【2015年の10大問題】(03) 尖閣は現状で“凍結”…首脳会談のチャンスを逃すな

2012年初冬に日本では安倍晋三政権が誕生し、中国は習近平総書記(現・国家主席)が最高権力者に就任した。だが、それから2年を迎えるというのに、日中首脳会談は行われず、両国間の関係はますます冷え込んでいる。いったいなぜ、かくも日中関係はこじれてしまったのか? その遠因にあるのは、日中両国がそれぞれ“過去と現在の葛藤”を抱えているためである。

明治維新以降、日本は近代化に成功し列強の仲間入りを果たした。一方の中国は阿片戦争以降、列強に侵略され続けてきた。日本も満州事変・支那事変を契機として大陸に侵入した。第2次世界大戦では日本が敗戦国となったが、中国人には“戦勝国”という意識が希薄のはずだ。戦後も、日本経済が復活を遂げる中、共産主義下の中国は科学技術も立ち遅れ、日本の後塵を拝していた。中国人は日本人に対して劣等感を抱き、日本人は中国人に対して優越感を持っていた。しかし今、中国が名実ともに日本を追い抜いて世界第2位の経済大国に躍り出た。四半世紀前、日本のGDP約3兆ドルに対し、中国は約0.4兆ドルしかなかった。それが2013年に中国が約9兆ドルと20倍以上になったのだ。一方で、日本は約5兆ドル。貿易総額では中国はアメリカを抜いて4.2兆ドルで世界1位。日本は中国の半分以下の1.5兆ドルにすぎない。こうした数字をつきつけられた日本人は「どうやら本当に中国に負けそうだ」という劣等感とやっかみが鬱積してくる。逆に中国人は、日本人に対し「今まで俺たちをバカにしやがって」といった反発心が出てくる。両国民とも表立っては口にしないものの、本音の部分では動物的な感情が渦巻いている。動物的な感情であるだけに、非常に厄介である。日本人は過去の歴史を肯定し、現在を認めたくない。一方、中国人は過去の歴史を否定し、現在を肯定したい。そんな両国民のねじれた葛藤が、動物的な感情と相俟って、日中関係の大きな阻害要因となっているのだ。そうした日中両国の葛藤がはっきりとしたかたちで顕在化したのが、尖閣諸島をめぐる領土主権の問題と歴史認識問題である。早期に首脳会談を開催してこの2つの問題にある程度の折り合いをつけなければ、日中関係は冷え込んだままだろう。両国民はますます葛藤を強め、あらゆる局面で摩擦が生じ、偶発的な武力衝突など、最悪の事態を招きかねない。

では、どうすれば2つの問題を解決できるのか?




まずは領土主権の問題についてだが、解決策としては“司法”“武力”“話し合い”の3つしかない。だが、この3つとも選択肢としては閉ざされている。国際司法裁判所は、紛争当事国が司法手続の当事者となることに同意している場合のみ、裁判を開始する。日中両国とも同意しておらず、司法による解決はできない。ましてや武力によって解決をはかろうとすれば、日中両国とも回復不可能なほど国力の損耗を被るだろう。かといって、話し合いで解決するにはもはや遅すぎる。日本は1996年、池田行彦外相が「日中間に領土問題は存在しない」という見解を発表した。それ以来18年間、「領土問題が存在しないのだから、領土については話し合う必要がない」というのが日本政府の公式見解である。もっとも、日本以外の国々でそれを信じるナイーブな人は誰もいないだろう。多数の中国船が領海侵入してトラブルになっていることは、世界中で報じられている。日本政府の公式見解は単なる言葉遊びでしかないのだが、18年間も言い続けてきた手前、いまさら公式見解を撤回するわけにはいかないのだ。一方、中国側は日中国交回復時に“領土問題の棚上げ”で合意したと主張している。だが、日本側はそれを認めておらず、交渉の公式文書にもそうした記載は一切残っていない。中国側は「証拠がある」と言っているが、証拠を開示したことはかつて一度もない。万が一、中国側の記録にそのような文言が残っていたとしても、日本側がそこに署名していなければ、証拠にはならない。つまり、現状は日中双方が自分の“言葉”に固執し、自縄自縛の状態で動けなくなっているのである。

そこで私は、「日中両国が言葉で譲らないのであれば、言葉そのものを変えればよいのではないか」と提案している。たとえば、尖閣問題は現状で“凍結”するとしてはどうか。日中がこの40年間に積み上げてきた4つの共同声明の精神を再確認した上で、尖閣問題を凍結してしまうのだ。野球の試合中、急に大雨が降ってきた。そこでタイムアウトをとる。コールドでも延期でもない。いったん現状のままお休みにしてしまおう。それと同じ発想である。“凍結”は“棚上げ”とは異なる。“棚上げ”とは、領土問題が存在することを認めたうえで“問題をいったん棚に上げる”ことを意味するが、“凍結”は“この状況を凍結する”ということだから、領土問題の存在を認めたことにはならない。だから日中双方とも面子が立つ。「領土問題なのか誤解なのかわからないが、何かが氷の中にある。この氷が溶けるまで、その中身について争うのはやめよう、ましてや武器を取り合うこともやめよう。いつか春が来れば溶ける。それまでお互い待とう」という意味である。

領土主権をめぐる紛争は解決が難しい。だが歴史上、話し合いで平和的に解決した例が2つある。1つはスウェーデンとフィンランドが領有を争っていたオーランド諸島。国際連盟の新渡戸稲造事務局長が1921年に仲裁し、両国民のビザなし渡航や資源の共同開発、非武装化などを条件として仲裁に成功した。現在、オーランド諸島は両国民が争いなく居住している。もう1つはEU(欧州連合)だ。フランスとドイツはアルザス=ロレーヌ地方の領有をめぐって長年戦争を繰り広げてきた。現在はフランス領だが、住民の大半はドイツ語を母国語としており、民族紛争の危険性を孕んだ土地であった。だが1951~1952年、両国は当地の共同開発で合意し、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が発足した。それがEC(欧州共同体)に発展し、現在のEUに成長した。こうした例に比べれば、尖閣諸島のケースは、はるかに解決への道筋がつけやすい。尖閣は無人島であり、しかも強引に資源開発を進めても、コストに見合わないことはわかっている。現状のまま“凍結”しても、切迫した問題は生じない。日本と中国は互いに引っ越しできない隣国であり、何十年何百年も敵対し続けるわけにはいかない。両国首脳は欧州の解決事例から学ぶべきである。

次に歴史認識問題はどうか。中国側が最大の問題としているのは、A級戦犯が合祀されている靖国神社に、首相や主要閣僚が参拝する行為である。靖国神社は明治2(1869)年、戊辰戦争や西南戦争の兵士の英霊を追悼するために、大日本帝国が管理する『東京招魂社』として設立された。敗戦後は宗教法人として独立し、靖国神社となったが、旧帝国軍出身の6代目の宮司が1978年に独断でA級戦犯を合祀した。その後、中曽根康弘総理・小泉純一郎総理に続き、安倍総理が参拝している。靖国問題で一番肝心なことは“A級戦犯”の裁判が、国際的なものであるという点だ。日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏し、極東軍事裁判で判決を受け、サンフランシスコ講和条約調印によって国際社会に復帰した。こうした手続きによって、戦争犯罪人としてA級戦犯が確定し、日本はそれを受け入れた。日本は自らの力で戦争の後始末をしたのではなく、アメリカを中心とする連合国など45ヵ国が条約に署名し、戦後レジームを受け容れることでようやく決着したのである。本来、歴史認識とは国内で完結するものである。ゆえに、日本国内の歴史認識について海外から干渉されることは、本来はない。だが、先の大戦の処理とA級戦犯の問題については、日本国内で完結したものではなく、世界を巻き込んで解決したものである。つまり、サンフランシスコ講和条約に調印した時点で、日本の歴史認識は海を越えてしまったのである。ならば日本は、海を越えた歴史認識に従わなければならない。この基本的な点を、安倍総理は忘れているのではないか。

安倍総理は2014年春、高野山で行われた『昭和殉職者法務死追悼碑』法要に、「今日の日本の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉職者の御霊に謹んで哀悼の誠をささげる」というメッセージを送った。昭和殉職者とは、東條英機をはじめA級戦犯を含む約1180人の旧日本軍人のことを指す。いわば戦犯の名誉を回復することが目的で建立された追悼碑に、日本国総理が哀悼の意を表したことになる。戦犯の名誉回復とは、極東軍事裁判と戦後レジームを否定する行為であると受け止められてしまう。そんな法要にこのようなメッセージを送ることは、自民党総裁名でとはいえ、非常にうかつな行為であった。この件は中国だけでなくアメリカをはじめとする旧連合国の国々に対しても悪い印象を与えたはずだ。8月の終戦記念日の参拝を見送った直後だけに、中国にとってはまさに不意打ちを食らったような衝撃だったろう。国際社会における日本の信頼を揺るがす行為であったと、安倍総理には猛省していただきたい。

今、こうした日本の動きを最も懸念しているのは、アメリカである。忘れてはならないのは、日中関係の基本となるのは、日米同盟であるという点だ。日米同盟が一枚岩でしっかりしていれば、日中関係は自然とうまく行く。だが、日本側がアメリカとの信頼関係に水を差すようなことをすれば、中国はすかさずその間隙を突いてくる。歴史認識は、中国とだけの問題ではない。安倍総理は歴史認識について、まずはオバマ大統領と理解を共有することが大切だ。日米同盟がうまく行けば、日中関係も好転する。日中関係がうまく行けば、日韓関係も好転する。東アジアの問題の根幹は、日米関係にあるという基本を忘れてはならない。同時に、日中両国首脳は、歴史の重みを再確認することが大切である。戦後、歴代の両国首脳たちは、甚大な努力を積み重ねて、日中友好関係を築き上げてきた。日中共同声明(1972年)・日中平和友好条約(1978年)・日中共同宣言(1998年)・戦略的互恵関係(2008年)という4つの政治声明の精神を、今こそ噛みしめるべきである。日中共同声明には、両国が武力に訴えないこと、互いの領土主権を尊重して、平和に維持管理することが明記されている。また戦略的互恵関係では、漁業協定・資源の共同開発・青少年の交流・地方の都市間の交流・経済的交流といった具体的な協力関係についても明記されている。こうした日中の歴代首脳が営々と積み重ねてきた努力を覆す権利は、安倍総理にも習主席にもないはずだ。

さて、懸案の日中首脳会談であるが、2014年11月に北京で開催のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が唯一無二のチャンスである。片方がもう片方に頭を下げに行くものではないから、どちらの面子も傷つかない。しかも世界の注目が集まる中、習主席も世界に好感されるような映像を発信したいはずだ。このチャンスを逃すと、日中関係の修復はしばらく不可能だろう。もちろん、首脳会談だけでは十分ではない。両国は“経済”“青少年”“地方”の3つの交流をできるだけ早く再開しなければならない。両国民の感情のわだかまりを解消するには、両国民が戦前の姿ではなく、今の等身大の姿で接し、お互いを理解してゆくしかないのだ。時間はかかるかもしれないが、若い世代や経済人たちが実地の交流を積み重ねてゆくことで、中国人に植え付けられている“日本軍の蛮行”といったイメージは薄れていくだろう。また、日本人が抱く“中国は危険な国”という先入観も徐々に解消されていくだろう。政治の役割は、そのための環境を整えることにある。一刻も早く首脳会談が実現することを期待する。


丹羽宇一郎(にわ・ういちろう) 前中国大使・前伊藤忠商事会長。1939年生まれ。名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事入社。1998年に社長就任。1999年、約4000億円の不良債権を一括処理し、翌年度決算で史上最高益(当時)を達成。2004年、会長。経済財政諮問会議議員・日本郵政取締役などを歴任後、2010年に民間出身として初の中国大使に就任(2012年に退官)。著書に『北京烈日』(文藝春秋)、『中国の大問題』(PHP新書)など。


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