【管見妄語】 頭の空っぽな若者へ

「近頃の若い者は…」というのは昔から言われた言葉だ。古代エジプトの粘土板・アルタミラの壁画・ポンペイ遺跡の壁の落書き等にもあり、ソクラテスやプラトンも言ったとされる。若しそうなら、これほど陳腐な言葉はなかろう。そのせいか最近では、良識ある年長者にとって、口にするのが気恥ずかしい言葉となっている。それどころか、逆に若者に迎合する年長者も多い。若さへのコンプレックスに加え、「若者に理解を示すことで彼らの歓心を得よう」「心の広さを周囲に示しよう」「自らの老いを隠そう」等の心理も働くのだろう。私は、「近頃の若い者はどうしようもない」と正々堂々と言う。本当にどうしようもないからだ。愚息3人がそうだから、他も大方似たようなものだろう。碌な教養も経験も無く、人間を知らず、世界を知らず、歴史を知らず、頭の中だけで組み立てた理屈を恥ずかし気もなく主張する。論理的に筋が通っていても、結論がトンチンカンになる所以である。テレビ等で見る20代・30代の多くはそうだから、年長者は新鮮な見方等と煽てないで、皮相的な空論と厳しく指摘すべきだと思う。

エネルギー不足により大したことのできなくなった年長者にとって、若者を健全に育てることは、残された殆ど唯一の大切な社会的責務の筈だ。我々だって、若い頃から年長者に嫌になるほど叱られ、批判され、呆れられ、揶揄されてきた。注射を怖がっていた幼い私を、「戦場じゃあ、麻酔無しに手術することだってあるぞ」と諫めたのは、南洋でアメリカ軍に夜襲をかけたこともある元海軍兵士だった。「デーオ、デーオー」とハリー・ベラフォンテの歌を歌っていた私に、祖父は言った。「わしが8歳の時に日清戦争、その10年後に日露、その10年後に第1次世界大戦、終わって10年余りで満州事変があり、そのまま終戦まで15年も戦争さ。平和なんちゅうもんはなぁ、戦争の合間にある束の間のものだった」。安穏と暮らしていた私は、この日常が当たり前のものではないことを教えられた。シベリアのソビエト連邦軍収容所で塗炭の苦しみを味わった民間人、満州引き揚げの悲惨を体験した女性、軍需工場で青春を費してしまった嘗ての女学生等の話は迫力に満ち、自ずと自分の甘さや小ささを思い知らされた。こういった苦言や批判に反省し、耐え、励まされ、育てられてきたのだ。




年長者が若者を叩くのは人類の尊い伝統だが、自らを省みることも必要だ。我々年長者がアメリカの言いなりに新自由主義を取り入れた結果、今や25歳から34歳までの若者の男性100万人・女性200万人が非正規社員として、少ない賃金と不安定な身分に苦しんでいる。彼らの3割弱は年収200万円以下で、「家族を養えない」として結婚を諦めている。道理で少子化が進む訳だ。それに、税金や年金として国民が政府に払う負担と、医療や年金給付として政府から貰う受益を比べると、60歳以上では受益が約4000万円も上回るのに、30歳以下では逆に負担のほうが8000万円も上回るという。高齢者は、自動的に若者より1億2000万円も得してしまうのだ。不合理だ。年金生活者に手厚くするのは当然だが、高所得高齢者の年金給付停止や医療費全額自己負担を考えてもよいのではないか。4人に1人が高齢者だから、選挙を考え、政府は手を付けたがらない。若者の貧困や不安定に温かい手を差し伸べてから、頭の空っぽを徹底的に叩くのがよい。先日、テレビで60歳以上のシニアラグビーを見た。60代が赤パンツ、70代が黄パンツ、80代が紫パンツ、90代が金パンツだ。「年上の色のパンツへのタックルは禁止」というだけで、普通のルールで行われる。皆、元気で走り回っていた。90代の金パンツの清々しいお爺さんが言った。「まだまだ80歳の若い者には負けない」。こんな人に叱られ、育てられたことが誇らしい。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2016年4月28日号掲載

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