悪に耐える思想――50年あまりの時を経て甦る学生との対話、現代に生きる警世の言葉

現代は世の中が目まぐるしく変っていく、ことに日本のように急に近代化を取り入れてきますと、いろいろな分野でそれに対処する思想が生れてくるわけです。しかしそれらは皆それぞれの分野に寸断されたまま放置されていて、それら近代文明を全体としてどう動かすかという根本的思想・哲学というものは、明治以後今日まで1つも出来上ってはいません。いないというだけではなく、それが必要だという考えすら、いままでにほとんど出ていなかったといっても過言ではないでしょう。そのような問題について2、3申し上げてみたいと思います。

私は大化の改新以後の有馬皇子の乱というのを芝居に仕組んだことがありますが、その頃その時代のいろいろな思想を少し考えてみたのです。その時感じたことですが、大化の改新当時に日本がぶつかった問題というのは、明治あるいは戦後の今日の問題に非常によく似ているのです。そう考えながら当時の歴史を見ていくと、藤原鎌足という人間に非常に興味をおぼえました。鎌足は御承知のように神祇官の家柄に生れ、日本の自然宗教、神ながらの道を奉じ、当時の天皇家の祭祀を司っていたいたわけです。ですから日本固有の思想というものを中心に生きていた人物であるといえましょう。ところがこの鎌足は当時の内外から追ってきた危機に対して、一所懸命に儒教を勉強していたのです。それは何故だろうかと私は考えました。私は当時の神ながらの道というのは非常に立派な生き方であると思うのです。しかしながらそれは己れを虚しうして自然の心を心として生きる生き方ですから、根本において間違いはなくても、それだけでは当時の混乱した状態を切りぬけることができなくなって来たということを、恐らく鎌足は自覚したに違いないのです。




当時の異常な混乱を正すためにはやはり人も殺さねばならない。蘇我一族も亡ぼさねばならない。これは悪であります。この悪に耐える思想というものが鎌足に必要であったわけです。しかしそういう思想は従来の日本の生き方の中からは生れてこない。従って鎌足はそういうものを求めて、儒教というものに縋った。すなわち当時の危機を打開するものとして鎌足は儒教を求めていったと思うのです。従って神祇伯の家柄に生れながら外国の文化・思想に対して非常に寛容な態度をもって臨んだのです。悪に耐える思想と申しましたが、思想というものはみんなそういうものだと思います。秩序を守るために、あるいは全体感覚をわれわれのうちに植えつけるために、当然犯さなければならない悪というものがある。それに耐えてゆく、それが思想というものだと思います。政治というものはなんらかの意味で悪を犯さなければ成り立たない。ある時は嘘もつかなければ成り立たないのです。政治にかぎらずあらゆる思想というものはみんな悪を持っています。キリスト教すらそれを免れない。どんな思想でも必ず悪をもっている。思想において大義名分というものが必要になってくるのも、そのような悪を行わなければならないからなのです。思想というもの、1つの生き方というものはそういうものであろうかと思います。

明治以後の日本はそのような1つの生き方をもたなければならないのです。過去の封建時代に対して日本の近代はそれをもたなければならない、さらに又西洋に対しても日本はそれをもたなければならないのです。即ちわれわれはこの二重の要求の中に立っているわけです。しかも近代の西洋は、西洋そのものとは違うのですから、結局西洋に対して日本はその生き方をきめねばならないと同時に、西洋の近代に対してもなんとかしなければならないのです。そこに近代を動かしてゆく根本思想・哲学が生れてこなければなりません。近代の物質文明の生き方というものは、いいか悪いかは別問題として、これが今日最も力を得ていて、それに反抗する人すらそれにひっかかっている。そういう時代に、やはり私たちは本当の意味で日本人の生き方、古代の日本人の生き方はどうであったか、それが今の私たちの中にどう生きているかを考えねばなりません。今日の私たちの生き方、西洋の近代を受け入れている私たちの無理な姿勢を正しく見きわめて、何とかして近代文明に対応し得る思想を作り上げねばならないと思います。

しかし思想を作りあげるということは容易ではないので、天才の出現を待たなければ駄目です。しかし天才が出てくるためには大ぜいの人の無言の努力がなければなりません。この大ぜいの人の無言の努力というのは、西洋と日本の出会いによって生じた、そしてそれが“言葉”に最も端的に現われているところの混乱を本当に自覚すること、すなわち現実をよく見ることなのです。しかし現実という言葉を1つとってみても、実に目茶々々に使われているのです。大抵現実というと自分を含めないで言っている。現実に対処すると私たちはよく言いますが、その場合現実に対処する自分、現実と戦っている自分、これは一体現実なのかどうか、という問題が起きるわけです、勿論これは明らかに現実であります。さらに私たちの父や母は無学で無教育で、封建時代の中に生きていて、いまはやりの言葉を使えば、前近代的なものを身につけて生きている。この人間、これが現実の中にふくまれるかというと、今の社会科学者にはどうもはっきりしていないのです。この人間、その人たちと私たちは一緒にいまの日本の現実に生きている。しかし現代日本の色々な混乱を正して行こうとする時、一般の人々はともすればこの父や母も私たちの同伴者であることを忘れているのではないか。1つの現実を改革しようとする時、おやじ・おふくろの気に入るように直そうとは絶対にしない。気に入るように直そうとしないのは勿論、どう考えているかを勘定に入れることさえ全然しないのです。

ところがその人たちが大てい40になり50になると、おやじと同じようなものがおれたちの中にあるという事に気づく。私自身の経験から言っても、私が20代で親に反抗し、おやじのうちに見ていた不愉快なものが、いまの年になるとチャンと自分のうちにあることがわかって来る。これは個人的な性格ばかりではありません。社会に対する生き方なども、おやじと同じものが自分の中にあることがわかってきます。ところが現代の人々の生き方の中には私たちのおやじの生き方に限らず、歴史というもの、すなわち私たちの先祖が生きて来た生き方が現実の中に入っていないのです。私はこのことが実におかしいと思うのです。日本人が過去に生きて来た生き方というものは、やはり今存在し、目に見えている現実と同じ現実であります。形として自分の目に映らないものはもう存在しないと思っている。これは近代主義者のよくいう現実密着の日本人の悪い癖です。しかし、目に見えないものでも生きているのだという事がわからなければ困るのです。こうして現代の人には歴史というものが見えなくなって来ているのです。私たちの目の前にある現実の、本当の力が見えなくなって来ている。これが私たち現代人の弱点ではないかと思います。

大体、ものごとをただ理性だけで、それも浅薄な理性だけで判断しているからそういう事になって来る。何か言うと「お前のは感情論だよ」という。感情論というとまるで悪いことででもあるように言う。感情というものはどうして悪いのかということを、それこそ理性的に証明して貰いたい。感情というものでは生きて行けない、感情を抑えなければならない理由をまず言っていただきたいのですが、それは無視して「感情論だ」という1つの言葉を感情的に言い出すわけです。感情というものは人間にとって非常に大事であります。私たちの生活のうちおそらく80%は感情で生きているので、あとの20%が知性、それもなけなしの知性で生きているのです。それなのに、その知性の判断でなければ言うことを聞かないという。これほど愚劣な、いや、非理性的なことはない。何故そういうことになるかと言えば、自分たちの感情を軽蔑しているからです。自分たちの感情を信じて、その上に生きておれば、自分たちの知性がなけなしの知性だということは、はっきりわかりますし、その知性の限界というものもわかるわけであります。もちろんそのことは決して感情通りに振舞ってもいいということではなく、理性と感情の間に、お互に協定を結ばなければならないということなのです。感情というものはくだらないもの、それは無視出来るものというふうに考えることがいけないのです。そのような判断を下す理性というものは、実は非常にひ弱な理性なのです。だから感情というものをもっと尊重しろというのは、もっと理性的に強くなれと言うことだと言えましょう。少しでも理性的に考えるようにすれば、自分たちがいかに感情の中に生きているかということもわかってくると思うのです。

まだ言い足りないことがずいぶんあります。むしろ言い足りないことのほうが多いのですが、時間もまいりましたし、あとで質疑応答の時間もございますので、一応私の話はこれで終ることにいたします。

               ◇

【質疑応答】
(問)戦争中多くの人を殺して、それを手柄話として故郷に帰って話す人がいるのですがこのような人にとって、人を殺したことは悪であるかどうか、すなわち人を殺すことが善か悪かについてはその場合々々においていろいろ評価されるものかどうかについてお尋ねします。

(答)戦争で人を殺す、あるいは革命で人を殺す――そういうものは悪ではないという立場に立つ思想があるわけです。それはなぜかといえば、国家が危機にさらされる時に同胞を守る、同胞が100人殺されるのを、むこうの人間を10人殺すことによって防ぐのだという大義名分があるわけです。革命の場合もそうなので、大衆や階級のためにその邪魔になる少数者を殺すことが正統視されるわけです。ここではっきりしていることは人間のいのちというものがすべて数に還元されるということです。10人殺しても100人のためになるのであればいい、あるいはいまの人間を殺しても将来の子孫のためになるのであればいいという考えがそこにあるわけです。しかしながら他方私たちのうちには、たとえどういう理由があっても、人を殺すことは悪いことだという考えがあります。これは道徳律というような、外から与えられたものというよりも、教えられなくても私たちのうちにある一種の本能なのです。ところが一方ではある瞬間において人を殺したいという本能も存在するのです。だがともかくも最高の道徳は、たとえいかなる理由によっても人を殺してはならぬということです。その道徳の前には戦争も国家悪も、組織悪もあらゆる悪がすべて許されないわけです。

だがここで申し上げたいことはそういうことを言う権利が一体誰にあるかということです。われわれはみんなそれほどまでに厳しい道徳律によって生きているかどうか、たしかに人を殺すという例をとればそれが悪だということは割合簡単に言えましょう。ところが1人の人間が生きていることは必ず誰かの犠牲の上に立っている、これは仏教などでも必ず取り扱う問題ですが、人間は生きることによって常に他の動物や生物を犠牲にしているわけです。だから窮極においてエゴイズムの問題になるし、このエゴイズムというものを徹底的に否定するという思想(私はそれこそ本当の意味での宗教だと思いますが)が根本になければ国家悪などという悪を糺弾できないわけです。しかも宗教の根本にはただ自分勝手な振舞いを否定するだけではなく、人間存在そのものが悪であるという考えがあるのです。この問題を通らないではわれわれは悪の問題を取り扱うことは出来ません。だから私は、よく国家悪や組織悪などについて反対する運動を見ていていつも思うのは、われわれにそれをいうだけの人間が出来ているかということです。どこにだってそんな人間がいる筈がない、しかしそれにも拘らず戦うという自覚、そういう自覚があればいいのです。そうであればいいのだが、大ていの場合は「自分は善であって、自分はとても人殺しなんかしない」というような顔をしている。そういうことが、私にとっては実に不愉快だし、そこにはなにかとんでもない間違いがあると思うのです。そうでないためにはいま言ったようにつねに絶対的な悪、人間は悪なしでは生きられないという問題をいつも見つめている必要があると思うのです。

(問)先生は日本独自の思想というものを作り上げていくべきだとおっしゃいました。私もそのとおりだと思うのです。すなわち戦後の日本の思想的混乱の1つの大きな原因は、戦前における、歴史を非常に重視してきた考え方が根本的に変ってきたところにあると思うのです。それで今後の日本思想については、新しいものを作ってゆくのか、あるいはその中に日本の歴史をどのように取り入れてゆくのか、そのような問題について御伺いしたいと思います。

(答)いまのあなたは戦前は歴史を重要視してきて、それがひっくりかえったので混乱がおきたとおっしゃったのですが、失礼だが私はそうは思いません。実は戦前に歴史というものをそんなに重要視していたのではなかった、ほんとうに歴史というものを深く考え、歴史につき合って学問をしたり、生きたりしたことはなかったのだと思います。そのような正しい歴史とのつき合いが行われていたのは明治までだったわけです。では明治以後はなににつき合ったかというと、西洋の文明開化につき合ったので、文明開化に都合の悪い歴史というものは、日本ではみんなご破算にして来たのです。もちろんその間に国家主義的な1つの生き方はありましたが、この国家主義というのも実は西洋流の生き方なのです。すなわちあくまで西洋の先進国に追いつこうとする富国強兵策なのです。そういう観点から都合のいいように歴史を整えようとしたのです。こうして日本を近代国家として作り上げるのに都合のいいナショナルニーズに応えた歴史教育が行われて来た。

戦後今度は逆にそれを否定しましたけれども、私は同じことをやっていると思うのです。ナショナルニーズがソーシャルニーズという言葉に置きかえられただけのことで、ほんとうに歴史とか過去とかいうものをまともに取り扱おうとはしない。やっぱり現在の必要から捌いている。私は現在の必要があって過去を振りかえるのではなく、過去とまじめにつき合うことによってそこから現在の要求が出て来る、それがほんとうの意味の現在の要求だと思うのです。たとえば1つの家の中でいえば子供に欲望があってこれをじゃましているのが親だ、だから親を裁くのだというのではなく、親とまともにつき合っていて、それでなおかつ自分のうちにある欲望、それが本当の欲望だと思うのです。それと同じように歴史を虚心に見てゆく、善悪をぬきにして、私たちの祖先がどういうことを考えたかを見てゆく、すなわち過去の人と一緒に生きてみることが大切なのです。その中から本当の現在の要求が出てくるわけです。だが戦前戦後を通してこういう歴史とのつき合いは行われていないのです。

私が日本独自の思想という場合でも、なにも神がかり式に言っているのではありません。日本は明治以後古今未曾有の経験をしたのです。が、そこには大きな無理があった、その無理を調整するのが日本独自の思想であるというように考えます。それは他国におしつけるような性質のものではない、日本だけに通用する、日本人を生かす道でなければなりません。しかし明治以後日本が苦しんできたものは、多かれ少なかれ西洋自身の問題でもあるわけですから、そこに生れてくる日本独自の思想というものは結果としては世界のためにもなると思います。すなわち、西洋でも近代というものの弱点がだんだん暴露して、化けの皮を現わしはじめてきた、文明開化一点張りで来たのに対して、人間の精神が追いつけなくなってきたのです。それは日本の近代が明治以後苦しんできたものなので、むしろこちらの方が一足お先に被害を蒙っているのです。原爆を受けた以上に――原爆を受けたことは大したことではないので、その前に日本は西洋文明という原爆をうけてその中で苦しみながら今日ここまで至っているのです。従ってその中から生み出される思想は結果として西洋に影響を与えることが出来ると思います。しかしそれが目的ではないので、あくまでも日本がどう生きていけばいいのか、それに真剣にとりくまなければいけないし、そこに必ずや何ものかが生れてくる筈だ、私はそれを日本独自の思想と申上げたまでです。

               ◇

《昭和37(1962)年8月19日、国民文化研究会主催の講義『“近代化”の意味とその克服』から抜粋》


福田恆存(ふくだ・つねあり) 1912年東京生まれ。東京大学英文科卒業。中学教師・雑誌編集者・大学講師などを経て、文筆活動に入る。主著に『藝術とは何か』『平和論にたいする疑問』『人間・この劇的なるもの』『日本を思ふ』など多数。1994年没。


キャプチャ  2015年冬号掲載


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