【中外時評】 “同一賃金”経済界の本音――正社員改革にひるむな

同じ仕事をしているなら賃金も同じにするという『同一労働同一賃金』。経団連の榊原定征会長は、非正規で働く人の待遇改善という政府の狙いは理解しつつも、導入について注文をつける。「日本独自の雇用慣行を踏まえる必要がある。同じ仕事だから同じ賃金という単純なものではない。その人への期待・役割・将来的な会社への貢献等、様々な要素を勘案しなくてはならない」(3月7日の記者会見)。雇用期間が限られた非正規社員と比べ、長期雇用の正社員は会社への帰属意識が高い。急な仕事を頼む等の無理も利く。賃金に違いがあるのはおかしくない――。そんな思いもあるかもしれない。

抑々、「同一労働同一賃金は、日本で浸透している賃金制度に馴染み難い」と経団連は考えている。同一労働同一賃金の実践に欠かせないのは、仕事の内容に応じて賃金を決める“職務給”の仕組みだ。これに対し日本では、賃金は職務を遂行する能力によって決まるという“職能給”の制度が根を張っている。職能給の下では、経験年数に応じて賃金が上がる。つまり職能給は、年功賃金制を支える仕組みだ。以前より賃金カーブは緩やかになったとは言え、年功制は尚残る。そこに職務給に基づく同一労働同一賃金を広げようとすれば、企業の現場が混乱するというのが経団連の考えだ。だが、実は経済界は、同一労働同一賃金や職務給の普及に積極的だった時期がある。1950年代から1960年代にかけて、“財界労務部”の『日経連』(2002年に経団連と統合)が盛んに動いた。当時は、現在のようにパート・派遣・契約社員といった雇用形態が一般的でなく、正社員の賃金を改革する取り組みだった。「賃金の本質は労務の対価たるところにあり、同一職務労働であれば、担当者の学歴、年令等の如何に拘らず同一の給与額が支払われるべきで…」「職務給は賃金の本質を最も忠実に表現化した給与制度といえよう」。日経連加盟企業の人事勤労部門の課長らが編集にかかわった『職務給の研究』(1955年)の一節だ。




経済界が職務給の普及に力を入れたのは、終戦直後から広がり始めた年功賃金制への反省からだった。電力会社の労働組合が経営側から獲得した“電産型賃金”と呼ばれる生活保障給の色彩の強い賃金制度が典型例だ。岸本英太郎著『同一労働同一賃金 その理論と政策序説』(1962年)は、“資本の反撃”の背景として、賃金支払総額の急速な増加や、若年労働者から仕事に見合った賃金要求が出てきたこと等を挙げている。ところが1960年代後半になると、職務給や同一労働同一賃金を求める声は急速に萎んだ。『労働政策研究・研修機構』の濱口桂一郎主席統括研究員によれば、企業の現場が「職務給では社員の配置転換を円滑に進められない」と認識し始めた為だ(『日本の雇用と労働法』)。当時は技術革新に伴い、企業は社員を柔軟に配置換えする必要性が出てきた。職務給の下では、持ち場が変わる度に賃金も変動する。労働組合は賃金が不安定になることを問題視。結局、企業の経営者は、配置転換で労働側の協力を得る為に職務給を断念した。日経連も急速に職能給にシフトしていく。その後、年功賃金制度が定着したのは周知の通りだ。

今から思えば、職務給を見送ったことの影響は大きい。雇う側も雇われる側も、職務を明確化する意識が希薄になった。「日本型雇用システムの本質は、雇用契約が、命令によってその都度職務が書き込まれるべき空白の石板である点にある」と濱口氏は説く。仕事の範囲が曖昧になりがちで、残業や長時間労働が当たり前になった。「その道では誰にも負けない」という専門性の高い人材も育ち難くなった。日本の正社員の生産性の低さは、予て指摘されているところだ。経団連が職務給や同一労働同一賃金に慎重なのは、「会社にとっては使い易く都合の良い正社員の働き方を、あまり変えたくないから」と読める。社員に仕事を随時命じることができる仕組みは、会社にとって極めて便利だ。しかし、社員の専門性を高め、女性や高度外国人材が働き易くするには、今こそ正社員改革が必要だ。“何でもやる”正社員を必ずしも否定はできないが、少なくとも職務給による働き方と併せて複線化することが求められる。同一労働同一賃金論議をそのきっかけとしたい。 (論説副委員長 水野裕司)


≡日本経済新聞 2016年4月24日付掲載≡




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