【どの面さげて】(08) SMAP騒動から見えた日本人の“正体”

年明け早々、“国民的グループ”の事務所からの独立・解散を巡る狂騒が我が国を覆った。この話題を考える内、単なるタレントの処遇に留まらない事の本質が浮かび…。 (コラムニスト 小田嶋隆)

20160419 17
未だ正月気分が抜け切っていない1月半ば過ぎの月曜日、フジテレビは朝から、その日(1月18日)の夜に放映される『SMAP×SMAP』の放送枠内で、メンバーによるファンへの特別な報告が予定されている旨を繰り返し告知していた。告知は、注目を集めた。というのも、フジテレビによるこの告知に先立つ1週間ほどの間、13日付のスポーツ新聞(『スポーツニッポン』と「日刊スポーツ』)が、『SMAP』の解散を示唆する記事を掲載して以来、芸能マスコミは、その話題で持ち切りだったからだ。私自身は、朝から繰り返される告知を真面には受け止めなかった。単に「数字が欲しいのだろうな」と思っていた。解散するのであれ、解散を回避するのであれ、当事者であるメンバーの口から直接に事情が語られるとすれば、ファンは色めき立つ。私のような芸能音痴の野次馬でさえ、一通りの関心は払う。ということは、当日の放送が高い視聴率を記録することは約束された展開だった。果たして、当夜の番組は平均で31.2%、瞬間最高で37.2%の視聴率を記録した(『ビデオリサーチ』調べ・関東地区)。翌日の未明、インターネット上に公開された動画を見て、私は大層驚いた。とても“ファンへの報告”であるようには見えなかったからだ。映像は、私が事前に予想していた“彼是報道されている噂を打ち消す為の説明の談話”でもなければ、“ファンに向けた謝罪の言葉”でもなかった。あれは強いて言うなら、“誰に向けて何を伝えようとしているのかが一向にはっきりしない、只々沈痛な表情と棒読みの台詞回しだけが印象に残る、小劇場の舞台で上演される追悼含みの朗読劇みたいな不気味な読み合わせ”だ。結果、インターネット上には様々な憶測が飛び交うことになった。当然だ。だって、あれは一見しただけではまるで意味が了解できない映像だったのだから。

とは言え、2日ほどが経過する内には、衆目の一致する見方が出てきた。即ち、「あれって、要するに公開処刑だよね」という解釈だ。SMAPの面々は、何かを説明しようとしていたのではない。自らの意思で原稿を準備した訳でもない。決意表明をしたのでもなければ、今後の方針を明示した訳でもない。「ファンに向けて謝罪をする」という旨の文言を繰り返してはいたものの、彼らが謝罪の言葉を述べていた対象はファンではなかった。つまり、SMAPのメンバーは、“ファンに向けた謝罪”というパフォーマンスを“誰か”に強要されていたということで、だとすれば、“一人前の大人に強要される公開設定の謝罪劇”は、“制裁”としか解釈の仕様がない。ここで注目せねばならないのは、その“全国ネットで生中継される公開設定の制裁”の為の演出を担当したのが、フジテレビだったということだ。彼らは“制裁”を効果的に敢行するべく、“番組編成枠を急遽変更して生放送の謝罪中継を挿入する”為の編成利権と中継電波を提供した。のみならず、翌朝の『めざましテレビ』という情報番組を通して、前夜の“SMAPによる生謝罪中継”が“ファンへの謝罪と『ジャニーズ事務所』への忠誠を誓うメンバー全員による決意表明”であった旨の“解釈”を流布する役割を熟し、更に、番組に寄せられた視聴者の意見(『ツイッター』上で募集した意見の中から、好意的なツイートだけを厳選したもの)で外堀を埋める作業に協力している。彼らは、事務所の協力者と呼んで差し支えのない仕事を熟した訳だ。事務所の意向を代弁して、大本営発表のSMAP異端メンバー全面降伏物語のシナリオに沿った情報を流したのは、フジテレビだけではない。NHKを含めた地上波キー局の全てが、事実上、フジテレビと事務所が用意したプロットを上書きする形で、今回の騒動を報じていた。テレビ各局は、フジテレビから提供を受けたSMAPの“黒服順次謝罪映像”をリピート再生しながら、SMAP解散騒動が無事に収束し、彼らが新たな一歩を踏み出す決意を語った旨を繰り返し強調していた。全体として、事務所の意向に沿った説明役を引き受けていた訳だ。




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スポーツ新聞に至っては、事務所の協力者どころか、殆ど“パシリ”の役割を進んで熟していた。『サンケイスポーツ』は、1月20日付の紙面で次のように書いている。「事務所との契約が切れる9月までが“猶予期間”で、10月以降の契約延長は4人が今後見せる姿勢にかかるとみられる。これまではIさんのマネジメントでジャニーズの他グループとは距離を置くスタイルが“容認”されていたが、今後は他グループとの活動も求められる。4人はソロも含めて多くのレギュラー番組を持つが、改編期である4月以降の継続は騒動の影響で不透明になった。新しい仕事のオファーはほとんど来ない可能性が高い。テレビでの露出が減れば、ファン離れも少なからず進むだろう。それでも今ある仕事を懸命に取り組むかを、ジャニー氏やメリー氏の長女で事務所の後継者・藤島ジュリー景子副社長(49)ら幹部は見ることになる。SMAPは9月に25周年を迎えるが、現在、新曲のリリースやツアーは予定されていない。今からツアーを組むとなると、現実的には来年の可能性が高い。コンサートはファンと直接触れ合える大切な場所。ファンの機運が再び高まるかにもかかっているが、ファンへの恩返しする場所を事務所が与えるかは4人の姿勢次第だ」。ご覧の通り、事務所幹部からの“造反組”への説教を代行した形だ。しかも、末尾の一行は、“4人”に因果を含める言葉で締め括っている。『デイリースポーツ』が22日付に掲載した『キムタク発案 SMAPがケジメの謝罪』という記事も中々凄い。「関係者によると、“SMAP×SMAP”の収録後、事務所の仲問が一堂に会する中、SMAPの“謝罪会”が始まったという。発起人は事務所残留で揺るがなかった木村。一時は独立を決意した中居、稲垣吾郎(42)、草なぎ剛(41)、香取慎吾(38)とともに、解散騒動で事務所に混乱を招いたことを謝罪した。18日にスマスマ内で行った緊急生調罪に続き、仲間にも頭を下げた。【中略】タレント仲間への“謝罪会”を経たことで、今後はグループの垣根を越えた共演が期待される。ジャニーズ一丸を再確認したSMAPが25周年へ向けて再び歩み始める」。ところで、当稿は、SMAP解散騒動の真相究明を目指して書き始められたテキストではない。“真相”は、多方面の関係者への綿密が取材を経ないと明らかにならないものだ。今回のSMAP解散騒動に限って言うなら、“真相”は、誰かが解明に乗り出す前に、関係者の生命や存在と運命を共にする形で、何れ消失してしまうことだろう。それほど、事態の背景は闇に閉ざされている。そうでなくても、それらの厄介な闇を明らかにすることは、私の手に余る仕事だ。

私は、解散企図から一転存続に至ったように見える今回の一連の騒動の背景に見え隠れしている“ジャニーズ”という組織のイメージ、乃至はジャニーズが体現している“戦後”という幻影について私見を述べようと考えている。その“私見”は、当然のことながら、独自の取材を踏まえた確固たる見解ではない。報道されている事実の断片や、路傍に転がっている真偽不明の噂を基に、私の乏しい頭が彼是と牽強付会したり、針小棒大に想像を逞しくした結果に過ぎない。言ってみれば、本稿は、ジャニーズ事務所に関する私の個人的な妄想を語ろうとする試みだということだ。敢えて商業誌の誌面上で個人的な妄想を語るについては、一応の理屈が無い訳ではない。折角なので、その自分なりの理屈を説明しておくことにする。“事実”は勿論大切なものだし、“真相”はより重要なものだ。が、だからといって、“妄想”や“思い込み”が無価値な訳ではない。特に、芸能や音楽の世界では、事実そのものより寧ろ、事実の周辺で生まれては消えている噂や世評のほうが大きな力を発揮する場合が多い。ジャニーズに関して言うなら、ジャニーズ事務所が実態としてどんな事務所で、そこに出入りしている人々が現実にどんな人間であるかということとは別に、我ら一般人の想像力を掻き立てているのは、彼らに関する“噂”のほうだ。子供たちの世界観に少なからぬ影響力を齎し、取引先の人間を畏怖させているのも、事務所の約款や経理実態ではなくて、幹部についての誇張された伝説や、数多のアイドルたちに関するファンタジー混じりの法螺話だったりする。“ジャニーさん”と呼ばれ、インターネット内でも独自の人気を誇るジャニー喜多川氏の人物像が、果たして噂通りの奇天烈なキャラクターであるのかどうかは、私の観察位置からでは確かめ様がない。が、ジャニーさんが振りまいている独特のカリスマと、彼が体現している“戦後”という時代の汲めども尽きぬイメージの豊穣さは、ジャニーズ事務所の背後に、他の凡百の芸能事務所とは性質の異なる神秘的な物語を提供する上で、非常に大きな役割を果たしている。問題は、真相ではない。幻想が彼らを動かし、噂が周囲の人間を走り回らせ、空虚な中心から発生するオーラがファンを魅了し、周縁にある闇から放射される恐怖と専制への忖度が、メディアに提灯記事を書かせている。とすれば、「『幻想こそが彼らの実質なのだ』と断言したところで、そんなに大きな問いにはならない筈だ」と、そう考えて私は、「平成の日本人がジャニーズという存在の背後にどうしても仮託せずにおれない、“戦後”並びに“進駐軍”のイメージを明らかにしたい」と考えている次第なのである。

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資料によれば、後にジャニーズ事務所を設立し、その社長の座に就くことになるジャニー喜多川氏が、最初に芸能活動に関わったのは、ロサンゼルスのリトルトーキョーという街だった。先ず、真言宗の僧侶であり、高野山の導師であったジャニー氏の父親が、1924年に渡米し、リトルトーキョーにあった高野山真言宗米国別院の主鑑に就任する。父親は、説教用の集会場として別院内に『高野山ホール』という施設を設立するのだが、このホールが戦後、ロスを訪れる日本のエンターテイナーにステージとして利用されるようになったことが、ジャニー氏を芸能の世界に結び付ける。ジャニー氏は1950年5月、当時12歳の少女スターだった美空ひばりのステージマネジメントを担当し、芸能への進出を志すようになったのだという。ジャニー氏は、軈てアメリカ国籍を取得して兵役に就き、朝鮮戦争に従軍し、除隊後は日本に滞在し、日本の大学を卒業する。そして、英語力を買われて、駐留アメリカ軍の一セクションである『軍事援助顧問団』の事務職員として、六本木の防衛顧問団の事務所に勤務した。こうして経歴を振り返って見ると、ジャニー氏とメリー氏の姉弟は、その英語と日本語の混交した進駐軍っぽい呼称が暗示している通り、占領時代を含む日米関係をそのまま引き写した稀有な存在として、日本の戦後の芸能界に独自の地位を築いてきたことがわかる。面白いのは、昭和30年代までにジャニー氏が、美空ひばり・進駐軍ビジネス・アメリカ軍利権を取り回すフィクサーや、興行界のボス(←闇社会の住人を含む)といった戦後の混乱期をドライブさせていた人々と交流を持ち、後の芸能活動への人脈やノウハウを身に付けてしまっていることだ。以上に見たジャニー氏及びメリー氏の個人的な歴史は、その内に「ジャニーズ事務所がどうして21世紀の現在に至って尚、進駐軍慰問団ライクな契約マインドを残存させ、アメリカ兵の私的エージェントじみたコンプライアンスとガバナンスを維持し、昭和前期の猛烈にアナログなモラリティーとメディア意識を持ち堪えてきているのか?」という問いへの答えを含んでいる。つまり、ジャニーズは古いのだ。それも、なまじの古さではない。彼らの頭の中味は、昭和20年代の、進駐軍のいたオキュパイド・ジャパン(占領下の日本)の時代から、殆ど全く変化していないのである。

例えば、「ジャニーズ事務所は所属タレントの結婚を禁じている」と言われているが、これなどは、とても現代の掟であるとは思えない。戦前的どころか、吉原の置屋もかくやの、前近代的な奴隷契約と申し上げねばならない。無論、結婚禁止は明文化された契約事項ではない。飽く迄も“不文律”として、内々に継承されている“伝統”に近いものだ。が、“不文律”である分だけ余計に性質が悪いとも言える訳で、何となれば、明文化されていない強制は誰も告発することができないし、当局もまた介入することができないからだ。これに比べれば、業界内で悪名の高い“シルエット写真措置”(ジャニーズ事務所が、インターネット上への所属タレントの顔写真の提供を拒んでいる為、関連番組のホームページや電子化された雑誌書籍上で、ジャニーズのタレントだけがシルエット表示されてしまう現象)には、未だ多少の“理”がある。というのも、インターネット上に一度でも公開されたデータは、写真であれ動画であれ、無限に複製可能な情報に化けてしまう訳で、とすれば、貴重な肖像権やキャラクター使用権を含んだ商品であるタレントの顔を彼らが防衛しようとする意図にも、一応の理屈は通っているからだ。とは言え、インターネット上に公開された顔写真が、“権利”である以上に“プロモーション素材”であり、“広告”であることを思えば、ジャニーズの感覚の圧倒的な“古さ”は覆うべくもない。重要なのは、ジャニーズ事務所が自分たちの“古さ”を少しも恥じていないことだ。「うちは古い。確かに戦前臭いかもしれない。が、それがどうした? 芸能は出雲阿国に遡る古い文化だ。古いことのどこがいけないんだ?」と、ジャニーさんは、自分たちの考え方の古さや、商売の仕方の古さや、契約の結び方の古さについて全く反省なんかしていないし、改める気持ちも持っていない筈だ。寧ろ「自分たちがこの業界で生き残ってこれたのは、偏に古いやり方を牢固として守り抜いてきたからだ」と、恐らく頑なに信じ込んでいる。そして、これは大変に恐ろしいことなのだが、古いのは実はジャニーズだけではない。『バーニング』も『エイベックス』も『ナべプロ』も『ホリプロ』も『吉本興業』も、日本の主だった芸能事務所は、どれもこれもジャニーズとそんなに変わらない人権感覚で人を使っているし、契約期間やギャランティーについての取り決めも、何から何まで、進駐軍慰問団の時代からそんなに遠くない原則に則ってビジネスを展開している。序でに言えば、テレビ局も角兵衛獅子ライクな、或いは置屋オリエンテッドなガバナンスを丸呑みにするテキヤのビジネス感覚で現場を回している。

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冒頭で紹介したSMAPの“集団生謝罪”が公開された日の『報道ステーション』(テレビ朝日系)で、キャスターの古館伊知郎氏はSMAPの解散回避を祝いだ上で、「タレントっていうのは、事務所あってのタレントですから。事務所に対して再度、感謝の念を抱くのも当然ですし、また同時に、あまり触れられていないようですが、今までずっと育てて下さった女性マネージャーが外に出ると言われていますが、その方に対しても心の中で全員が感謝の気持ちを持って、これから頑張ってってもらいたいなという風にも感じます」と述べている。何という社畜推奨コメントだろうか。普段はリベラルな立場からの言説を発することの多い古館氏にしてからが、この体たらくだ。我々は、それほどまでに古い。以下、今回のSMAP解散騒動に関連して、ジャニーズ寄りのメディアが使った日本語を列挙してみる。「けじめをつける」「禊をする」「示しがつかない」「ヤキを入れる」「義理を果たす」「顔を立てる」「腹を決める」「意地を通す」「詫びを入れる」「筋を通す」「寝首を掻く」「クビを切る」「路頭に迷う」「アゴが干上がる」「分際を弁える」「恩義を返す」「イモを引く」「尻尾を巻く」「頭を下げる」「男を通す」「義理に殉ずる」。どうだろうか。どれもこれも、英訳不能な日本語ばかりではないか。一方、ジャニーズに批判的な記事の中で使われていた言葉は、こんな感じだ。「コンプライアンス」「ガバナンス」「アカウンタビリティー」「エビデンス」「モチべーション」「ロイヤリティー」「モラル」。どれもこれも、既存の日本語では表現し切れない概念ばかりだ。東は東、西は西。我ら二度と会うまじ。結論を述べる。我が日本の社会における組織と個人の関係は、ジャニーズに集約されている。我々の子供たちは、ジャニーズタレントの処遇を見せられることを通じて、然るべき社畜魂を学び、大人の階段を登る。そういうことになっている。敢えて3文字の言葉で言えば、“やくざ”ということになるかもしれない。それが我々の正体なのだ。寂しい話だが。 =おわり


小田嶋隆(おだじま・たかし) コラムニスト・テクニカルライター。1956年、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒。食品メーカーの営業マンを経てテクニカルライターの草分けに。著書に『地雷を踏む勇気 人生のとるにたらない警句』(技術評論社)・『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社)等。近著に『超・反知性主義入門』(日経BP社)。


キャプチャ  2016年3月号掲載

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