【中外時評】 迷彩服まとった習主席――“強い軍”が正統性の支柱か

日本のNHKと同じように、中国の国営中央テレビ(CCTV)も、毎晩7時から約30分間のニュース番組を放映する。勿論、官製報道だが、それでも最もよく見られているテレビ番組の1つだ。4月20日は、ぎょっとした視聴者が少なくなかったらしい。冒頭、最高指導者である習近平国家主席が迷彩服姿で登場したからだ。この日、習主席は中央軍事委員会の『連合作戦指揮センター』というところを視察した。このニュースで存在が初めて公表された新設の機関だ。そのトップに習主席本人が就いたことも、このニュースで明らかにされた。「戦って必ず勝つ軍隊を建設しなければならない」――。軍事委員会のトップを兼務している習主席はこう主張して、昨年から大がかりな軍改革を進めてきた。その中では、陸海空といった軍種を横断して統合的に作戦を運用できる体制を整えることが重要な課題で、指揮センターはその要とみられる。

とすれば、日本なら防衛省の統合幕僚監部、アメリカならば統合参謀本部に相当する。そのトップに自ら就任したことは、例えるなら安倍晋三首相が統合幕僚長を兼ねるような、或いはオバマ大統領が統合参謀本部議長を兼務するようなものだろう。文民統制の考え方からすれば、聊か違和感を覚える体制だ。加えて、戦場でこそ意味のある迷彩服を平時に身に纏ってみせたのである。異様な印象を受ける。衣装が様々なメッセージを発するメディアであることは言うまでもない。況して、何事も政治的に捉える中国共産党政権の最高指導者となれば、その服装にも政治的な思惑が込められているのは間違いない。一体習主席は、異色のミリタリーファッションにどんな思惑を込めたのか。




1つは勿論、「軍の指揮権を握っているのは他でもない自分だ」と内外に向けて発信することだ。別けても、共産党政権の内側に向けたメッセージという意味合いが濃い。「銃口から政権が生まれる」という毛沢東主席の言葉を語り継いでいる政治文化にあっては、軍の重みが決定的だからだ。凡そ200万人の将兵たちに対するメッセージでもあろう。胡錦濤前国家主席や江沢民元国家主席と異なり、習主席は若い頃に軍務に就いた経験がある。そして彭麗媛夫人は、少将の階級を持つ軍所属の歌手だ。こうした軍との親密な繋がりを踏まえ、「自分も軍の一員である」とアピールし、仲間意識や連帯の機運、延いては忠誠を促そうという狙いが感じ取れる。長い目で見ると、国としての基本的な戦略を30数年ぶりに変える布石とも映る。“建国の父”とも言うべき毛主席は、1976年に亡くなるまで、公式行事では“人民服”とか“中山服”等と呼ばれるスタイルを通した。毛主席の後を継いだ華国鋒主席や、華主席を引きずり下ろして最高実力者となった鄧小平氏も同様だった。ただ、鄧氏が最高実力者だった時代に、実は目に見える変化が起きた。謂わば、鄧氏の代理で中国共産党の最高ポストに就いた胡耀邦総書記や趙紫陽総書記が、ネクタイを締めたスーツ姿を披露するようになったのである。メッセージは明快だった。日米欧等海外に向けては、「既存の国際秩序との調和を大切にし、経済運営で開放的な姿勢に転じた」とのアピールだ。国内に向けては、「政治運動に明け暮れて経済が停滞した毛主席の時代に決別する」との意思表示だ。背後には勿論、経済建設を“1つの中心”に据えた鄧氏の戦略があった。その後も最高指導者は、軍事パレードや老幹部の葬儀等では人民服姿を見せたが、記者会見や外遊ではネクタイ姿が一般的になった。それは、鄧氏が始めた改革・開放政策の象徴だった。

習主席が迷彩服を着て見せたのは、改革・開放に踏み出した時以来の変化と言える。「経済建設は最早“唯一の中心”の座を失い、それと並ぶ“もう1つの中心”として軍隊の建設が位置付けられた」と読める。「従来ほどには国際秩序との調和を大切にしない」というメッセージを読み取ることもできる。改革・開放に踏み出してからの経済の高成長は、共産党政権にとって正統性を支える柱となってきた。「今や高成長の時代は終わった。強い軍隊を築くことを新たな正統性の支柱に」――。習主席の迷彩服には、そんな思惑が編み込まれているように見える。 (論説副委員長 飯野克彦)


≡日本経済新聞 2016年5月1日付掲載≡




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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

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