【連鎖地震・検証】(04) 物資滞留、3つの“誤算”

20160428 15
「本震から3日も経っているのに、1日の食料がおにぎり2個では駄目だ」――。18日夜、政府関係者から焦りの声が漏れた。16日未明の“本震”を受け、政府は、被災自治体の要請を待たずに支援を開始する“プッシュ型”と呼ばれる手法で、186万食を熊本県に送った。だが18日も、食料が枯渇した避難所の状況が報道されていた。混乱の背景には、地震の連鎖による地元自治体の3つの“誤算”があった。1つ目は、備蓄が直ぐに底をついたこと。人口約74万人の熊本市は、2012年に地域防災計画を改定し、断層帯でマグニチュード(M)7クラスの地震が起きた場合に、3万6500人が避難すると想定。計22万食を備蓄していた。ところが、M6.5の“前震”とM7.3の“本震”が続き、17日朝には市内だけで10万8266人が避難。多くの避難所で同日中に備蓄が尽きた。余震が続いたことで避難者は中々減らず、同市政策局の古庄修治局長は「防災計画の想定外だった」と振り返る。2つ目は、政府や他県から届いた物資の集積場が機能しなかったことだ。熊本県の集積場は、大型催事場の『グランメッセ熊本』(益城町)等3ヵ所だったが、一連の地震で建物が使用不能になり、県庁舎のロビー等に物資が滞留した。東日本大震災では、宮城県が食料等の輸送・管理を途中から運送業者や倉庫業者に業務委託し、成功した。

国はその後、各都道府県にトラック協会との輸送協定と、倉庫協会との保管協定を結ぶよう促したが、輸送協定は昨年度までに全国で締結されたのに対し、保管協定の締結率は7割で、熊本は未締結。熊本県が、国から紹介された合志市の民間倉庫等を使い始めたのは、21日だった。市販品の物流が生産拠点等の被災で停滞し、コンビニ等で品薄になったことも混乱に拍車をかけた。もう1つの誤算は、ニーズを把握できない“未知”の避難所の続出だった。熊本市内には小中学校等の指定避難所と、災害時に逃げ込める緊急避難場所が計約250ヵ所あるが、“本震”で避難者は膨れ上がり、公民館や民間企業を間借りした避難所が自然発生。市内に少なくとも40ヵ所あったことが後に判明した。建物内では余震が不安だとして車中泊する人も多く、熊本市の担当者は「車中泊の人等はプライバシーの問題もあって、実態を把握し難く、物資の配給が後手に回った」と打ち明ける。東日本大震災では、内陸部の岩手県遠野市がボランティアらの拠点になり、沿岸部の寺院や公民館等も回って必要な物資を聞き取った。震災後、“遠野モデル”として評価された。当時、静岡県職員として遠野の活動に加わった『静岡大学防災総合センター』の岩田孝仁教授(防災行政学)は、「住民の側も支援を待つだけでなく、普段から地域で自主防災組織等を作り、行政にニーズを伝えられるようにする努力が欠かせない」と話している。


≡読売新聞 2016年4月25日付掲載≡




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