メキシコ失踪者3万人の真実――学生43人失踪の衝撃、社会変革を求める市民の連帯

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今年1月2日、首都の南約66kmにある町で、組織犯罪の撲滅を掲げて就任したばかりの市長が犯罪組織に殺された。同月8日には、昨年7月に脱獄した“麻薬王”ホアキン・グスマンが逮捕された。どちらも日本でニュースになったメキシコでの出来事だが、その背景にある根深い問題は十分に伝えられていない。「政府が自らを批判する人々を黙らせ、怯えさせる為に、強制的失踪という手段を用いる傾向は、世界中で依然として続いている」。昨年、国際人権NGO『アムネスティインターナショナル』は、8月30日の“国際失踪者デー”に際し、世界各地で起きている強制的失踪について、そう報告した。そして、シリアやスリランカ等と並び、状況が深刻な国の1つにメキシコを挙げ、ペニャ・ニエト大統領に対し、失踪者の捜索と人権状況の改善を訴えた。メキシコでは、2006年12月にカルデロン前大統領が麻薬カルテル撲滅の為に、軍や連邦警察を投入して“麻薬戦争”を始めてから現在に至るまでに、3万人近い人が行方不明になっている。死者は約15万人だ。社会派の現地週刊誌『プロセーソ』は、2015年2月7日掲載の記事の中で、カルデロン前政権とペニャ・ニエト現政権其々の失踪者に関する公的データを分析し、「カルデロン前政権下では1日平均6人が失踪していたが、ペニャ・ニエト政権下ではその倍以上、平均13人だ」と指摘した。これらの事実は何を意味しているのか?

「犯罪組織は今、手下に『何をしてもいいが、出したゴミは片付けろ』と指示しているんだ」――。カルロス・クルス(39)は、そう切り出した。彼はギャング団の元リーダーで、2000年にギャングを辞め、貧困層の子供や若者に非暴力の精神を広めるNGOを率いてきた。彼の許へ集まる若者たちの中には、麻薬カルテルと繋がる者もおり、犯罪組織の動向に詳しい。「つまり、『数年前までのように、町中に死体が転がっているような状況は避け、殺した相手も理めるか焼くかして、兎に角、証拠を消せ』ということなのさ」。その背景として彼は、犯罪組織と政府関係者の繋がりの緊密化を挙げる。「誘拐や殺人の裏には、麻薬カルテルのような犯罪組織だけでなく、彼らと繋がっている警察・軍・司法・行政関係者がいる。だから、遺体という証拠が残る殺人事件ではなく、犯人の特定と逮捕が難しい失踪事件にしたいのさ」。確かにその見解は、実際に起きていることを上手く説明している。政府機関によって正式に集められたデータに基づいてみても、失踪者は現政権になって急増しているのに対し、殺害された人の数は、前政権最後の年である2012年に年間2万6037人だったのが、現政権下の2014年には1万4413人に減っている。遺体が発見されるケースは、現政権になってからぐっと減っているということだ。若しそれが、カルテルやその下部組織といった犯罪組織と、様々なレベルにおける政府関係者との繋がりに関わっているとすれば、何故前政権と現政権とで、その違いが生まれているのか? その裏には、本誌2015年12月号に書いたハビエル・シシリアのインタビューでも触れられた“PRI(制度的革命党)という政治文化”があると考えられる。詩人でジャーナリストであるシシリアは、2000年から2012年まで続いた国民行動党(PAN)政権に代わり、2期ぶりに与党に返り咲いたPRIの統治スタイルについて、こう語っている。「大統領という名の大ボスが、マフィアも政治腐敗もコントロールする」。PAN政権期は皮肉にも、それ以前の70年余り続いていたPRI的政治スタイルが崩れ、麻薬戦争が激化し、大勢の血が流れることになった。各地方及び国家レベルで築かれていたPRI関係者と犯罪組織との共存関係が機能しなくなり、目立つ殺人事件にせずに、“取り引きで事を穏やかに収める”ことができなくなった為と推察される。ところが、PRIが政権に復帰すると、物事が再びPRIスタイルへと収まり始めているようだ。但し、実際に殺人の犠牲者が減ったかどうかは、行方不明の人たちの実状が明らかにされない限りわからない。




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PRI体制が麻薬カルテルを自らのコントロール下に置こうとしていることを浮き彫りにしたドキュメンタリー映画がある。昨年夏にアメリカやメキシコで公開された映画『カルテルランド』(撮影&監督はマシュー・ハイネマン)だ。この作品には、主人公の1人として、メキシコのミチョアカン州で麻薬カルテル『カバジェロステンプラリオス』から家族や住民を守る為に立ち上がった自警団のリーダーで、医師のホセ・マヌエル・ミレーレスが登場する。彼を巡る話の展開と映像は衝撃的だ。映画は、覆面やバンダナで顔を隠し、武装した男たちが、夜の闇の中で覚醒剤を製造するシーンから始まる。その後、麻薬カルテルと闘う自警団のメンバーが、銃器を携えてピックアップトラックに乗り込み、カルテルのメンバーの家に踏み込んで、敵を捕獲する様子を映し出す。そのリーダーを務めるミレーレスが村々で行う演説や、その演説に熱狂する人々の姿も印象的だ。ミレーレスは文字通り、地域のヒーローになる。ところが、この自警団のおかげでカルテルが地域から撤退し、ミレーレスの名声が高まり、影響力が増すに連れて、周囲の様子が変化する。州政府関係者が、ミレーレス以外の自警団メンバーを取り込み始めるのだ。そして、ミレーレスが軽飛行機事故(事故なのか暗殺未遂なのかは定かでない)で入院している間に、自警団メンバーの一部が州政府のオファーに応じ、州警察の一員となることを決める。一方のミレーレスはその後、武器の不法所持の罪で逮捕され、服役することに。映画のラストシーン。“州警察農村部隊”の紋章を付けた元自警団メンバーが、オープニングシーン同様、暗闇の中で覚醒剤を作りながら、こう呟く。「皆、同じ穴の貉さ。ただ、俺たちは(覚醒剤)製造担当だから、目立っちゃいけないんだ。政府の一部となった今は尚更ね」。まるで小説のような展開。だが、それは現実だ。シシリアも「この映画は真実を見せてくれる」と話し、こう言い切る。「ミレーレスは正直な男で、無実だ。検察は犯罪をでっち上げている」。自分たちの脅威となる人間には濡れ衣を着せて刑務所送りにし(或いは暗殺して)、取り込めそうな人間には甘い汁を吸わせて、自らの駒とする。そんなPRI政権のやり方をそのまま捉えたのが、この映画だという訳だ。自警団のメンバーを始め、映画の舞台となった地域に暮らす人々の多くは元々、麻薬栽培農家だった。アメリカでの麻薬の需要の高まりに乗じて、その生産を拡大し、大きな商売に手を出した農家は軈て、麻薬生産販売業者へと成長していったという。しかし、麻薬戦争によってカルテル『ロスセタス』が入り込んでくると、これを撃退するために武装するようになる。そうして生まれたのが、カルテル『カバジェロステンプラリオス』だ。彼らが利益追求の為に地域を恐怖で支配するようになると、今度はそれに対抗する自警団=ミレーレスらのグループができる。そのメンバーの一部も結局は、麻薬絡みで稼がせてくれる政府のオファーに応じた。それに応じなかったミレーレスは切り捨てられた。

同じようなことがメキシコ各地で起きているであろうことは、想像に難くない。そうやって、メキシコはシシリアの言う“PRIのマフィア的縦割り政治文化”へと回帰していく。そんな国を、左派知識人は“マフィア国家”と呼ぶ。その本質を国民に思い知らせたのは、2014年9月26日にゲレロ州イグアラで起きた、アヨツィナパ師範学校の学生43人の誘拐・失踪事件だ。イグアラは、首都・メキシコシティの西南西約190kmに位置する町。学生たちはこの日、毎年10月2日にメキシコシティで行われる『トラテロルコ三文化広場における学生虐殺事件』を記念するデモに参加する為に、バスを調達し、首都へ向かおうとしていた。同事件は、学生運動が盛んだった1968年に当時のオルダス政権(これもPRI政権)が軍や警察を動員して、平和的デモを実施する為に集まった学生を何百人も殺害し、弾圧したことで知られる。その記念デモに参加することは、貧しい農村部の子供の教育に貢献する為に学ぶ師範学校の学生たちにとって、真の民主主義の実現を願う象徴的な行為だった。だが、貧乏でバスをチャーターする資金を持たない彼らは、町で長距離バスを止めては、運転手に首都まで乗せてくれるよう要請した。そんな学生たちが深夜、複数の大型バスに分乗して移動中、地元警察に行く手を遮られた。その際、警官の発砲で学生3人が死亡。と同時に、別の場所でも犯罪組織と見られる武装集団の銃撃にあった市民が3人死亡する。そして、学生43人が姿を消したのだ。一度に大勢の若者が失踪したことに衝撃を受けた市民は、彼らの親たちと共に、各地で政府に早急な捜索を要求する大規模デモを展開した。その為、政府は早く何かしらの対応と捜査の成果を示す必要に迫られる。その結果、11月上旬までに事件の首謀者として、学生たちに汚職を糾弾されていたイグアラ市長夫妻が、実行犯として地元警察と麻薬犯罪組織『ゲレーロスウニードス』のメンバーの計74人が逮捕された。昨年1月には、連邦検察庁の検事総長(当時)が、事件の“真相”について大々的な記者会見を開く。大画面モニターに“犯人”の写真を映し出し、彼らの証言に基づく“事件の経緯”を説明したのだ。その結論は、「学生たちはゲレーロスウニードスに殺害され、郊外にあるゴミ集積場で焼かれた」というものだった。ところが9月になって、その“真相”がでっち上げだった可能性が出てくる。第三者として同事件を調査していた『米州人権委員会(CIDH)』所属の『独立専門家学際グループ(GIEI)』が、検察が示した“真相”には多くの矛盾点があることを発表したからだ。抑々、学生たちが誘拐された後に、“殺害されてゴミ集積場で焼かれた”と証明できる事実は無いとした。ゴミ集積所で火を付けて遺体を焼いたとしても、検察が証拠として保管しているような灰になるほどの火力は出ないという。

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極めつけは、“犯人”とされる男たちが、実は拷問によって偽の証言を強要された疑いがあるということだ。検事総長による記者会見の日に写真が出された男たちは皆、体の40ヵ所以上に拷問の跡と見られる傷を持つことが確認された。しかも、前出の週刊誌『プロセーソ』が行った“犯人”の家族への取材によれば、彼らは犯罪組織のメンバーではなく、貧しい左官工や建設労働者といった貧困家庭の青年で、政府の貧困層支援プログラムの恩恵を受けていた為に当局に素性がよく知られていて、“生贄”に選ばれたと考えられる。その内の1人は家族に、2014年10月26日に検察の役人によって自宅から連行された後、「『言う通りに証言しなければ家族に危害を加える』と脅された」と話している。彼らの証言記録を細かく見ていくと、“犯人”が「拉致した学生を連れて車で移動した」と話している時刻が事件発生前だったりと、矛盾した内容が複数あるという。にも拘らず、検察は全てが明白な事実であるかのように“真相”を語り、事件に終止符を打とうとした。そしてもう1つ、検察が隠していた重大な事実がある。それまで「学生たちは4台のバスに分乗していた」とされていたが、本当はもう1台あったというのだ。そのバスには、ゲレーロスウニードスが積み込んだ密輸用麻薬が隠されていた可能性があるという。だが、そのバスが映った監視カメラの映像は何故か消し去られていた。検察は、そして政府は一体、何を隠そうとしているのか? 隠蔽工作とも考えられる一連の出来事の背後には、軍の存在があるという取材報告もある(他にも昨年11月、モレーロス州検察庁が、行方不明者を含む150の遺体を違法且つ秘密裏に埋葬した事実も発覚した)。学生43人の失踪事件の発生と、その事件に関する偽りの真相の発表は、メキシコ社会全体に衝撃を与えた。「検察は犯罪被害者の為には働かず、検事総長の言葉は嘘ばかりで信用できない。若しそれが現実ならば、真実を知る唯一の方法は、我々市民自身の手による捜索だけだ」――。そう考えた失踪者の家族たちは、独自の捜索活動を始める。中でも注目されているのは、『イグアラの他の行方不明者たち』というグループの活動だ。グループ名に“他の”という言葉が入っているのは、世間で広く注目を集めた学生43人以外にも、大勢の誘拐・拉致犠牲者がいることを訴える為だ。同グループには、イグアラ市とその近郊での失踪者を探す家族が参加している。捜索活動の先頭に立つマリオ・ベルガラさん(40)は、グループができた経緯をこう語る。「学生の失踪事件が起き、イグアラでもその解決を求めるデモが行われました。それに参加した私の妹は、“私の兄も行方不明だ”と書かれたプラカードを掲げて歩きました。すると、『自分の家族も行方不明だ』と言う人に大勢出会いました。それまで、犯人の仕返しが怖くて沈黙していた人々が、43人の事件をきっかけに声を上げ始めたのです。そうして、同じイグアラ地域で家族が失踪している人たちが、とある教会に集まるようになり、このグループができました」。

マリオさんの兄は2012年5月5日、妹の誕生日の食事会に出席する為に家を出て以来、連絡が取れなくなった。その後、誘拐犯から身代金30万ペソ(約210万円)の要求電話がかかってきた為、家族は検察の誘拐専門ユニットに相談したが、殆ど役に立たなかった。「テレビで観るように、ハイテクを駆使して犯人の居場所を突き止め、兄を救い出してくれると思っていたのに。彼らはただ、私に犯人からの電話にどう受け答えしたらよいかを教え、『兄の生存が確認されるまではお金を払うな』と助言するだけでした。兄は今も行方不明のままです。だから私も妹も、自力で捜索することを決心したのです」。最初は10人にも満たなかったグループは、次第に仲間を増やし、昨年9月時点で380人となった。マリオさんは言う。「本当はその何倍もの人が行方不明の家族を探したい筈ですが、人々は犯人による脅迫や仕返しが怖くて、中々声を上げることができないのです」。グループの一員で、夫(失踪時は35歳)を探すイルマ・ビジャーダさん(36)は、義母と共に捜索活動に参加する。夫は2013年9月、勤務中に失踪した。「彼は乗合バスの運転手で、運転中に乗客共々、車ごと消えたんです」。事件発生直前に下車した客が事件を知らせてくれたが、犯人の人数や容姿等は証言してくれなかった。「犯人が怖いのでしょう。検察も全く探してくれません」。だからイルマさんら家族は、グループに参加することにした。「恐怖心はありますが、悪いことをしてはいない私たちが逃げるのもおかしいですから、信じることを続けるまでです」。マリオさんたちが集まる教会の敷地内に立つ古びた建物の壁には、イグアラ地域で失踪届が出されている人たちの写真がずらりと貼られている。その前に立ち、「これが私の娘なんです」と若い女性の写真を指し示す女性がいた。19歳の娘と3歳の孫が誘拐されたサンドラ・フローレスさん(45)だ。「娘は、犯罪組織のメンバーとは知らずに一緒になった男から逃れようと、孫と一緒にうちに来たのに、私が留守の間に攫われました。連れ去ったのは、地元警察の人間です。娘の夫の父親は公務員なのですが、公安の知り合いと結託して、地元警察や犯罪組織を動かし、誘拐を行っています。それは多くの人が知る事実なのですが、怖くて誰も口外しません。私が事件を検察に届け出て捜索を始めると、『止めなければ命は無いぞ』と直接脅し文句を伝えに来た人間もいます」。彼女は日常的に電話による脅迫を受けたり、後をつけられたりしている。それでも捜索活動を止める気は無い。「あの男(娘の夫の父親)は、この壁に写真が貼られている人たちの何人かの誘拐にも関わっているに違いないんです」。マリオさんによると、グループのメンバーが探している失踪者の中には、上司の命令で犯罪に関わっていた警察官等もいる。「メンバーが探している家族は、善人ばかりではありません。それでも、家族がいなくなった痛みは同じなので、一緒に闘っているのです」。

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同じ痛みを抱える人々は、2014年11月から2015年8月までの約9ヵ月間に、イグアラ周辺で遺体を104体発見した(今年1月13日現在で計121体。その内、身元が判名したのは13体)。「このゲレロ州で長年、政府の不正と闘ってきたミゲル・アンヘル・ヒメネスが教えてくれたのです。『その気があるなら、先ず町の外に出かけ、荒れ地や森で地面が凹んでいる所が無いか、表面の土の色が違う所が無いかを探しなさい』と。そうして遺体が埋められている可能性がある場所を見つけ、土中に長細い鉄の棒を突っ込んでは引き出し、臭いを嗅ぎます。腐敗臭がすれば、そこに遺体が埋められているのです」。話に出てきたミゲル・アンヘル・ヒメネスは、ゲレロ州の社会運動の先頭に立っていた人物で、学生43人の捜索の為にイグアラを訪れた際、マリオさんたちに遺体捜索方法を伝授した。それから約10ヵ月後、彼は何者かに暗殺された。恐怖と闘いながら、マリオさんのグループは、町の周縁部に暮らす住民たちから提供される情報を頼りに捜索場所を決めては、活動を続けている。報道で彼らの活動を知った人たちが、不審なことを目撃すると知らせてくれるようになったからだ。但し、それは“あの丘”“あの森の中”といった大雑把な情報で、特定の場所を示すものではない。情報提供者も、知らせたことが“犯人”にバレて殺されるのが怖いからだ。「私たちも捜索中に武装集団に出くわす等、怖い思いをしたことがあります。だから、捜索の為に家を出る際はいつも、家族と最後の別れの言葉を交わします」。マリオさんがそう告白する。そんな決死の活動が国際的にも知られるようになり、昨年9月29日、CIDHがグループメンバーからの聞き取り調査の為にイグアラを訪れた。この日、マリオさんらメンバー十数名はピックアップトラック等に乗り込み、CIDH代表をこれまでの捜索現場の1つへ案内した。皆、自分が探している家族の写真を首から提げている。町の中心から車で走ること約20分、イグアラ市郊外の丘陵地に辿り着くと、車を下りて草叢へと分け入って行く。低木の間の草地を進むと、その先に何ヵ所か、地面が少し窪んだ場所があった。「ここで、グループのメンバーの息子さんの遺体が発見されました」。1ヵ所を指差して、マリオさんがCIDHメンバーに話をする。傍で犠牲者の母親が静かに地面を見つめている。一緒に来た女性たちが私に、「この丘をずっと向こうから、目を皿のようにして地面を見ながら、歩いて痕跡を探したのよ」と語りかけてきた。気の遠くなるような作業――。この丘では計18体が見つかったが、メンバーが探している家族かどうかわかったケースは、未だ先述の1体だけだ。見つけた遺体を掘り起こし、調査・鑑定するのは検察の仕事である為、その作業が中々進まないのだという。それでも『イグアラの他の行方不明者たち』は、全国にある失踪者捜索グループの中でも最も多くの遺体を発見しており、その活躍が他の犠牲者家族に勇気を与えている。

命懸けで行方不明となっている家族を探す人々は、ただ家族を見つけたいのではない。「この国では、何もしなくても連れ去られたり殺されたりするんです。だったらいっそ、意味のある殺され方をしたい。おかしな社会を変える為に声を上げ、闘って死にたいのです」。マリオさんは、自らの心情をそう表現する。それは恐らく、現在闘っている犠牲者家族の大半が共有する思いだろう。彼はこうも言う。「私たちがやっていることは、政府がどれだけ腐っているかを可視化する為にも役立っています。問題に気付き、変革を起こす闘いを始めなければ、子供たちに未来はありません。たとえ私たちが死ぬことになっても、今、闘いを始めることで、何十年か後にはきっと、メキシコ市民も自由で平和な生活を享受できる筈です」。彼もまた、ハビエル・シシリア同様、メキシコに再び革命が起きることを予感し、そこに参加することを望む人間の1人だ。彼らと同じ思いに突き動かされた人々は、全国にある行方不明の家族を探すグループ計42団体を繋ぐ『全国行方不明者捜索リンク』を築いた。その代表を務めるフアン・カルロス・トゥルヒージョさん(27)も、失踪した弟4人の行方を追っている。彼は、同リンクの意義をこう述べる。「現在のメキシコには正義がありません。そんな中で、私たちが自ら結束して捜索活動を行うことは、この国の司法制度に風穴を開けると思います。そして、国の変革を促す筈です」。フアン・カルロスさんは、ハビエル・シシリアと共に『正義と尊厳ある平和の為の運動(MPJD)』を推進する中で、市民運動の展開の仕方を学んだという。社会の正義や平和を犠牲にして、権力の利益のみを追求するマフィア国家の変革を目指すメキシコの市民は、現在、2018年の大統領選挙を見据えて、社会のあらゆる市民・組織が連帯する方法を模索している。彼らの前に立ちはだかる敵の本質は、カルテルを始めとする“多国籍企業”と、彼らが提供する甘い汁を吸う“政治家”に代表されるような、新自由主義的資本主義のグローバル化で巨大な利益を手にしている“権力”だ。つまり、メキシコの変革の為には、同じグローバル化の中に生きる日本は勿論、世界の市民が問題に気付き、変革を目指すことが不可欠なのだ。私たちは、メキシコの悲劇を傍観するのではなく、それをよく知り、考えることで、自らの闘いを創り出していかなければならない。


工藤律子(くどう・りつこ) フリージャーナリスト・NGO『ストリートチルドレンを考える会』共同代表。1963年、大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在学中からフリージャーナリストとして活動。著書に『とんでごらん! ストリートチルドレンと過ごした夏』(JULA出版局)等。共著として『仲間と誇りと夢と メキシコの貧困層に学ぶ』(JULA出版局)・『ドン・キホーテの世界をゆく』(論創社)・『フィリピン・私の家族は国家に殺された 家族を奪われた女性たちの戦い』(長崎出版)等。


キャプチャ  2016年3月号掲載




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