生活困窮家庭の子供にお寺を開放する学習支援――曹洞宗3ヵ寺と栃木県大田原市の快挙

「お寺なら、勉強のみならず、子供の人格形成にも良い影響を及ぼすのではないか」――。市長のそんな思いで始まった生活困窮世帯への学習支援。その名も『お寺の学習塾』が効果を上げている。

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「お寺ということは特に意識していませんでしたけど、でもやはり安心できますし、2時間きっちり勉強して、先生がついて教えてくれるので、とても助かっています。若し住職さんのお話が聞けるようでしたら、私も参加してみたい」。こう話すのは、栃木県大田原市の曹洞宗・A寺に我が子を迎えに来ていた30代のお母さんである。今、大田原市の画期的な取り組みである『お寺の学習塾』が全国的に注目を集めている。生活困窮家庭の子供たちを対象に、昨年7月から毎週土曜日に学習支援を行っているのだが、その名の通り、会場は市内の曹洞宗3ヵ寺で、お寺故の相乗効果が生まれているのだ。同じくお寺を開放している同市の曹洞宗・B寺の副住職(32)が語る。「嘗ての寺子屋等お寺の教育では、躾もしていました。当地でも、幕末に藩校である作新館があり、お寺が関わっていた歴史があります。この学習塾では、只の塾のように机と椅子に向かってビシビシ指導するのではなく、畳に座って、春には牡丹が咲き、秋には紅葉が鮮やかに染まる、そんな環境からも子供たちが得られるものは大きいのではないでしょうか」。自治体が、子供のこととは言え、お寺を活用するとは珍しい。しかし、「この事業は、お寺だからこそ成功した」と関係者は口を揃える。では、どんな取り組みなのか? 何故上手くいったのか? 詳しく見よう。

2月6日土曜日の午後2時、雪が積もる大田原市内のB寺の境内に子供たちがやって来る(B寺と仮名にしたのは、生活困窮家庭故に特定を避ける為である)。先生方は約1時間前からお寺に来て、会場となる48畳の研修道場で長机や座布団の準備をする。「こんにちは~」。入って来る子供たちを笑顔で先生が迎える。始業の鐘も“起立・気を付け・礼”も無い。子供が着座するや、いきなり学習支援が始まった。それを見て驚いた。この日、やって来たのは小学生1人と中学生2人の計3人。対する先生は3人、つまりマンツーマン指導だからだ。のみならず、長机に座布団。先生方は生徒の前方に回り、ある時は横に並び、一緒に教科書やノートを見ながら勉強を教えていく。まるで家庭教師のようだ。その教え方も、塾みたいに黒板に書いて解説をしていく一方的なものではなく、子供の目を見ながら、まるで子供の中にある答えを持ち上げるみたいだ。時に子供と一緒に沈思し、時に身を乗り出して教科書を指さし論し、共に考える。ふと目を上げると、正面の床の間には観音様。子供たちは皆、無駄口一つ叩かず、真剣な面持ちで勉強している。何故、このような自然と子供たちが勉強に集中する雰囲気を作り出すことができたのだろう。子供たちに話を聞くと、「普段、お寺に来ることは無いけれど、勉強するのに集中できる」「本当は来たくないし、勉強も好きじゃないけど、家だとできないから。お寺に来たらできるからよい」「塾に行きたかったけど、行けなかったので嬉しい」と口々にお寺の良さを話すのだ。それは、保護者も同じだ。「普段は60点くらいだった試験で80点も取れたのです」という声が寄せられれば、「塾に通わせたかったのですが経済的に難しかったので、本当に助かっています」等、お母さん方からも口々に感謝の声が聞けた。大田原市と3ヵ寺は何故、このような学びの場を作り上げることができたのか。




現在、同塾には49人が通っている。受け入れているのは前出のA寺・B寺・C寺で、全て曹洞宗寺院だ。大田原市保健福祉部の平山英敏主幹によると、応募のあった世帯の多かった地域のお寺に協力を仰ぎ、協力を申し出た10ヵ寺のうち、地域のバランスを見て5ヵ寺に協力を得た結果だという。が、うち2ヵ寺の建つ地域では子供の応募が無く、現在の3ヵ寺で昨年7月から開始した由。子供の募集に当たっては、その性質上、秘匿性が求められる為、学校で先生が直接、該当する子供に通知を渡した。開講は毎週土曜日。A寺は中学生17人と小学生20人の計37人、B寺は中学生6人と小学生2人の計8人、C寺は中学生3人と小学生1人の計4人が通っている。B寺とC寺は午後2時から午後4時までだが、A寺は人数が多い為、午後1時・午後3時・午後5時からの3回に分けている。当然だが、学費は無料だ。この学習塾でのお寺の役割は、場所を提供することだ。実際の運営は、大田原市から業務委託を受けたNPO法人『キャリアコーチ』が行う。地元の那須塩原市で教育事業や就労支援等を行う法人だ。最初の1時間で、先ず学校の宿題を終わらせる。先生は無闇に手伝わず、子供が自分の力で問題を解けるように手助けする。宿題がドリルではなく、感想文や作文の場合も子供に任せるのが基本。5分程の休憩を挟み、次の1時間はNPO側が用意した教材に取り組む。最大の特徴は、教育委員会等といった教育の現場ではなく、福祉の観点での“支援”であることだ。会場も、当初は公民館や地区にある学習センターの会議室等を借りて行う予定だった。が、それにアイデアを加えたのは、他ならぬ同市の津久井富雄市長だった。平山主幹が語る。「お寺であれば、勉強のみならず、子供たちの生活力・人間性・人格形成に役立てられるのではないかという案でした」。平山主幹によると、お寺の学習塾事業は昨年4月、生活困窮者自立支援法が施行されたことに端を発するという。同法は、各自治体が実施主体となり、官民共同によって生活困窮者が自立できるよう地域支援体制を構築することを定めた法律である。自立相談支援・住居確保給付金・就労準備支援&就労訓練・家計相談支援・子供の学習支援・一時生活支援の6事業を柱とする。大田原市が選んだのが子供の学習支援事業だった。前出の平山主幹が続ける。「生活に困っている世帯は、通わせたくても子供を塾に行かせられないという現実があります。“貧困の連鎖”と言われますが、そうした世帯の子供は、大人になっても同じように困窮を強いられることが少なくないという統計があります。逆に、親にお金があり、塾に行かせることができる世帯は学力が向上し、高校・大学と進学する子が多い。そこで、未来にそんな格差ができないように、子供への学習支援事業が計画されたのです」。

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対象は生活困窮世帯、即ち生活保護法による要保護世帯と、各自治体の教育委員会が認定する準要保護世帯だ。大田原市の傾向として、困窮世帯は市街地区に多いという。では、困窮世帯とはどのような状況に置かれている世帯なのか。「生活保護受給者や母子家庭、所謂シングルマザー等が多いですね。生活する上で余裕が無い方々です」。離婚・死別・未婚等、様々な事情で母親だけで子育てをする世帯の生活は大変だ。育児休暇制度を設ける企業でも、マタハラ(マタニティーハラスメント)で雇い止め・退職・降格・減給等に追い込まれるケースが後を絶たない。昨年9月に厚生労働省が行った調査では、派遣社員の48%、正社員の12%が「マタハラを経験した」と答えている。一方、同省の全国母子世帯調査によると、母子世帯は全国に推計123万8000世帯あり、平均年収は291万円だった。今の日本の就労事情では、母子だけで生計を立てることは極めて困難なのだ。マタハラで転職し、小学2年生の子供を育てる40代のシングルマザーが言う。「朝は子供を学校に送ってから、満員電車で1時間以上かけて出勤。9時から5時まで働き、急いで1時間かけて地元に戻って、学校が終わった後に、預かってもらっている学童保育の終業までに子供を迎えに行かなければなりません。家に帰っても掃除・洗濯・料理に子供の相手。もう、休む時間など無いですよ」。働けど貯蓄もできず、毎日の苦悩に心身を病むシングルマザーも多いという。前出の平山主幹が言う。「生活困窮世帯は母子家庭や父子家庭、或いは両親が共働きで、仕事に精一杯であることが考えられます。経済的に恵まれている世帯は、子供を塾や習い事に行かせることができます。しかし、そうしたことができずに家に1人でいる子供は、ぶらぶらと何もせずに、生活のリズムも無いままに過ごしがちです。お寺の学習塾の目的は飽く迄も学力アップですが、このような事態を解消していくという側面もあるのです。また、この辺りは田舎ですから、車が無いと大変不便な土地柄です。生活保護受給者の方は、車を持つとお金が給付されません。すると、塾にも通えない。実際に、お寺の学習塾に通いたくても車が無くて通えない世帯もおられます。何とか、その子たちをお寺の学習塾に通わせられないか、今後の課題ですね」。

それでは、現場の声を聞こう。キャリアコーチの山下清顧問が語る。「この事業の計画を知った当初は、正直な話、『大丈夫かなぁ』という思いもありました。しかし、B寺の副住職さんにお会いして話をしたら、『この人のところなら大丈夫だ』と考えが一遍に変わりました。我々がお手本にしたいくらいです」。B寺では夏休みに寺スクールを開いたり、坐禅会等も常時、開催している。その経験から、教育への思いがあった。B寺の副住職の話。「お寺でできる教育支援は、“叱る”と“怒る”の違いだと思うんですよ。学校や塾では、先生が生徒を怒りますよね。でも、家庭やお寺では子供を叱る。叱るとは、叱った後に抱き締められる感情です。気の赴くままに感情を爆発させる怒りとは異なります。困窮家庭かどうか等とは全く気にしていません。困っていてもいなくても、お寺にできることは変わりませんから」。子供たちはとても集中して勉強に取り組んでいるが、何故だろうか。「自然・環境でしょうか。学校や家庭には無い、皆さんが気付いていないお寺の良さかもしれません。境内は木々に囲まれ、四季を感じることができます。お寺のピリッとした空気が、自然とやる気を引き起こすのではないでしょうか」。前述のように、大田原市長は、こうしたお寺の持つ様々な機能が子供の人格形成に及ぼす影響を期待した。その試みは正解だった訳だ。だが、寺院を自治体の事業に使うことと、政教分離との折り合いはどうだろうか。平山主幹が言う。「収入が少なく、援助認定されている特定の人々への支援の為、且つ特定の宗教や宗派の教えを説く性質の事業でもない為、特に政教分離には当たらないと考えます。クレームもありません」。というよりも、市長の期待する効果を高めるべく、1月末には各寺院の住職に話をしてもらう機会を計画したという。その際には子供だけでなく、希望する保護者にも参加を呼び掛けた。多くの保護者が参加を望んだという。ただ、残念ながら、折からの大雪により塾は休講となり、延期となってしまった。一方、B寺の副住職は、別の理由で仏教色が出ないように気を付けていると話す。「仏教には、今の実生活に生かせる教えが沢山あります。話す機会を貰えたら…そうですね、例えば『何で勉強をするのか?』とかを話してみたいですね。お寺は場所を貸しているだけです。ただやっぱり、折角ですから坐禅体験をしてもらったり、本堂やお寺の中を探検してもらったり、宗教どうのではなく、お寺を身近に感じてほしいですから。でも、『お経を読みましょう』とか宗教的なことは避けたほうがいいと思っています」。

好評のお寺の学習塾だが、開始当初は心配もあった。一番は、子供たちが2時間、ちゃんと座っていられるか。何故なら、お寺の備品は一般の塾や家庭のように、絨毯にテーブルと椅子ではなく、畳に座卓と座布団だ。山下顧問の話。「生徒は小中学生ですが、小さい子も多いですから。今の子たちは、正座や胡坐で座ることはあまり無いんです。学校は机と椅子ですし、家でも食事はダイニングテーブルが殆どですしね。お寺だということもあり、『抵抗を感じて、何回か来てもそのうち来なくなってしまうのでは?』と考えていたのです」。だが、始めてみたら、逆に良い効果を齎していることがわかったという。「当初、座卓の低さが懸念されたものです。が、逆に『気持ちが集中する効果がある』と思うに至りました。先生と生徒の目線が一緒というのが良いのではないでしょうか」(平山主幹)。先生たちもバラエティーに富んでいる。大学生・保育士・元学校教師・定年退職者のみならず、何と大学教授もいるのだ。一体、どのように募集したのか。「大学のボランティアセンターに告知を出したりしますが、ボランティアをしている方が情報交換して、口コミで仲間に広がるのです。で、『1回来てみませんか?』と。ひきこもりや不登校問題に対処するスクールソーシャルワーカーの方にもお願いしています」と山下顧問。手当は殆ど、アルバイト程度の額だという。平山主幹が続ける。「お寺さんにも、基本的にはボランティアとして協力してもらっており、幾許かの部屋の使用料を支払うのみです」。いつの日か、この学習塾から巣立った子供たちが、今度は先生になって戻ってくるのではないか。そう予感させる事業だ。この事業は未だ1年と経っていないが、大田原市では来年度も事業の継続を決めた。場所の提供だけでも、お寺は人々に求められ、機能を発揮する。親の収入で子供の教育が左右される社会は、決して良い社会とは言えない。この取り組みが全国に広がってほしい。


キャプチャ  2016年3月号掲載




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