【殺人事件からわかる子供の生と死】(上) 子供らを襲う「死にたい」という欲動はどんな要因で起きるか?

あらゆることが個人に帰せられて当然とされる今日、子供たちが学校や家で置き去りにされ、生命さえも危ぶまれているのに、大人たちは何も見ようとしない。何故なのか? それでは、住職の目には何が見えるのか? (評論家 芹沢俊介)

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今、子供たちが危機的状況にある。決して大袈裟ではない。大人たちが自分の生活だけに関わっている間に、子供たちはその中で置き去りにされていると言っても過言ではないと思う。そうした現実を幾らかでも知って頂く為に、次に掲げる7つの少年事件を検証したい。どれも、2014年から2015年にかけて起きたものだ。これらの出来事を検討する狙いは、一見すると区々に見える事件の根底に共通する、ある精神の傾きを取り出せるように思えることによる。予め断定的に記してしまうと、子供たちの“死にたいという欲動”である。子供たちは、この“死にたいという欲動”に促されるようにして、様々な破壊行動を表出するのである。破壊行動と“死にたいという欲動”とは表裏一体である。だとすれば、“死にたいという欲動”の所在や作用を明らかにし、その欲動の発生場所と行方を記述できるなら、それは間違いなく、破壊行動として出現する少年事件に対する一定程度の抑止力を提供することになる筈なのである。検討対象である7つの事件とは以下である。

①佐世保同級生殺人事件 16歳高校女子による同級生殺人・遺体損壊(2014年7月26日)
②名古屋女性教害事件 名古屋大学の19歳女子学生による女性殺害(2014年11月7日・容疑者逮捕は2015年1月27日)
③川崎集団暴行死事件 13歳(中学1年生)男子を年長の男子3人が川崎市の河川敷で惨殺(2015年2月20日)
④呉集団暴行死事件 男女7人が集団暴行により殺害した女性の遺体を広島県呉市の山中灰ヶ峰に遺棄(2013年6月28日・容疑者逮捕 は7月14日)
⑤岩手県矢市町いじめ自殺事件 13歳(中学2年生)男子が苛めを苦に自殺(2015年7月5日)
⑥寝屋川中学生男女殺害事件 大阪府寝屋川市で起きた45歳の男性による中学1年男女の拉致殺害(2015年8月13日)
⑦伊勢高校同級生嘱託殺人事件 三重県伊勢市で起きた18歳(高校3年生)男子による同級生女子嘱託殺人(2015年9月28日)


「“死にたいという欲動”は、これらの出来事においてどのような現れ方をしているのだろうか?」――。こう端的に問うことから始めよう。2014年7月26日、長崎県佐世保市で市内の高校に通う16歳の少女が同級生の少女を殺害し、その遺体を損壊するという事件を起こした。16歳の少女は犯行後、「中学の頃から人を殺したい欲求があった」「遺体をバラバラにしてみたかった」と供述したのだった。これほどの年端の行かない時期に、少女の精神は既にかなりの程度、破壊願望に侵蝕されてしまっていたことが知れる。先ずは、このような事実に注目したい。同じ年の12月7日、名古屋市で77歳の女性が、名古屋大学在学中の19歳の女子学生の手によって殺害されるという事件が起きた。供述において19歳の女子学生は、「人を殺してみたかった」「相手が女性でなくてもよかった」と語った。また、事件を起こす前、自身のツイッターで女子学生が次のように呟いていたことが明らかにされたのだった。
この呟きにあるように、19歳の女子学生の破壊願望が“死んでみたいという欲動”に付き纏われて生まれたことを直感できる。明らかに、破壊願望の目標は自分であったのだ。




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ただ、“特異な”としか形容しようがないのは、その自己破壊の願望を“刑死”という形で実現したいと願っている点である。「刑死という形で以て自分の死を死んでみたい」――そう女子学生は言っているのである。刑死を望む限り、女子学生の“死んでみたいという欲動”或いは自己破壊願望は、不可避的に他者を殺害するという回路を通らざるを得ない。19歳女子学生は、その必須の回路を通過しようとし、実際、そのように行動してしまったのである。女子学生は、“死にたい”と“死んでみたい”をはっきりと区別して使っている。“死にたい”が基本形であり、“死んでみたい”はそのバリエーションであると位置付けて大過ないであろう。報道は、19歳女子学生が未だ宮城県の私立高校2年生であった時、同級生の男女2人に、身体に不治の障害が発症するほどの量のタリウムを投与したことを伝えている。女子学生の破壊願望は、遅くとも2年前には発動されていたことがわかろう。佐世保で同級生を殺害した少女も、早期において似たような行動に及んでいる。小学6年次に、5回に亘って同級生2人の給食に異物を混入したのである。タリウムのような毒物ではなかった点、障害(や死)を齎す可能性は低いものの、破壊願望の表出ということでは、両者の行為は同じである。従って、2人の精神の傾きに関しても同質のものが感じられるのだ。この“死にたい”へと傾斜する精神の同質性に立って、佐世保の16歳加害少女の「人を殺して遺体をバラバラにしたい」という破壊願望の横に、19歳女子学生の「死んでみたいとは考える」という発言を並べてみるのも無駄ではあるまい。2つを並べてみると、佐世保事件の少女の供述に見られる激しい破壊願望の陰に隠されていて見えなかった一面、即ち“死にたいという欲動”が垣間見えてくるように思えるのだ。佐世保の少女の加害行為も、19歳女子学生と同様、“死にたいという欲動”に付き纏われて犯した出来事であった…そんな風な了解に導かれる。だとすれば、やや性急だが、「人を殺してみたかった」という願望の根底には、“死にたいという欲動”があると想定していいのではないだろうか。

以下は、2つの自殺事件である。どちらの出来事にも、“死にたいという欲動”がくっきりと露出しているのを明視できる。2015年9月28日、三重県伊勢市で、18歳の高校3年生の少女が同級生の少年に包丁で刺殺されるという事件が起きた。殺人事件かと思われたこの出来事が実は、少女に殺してくれるよう依頼された少年が、断り切れずに刺した、謂わば“嘱託殺人”であることが明らかにされたのだった。18歳の少女は死にたかったのだ。その“死にたいという欲動”の現実化を、自らに手を下すのではなく、同級生男子に依頼し、依頼した同級生男子の手で殺されて死ぬという形で目論んだのである。その手の込んだ自己破壊願望は、同級生を殺人者として巻き込むことによって、目的を果たしたのだった。自殺の変形と見做すことができる。伊勢の事件と時間の順序が逆になるが、同じく昨年7月5日、岩手県矢巾町の中学2年生の男子(13)が苛めを苦に自殺した。少年は自死する数日前、『生活記録ノート』に「もう生きるのにつかれてきたような気がします。死んでいいですか?」と担任の女性教論に向けて書いた。そして、死の数時間前には「ミニマリオがじさつするそうです」とインターネット上に投稿し、その言葉通りに行動したのだった。13歳男子の自己破壊願望は、列車に轢かれるという形で実現されたのだった。“死にたいという欲動”が最も純粋な形を取った死であったのである。以上、後にやや詳述することになる7つの少年事件の内の4つに触れて、4つの出来事に共通する問題を取り出すことができた。即ち“死にたいという欲動”であり、それに促されて現われる様々な形の自己破壊行動である。では、“死にたいという欲動”は一体どこから発生し、どのように子供たちの存在を内側から脅かし、自己破壊願望という形で生きる力を奪うのだろうか? これが、次に解くべき問題である。“死にたいという欲動”の発生場所を巡って興味深いヒントを残してくれているのが、名古屋大学女子学生のツイッターである。この19歳の女子学生は、2014年12月7日、77歳の女性を斧で殴り、マフラーで首を絞めて殺害したのだった。殺害には、これといった動機は認められなかった。怨恨でもなければ利害関係の縺れでもなく、また物盗りでもなかった。単純に「人を殺してみたかった」と動機を語った。私たちは、そこに“死にたいという欲動”の働きを探り当てたのだった。女子学生が投稿したツイッター上の呟きは次の通りである。


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「死にたいわけでも死刑になりたいわけでもない、…死にたくないわけでも死刑になりたくないわけでもありません」と書いたのは、秋葉原無差別殺傷事件の犯行者・加藤智大である(『解』・批評社)。女子学生による「“死にたい”とは思わないけど“死んでみたい”とは考える。“殺したい”人はいないけど“殺してみたい”人は沢山いる」という呟きが、加藤智大の言葉に影響されて書かれたものであることは明らかである。「名大出身死刑囚ってまだいないんだよな」という呟きをここに加味すると、19歳女子学生の「死んでみたい」という自己破壊願望が刑死願望であることが伝わってくる。「殺したい」という他者破壊願望は2次的であることが、このことからも理解できると思う。以上のことを確認しつつ、私は、根本的な不可解さに直面している自分に気付かざるを得ない。根本的な不可解さとは、19歳という未だ人生のとば口に差しかかったくらいの若年の少女が、既に未来を閉じ、強い刑死願望を抱いてしまっていることに対してである。19歳女子学生は、自分が“社会の災い”として死ぬことに強固に意志的なのである。加藤智大がその点に無自覚的であったのと対照的に。どうしてこんなことが起こるのだろうか。即ち、こんなにも早く生の欲動を放棄し、自己破壊願望という形を取る“死にたいという欲動”に自分を譲り渡す等という事態を受け容れてしまう――。そこには、どんな奈落の体験が関与しているのだろうか。このような不可解さを解くヒントを、19歳女子学生の呟きは提供している、そう思える。それが、「なんかこれまでの人生を振り返ると、神様が悪ふざけで自分を作ったとしか思えない」という呟きである。この呟きは二様に読み取れる。第一は、何よりも自分という存在に肯定性を感じられないといっているように読めることだ。「神様が悪ふざけで自分を作ったとしか思えない」という自覚は、神は女子学生の誕生に祝福を与えなかったのだという風に読み替えることが可能である。何故なら、悪ふざけで作ったのだから。こうして、“神から疎まれた子”という女子学生自身が描く極端にマイナスの自己像が出来上がってくる。それと共に、“存在論的に絶対の孤独を背負わされた自分”という彼女の宿命観が浮かび上がってくる。無論、この場合、女子学生を疎む“神”とは両親の異名であることは言うまでもあるまい。2つ目の読み方はこうだ。報道によると、彼女の名前はイエス・キリストを生んだ母と音が同じであるのだという。女子学生のシニカルな書き方は、そうした事実と結び付いているように思える。「愛と母性の象徴のようなイエスの母の名が、愛からも母性からも疎まれ、孤独に捨て置かれた私の名と同一であるという皮肉な現実。疎むのなら何故、そんな名を付けたのだ? 何故生んだのだ?」――。そのようには女子学生は反問していないけれど、背後に込められているのはそのような無言のメッセージである。従って、疎まれ感は両親に向けられた感情であることは明瞭であろう。19歳女子学生の抱える“死にたいという欲動”は、このような疎まれ感に起源を持っているに違いないと理解したい。“死にたいという欲動”を自己破壊願望へと育て、その自己破壊願望を社会破壊願望に転じ、社会破壊願望を回路に、自身を“社会の災い”と化すことで自己破壊願望を満たす――。こうした自己破滅への発想を19年かけて育てたのは、誰によっても慰撫されることもなければ、解消されることもなかった疎まれ感であった。

19歳の女子学生は“神に疎まれた自分”というモチーフは語ったが、それが具体的にどのような疎まれ方であったかについては述べていない。どのような疎まれ方であったかについて知るには、佐世保の16歳の少女の事件を分析することで手がかりを得られるものと考える。佐世保事件とはどんな事件であったか。16歳の少女が同級生を殺害し、遺体を損壊するといった事件を起こしたのは2014年7月26日である。その少女は、破壊願望を向けた同級生について個人的な恨みは無く、一番仲良しの数人の内の1人であると述べた。「仲良しなのに殺すのか?」――思わず、こう問いかけそうになる。否、加害少女の論理からすれば逆なのである。仲良しだから、最後の最後まで殺意を警戒されることなく、周到に事を進められるのである。ここに至るまで、16歳の少女の破壊行動は幾つかのステップを踏んでいることがわかっている。

①小学校時代、6年生の時、5回に亘ってクラスメイト2人の給食に、ベンジン・漂白剤・粉末洗剤2種類の水溶液0.3ミリリットルを、スポイトを使って混入する。
②中学時代、猫を解剖する。
③中学時代、殺人衝動の発生(具体的な対象は得ていない)。
④両親殺しの実行、未遂。2014年3月、金属バットで寝ている父親を襲い、頭蓋骨骨折の重傷を負わす。母親に対しては、癌の自宅療養で寝ている部屋まで行ったが、実行を思い留まっている。

このように書き並べながら、「若し父親が殺害されていたら同級生殺害は無かった」という事後的な感想が湧いてくるのを抑えられない。(以下は筆者の声にならない声である。父親は、我が子の医療少年院への送致が決定する前に自殺した。母親は既に病死している。何故父親は、我が子と共に生涯を生きていくという道を選択しなかったのであろうか? 筆者には我が子を遺棄したように思えるのだが、読者の皆様はどのようにお考えになりますか?)。そしてもう1つ、親殺しは、同時に自己破壊の別様の表現であることを確認しておこう。では何故、佐世保の少女は親殺しに及んだのだろうか。私は、2004年末以降に頻発するようになった親殺し事件20例以上の分析を通し、全ての事件に共通する事実があることに気がついたのだ(『親殺し』・NTT出版)。それは、「親殺しには子殺しが先行する」という風に表される事態である。子殺しが先にあって、親殺しが起きるのである。子殺しが無ければ、親殺しは起きないのである。この場合、子殺しというのは存在論的な子殺しのことである。生き物が大好きな子供が、その大好きな生き物を殺害し、解剖するまでに変貌させられる。これが存在論的な子殺しである。生きる意欲が“死にたいという欲動”に転じ、自己破壊の願望を他の生き物を破壊するという形で表出するしかない状態に追い詰められること。これが存在論的な子殺しである。名古屋の19歳女子学生の例において用いた言葉で表せば、その存在を両親に疎まれることが子殺しである。

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一体、佐世保の少女は両親にどんな疎まれ方をされたのだろうか。この問いは、次のように言い換えることができる。「佐世保少女の両親は、如何なる価値観を根底に置いて我が子に接していたのだろうか?」と。報道から知り得た両親の営む家庭の価値観は、全てに亘って人よりも“目立って優れる”ことというものであった。“する”“できる”に評価軸を置いて、組み立てられた価値観である。実際、父親は法曹界における、地元・佐世保での典型的な上昇・拡大志向型の成功者であった。母親は東京大学文学部卒で、家族の多くを東大卒が占めるという佐世保では屈指のエリート一家の出であり、地域活動にもボランティアとして献身するような人であった。従って、このような“する”“できる”に評価軸を据えた上昇・拡大型の雰囲気の中で子供に求められたのは、そうした志向へ向けての努力であったと思われる。両親の意向に応えるのが当然という扱いを受けてきたに相違ない。事実、少女の評判も“する”“できる”における様々な面で秀でていた。「凄く頭のいい子」「学校の成績はトップクラス」「検事になって弁護士の父と戦うことだ」という抱負を既に小学校時代に抱いていた。父親の勧めで3歳からスケートを始め、国体にも親子で出場した。ピアノも上手で、絵は絵画教室に通い、何度も賞を取るほどの芸術的な才能を持っていた。周囲が羨むような、目立って万能な少女像が浮かんでくるだろう。ところが、“する”“できる”において上昇・拡大を求められ、それに応え続けようとする子供(=いい子)は、どこかの地点で挫折が待っている。これを、私は“いい子のパラドックス”と呼んできた。“いい子”は遅かれ早かれ、どこかの地点で“いい子”でなくなるのである。“いい子”を子供に求めるということ自体が子殺しである。だとすれば、“いい子のパラドックス”は、親殺しが始まったことを告げる出来事であると把握していいだろう。親殺しの前に子殺しがあり、そして、このような原則に則って本当の親殺しが起きたのである。存在論的な子殺しは、子供をどのように殺すことなのであろうか。子供の“ある”、言い換えれば“今、ここに安心して・安定的に・自分が自分であっていい”という存在感覚を殺すのである。佐世保の少女は、幼い時からこの“ある”を両親に蔑ろにされ続けたのである。恐らくは、名古屋事件の19歳女子学生も同様な仕打ちを両親に受け続けたのに違いないのである。


芹沢俊介(せりざわ・しゅんすけ) 評論家・NPO法人『シューレ大学』アドバイザー。1942年、東京都生まれ。上智大学経済学部卒。『家族という意志 よるべなき時代を生きる』(岩波新書)・『宿業の思想を超えて 吉本隆明の親鸞』『愛に疎まれて “加藤智大の内心奥深くに渦巻く悔恨の念を感じとる”視座』(共に批評社)等著書多数。


キャプチャ  2016年3月号掲載




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テーマ : 教育問題について考える
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