【「安倍首相は現実主義者だ」・古谷経衝氏に聞く】(下) 憲法改正、日本の大衆とメディアについて

20160427 09
――歴代の自民党政権でも右寄りと見られた安倍首相が昨年8月に発表した『戦後70年談話』に、首相支持層の受け止め方はどうだったのでしょうか?
「私自身、70年談話は無難なところが良いと思います。穏健な自民支持層の多くも肯定的な反応だったと思います。“美しい国”をキャッチフレーズに、教育基本法の改正等に踏み切った第1次政権みたいなものを期待していた“最も右側”の人たちから見れば、『日和っている』と映ったでしょう。しかし一方で、安倍首相はもっと踏み込みたかったが、周りが良くないという“君側の奸”論がありました。『自民党と連立する公明党が諸悪の根源であるので、自分たちと組むべきだ』と主張していた次世代の党に近い考え方です。これはトンデモです。私の安倍首相観は、中道右派や中道左派をもがちっと固めている現実主義的な判断をする政治家(リアリスト)というものです。彼の著作の中にはロマン主義的な世界観も見え隠れしますが、少なくとも、現実の政治の世界でそのように演出してという点では評価できましょう。ネット右翼のヘイトスピーチについても、安倍首相は突き放しています。リアルに物事を見ているのです」

――高い評価はずっと変わっていないものなのですか?
「私自身は、第1次政権が発足した時は期待めいたものがありました。小泉政権の時に北朝鮮の拉致問題をあれだけやった後、憲法改正を前面に掲げていて、小泉構造改革路線を継承すると思われていたからです。しかし、第2次政権ができた時は、本当に長期政権として安定するかどうか、第1次政権の時の唐突な辞任の記憶もあり、懐疑的でした。ただ、3年経っても無難にやっている。今年で4年目ですが、未だ続くでしょう」
「しかし、沖縄の辺野古問題への対応は無慈悲と感じますね。沖縄選挙区は、前回選挙でも自民党が衆議院の議席を取れなかったところですから、そういった地域はどうでもいいのかというような印象を受けます。安倍首相は保守を掲げ、『愛国者である』『愛国心が重要である』と言っている訳ですから、沖縄戦をどのように考えるのか。『沖縄県民斯ク戦ヘリ、県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ』の大田実中将の電文をどう捉えるのか。本土の人間は、沖縄県に『本土決戦の先駆けと言っておきながら、本土だけ1億特攻しなくて申し訳ありませんでした』と謝罪しなければならない。国の為に前線でアメリカ軍と戦って頂いた、護国精神を貫徹した沖縄県民に対して、それが本当の愛国者・保守としての姿勢ではないですか。この点に関しては、現政権は全然、愛国的ではない。ここは、私は従前から批判しております」
「また、政権が進める原発再稼働には反対です。原発は事故を起こすと、取り返しのつかない国土の汚染を招来します。国土が放射能に没すれば、電気代が高いだの低いだのという問題は刹那的な事項でしかなく、天文学的な数字で国益を損ねます。国家百年の計の為にも、原発は日本の安保上のアキレスとなっているた為、必要ありません。よって、政権が進める原発再稼働の方針には承服できません。よく保守派が言う“核武装論”ですが、日本の商用原発は軽水炉の為に核武装とは無関係で、原発維持の理由にはなりません。安倍政権の経済政策は概ね評価しますが、個別事例は是々非々で見ています」




20160427 10
――憲法改正への姿勢はどう見ていますか?
「第2次政権では、改憲に対し、戦略的・戦術的に取り組んでいると思います。私の考えでは、戦力を否定しながら自衛隊を持つ現状を考えれば、憲法9条2項は戦後日本の巨大な矛盾です。自民党の改憲草案等のように、自衛隊を国防軍にして軍法会議を設置し、条文の解釈の余地無しにすべきだと思います。今のほうが、解釈の余地がある為に何でもできる恐れがあると思うのです」
「ただ、今年夏の参院選で改憲勢力が大幅に議席を増やして3分の2に達するのは、やや難しいと思います。仮に憲法改正の発議があっても、国民投票で9条改憲が過半を制するのかは微妙な情勢と思います。何故なら、先般の集団的自衛権解釈変更と安保法制で、9条改憲の理論的正当性が失われたからです。つまり、『現行憲法で集団的自衛権行使と安保法制ができるのなら、態々憲法を改正しなくても良いのではないか』というふうに国民世論から判断した訳です」
「その影響で、実際に世論調査では改憲機運が低下しています。集団的自衛権行使容認と安保法制で、9条改憲は寧ろ遠のいたと見るべきでしょう。一方、9条に関与しない改憲発議(緊急事態条項等)なら或いは通るかもしれませんが、嘗て程の国民的熱量は感じられません。因みに私自身は、小さい頃から架空戦記が好きな戦史ファンで、高校1年生の時に小林よしのりの“戦争論”の薫陶をモロに受けた世代です。父親は公務員で護憲派のリベラルでしたが、私の青春時代は他の同級生がそうだったように、小林の影響で“自虐史観の更生”という“新しい”歴史観が支配的でした。この影響が今もどの程度残っているかはわかりませんが、私自身は9条2項の改正には賛成の立場です」

――政権に反対する勢力は、安保法制について“戦争法案”と名付けて批判しましたが?
「所謂“戦争法案”阻止のやり方には、少々疑問を感じます。安保法制の存立危機事態の定義については、厳しい縛りが付いています。『赤紙が来るようになる』とか『徴兵制になる』とか、現実からかけ離れた想定をした批判は稚拙に過ぎ、滑稽にも映りました。戦争といっても、最早総力戦の時代は終わりました。現代戦の主役はドローン(無人機)とサイバー空間です。未だにリベラルの戦争観が『三八式歩兵銃に銃剣を付けて突撃』という第2次世界大戦のイメージに固着しています。自衛隊の護衛艦を見て『空母だ』と批判したり、総合火力演習を見て『軍国主義の再来だ』と言ったり、『侵略の準備である』と口角泡を飛ばすが、まるで艦隊決戦時代の思想から抜け出していない。自衛隊のDDHは甲板に耐熱処理を施していないので、固定翼機の離着陸はできません。なのに空母等という。海軍中将・小沢治三郎のアウトレンジ戦法が現在でもあると思っているかのようです。兎に角、戦争や軍事に対する発想が貧困です。まぁしかし、『人々は直近の戦争に影響を受ける』とはよく言ったものですが、日本にとって最後の戦争とはあの日米戦争だったのですから、これは仕方がないのかもしれません」

――ただ、安倍首相は国会で野党議員に「早く質問しろよ」と野次を飛ばす等、最高権力者に似つかわしくない言動が見られます。
「正直な話、安倍首相の本を読んでも、教養はあまり感じられません。映画も本も、余り見ても読んでもいないのだと思います。秘書時代や或いは選挙活動で忙しかったのか、単に怠惰だったのかわかりませんが、基礎教養の水準がちょっと危ぶまれます。但しそれは、良くも悪くも“普通”の人だとも思う根拠です。基本的には温和なお坊ちゃまなのでしょう。逆に言えば無害とも言えます。“ALWAYS 三丁目の夕日”を見て感動したという彼の心象は、平凡ですが素直で優しいものだと思います。一方で、彼が言う“1億総活躍社会”なんて馬鹿馬鹿しいと感じています。『貴方に言われなくても日本人は活躍しているだろう』と思っていますけれど。東京大空襲を受けても『家財を焼かれたくらいでは、精神力の強い日本国民は却って敵愾心が激高するだけである』等と嘯いた小磯国昭よりは、幾分常識的でしょう」

――ところで、著書『愛国ってなんだ 民族・郷土・戦争』(PHP新書)では、「日本大衆はつねに常識的で賢いし、たくましい」と発言していますね。
「大衆をバカにするような傾向は好きではありません。色々な評論家が日本人を愚民等と形容しますが、そうは思いません。大衆はバカではありません。前回の衆院選で自民党より右寄りの路線を打ち出し、『在日外国人の生活保護受給率は日本人の8倍』といった都市伝説のような主張を繰り返し、“タブーブタのウタ”等とネット右翼に媚びた次世代の党に対し、有権者は冷静でした。インターネット上では支持率2位だったのですが、前述の通り、比例区ではゼロでした。日本では外国からの移民が少ないこともあって、排外的な民族重視の主張は響きませんでした。『日本は右傾化している』とよく言われますが、選挙結果を分析すれば全く右傾化はしていないと考えます。無論、“右傾”の定義によりますが。『実に常識的な判断を下す、日本人の中には真っ当な感覚が健全である』と先の衆院選で感じました」

20160427 11
――今年2月、総務省の高市早苗大臣が電波停止の可能性に国会答弁で言及しました。安倍政権のメディアへの対し方をどう見ていますか?
「高市大臣の発言は、『既存メディアに対するネット右翼の姿勢に影響を受け過ぎている』と感じました。保守派の中には、『インターネット上の1つのコメントの背後に、1000倍の同調者がいる』という錯覚があります。インターネット空間特有のノイズのような見解に影響を受けている面があります。高市さんも、『既存メディアの偏向報道が、2009年の自民党下野の原因だ』とでも思っているのでしょう。そうであるなら、ちょっとインターネットの世界観に依拠し過ぎです」

――既存メディアに注文があれば。
「『安保法制等で新聞の論調が分かれ、二極化している』と言われています。主張が前面に出るのは健全ですよ。戦前は民政党系・政友会系と露骨に色があった新聞が存在していたことが普通のように、土台・公正中立・客観報道には限界があるのですから、オピニオン正面に保守・リベラルのどちらかの傾向が鮮明になるのは正常化と思います」
「アメリカは4大ネットワークの内、FOXが保守的で、他のネットワーク(ABC・CBS・NBC)はリベラルといった顕著な特徴があるのに対し、日本のテレビは未だに全部が横並びであることに不満があります。例えば、元有名プロ野球選手の逮捕があったら各局とも、この事件一色となります。『視聴率が取れるからやるんです』と言いますが、同じ報道をやれば競争も何でもないでしょう。実に翼賛的です。その結果、『司会者がイケメンかどうか?』といった報道の本質とは無関係の人選や演出のディテールに拘っているように感じます。不倫報道・大臣の辞任・経歴詐称で世論が沸騰している中、1局ぐらい『重力波とは何か?』を2時間ぐらい特番をしたら、案外数字が取れるのでは。ラジオはもっと自由だし、テレビが一番遅れています」


古谷経衡(ふるや・つねひら) 著述家・社会福祉法人『佐久コスモス福祉会』評議員。1982年、北海道生まれ。立命館大学文学部史学科卒。インターネット・歴史・社会・若者等について幅広く執筆。ラジオ番組『TIME LINE』(TOKYO FM)パーソナリティー。著書に『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)・『右翼も左翼もウソばかり』(新潮新書)・『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』(コア新書)等。

川本裕司(かわもと・ひろし) 朝日新聞編集委員。1959年、大阪府生まれ。京都大学教育学部卒業後、1981年に『朝日新聞社』入社。学芸部・社会部等を経て、2006年から放送・通信・新聞等メディアを担当する編集委員。2010年から論説委員も兼務。2015年3月からオピニオン編集部。著書に『ニューメディア“誤算”の構造』(リベルタ出版)。共著として『テレビ・ジャーナリズムの現在 市民との共生は可能か』(現代書館)・『被告席のメディア』(朝日新聞社)・『新聞をひらく わたしたちの現場から』(樹花舎)。


キャプチャ  2016年4月25日付掲載




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