【日曜に想う】 四十八の瞳に教わった

新学期の授業を体感したくて、大阪は天王寺の私立上宮高校を訪ねた。毎年巡り来るとはいえ、18歳投票の始まる年の春は1回切りだ。田中智和先生(42)の計らいで、3年15・17組合同(文系)の必修科目、政治・経済の授業に加わった。だが、いざ教壇に立って後悔した。普段は海千山千の政治家を相手に何とも思わない。でも、一斉に素直そうな48の瞳が直視してくる。こちらの安易な思い込みや方便等、簡単に見透かされてしまいそうだ。背中を冷や汗が伝う。そして不安は的中した。

皆一様に、「政治にも選挙にも興味は無い。だってわかり難い」と最初は言うのだ。ところが、「どこがわかり難いのか?」と質問を変えると、一変した。一番前の席の眼鏡の女子。「私は世界各国の株価のグラフを見るのが好きなのですが、何故国のトップが代わると株価はあんなに大きく変動するんですか?」。涼やかな目の短髪男子。「政党の人たちは何故、其々のリーダーを支持しているんですか? 本当に政策ですか?」。朗らかな声の男子。「ニュースを見ていると、政治家の揚げ足の取り合いにしか見えない。だから、政治はもういいやと思う。それと大阪都構想もそうだったけど、反対意見ばかり聞かされる。消費増税も負担面ばかりじゃないですか」。窓際の席の女子。「日本は未だ、首相が国民の声を聞いて政治を行う制度だと思うけれど、中国は習近平さんが全部握っている。それを中国の人と日本の人がどう思っているかを知りたいです」。懸命に答えた。だが、一方の論に偏らず、バランスをとって説明するのは難しい。政治的中立性に縛られる先生の苦労が少しわかった気がした。しかも、聊か建前になったかなと思うや、途端に瞳が興味を失うのがわかるから怖い。50分間、まるまる質問は続いた。一番前の席の女子がもう1回。「オリンピックを控えたブラジルの景気は悪いですよね。日本は本当に2020年のオリンピックで景気が良くなるんですか?」。1964年の東京オリンピックと高度経済成長の関係を説明し始めて、途中ではっと気がついた。そうか。この子らは大学に進めば、丁度就活の時期がオリンピックと重なることになるのだ。低い声の男子が言った。「18歳投票で何か良くなるんですか? 政治はわかり難いのに。それで投票率が低かったらどうなりますか? 上の若い世代も更に選挙に行かなくなって、僕ら若い世代の声が益々政治に届かなくなる」。どうすれば変わると思う? 「日本は何を目指しているのかを、政治家も新聞記者も僕らに教えてほしい。経済を良くしていくのか、集団的自衛権の容認とかそっちのほうなのかを…」。これは参った。完全に一本取られた。




田中先生は選挙と主権者教育の研究者でもある。この5月の日本選挙学会の総会・研究会でも、昨年度の同高3年生158人を対象に実施した意識調査を元に発表を行う。その調査結果も興味深い。「選挙では大勢の人が投票するのだから、自分1人くらい投票しなくてもかまわない」との問いには、積極・消極合わせ「そうは思わない」が64%で、「そう思う」の32%の倍である。だが、「自分には政府のすることに対して、それを左右する力はない」だと、「そう思う」が63%で、「そうは思わない」が33%と逆転する。選挙という主権者の義務は十分弁えているが、逆に「政治を変える」という主権者の力に実感は無いのだ。田中先生は言う。「今の高校生にも政治を考えるポテンシャルは絶対あるんです。でも、戦後教育は政治をずっと遠ざけてきた。今も公選法その他の法律の縛りで、特に選挙期間中の授業での“できないこと”ばかりが議論されている。このままだと、また遠ざけるだけです。だから、18歳投票を選挙面の効果だけで見ず、中学や大学の授業も合わせて政治教育全般を見直す契機にすべきではないですか」。確かに、この問題を今年1回切りのニュースにしてはならない。僕もそれを、24人の高校3年生に教わった。 (編集委員 曽我豪)


≡朝日新聞 2016年4月24日付掲載≡




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テーマ : 選挙
ジャンル : 政治・経済

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