取るという例が続いています。ワシントンポストの場合は、日本でもお馴染みのインターネット通販大手『Amazon』の創業者であるジェフ・ベゾス氏(52)が、ワシントンの名門・グラハム家から個人的に買い取りました。買収額は2億5000万ドル(約297億円)でした。『ボストングローブ』は、長年に亘って赤字に苦しんだ末、大リーグ球団『レッドソックス』のオーナーであるジョン・ヘンリー氏(66)に現金7000万ドル(約83億円)で買い取られました。この2紙の場合、新社主に其々「新聞を残したい」という意欲がありました。2人とも新聞人ではありません。ですが、新聞に対する独特の共感がありました。揃って、「一先ず、ビジネスを度外視して自分が出資する。記者や編集者に奮起してもらい、生き残る方法を探ってほしい」と注文しました。新聞社の経営方面にとんと疎い私等は、「新聞に愛情と敬意を持つ富豪がポケットマネーで新聞を延命させてくれるのなら慶事ではないか」と受け止めていたのですが、酷い思い違いでした。世の中はそんなに甘くありません。この2紙とはまるで対照的な延命劇が現れました。記者にとっては悪夢のような話です。




20160419 08
舞台は、ネバダ州の有力紙で107年の伝統を誇る『ラスベガスレビュージャーナル』。昨年暮れ、地元で“カジノ王”として知られるシェルドン・アデルソン氏(82)が、親族を通じて同紙を新聞社ごと買収したのです。買収額は1億4000万ドル(約166億円)でした。アデルソン氏はベガスでのカジノ経営に成功し、マカオやシンガポールにも進出しました。恨みを買った相手が余程多いのか、どこへ行くにも屈強なボディーガードたちに囲まれて移動します。アメリカの政界では、共和党の大口献金者として有名です。前回大統領選では、全米屈指の巨額を提供しました。大統領候補選びにも影響力があり、極端な反アラブ政策が信条です。水面下の買収交渉を経て、アデルソン氏は昨年12月、いきなり社主として名乗り出ました。「自社のカジノ絡みの裁判を担当する裁判官を徹底的に洗え」「新社主家について記事を書きたい場合は、事前に文書で申請せよ」。そんな指示を編集局に出しました。「社主たるもの、編集方針には口を挟むべからず」――。アメリカのジャーナリズム界で、これまで何世紀にも亘って尊重されてきたジャーナリズムの原則は、見事に否定されました。恐らく、未だ序の口です。今後は、本格化する大統領レースで自分の望む通りの報道を同紙記者に強いるのではないかと、私は危惧しています。ベガス紙の強引な買収劇を見ていると、国は違っても、新聞社の一員である私は暗然たる気持ちになります。しかし、記者の一員として考えるなら、話はそれほど単純ではありません。ニュースを掘り起こし、きちんと論評し、世の中に送り出すという仕事がアメリカですっかり消えて無くなった訳ではないからです。『アメリカ連邦通信委員会(FCC)』は7年前、ニュースがどの程度供給されているか、全米の住民約600人から聞き取り調査をしました。新聞の衰退を受けて、市民生活に必要なニュースがどれくらい減ったかを確かめる為でした。調査報告書を読むと、地元紙の取材が細り、大手紙が支局を閉じたような地域では、とんでもない変化が起きていることがわかります。例えば、2007年を最後に地元紙が姿を消したオハイオ州では、翌年から自治体選挙で候補者が減り、投票率が下がり始めました。地方行政の報道が殆ど無くなり、有権者が選挙に関心を持たなくなった為です。その結果、どこも“現職有利”“新顔不利”という傾向がはっきりと出るようになりました。

1998年頃、地元紙が休刊して“取材の空白域”に入ったカリフォルニア州のベル市では、驚くべき事件が起きました。市の行政官(事務方のトップ)が、年間500万円ほどだった自分の給与を、十数年かけてこっそり6400万円にまで引き上げました。オバマ大統領の給与の2倍に相当する額です。この高給にどこからも異議が出なかったのは、その間に行政官が自分だけでなく、警察幹部や市議たちの給与も引き上げて抱き込んでいたからです。市役所にも市議会にも、記者は何年も取材に来ませんでした。住民たちは、行政官が建てた家が豪華過ぎるのを見て、訝しんではいました。ただ、給与が幾らなのか調べるほどの時間や熱意はありません。通報しようにも、地元には頼りになる新聞社の拠点すらありません。偶々、大手紙記者が近隣市で取材中、雑談からベル市幹部たちの豪勢な暮らし向きのことを聞き込みます。この特報が元になり、行政官は逮捕されました。報告書を読んで痛感したのは、たとえ1人であっても記者が地方の市長選や市議選を丹念に取材することの大切さです。市の予算や決算の分厚い書類を疑いの目で捲り、市長や市議に直に疑問をぶつける等という仕事は、普通の市民にはやる気の起きないことです。億劫ですし、継続するのも大変です。学校の教職員・警察官・消防士・徴税吏・ゴミ収集係がどの街にも欠かせないように、記者というものも、実は消えて無くす訳にはいかないタイプの職なのではないでしょうか。私は昨年、新聞の衰退後に生まれたアメリカの報道専門サイトの編集部を幾つか訪ねて歩きました。「新聞社が消えて生じた空白を、オンライン報道機関がどうやって埋めているのかを知りたい」と思いました。結論を先に言いますと、アメリカの報道専門サイトは増え続けて175ほどありますが、供給の減ったニュースを補うには程遠いのが実態です。今の日本の新聞社やテレビ局のニュースサイトのように、政治・経済・社会・スポーツ・地域ニュースといった全分野を網羅する百貨店タイプの報道サイトは長続きしていません。寧ろ、教育ニュース・犯罪ニュース・地元ニュース等、専門分野に特化した小売店型のサイトだけが生き残っているという印象でした。以下では、医療ニュース専門サイトと地元ニュース専門サイトの2つに絞って、成功例をご紹介したいと思います。

1つ目は、医療ニュース専門の『カイザー健康ニュース』です。アメリカの有力紙『ボルティモアサン』の記者だったジョン・フェアホールさんが編集長を務めています。若い頃はサイエンス報道に燃え、権威ある賞を幾つも受けました。部長になると7人の専門記者を率い、医療科学面を任されました。しかし、経営が難しくなると、医療科学面そのものが廃止され、部下は2人に減らされます。「医療や健康といった部門は、新聞社の縮小局面では真っ先に削られます。私も編集局次長という管理職にあって、人減らしをやらされるか、或いは自分が上司に切られるか、そのどちらかしかないというところまで追い込まれました」。腹を決めたのは2009年。「懸命に育てた後輩記者たちを我が手でリストラするのは耐え難い」。27年間愛したサン紙を退社しました。退社直前から立ち上げに加わったのがカイザー健康ニュースでした。造船や製鋼で財をなした実業家のヘンリー・カイザー氏(故人)の遺産を管理運用している財団から声をかけられ、創刊編集長に就きました。追い風となったのは、アメリカの大学・病院・製薬企業・医療公務員等から上がった「もっと医療報道を」という声です。サン紙に限らず、大小の米紙が医療専門の記者を減らした為、医療や保険のニュース供給量が激減していました。折しも、アメリカ史上初の国民皆保険(通称『オバマケア』)について20年越しの議論が沸騰していました。「オバマケアを巡る民主・共和の罵り合い報道はもう飽きた」「メディア間の速報競争などどうでもよい」「連邦議会で制度の何が骨抜きにされたのか分析する記事が欲しい」――。そうした声に応えて、フェアホールさんは腕を振るいます。首都のワシントンD.C.に編集室を置き、専門記者が20人。深掘りしたニュース解説と、毎朝6時に配信する“最新医療ニュース選”を医療機関や新聞社等に無償で提供しています。カイザー財団からは、報道内容に注文がつくことはありません。企業広告は載せず、一般篤志家からの寄付も受けません。「医療のように公共性が飛び抜けて高い分野は、メディア企業の経営に左右されること無く、一定の質と量を保ったニュースが安定供給されるべき。私たちのような非営利団体NPOのほうが、販売部数・視聴率・自社の株価に振り回される新聞やテレビより、遥かにじっくりと腰を据えた医療報道ができると確信しました」。

20160419 09
ご紹介したい報道サイトの2つ目は、アメリカ東部コネティカット州にある『ニューヘブンインディペンデント』(左写真)です。地元ニュースに徹した編集方針が支持され、昨秋、創刊10年を迎えました。編集長は、ニューヘブン市の元地元紙記者であるポール・バスさんです。創刊時は1人でしたが、記者は4人に増え、経営も安定してきました。元々、コネティカット州は全米でも特に新聞発行の盛んな土地です。ニューヘブン市にも100年続いた伝統紙が2つありましたが、1紙は休刊し、残った1紙も記者を7割減らす等、極端に小さくなりました。その結果、地元ニュースは激減します。州議会の動き・市長選・地元の犯罪の詳細が報じられない。州選出の連邦議員は、「ワシントンで自分が演説や投票をしても、地元の新聞やテレビ局の記者が誰も取材に来ない」と嘆きました。「このままじゃ、地元ニュースが全く報じられなくなってしまう」。そんな不安が住民に広まりました。バスさんは、地元密着ニュースに特化することを決めます。力を注いだのは、警察回りと苦情処理。“今週の警官”という欄では、難事件を解決した刑事や新米の外勤警官を週毎に紹介しています。苦情処理では「幹線道路に陥没」「不法なゴミ捨て」といった住民の目撃投稿をアップロードし、市役所や保健所に出動を促します。取材時の移動手段は専ら自転車です。読者による“誤字”発見欄も定着してきました。校閲記者を雇う余裕が無い分、誤字や脱字を読者に見つけてもらうコンテストを始めたところ、人気が集まりました。「これは」という重要なタイプミスを見つけてくれた読者には、特製マグカップを贈るそうです。バスさんのサイトは課金システムは採りません。閲読は、どの記事も無料です。広告集めもしません。収入の支えは、「最新の地域ニュースを読みたい」という住民・地元企業・病院等からの寄付です。「新聞というメディアは何世紀にも亘って地域の広告を独占し、地域のニュースを独占し、政治家や公務員にも恐れられる存在でした。だが、そんな特権的な時代はもう去った。私のサイトが持続できたのは住民の共感のおかげ。水道やガスと同じように地元ニュースも公共的なもので、日々の生活に欠かせないとわかってもらえたからです」とバスさんは言います。

扨て、ジャーナリストを目指すべきかどうか迷っている日本の大学生の方々から、私も時々、相談を受けることがあります。「新聞社を受験したいが、将来性はありますか?」「テレビか新聞では、どちらが魅力ある職場ですか?」。不甲斐無いことですが、この種のお尋ねを戴いても、私には何ら有益なアドバイスはできません。新聞経営の将来を語れるほどの経験は無いからです。ただ、報道という仕事の近未来像でしたら、ボンヤリと頭にイメージしているものがあります。それを少し説明させて下さい。紙の新聞であれ、報道サイトであれ、現在のように1紙又は1サイトに“政治”“経済”“社会”“スポーツ”“芸能”“文化”等、社内の部課名とまるで同じ分類のニュースを一式取り揃えるような時代は、何れ消え去るような気がします。その次の時代には、ニュース需要が専門化・細分化する筈です。視聴者毎の興味に即してカスタマイズされたニュースを継続的に供給する小さなNPO型の報道集団が多く生まれ、それが報道界の主流になるのではないかと思います。そんな時代が到来しても、届ける価値のある独自情報を掘り起こし、動画や写真を撮影し、きちんと編集する作業は、今日と同じように不可欠です。需要のあるニュース分野を見極め、コツコツと情報を集めるのは、地味で日の当たらない仕事です。休暇の予定は立たず、家族には迷惑をかけてばかりです。切れ目無く次から次へと押し寄せるニュースの波は、一瞬たりとも記者を待ってはくれません。そんなきつい仕事を片手間でやれる訳がありません。東京のテレビ局のスタジオで照明を浴びてニュースを読む人々は、1人で過疎地の町村議会をコツコツと回ったりはしません。ツイッターやフェイスブックで目に留まったニュースを腐したり、拡散したりすることにのみ励む人々は、テロや災害の現場に命がけで急行することもありません。そんな情熱と時間を持ち合わせているのは、世に数多ある職業の中でもやはり記者だけではないでしょうか。「住む街の為、家族の為、公共の為に」と思い定めた誰かが、時に風雨に打たれ、時には歯を食い縛って取材と撮影を続けない限り、信頼できるニュースは忽ち枯渇します。今から50年後・100年後にニュース需要が消えて無くなるということは起こり得ません。民主政体が進化し、人々の知識レベルが向上すれば、判断材料となるニュースやデータは今以上に必要になるからです。であれば、半世紀後・1世紀後にも記者という職業は存在し続ける筈です。媒体が紙であれ、テレビであれ、PCであれ、スマホであれ、或いは私たち現代人には想像もできない未知のツールであれ、大元のニュースを掘り起こすという作業を抜きにしては、1行の情報も1本の映像も世に出せません。現場へ走る。映像を収録する。話を聞く。本心を聴き出す。それを文章にする。写真や動画を編集する。それらを世に送り出す。こうした全工程を1人で熟す――。それが、この先も変わらぬ記者の本分だと思います。そして、それこそが未来の記者たちの存在意義だと私は信じています。


山中季広(やまなか・としひろ) 朝日新聞特別編集委員。1963年、三重県生まれ。ハーバード大学ケネディ行政大学院修了後、1986年に『朝日新聞社』に入社。鳥取支局・神戸支局・立川支局に勤務。2013年から香港に駐在し現職。


キャプチャ  2016年3月号掲載

任侠書房改版 [ 今野敏 ]
価格:734円(税込、送料無料)





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