北島三郎、独占告白――「今の紅白歌合戦は大人が楽しめない」

ジャニーズとAKBが席巻する昨今の紅白。今年は『妖怪ウォッチ』と『アナと雪の女王』の企画で子供受けも狙うという。年の暮れに大人がじっくり歌を聴く紅白はどこへ行ったのか。昨年、出場50回を機に卒業した北島三郎が、紅白への思いを存分に語り尽くした。

今年も紅白が近づいてきたけど、もう1年も経つんだよな。去年の出場を最後に俺が紅白を卒業しようと思ったのは、若い人にバトンを渡そうと思ったから。いつまでも俺が手を広げて立ちふさがっていちゃいけないって、思ったんだ。

北島三郎(78)は18歳の時に北海道から歌手を志して上京。音楽学校に通いながら、夜の繁華街で“流し”として生計を立てた。1962年にデビュー2曲目の『なみだ船』で第4回日本レコード大賞新人賞を受賞。翌年、27歳で紅白歌合戦初出場を果たす。昨年、出場50回を区切りに紅白を卒業した。

卒業を発表してから「お前がいなきゃ紅白が始まんないよ」なんて、うれしいお言葉をいただいたりもしました。俺もファンの皆さんに支えていただいて50回も出場してきたわけだから、紅白への思い入れは人一倍強いと思うよ。今は紅白は全世界で放送されているよね。昔は“聴く紅白”だったけど、最近は“観る紅白”になっている。だったら、いっそのこと“観る紅白”をもっと突き詰めて、全世界に向けて「どうだ、日本のアーティストはかっこいいだろう。いい歌がたくさんあるだろう」って見せつけたらいいんだよ。そのためには若い力が必要だと思ったんだ。




もっとも昔は、演歌の歌い手をもっと出した方がいいと思った時期もあるし、“観る紅白”より“聴く紅白”に戻した方がいいんじゃないかと、NHKの人に伝えたこともあるんだよ。でもさ、それじゃだめなんだよな。日本の歌い手の曲にロックやポップスが増えたのは、それだけ世界が近づいてきたということでもある。日本人が歌うそういう曲が外国で評判になることもあるじゃない。きゃりーぱみゅぱみゅっていうの? 外国ですごい人気なんでしょ。そういう若い人の力はこれからの時代はますます必要だよね。

今年で65回目を迎える紅白は、終戦の年の大晦日に『紅白音楽試合』がラジオで放送されたのが始まりだ。当初は1回きりの放送だったが、1951年に『第1回NHK紅白音楽合戦』と名前を変えて再スタート。1953年にテレビ放送が始まり、1964年からカラー放送となった。

もちろん、紅白に演歌が必要ないとは思わないよ。アメリカにロックが、フランスにシャンソンがあるように、やっぱり日本の歌と言えば演歌だからさ。紅白は1年間の最後に見る番組ですよね。家族揃ってみんなで見る人、いろいろだろうけど、特別な思いで見ている人は多いと思うんだ。「今年も無事終わったね」とか「今年はいろいろ大変だったけど来年はいい年になるといいね」とか。そこには日本人としての思いというのがきっとあると思うんだよね。だから、俺なんかは素直に紅白は日本人だけでやってほしいと思うね。素晴らしい外国人歌手の方はたくさんいるけれど、それは違う番組でもできるわけだから。昔、小泉純一郎さんが総理大臣の時に、ブッシュ大統領と一緒にエルビス・プレスリーの家に行ったことがあったよね。小泉さんはオペラもロックも大好きだっていうんだけど、俺からするとなんかしっくりこなくってね。だから息子の孝太郎に、「親父さんに一言くらい『やっぱり日本は演歌です』って言え」なんて言ったことがあったな(笑)。海外で紅白を見る視聴者には、向こうで暮らしている日本人だけでなく、外国の方もいるよね。紅白の映像を通じて、日本には桜があって富士山もある、演歌というジャンルもあるんだと知ってもらえるんですよ。紅白を見て「日本は素晴らしい国だなあ」って、思ってもらえる。紅白には1年に1回、日本を宣伝する役割もあるんだよね。

演歌って、日本人の生活や日本の四季を歌っているからね。海で働いている人には海の歌が、山で働いている人には山の歌があるわけ。やっぱり山で木を伐ったら「ヘイヘイホー」って言いたくなるし、「トントントーン」って音も聞こえてくるだろ(笑)。農家の方々は春から夏まで一生懸命に作物を育てて、実りの秋になると、“まつり”をやるわけさ。演歌は日本人の生活に染みついているんだよ。大人の、特に戦争や戦後の大変な時代を生きて苦労なさった方々は、年の暮れにはそういう生活の歌を聞きたいんじゃないかな。俺は卒業したから、あんまり偉そうなことは言えないけど、同年代の方から「最近の紅白は知らない曲ばっかりで、大人は楽しめない」って言われることも多いんだよね。ある程度は仕方がないと思うけど、できれば大人がもっと楽しめる構成にしてもらいたいよね。ただ、さっきも言ったように、未来を背負う若い人の歌もやっていかなくちゃいけない。でも演歌と交互に混ぜちゃうと、わけがわかんなくなっちゃうよな。俺でも、孫とかひ孫くらいの若い人たちと一緒にやっていると、楽しい反面、疲れる時もある(笑)。それは見ている側も一緒じゃないかと思うんだよ。最近は横文字の名前や大勢のグループも多いから、俺くらいの年代の方からすれば、知らない歌手が多すぎるって思うだろうね。

今年の紅白は白組が24組・紅組が27組で、総勢431人が出場する。演歌歌手は白組5人・紅組7人の計12人。白組の演歌枠は昨年より1人減った。北島が初出場した1963年は50組総勢72人で、演歌歌手は19人だった。この年の視聴率は81.4%を記録。歴代紅白最高、日本のテレビ史上でもトップの数字だ。白組司会は宮田輝、紅組司会は江利チエミが歌手兼任で務めた。白組と紅組が交互に向かい合って歌うなど、“歌合戦”の趣きが強い演出だった。

俺はもう“歌合戦”という形式をやめた方がいいと思っているんだ。男と女の混合グループもたくさんあるし、今年は男性歌手が少なかったけど、あれは不思議だったね。“歌合戦”なら対戦相手は同じ数じゃなきゃおかしいよね。今の視聴者はそれほど勝敗にはこだわってないだろうし、現実的には“歌合戦”というよりも“歌の祭典”だよね。現実に合わせて、見せ方を変えていかなくちゃいけない時期にきているんじゃないかな。例えば、構成を分けて、最初は元気いっぱいの若い人たちのショーを楽しむ時間。それが終わったら、演歌や大人がじっくり聴くことができる歌の時間ですよって。歌い手の立場から言わせてもらえば、紅白に選ばれるのは誇りだよね。俺は50回も出させてもらえたけど、まだ一度も出たことのない歌い手はたくさんいる。そういう歌い手もいつか出たいと思える夢の番組じゃないとダメなんだよ。

俺が初めて紅白に出場した時に歌ったのは『ギター仁義』だったかな。アガることはなくて「俺の舞台はここだ!」と思って歌ったよ。歌手になったからには紅白は1つの目標だったから、心底うれしかったね。50回の出場の中で印象的だったのは、なんといっても『風雪ながれ旅』(1981年)の紙吹雪! あれには参ったねえ。演出で紙吹雪を飛ばしたんだけど、それが物凄い量でさ。画面から一瞬俺が消えちゃったことがあったくらい。司会の山川静夫さんに「サブちゃんの鼻の穴に紙吹雪が吸い込まれるんじゃないかと思って心配しました」なんて言われてさ。そんなわけはないんだけどよ、歌いながら何枚か食ってやった(笑)。ハプニングで覚えているのは、『北の漁場』(2008年)。当時まだあった新宿コマ劇場から持ってきた漁船のセットに乗り込んで歌ったんだけど、船を揺らす勢いが強すぎてマイクスタンドが倒れるわ、俺はよろめくわで大変だったよ。忘れられないのは、東日本大震災があった年。毎年の選曲に関しては、NHKの方から「今年のテーマはこうこうなので、この曲でお願いします」と依頼がくるんだけど、この年は俺自身『帰ろかな』しかないと思っていた。するとNHKも「今年は“帰ろかな”をお願いします」と言ってきてくれたんだ。故郷が震災の被害に遭って、帰りたくても帰れない方がたくさんいらっしゃると思ってね。あの年は、歌い手として何ができるんだろうって、改めて考えるきっかけになりましたね。

北島が初出場した時の曲順は6番目だった。その後、最多の13回のトリを務め、うち大トリも美空ひばりと並んで最多の11回を数える。

大トリっていうのは、いわば大黒柱ですよね。これは紅白に限らないと思うけれど、なにかみんなで大きなことをする時には、必ず大黒柱が必要なんですよ。先日亡くなった土井たか子さんが俺に、「北島さんの歌を聴くと『ああ紅白だな』って思う」と言ってくれたことがあったんだ。大黒柱と認めてくれたのかなって思ってうれしかったな。美空ひばりさんはまさにそうだったよね。あの人が歌うと、それまでに出場していた歌手の歌が全部吹き飛んで、今年も終わるなって気になるんだよな。そういう大黒柱を育てるためには、演歌の歌い手はみんなでスクラムを組んで協力した方がいいよね。そして、演歌以外の若い人たちの中にも入っていって自分たちにないものを学び、逆に人生の先輩として大事なことを若い人たちに伝えなければならない。中にはそういう考えを受け付けないやつもいるけどね(笑)。演出やら何やらに口を出し、「あれはだめ、これもだめ」とかね。そういうのが見えてくると、嫌だなあと思うんだよな。

面白いのはさ、自分が心を開いていると、若い歌い手たちも「サブちゃん、サブちゃん」って話しかけてきてくれるんだ。お互いに心を開き、俺は自分にないものを彼らから教えてもらう。彼らも俺から何かを感じていると思うんだよ。今の若い子たちは、俺から見ても本当に達者ですよ。リズム感もいいし、学ぶべきところがいっぱいある。それよりなにより、俺たちが何十年も前に置いてきた何かを持ってるんだよね。年寄りも若い子もみんなで拍手しあって頑張っていけばいい。そういう中から、自然と新しい大黒柱が出てくるんじゃないかな。今年も集中豪雨や噴火など大きな災害があって、たくさんの方が大変な苦労をされたよね。でも、年の暮れに紅白を見ると、「どんなに辛くても、あと数時間で新しい年が来るんだな」と思える。紅白は日本人にとってかけがえのないものなんだよ。だからこそ、日本人の老若男女みんなが楽しめる構成にしないとね。卒業したくせに、生意気言っちゃったかな(笑)。でも、言わなきゃいけないことは言っておかないとな。もう出ることはないけど、今年の紅白、俺はどこかでちゃんと見てますよ!


キャプチャ  2014年12月18日号掲載


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