“LINEいじめ”と闘う――新たないじめの温床となっている閉ざされたSNS、その性質を逆手にとって娘が受けたいじめを白日の下に晒した親がいた

中高生にとって、いまや『LINE』は欠かせない。2011年6月にスタートしたこの無料通信アプリは、わずか3年で利用者は世界に5億6000万人、国内でも5400万人と驚くほどの勢いで広まっている。都内の中高生に『友達とのコミュニケーション方法』を複数回答で聞いた調査によれば、「直接会話」の87.9%に続き、LINEが79.8%と迫っている。携帯電話を持つ中高生のスマホ保有率は75.6%に及び、とりわけ中学生は1年前より倍増(昨年9月の調査)と、スマホを持つ中学生が急増している。LINEやツイッターなどのSNSアプリを、当たり前のコミュニケーションツールとして駆使する中高生。もはや、親ですら知りえない世界に彼らは生きている。大人の監視や手が届かないところで今、何が起きているのだろう。“既読無視”への非難、LINE外しといういじめ。未熟な子どもたちが“裸の王様”よろしく、残酷に人を傷つける。あるいは性犯罪の火種を作る。さまざまなトラブルが顕在化しているからこそ、今年6月には、親に代わってLINEを監視するサービスまで登場した。親はもう、お手上げなのだ。

LINEが大人に与えた衝撃といえば、2013年6月に発生した、広島LINE殺人事件だろう。逮捕された7人の少年少女を繋げていたものは、LINEのグループチャットというツールのみ。しかもその日まで面識がなかった2人があっけなく共犯者となり、主犯少女は殺害方法をLINEに流していた(2014年10月24日、広島地裁は主犯少女に懲役13年の判決を下した)。深夜、布団の中でもLINEをやっている、娘や息子のLINE弄りが止まらない、何とかしてほしい……。国による規制を望む親の声を何度も聞いた。親ではもはや制御できないという悲鳴が渦巻く中、LINEを逆手に、娘へのいじめを解決した親がいる。この両親――上山亨さん(仮名・46歳)と早紀さん(仮名・36歳)の闘いは、SNSアプリの中で野放しになっている子どもに、どう対処すればいいのかを教えてくれる、1つの貴重なケースだ。




夫婦の長女・理紗(仮名・15歳)はちょっとやんちゃで正義感あふれる、さばさばした女の子だ。地元で建設会社を営む上山夫妻は常日頃から、子どもの様子に気を配り、子どもと正面から向き合うことを子育ての基本方針としていた。2人は、理紗が中学に入学してほどなく、家に出入りする娘の“親友”たちに違和感を持つ。まず、服装だ。男性を意識するかのような露出の多い服に、真っ赤な口紅の派手なメイク。なぜ、親が中学生にこんな私服を許すのかが理解できない。遊びに来たら、夜10時を回っても帰ろうとしない。早紀さんがボスのような存在である渚(仮名)に尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。「お父さんとお母さん、今日、飲み会なんで。帰りが朝なんで……」。手がかからなくなったとはいえ、中学生を朝までほったらかしにする家庭があるものか。

彼女たちの父親は銀行員などの会社員、あるいは警察官、母親は塾講師・保育士というちゃんとした社会的地位があり、自身も成績がいい優等生。外側から見れば何の綻びも見えない、“普通”の家庭だった。驚いたのは、渚たちには門限がなかったことだ。女子中学生が夜10時・11時まで、平気で外で遊んでいる。近隣の市で行われた花火大会に4人で出かけた時に、理紗だけが8時の門限に間に合うよう帰ったところ、夜道で痴漢に遭うという事件が起きた。そこで亨さんと早紀さんは渚たちの親と話し合いをもった。「門限を統一しましょう」「いやぁ、今の子はそんなこと言ってもしょうがないですよ」。自分たちが厳しすぎるのかと悩むほど、他の親たちは平気だった。かといって早紀さんは、“上山家ルール”を曲げるつもりはなかった。理紗が彼女たちと遊ぶ場合、8時までは外に出てもいいが、それ以降は上山家で過ごさせた。夕食をとらせ、10時になればタクシーを呼んで家に帰す。ここまで面倒を見ても、お礼の電話もない。

理紗へのいじめは、中2の終わりから見られるようになった。原因は“女子特有のねたみ”だと早紀さんは感じていた。“無視”が常態化したのは、理紗や渚たちが通う緑中(仮称)で起きた、ある事件がきっかけだった。緑中に他校生徒が乗り込んできて大騒ぎとなったのだ。隣の中学の生徒とトラブルを起こした男子生徒に非があったのだが、理紗が他校生と知り合いだったため、わざわざ仲裁に入って相手を帰らせた。このことが「上山理沙という女の子は、他校の不良軍団を招き入れた」という誤解を生み、理紗は学校中から白い眼で見られるようになった。亨さんは担任に「全校集会できちんと事実を伝えて、誤解を解いてほしい」と訴えたが聞き入れられることはなく、間違ったレッテルが理紗に貼られた。渚たち3人が理紗を露骨に避けるようになったのは、その頃からだ。学校で理紗に話しかける人は誰もいなくなった。話しかけても無視されるだけ。自分が“透明人間”となった屈辱に、理紗は1年間耐えることとなる。“無視”は自己の尊厳が踏みにじられる耐え難い暴力だ。

中3の夏のことだった。渚たち3人が、LINEで知り合った他校の男子生徒と酒やタバコを万引きし、昼間から公園で飲み会をしているところを補導された。この一報を聞いた早紀さんは、つい1ヵ月まえに起きた、広島LINE殺人事件が対岸の火事ではないことを痛感した。ほどうされたことを根に持った渚たちは、「捕まったのは、理紗がチクったからだ」と、親友4人のグループLINEで理紗への攻撃を始めた。事実無根だ。渚たちが飲酒している時、理紗は早紀さんと一緒に家で過ごしていて何も知らない。亨さんは、渚たちとその母親を家に呼んで事情を聴いた。目の前にいる渚たちはおさげ髪で、清楚な服装。いつもと真逆だ。亨さんは思わず聞いた。「お母さん、今の娘さんがいつもの姿ですか」「うちの娘はこうですよ」「あなたは子どもの何を、見ているんですか?」。亨さんが、理紗が渚たちと一緒に撮ったプリクラを見せると、親は絶句した。「ちゃんと、子どもと向き合ってくださいよ。ウチの娘がチクったなんだと言う以前の問題です。あなた方の娘さんが万引きして、飲酒しているんですよ」。だが、渚の母親は平然とこう言った。「理紗ちゃんに、やらされているのよね」。自分の娘の非を認めるどころか、他人のせいにする。話し合いは無駄だった。「わからない人には、いくら言ってもわからない。理紗、付き合う人間を替えなさい」。理紗は亨さんの目の前で、渚たちのLINEにブロックをかけた。

2学期になっても、学校中から“ハブかれ”る陰湿ないじめが続く。「学校へ行っても、みんな、口をきいてくれない。私、何もしてないのに……」。いつ理紗の心が折れてしまうか、気が気ではない上山夫妻は毎週水曜に限り、学校を休ませることにした。家という逃げ場を週の真ん中に作ることで、せめて理紗を守ろうとしたのだ。無視だけに止まらない事件が起きたのは、年が明けた2月のこと。体育の授業を終えて、教室に戻った理紗が目にしたものは……。土足で踏みつけられ、いくつもの足跡で白っぽくなった自分の制服、机には油性ペンで書かれた「死ね。学校、来るな。トラブルメーカー」の文字、ノートには「死ね、バカ、ブス」と全ページにわたる落書き。帰ろうと下駄箱に行けば、靴の中にびちゃびちゃの泥が詰められていた。迎えに来た早紀さんの顔を見た瞬間、理紗はわーっと泣き出した。早紀さんは担任にきっぱりと言った。「先生、これはいじめですよね。きちんと対応してください」。

その日の午後、学年集会が開かれた。クラス担任が生徒たちに尋ねる。「上山理沙さんの机やノートに落書きをした人は誰ですか? 手を挙げなさい」。素直に名乗り出る正直者など、いはしなかった。その頃、早紀さんが運転する車の中で、理紗はこう話していた。「あたしで、よかったな」「なんで?」「これが受験控えてる子なら、病んじゃって、受験、うまくいかなくなるから」。理紗は推薦で、私立高校の合格が決まっていた。早紀さんは強く思った。「あんなことされても、理紗はこう言える子なの。頼むから、学校はこの気持ちを踏みにじらないでほしい」。しかしその願いも空しく、夜、上山家に学校から報告が入った。「犯人は、わかりませんでした」。以降、いつ精神的に持たなくなるか、不登校になるかを日々覚悟しながら、早紀さんは毎朝、理紗を送り出した。3月、学校にいる理紗から早紀さんにLINEが入った。携帯を持って行くのは禁止だが、状況が状況だけに何があるかわからないので持たせていた。「ママ、ごめん。もう、みんな、完全にシカトだわ」




《2014年3月22日》
“闘い”の導火線に火をつけたのは、中学の卒業文集だった。上山夫妻がいじめの根深さに気づいたのは、卒業式の2日後、2014年3月21日の夕方のこと。「文集、ママとパパにも見せてよ」。何気なくページを繰った2人は、絶句した。いくら探しても、クラスの寄せ書きに理紗の名前がない。理紗に聞けば、寄せ書きがクラスで回っていたことすら知らなかったという。娘への理不尽な仕打ちに耐え、対応を学校に任せてきたが、我慢の限界だった。「パパ、これは人として、やっちゃいけない領域だよ。娘がここまでされて、闘わなきゃ親じゃないよ」。早紀さんはまず、理紗に確認を取った。「パパとママ、学校と闘うよ。これは許しちゃだめだから。文集というのは一生残るものだから」。理紗の答えは、「好きにすれば」。それを受けて、翌日、担任に電話をする。「先生、卒業文集ですが、クラスの寄せ書きから理紗だけがハブかれています。なぜ、こういうことになったのか、ちゃんと調査をしてください」「え?」。電話の向こうで、担任が息をのむ。「昨日も卒業式のクラス打ち上げがあったようですが、ウチの娘だけ、呼ばれていないですし」。卒業式だけではなかった。3月上旬にあった合唱コンクールの打ち上げも、理紗には連絡ひとつなく行われた。理紗のタイムラインに、「超楽しい」と笑っているクラスメイトの画像が流れてくる。彼らはショックを受けている理紗を想像して笑っていた。翌23日、クラスメイトはディズニーランドへ卒業旅行に行ったらしい。今度も理紗のタイムラインに、「楽しい、超楽しい」と画像がどんどん流れてくる。その画像を理紗に見せられた瞬間、亨さんは手が震えた。なんで、こんなことができるのか。あまりに陰険なやり方ではないか。

この段階で、実は亨さんにはある確信があった。このLINEだけではなく、理紗に見えない形で娘の悪口や中傷を言いあっている“裏”チャットが必ずあるはずだと。理紗の友人でたった1人、「この子なら情報を提供してくれるはず」と信用できる子がいた。葉月(仮名)だ。亨さんは、葉月のLINEにメッセージを入れた。「理紗のいじめについて、教えてほしいんだ。こっちは大体、わかってはいるんだけどね」。亨さんはこれまで、意識して理紗の友人たちとLINEでつながるようにしてきた。亨さん自身もLINEの仕組みを勉強し、理紗にスマホを持たせるに当たって、条件をつけた。「パパとの間で、ブロックするとか、タイムラインを非公開にするようなら、スマホは持たせない」。亨さんがここまで気を配るのは、娘の行動を把握しておくためだった。未成年、しかも中学生だ。LINEが重要なコミュニケーションツールとなっている以上、「よくわからない」と子どもを野放しにしておくつもりはなかった。「何かあってからでは遅い。手遅れになる前に、親は子どもの異変に気付くべきだ」というのが、上山夫妻の考え方だった。娘の友達とLINEでつながったのは、情報源が多い方がいいからだ。子どもと携帯やメールで連絡が取れない時、子どもの無事を確認する術を何一つ持たないのは、あまりにも無防備すぎる。こうして亨さんが理紗の友人と“つながって”いたことが、結果としていじめの全容解明の鍵となった。

早速、葉月から亨さんのLINEに画像が送られてきた。葉月はクラスのタイムラインに入ってはいたが、静観していた。理紗への攻撃が行われている画面をキャプチャー機能で写真にとり、その画像を貼り付けて亨さんに送信する。最初に流れてきたのは、2人の男の子のツイッター画像だった。焼肉屋らしきテーブルで、男子生徒たちがピースサインをし、ウインクをしている。

合唱コン、お疲れさまでした~~~
打ち上げはめっちゃ最高でした!
皆今日はありがとねー
サンキュー♪
それに打ち上げに13番来なくてめっちゃ最高だった!

もうお開きなのだろうが、時刻は10時44分。こんな時間まで中学生が、しかも居酒屋のような場所でどんちゃん騒ぎをしているのだ。別の男子は「打ち上げなう!」の後に、参加者全員の名前を列挙し、最後にこう記していた。「13番はいなーい!」。13番――理紗の出席番号だ。まさにこの画像こそ、理紗へのいじめの決定的証拠だった。こんなものを見せられた親が、冷静でいられるわけがない。亨さんはさらに証拠を集めるために、“餌”を撒くことにした。

亨さんは理紗のかつての“親友”、渚たちともLINEでつながっていた。仲の良かった時に、アカウントを交換しておいたのだ。渚たちが見るであろうことを想定して、自分のLINEに葉月が送ってくれた画像をアップした。渚から、わかりやすい反応がLINEに流れた。「ちょっとちょっとー!? 理紗ぱぱのタイムライン」「ばれてるよ」。1分後に、男子生徒からの反応。葉月が逐一、写真に撮っては亨さんに送ってくる。「笑」「いいじゃん」「まー、そうかもしれないけどもー」と渚。ここからは色々な生徒が登場してくる。「かわいいね」「わら」「笑」「爆笑」「完璧かほごですね」と、亨さんを揶揄する書き込みも現れる。亨さんは膝を打った。所詮、中学生だ。「僕宛てに『あの親、バカじゃない。俺らの前で言ってみろよ。会ったら、けちょんけちょんしてやるよ』って流れてくるんですよ」。画面から、文集の調査が始まり、学校に呼び出される生徒も出始めていることがわかった。撒かれた餌とも知らず、彼らは自ら墓穴を掘る。理紗以外のクラスメイトはこのLINEを見たのだ。

明日、呼ばれてる人。マジなお願い。
先生の話は真面目に聞いとけよ。
あと、上山への不満は言っておけ。先生に。
上山のくつ事件のこと聞かれると思うけど、その事は黙っとけよーーー
みんなごめん心配かけて

これで、全部がつながった。深く傷ついた理紗は、亨さんと早紀さんに気づかれないようにお風呂で泣いた。気丈に明るくふるまう娘の本当の思いを目の当たりにした亨さんと早紀さんは、学校の調査にせめてもの望みを託すしかないと考えていた。その夜、担任から早紀さんに電話が入った。「文集委員の何人かを学校に呼んで聞いたのですが、男子・女子とも関わっていないということです。意図的ではなく、ただ漏れてしまったと」。学校に任せていては、いじめは解決しない。学校に任せていると、子どもは死ぬ。子どもを本当に守ることができるのは、親なのだ。望みの綱が切られた2人が、学んだことだった。

《2014年3月24日》
朝8時30分、早紀さんは授業中の担任を電話口に呼び出した。「先生、うちはいじめの証拠をつかんでいますので、徹底的に追及させていただきます」「はあ?」。間延びした反応に、学校側との温度差を感じた。「やっぱり、学校はわかっていない」「よし、こうなったら、教育委員会だ」。9時、夫婦で教育委員会に乗り込んだ。文集のことや、ツイッターやLINEに残るいじめの証拠を見せて2人は迫った。「これがいじめでないなら、何がいじめですか。これはいじめでしょう?」。対応したのは、事務方のトップだ。「はい、これはいじめです」「緑中にちゃんと対応するように指導してください。私たちは報道を入れるのも辞さない覚悟です」。早紀さんが、亨さんの言葉を補足する。「これまで学校側を信頼し、任せてきました。なのに娘が深く傷ついても、『加害者はいない、いじめではない』と言う。学校にきちんと対応していただけないのなら、私たちは報道を通して世間さまに裁いてもらいます。主人が報道と言ったのは、そういう意味なんです」

間違いなく、“報道”という言葉が効いた。緑中では手のひらを返したように、校長と副校長が上山夫妻を待っていた。教育委員会の“指導”は、効果抜群だった。ただし、校長の第一声はこうだ。「要は、文集でしょう。文集は作り直しますから」。この期に及んでも、学校はただ、穏便に済ませたいというわけだった。「文集を作り直す? そんな次元の話じゃないでしょう。これは加害者の親御さんとも話をさせてもらわないといけない問題です」。亨さんはLINEとツイッターの画像を校長に見せた。「これだけ生徒の名前が出ているんです。一人一人にきちんと事情聴取をし加害行為を特定して、それから保護者会を開いてください。親を全員、呼んで欲しい」。だが悪い予感も、亨さんにはあった。3月末まで学校側は解決せずに引っ張るのではないか。もう在校生ではないから関係ないと逃げるのではないか。時間はなかった。あと5日だ。

《2014年3月25日夕》
上山夫妻はこの日、学校の成果をとにかく待った。痺れを切らし、夕方に早紀さんが電話を入れると、担任はしどろもどろ。「一人一人に話を聞いているんですが、まだ当事者の名前が出てこないんです。吐かないんですよ。いくら聞いても、その事実はないんですよ」。葉月が流してくれる画像では、呼び出し待ちの子が「たこ焼きパーティー、超たのしー!」と浮かれていた。聴取を終えた子と裏工作を始めている様子も伝わってくる。完全に教師を馬鹿にしていることが、葉月が送ってくるタイムラインから読み取れる。学校側の対応のぬるさ、スピードの遅さは一体、何なのか。生徒に“舐められる”のも当然だと思われた。彼らは白を切っていれば逃げられると考えている。

2人は緑中に行くことにした。聴取に立ち会わせて欲しかった。着いた時、聴取は「13番はいなーい!」とツイートした男子生徒の番だった。亨さんはその前に歩み寄る。「いい加減にしろ。俺は理紗の父親として言いたいことがある」。聴取していた2人の教師は、その迫力に硬直した。「大人をバカにするなよ! 机、やったのは誰だ!」「○○くんです」「制服は誰だ!」「○○くんです」「先生、メモをとってください!」。ものの10秒もかからず、いじめの全容が明らかになった。「先生、私が来て10秒で解決できるのに、あなたたちは2日かかっても何もできない。なぜだと思います? 所詮、他人事だからですよ。今日中に全員の聴取をきちんとやってください」。亨さんは校長室に通された。なぜ、校長が落ち着いて座っているかが理解できなかった。亨さんは思わず聞いていた。「もし、自分の娘がこんな露骨ないじめに遭っていたら、校長先生は紳士でいられますか?」「いられないです」「悔しいでしょう。殺してやりたいと思うでしょう」「思います」「だったら私の気持ちがわかるでしょう。校長自ら、音頭を取ってくれませんか」。その夜、学校側から回答があった。主犯格である2人の男子のスマホを取り上げ、LINEやツイッターの内容をすべて把握したという。「理紗さんへのいじめを確認しました」。いじめに関わった全員が判明した。

亨さんと早紀さんは3~4人と見ていたが、24人が関わっていた。クラス32名中、不登校が2人。関わっていないのは、携帯を持っていない子だけ。クラスのほぼ全員がLINEのグループで、理紗へのいじめを行っていた。ちなみに、葉月は別のクラスだったが、LINEのグループに入っていた。ただし主犯格は10人前後で、黙認していた子、LINEにただいただけの子と、関わりには濃淡があった。早紀さんは学校側に訴えた。「このまま、いじめの加害者・被害者として卒業させていいのですか? これは大事な道徳の授業なのではないですか?」。これを自分たちの“報復”という認識で終らせて欲しくなかった。学校や生徒たちに復讐するつもりなど、最初からなかったのだ。「このまま大人になったら、どうなるの? 今、彼らに気づかせることなくして、どこでどうやって教えるの? やってしまったことをきちんと受け止めて反省して、これから生きて行ってくれることが何より大事だと、私たちは思っているんです」。学校側と話し、いじめへの関わりによって3部に分け、保護者と子どもを呼ぶ会を開くこととなった。いじめ行為の実行犯グループと黙認グループ、それに陰でけしかけていたことが判明した、渚たち“親友”の女の子グループ。場所は、3年2組の教室だ。早紀さんは保護者を呼ぶに当たって、強く学校側に要請した。「とにかく、事の重大さを親御さんに徹底的に伝えてほしい。ただ、糾弾したいが為の会ではないと。いじめの恐ろしさに親子で気づいてほしいんです。もし理紗が自殺していたら、殺人の加害者になっていたかもしれない、と」




《2014年3月25日夜》
最初の保護者会は、主犯格の男子グループ親子からスタートすることとなった。教室に入るなり、亨さんは一人一人を睨み付けた。大事な存在が傷つけられた時、親がどれだけの思いでいるかをわからせるために。神妙な親もいれば、「私の子に限って」と平然と座っている親もいた。主犯格の男子生徒のほとんどは、優等生だった。優秀な高校に合格し、学校でも親の前でも“いい子”たち。「そもそも、君らが起こしたトラブルを、うちの理紗が止めに入ったのに、陰でコソコソ悪口を言い、制服を踏んで靴に泥を入れる。それで、男と言えるのか!」。亨さんはLINEやツイッターのやりとりを読み上げ、一人一人、何をやったか迫って行った。「『かほごですね』と書いてあるが、親が子供を大事に思う。それのどこが過保護なのか?」。早紀さんも思いのたけを訴える。「もし理紗が自殺を選んでいたら、キミたちは殺人者になるんだよ。私がキミたちの親だったら、悔やんでも悔やみきれないと思う。いじめは人の生き死にに関わることなんだよ。それだけのことを、キミたちはしたんだよ」

亨さんは親に向かって、はっきり言った。「いじめられた側は高校に行きたくないと言っている。それなのに、いじめた側がのうのうと高校に行くのはおかしいでしょう。お母さん、どうですか?」。親はただ押し黙る。最終的にどう思うか、子どもと親に話してもらうこととなった。嗚咽しながら、弱々しい声で話す生徒。「反省しました。すみませんでした」「俺たち、こんな大変なことをやってしまったんだって……」。信じられない言葉も耳にした。「大人が怒ると、こんなに怖いものだと僕は初めて知りました」。声を出して泣き出す親もいたし、ショックのあまり過呼吸になってしまう親もいた。「理紗ちゃんに助けてもらったというのに、ウチの息子は……。申し訳ありませんでした」。これは父親が警察官だという、母親の言。「怒ってもらって、ありがとうございます。私は怒れないものですから」。一方、口先だけの謝罪ももちろんあった。ふてぶてしい態度で、「本当にすみませんでした」と話す母親の横で、子どもも同じような態度を取っていた。

亨さんは、同じ親として、どうしても言いたいことがあった。「子どもを産んだなら、真剣に向き合うべきでしょう。皆さん、無責任すぎますよ。陰でこそこそ汚いことをするような優等生に育てて、恥ずかしくないんですか。勉強だけさせておけばいい、メシだけ食わせておけばいいって、それは育児放棄なんじゃないですか」。校長が初めて口を開いた。「僕、ちょっと感動しました。お父さんは男らしい。同じ子どもを持つ父親として、お父さんの気持ちを代弁するなら、キミたちをぶん殴りたいのが本心なんだ。それが、わかるか!」。親たちが立ち上がり、深々と頭を下げた。校長の眼に涙が浮かび、学年主任は号泣し、担任もポロポロ泣いた。いつのまにか、教師との間に一体感が生まれていた。早紀さんは言う。「子どもも親も泣いて、先生も泣いて、伝わったと思った。少なくとも、あの涙は嘘じゃないと思う」

第2部は、黙認グループの親子。早紀さんが口火を切った。「キミたち、ただ見てただけで、何もしないって思っているかもしれないけど、いじめを知っていて止めないのは、共犯者になるってことなんだよ」。1人の母親が話し出す。「本当に、その通りです。正義感をもって、止めなきゃダメなのに……。本当に、ウチの子、すみませんでした」。早紀さんは男子たちに訴えた。「加害者の親としてここに座る、お母さんの気持ちがわかる? お母さん、痛い思いをして産んだのは、こうなるためじゃないよね?」。母親たちがすすり泣く。その涙に子どもたちはショックを受ける。ただし、口に出しはしないものの、「ウチの子は何もやっていないじゃないか」と腹の中で思っている親もいた。ここでも親の反応に温度差があった。早紀さんは言う。「1部・2部では8割方の親にはわかってもらえたと思う。でもね、私たちが本気でキレたのが、第3部だった」。亨さんと早紀さんが奮闘していた頃、渚たち女子3人は理紗を呼び出していた。「ごめんね。何か間違いがあったみたいだけど私たち、LINEでそんなこと、してないから」。実行犯の男子はすべてを白状したが、彼女たちはまだ、白を切り通していた。

《2014年3月26日》
「渚たちが、主犯であって欲しくないよ」。いじめの全貌がわかる前、亨さんはすがるような思いがあった。彼女たちは靴に泥を詰め込まれた事件があった夜、心配して家に泊まりに来てくれたのだ。「理紗、大丈夫?」と枕を並べて寝た子たちが、裏で舌を出して笑っていたとは信じたくなかった。しかし、すべてが裏切られた。第3部は、渚などの主犯格数人と、彼女たちに流されていた女子の計10人。「あらー、お久しぶりー」。渚の母は教室に入るなり、「会えてうれしいよー!」と笑顔で知り合いの母親に声をかけた。室内で待っていた親も子も、誰もが目を疑う光景だった。そして亨さんと早紀さんが入ってくるなり、しおらしく目を伏せた。白を切り通しているグループなので、LINEとツイッターの画像をプリントアウトして親に配った。そうして目の前に、動かぬ証拠を突きつけたのだ。“親友”だった3人のうちの1人は、両親共に参加していた。「おまえ、一体、何やってんだ!」。父親が今にも殴りかかりそうな勢いで娘に迫り、母親は過呼吸になるほど苦しんでいた。この家庭なら、わかってもらえるだろう。亨さんも早紀さんもほっとした。

問題は、渚だった。当人の態度から全てを軽く考えていることが伝わってくる。母親も「ごめんなさい」とは言うが、口先だけだ。反省など皆無だった。実は昨夜、知らぬ仲でもないので、学校が呼び出しが来る前にと、早紀さんはわざわざ電話をかけていた。ところが渚の母は、一言で電話を切った。「ウチは、してないから」。渚は今まで、母に叱られたことがないと言っていた。亨さんは1人、吠えた。仮にも“親友”だった子たちなのだ。「ウチの娘は今、傷ついて1人でベッドに横になっている。立って歩くのもやっとだ。それがどんなことかわかるのか!」「はあ?」。渚は何一つ堪えてはいない。こんなに歯がゆいことがあるだろうか。何を言っても伝わらない。それでもと、亨さんは思いを振り絞る。「よく報道で、子どもを殺された親が『犯人を殺したい』と言っているが、俺は今、本当にその気持ちがわかる」。言葉を連ねても何一つ届かない。だから、何も伝わらない。早紀さんは痛烈に思った。「まるで日本語とフランス語で会話しているみたい。言葉が通じない。理紗が受けた痛み・苦しみを、自分の子どもがされたら……と置き換えて考えてくれないし、その気持ちすらない。学校の責任は3割程度で、あとは各家庭の考え方がいじめを引き起こしたのかもしれない」

渚たちの家庭は表面的には“友だち親子”だ。早紀さんは思う。「人間臭くなくてクリーンな家庭。だから何かのスイッチが入った時に、動物的になって、残酷なことができるのかもしれない」。早紀さんは常々、理紗に言っている。「物事が始まるのはゼロじゃない。100%の被害者なんていない。おまえにも何らかの原因があるんだからね」。しかし蓋を開けてみれば、理紗に起因する“原因”は皆無に近い。女同士のくだらない妬み、受験のストレス、そんなもののために理紗は陰険ないじめのターゲットにされたのだ。すべてが終わり、最後に学校側はこう言った。「私たちも、いいものを見せてもらいました。学びました」。早紀さんは強く願う。「最終的には学校も、生徒の家庭も協力してくれたことで、いじめを解決できたんだから、ぜひ教育の場で生かしてほしい」。翌日、早紀さんは熱を出して寝込んだ。文字通り、精根尽き果てた闘いだった。「パパ、ママ、ありがとう」。それでも両親は、理紗のこの言葉だけで十分だった。

《その後》
この“闘い”の経緯ではっきりしたのは、いじめに対する学校の問題解決能力の無さだ。解決どころかむしろ、“ない”ものにしようとする。学校に任せていては、わが子を守ることはできないと言わざるを得ない。今回、最後の最後で学校を動かすことができたのは、上山夫妻がいじめの証拠をつかんだからだ。これにより、加害者の親も「うちの子に限って……」と逃げ切ることができず、いじめを白日の下に晒し、顕在化することによって解決に至った。

この稀有なケースから、私たちは何を学ぶのか。全面解決の鍵は、上山夫妻が娘のSNSアプリに常日頃から介入していたことだった。ゆえにLINEもツイッターも、親の管理下に置くようにしていくことが大事なのではないだろうか。子どもの交友関係はもはや、地域や学校単位に止まらない。ネット世界でどんな人間とやりとりしているのか、親としてチェックしておくことが重要だ。すなわち、目の前のわが子とどれだけ真剣に向き合うのかに尽きる。“友だち親子”の崩壊を恐れて、子どもと“いいところ”だけでつながる表面的な親子関係が今回、子どもを加害者にしていた。上山夫妻によれば、加害者のほとんどが、親から“放置”されていたという。全国で今、家に居場所がない子どもたちが、SNSアプリの中で歪んだ形で増殖している。奇しくもその一端が白日の下に晒されたのが、5日間戦争だった。

上山夫妻が「わかってくれた、学んでくれた」と断言した緑中。いじめを解決できた貴重なケースをどう生かしていくのか、“学び”をうかがおうと取材を申し込んだが、拒否された。早紀さんの元には、緑中で今も深刻ないじめが起きており、被害者の親が望んでも、なかなか動いてくれないという声が届いている。「これはいじめです」と認定した、教育委員会はどうか。当時の関係者全員が異動し、このケースを知る者は誰もいない。事実を記録した文書もなく、この件はこう報告されている。「両親の要請に緑中はきちんと対応し、謝罪を得て、両親は納得した。3月30日、両親は教育委員会を訪れ、御礼を伝えている」


黒川祥子(くろかわ・しょうこ) ノンフィクションライター。1959年福島県伊達市生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。著書に『熟年婚』、橘由歩名義で『セレブ・モンスター』等。『誕生日を知らない女の子』で第11回開高健ノンフィクション賞受賞。


キャプチャ  2014年12月号掲載


スポンサーサイト
Categories
Profile

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR