【ソニー・熱狂なき復活】(12) 官製再編の虚と実…『ルネサスエレクトロニクス』トップ電撃辞任の真相

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2015年最後の金曜日となった12月25日。この日が仕事納めという企業も多く、人々が浮き足立つ夕暮れ、首都圏私鉄沿線のある住宅地に記者が詰めかけていた。車載用半導体の世界最大手である『ルネサスエレクトロニクス』の遠藤隆雄会長兼CEOが同日、突如として辞任したのだ。遠藤氏が会長に就任したのは同年6月。就任から僅か半年での電撃辞任だ。代表権の無い取締役に退き、今年6月の定時株主総会で取締役からも退任する方針で、後任のCEOは鶴丸哲哉社長が兼務するという。全ては文書1枚で開示され、通常開かれる辞任会見も無かった。夜9時頃、餞別と思しき花束と包みを手に帰宅した遠藤氏は、集まった記者に「一身上の都合で、自分の意思で以て辞めた。それ以上は何も言えない」と硬い表情で繰り返した。「何も語らないままでは、無責任に経営を投げ出したか、不祥事でも起こしたかと思わざるを得ない」。そう記者に言われると、遠藤氏は一瞬、胸を突かれたような複雑な表情を見せたが、辞任の経緯を語ることは結局なかった。ルネサスは、『NEC』の半導体子会社『NECエレクトロニクス』と、『三菱電機』及び『日立製作所』の半導体部門を統合した『ルネサステクノロジ』の2社が合併し、2010年4月に発足した。3社の生産・営業拠点を足し上げると、設備も人員も過剰。大胆な構造改革が必要とされていた。初代社長は日立出身の赤尾泰氏が務めたが、事業の事情には精通しているものの、柵を断ち切ることができず、改革は遅々として進まなかった。そこへ襲いかかった歴史的な円高、そして東日本大震災。発足から3年間で計上した最終赤字の額は合計3451億円、2012年度末時点の自己資本比率は10%にまで低下し、財務改善が急務だった。これを救済したのが『産業革新機構』だ。産業競争力強化法に基づき、2009年7月に営業開始した官民ファンド。成長性が高く、革新性を有し、将来が有望な企業に出資することで、「次世代の国富を担う産業を創出する」(革新機構資料)ことが存在理由だ。ルネサスに対しては、「産業全体の構造改革を推進し、日本の半導体産業の国際的な競争力の回復および強化を目的」(同)として救済を決め、2013年9月に1383億円を出資している(出資比率69%)。

革新機構はルネサスの経営トップに、『オムロン』前会長の作田久男氏を招聘した。作田氏は、創業家一族外から初めてオムロンの社長に就任し、リーマンショック直後の世界需要が急減する中で、コスト構造に大胆にメスを入れ、利益のV字回復を果たした功績を持つ。この豪腕に、ルネサスの改革は託された。作田氏が最も問題視したのは、固定費の高さに起因するルネサスの市況変動への適応力の低さだ。人員削減を推し進め、従業員数は発足当初の4万6630人から2万1083人(昨年3月時点)へと半減。加えて、不採算事業からも速やかに撤退した。この結果、僅か2年足らずで収益構造は大幅に改善し、昨年3月期には会社発足以来初の最終黒字を達成した。世界4位の売上高を誇った嘗ての規模は失われたが、「即死を恐れることは取り敢えず無くなった」(作田氏)。昨年6月に退任した作田氏は、記者から「今後もルネサスのような不振企業の再建を依頼されれば引き受けるか?」と問われたのに対し、「もう堪忍して下さい」と笑って答えたが、それほどまでに“プロ経営者”と呼ぶに相応しい働きを見せたと言っていいだろう。遠藤氏も、革新機構がヘッドハンティングファームを使って選び出したプロ経営者だ。『日本IBM』の常務や『日本オラクル』のCEO等を務め、ソフトウェア企業の経営に功績を残したという触れ込みだった。特にIBM時代には、“名経営者”ルイス・ガースナー氏の下でグローバル戦略の立案に関わったといい、「ガースナーの薫陶を直に受けた」と折に触れ誇っていた。遠藤氏に期待されたのは、外資巨大企業での経験を生かし、ルネサスをグローバルで勝ち残れる企業にすること。作田氏と共に構造改革を率いてきた革新機構の柴田英利常務を女房役に、成長へのアクセルを踏むのがミッションだった。その成長請負人が僅か半年で辞任するというのだから、只事ではない。しかも、その辞意は僅か4日間で固められた。辞任した週の月曜、遠藤氏は複数のメディアのインタビューに対し、次のように答えている。「(インフィニオンテクノロジーズとの)資本提携は選択肢の1つ。製品が補完関係にあり、両社が組めば強力な連合になる」。革新機構の保有するルネサス株は、ロックアップ(株式の売却禁止期間)が昨年9月末で解除されており、どこがルネサス株の引き受け先となるかに注目が集まっていた。インタビューでの遠藤氏の発言は、11月頃から浮上していた「インフィニオンがルネサスへの出資を検討している」という見方を認めたもの。この時点で、遠藤氏は微塵も辞意を抱いていなかった。




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遠藤氏が海外企業との連合を積極的に進めようとした背景には、半導体業界の世界的な再編の動きがある。特に昨年は、『アバゴテクノロジー』が『ブロードコム』を5月に370億ドル(約4兆6000億円)で買収する等、大型の企業買収が相次いでいた。ルネサスが主力とする車載用半導体市場でも、世界5位の『NXPセミコンダクターズ』が同4位の『フリースケールセミコンダクタ』を118億ドル(約1兆4000億円)で3月に買収。両社の経営統合を受け、ルネサスは車載用半導体1位の座から陥落することが決定的となっていた。業界再編が急激に進む中、「自社単独では乗り遅れてしまう」と判断した遠藤氏は、インフィニオンとの資本提携で日欧の顧客基盤を持ち寄り、再び隆々たる世界最大の車載半導体メーカーとなろうと考えた訳だ。だが、これに激高したのが、ルネサスの大口顧客且つ株主でもある『トヨタ自動車』『日産自動車』等の完成車メーカーだ。抑々からして、革新機構の出資は自動車業界からの強い要請を受けたものだった。2011年3月の東日本大震災でルネサスの主力である那珂工場(茨城県)が被災すると、半導体の供給が途絶え、完成車そのものの生産にも支障が生じた。さらに2012年秋には、経営難に陥ったルネサスが、プライベートエクイティ(PE)ファンドの世界的大手である『コールバーグクラビスロバーツ(KKR)』に駆け込み、出資による救済を求めた。KKRにとっても、トヨタ等日系の優良企業を顧客に持つルネサスは、売却先が幾らでも見つかる優良案件だ。これに焦ったのは、取引先の自動車各社。「外資の手に渡れば技術流出や供給不安が起こる」と懸念したのだ。経営難からの脱却を支援し、重要な下請け企業を外資の手から守る。その目的で組まれたスキームが、革新機構の大口出資と自動車各社の少額出資を組み合わせ、日の丸のフレームの中にルネサスを囲い込むものだった。こうして保護したルネサスが、自らの成長を模索して外資と手を組もうというのだから、自動車各社は黙っていなかった。

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本来、昨年12月25日に遠藤氏は、インフィニオンとの資本提携を取締役会へ提案する予定だった。だが結局、その提案は無かったばかりか、自らの辞任を決議する取締役会となってしまった。ルネサスの取締役は全部で5人。その内、社外取締役2人は何れも革新機構から派遣されている。柴田常務も現在はルネサスに籍を置くが、抑々は革新機構の出身である。この顔ぶれで決議を取れば、革新機構の意向が通るのは言うまでもない。遠藤氏に対する解任動議こそ無かったものの、「自動車業界の意向を酌んだ革新機構側から辞任を求められた」というのが実態に近いようだ。遠藤氏の辞任によって、インフィニオンとの資本提携は一応の決着を見た。ただ革新機構は、2024年には必ず解散する時限組織。それまでには、ルネサス株も必ず全て売却される。その額は、時価総額ベース(今年1月18日終値基準)で9000億円に上り、浮動株比率は3%以下と極めて低い(昨年9月末時点)。一歩間違えば巨鯨を水たまりに放り出すような作業になりかねず、売却には細心の注意が求められる。遠藤氏の会長辞任直後には、「革新機構がソニーにルネサスへの出資を打診した」との観測が浮上した。確かに、『ソニー』はCMOSイメージセンサーを含むデバイス分野を成長牽引領域と位置付けている。だが、巨額の原資を必要とするルネサス買収は、「今のソニーにはリスクが大き過ぎる」(複数の半導体業界アナリスト)。一口に半導体と言っても、ルネサスが強みとする車載分野とソニーの映像分野では、シナジーを生むには一手間も二手間もかかる。少額出資はあり得ても、ソニーがルネサスを買収するという案は恐らく非現実的だ。今年1月中旬には、新たな買い手候補として『日本電産』の名前が報じられた。確かに日本電産は、モーター等の車載関連事業を重点分野に位置付けている。また、永守重信社長は企業買収の手練れとして名を馳せている。ただ、永守氏の買収は、徹底的に算盤を弾いて高値掴みを絶対にしないのが鉄則。一方の革新機構は、官民ファンドである性質上、何が何でも巨額の売却益を得る必要はないにしても、個別の民間企業に特別旨みを齎すディールはできない筈だ。

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「トヨタ等の自動車メーカーが出資比率を引き上げる」との見方もある。しかし、「震災直後は飽く迄も非常事態。だから、ルネサス救済に動いた。当時の反省を基に複数購買を進めている今、ルネサスの為に巨額を投じるということは無い」(自動車業界関係者)。お膝元にはいてもらいたいが、養ってはやらないという“旦那”の意向である。実はルネサスには、作田会長時代から検討してきた明確な成長戦略があった。身売りをするのではなく、寧ろ外資系を中心とする同業他社を買収し、再編の盟主になるというシナリオだ。事業の集中と選択、固定費の削減を進めた結果、ルネサスの収益力は大きく改善。年間900億~1000億円のフリーキャッシュフローを生む地力が身に付き、昨年9月末の手元資金(現金及び現金同等物)は3880億円と、2012年度末に比べて約5倍に急増している。この手元資金に負債による資金調達を絡めれば、一定程度の規模で企業買収や資本提携を仕掛けることが可能だ。この場合、革新機構保有分の売却先として想定されていたのは、事業会社ではなく機関投資家だ。株式を大量に売買する際に、市場への影響を抑える“ブロックトレード”と呼ぶ時間外取引の手法を使う。仲介役の金融機関に一旦纏めて売り、その後、機関投資家に売却するのだ。この中で、トヨタや『デンソー』等の自動車関連企業が出資を引き受けるとしても、成長シナリオを担保する意思を示す程度のものであり、複数社合わせても出資比率は1割程度に留まる筈だった。これなら、ルネサスは特定企業の意向に縛られずに事業を拡大し易い。世界の再編動向を理解している投資家や金融機関の間には支持する声が多いこともあって、買収先の物色もかなり具体的に進んでいた。抑々、遠藤氏によるインフィニオン案も、昨秋頃までこそ身売りを模索していたものの、12月のインタビュー時点では「買収する側になって自力成長を実現する」と答えている。革新機構や自動車業界の不興を踏まえて、遠藤氏なりに軌道修正した跡が窺える。

「自らの意志で、自ら考え、自ら行動する“自律と自立”を重要視して経営してきた」。作田氏は、ルネサス会長就任後の決算説明会で、こう経営哲学を開陳し、今後は独立企業として成長を志向する方向性を明確にしていた。大手電機3社からの寄り合い所帯で、親会社へ戻ることをいつまでも諦めない社員もいる中、「ルネサスという独立企業として、しっかり生きていこう」というメッセージだ。苛烈なリストラや資産売却という痛みも、対象となった人員には不幸ではあるが、「自らを食わせられる規模まで絞る」という当たり前の経営努力だ。痛みを負った上で、世界市場の潮流に沿って再編の一角となる。補完関係のある相手を、国籍を問わず探し求める。それを成長シナリオに、資本・金融市場の力を借りる――。企業戦略として立派に胸を張れる案だったのではないだろうか。作田氏の退任はプライベートな理由で急遽決まり、しかも本人の辞意が極めて強かった。後任を選ぶ時間が限られている中、消極的選択で残ったのが遠藤氏だった。そんな経緯もあり、革新機構の元幹部は「本当は未だ作田さんにルネサスにいてもらいたかった」と明かす。だが、こと成長戦略を巡っては、作田氏も遠藤氏も極端に懸け離れていたとは思えない。自主自立の精神こそが知恵を生み、企業を存続させる。革新機構は、この原則を尊重できるのだろうか。


キャプチャ  2016年1月30日号掲載




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