【宮崎哲弥の時々砲弾】 リベラル再装填のために part.6

朝日新聞のオピニオン面で、“リベラル保守”なる鵺の如き看板を掲げている中島岳志氏が、如何にも“論壇向け”の奇を衒った憲法論を開陳していて、聊かゲンナリさせられた(4月13日付朝刊)。中島氏は、「そもそも立憲主義は、本来、保守的な考え方に立った思想」だと断言する。そして、“保守思想の祖”エドマンド・バークに依拠して、フランス革命の指導理念をほぼ全否定する。この説明は、18世紀の市民革命のプロセスにおいて、立憲主義が絶対君主の主権を制限する装置として生み出されたという通論を無視するものだ。近代立憲主義が公的文書によって初めて宣明されたのは、言うまでもなく、「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法を有しない」の定句によってである。『フランス人権宣言』の16条だ。更に、このインタヴュー記事で中島氏は、2012年に発表された自民党の憲法改正草案を「非常に“革新”的」で「むしろ左翼的なものに近い」と批判している。

真っ当なリベラルの観点からすれば、これは殆ど妄評に類する。自民党の改憲草案は“非常に保守的”であり、一貫して“反リベラル”である。現代の立憲主義を支えるコンセプト、自由主義や個人主義が蔑ろにされていると言って差し支えない。ここらの論域に関しては、これまでも当欄でかなり深掘りしてきたし、何れ筋金入りのリベラル派法哲学者である井上達夫氏の憲法論を参看しつつ再論する予定なので、今は詳説しない。扨て前回、バラク・オバマ大統領の核軍縮演説を取り上げたが、彼はもう1つ、重要なスピーチを行っている。それが、2009年のノーベル平和賞受賞演説だ。彼は“正しい戦争=just war”に論及し、こう述べている。「それは、ある種の前提条件を満たせば、戦争は正当化されるという考え方です。その前提条件とは、最後の手段として、自衛のために使われているのか、行使される武力が相手の行動と均衡の取れたものであるか、可能なかぎり一般市民を巻き込まないものであるか、といった条件です」(訳文は全て岩波新書の三浦俊章編訳『オバマ演説集』による)。そして彼は、返す刀で“聖戦=holy war”を斬って捨てる。「十字軍の残虐行為については多くの記録が残っています。十字軍が示しているのは、“聖戦”は正しい戦争であったためしがないということです。神の意思を実践していると本当に信じていたら、行動を抑制する必要はまったくありません。妊娠している母親であろうと、衛生兵であろうと、たとえ自分と同じ宗教の信者であろうと容赦しないのです」。“聖戦”の恐怖は、最近では『IS(イスラミックステート)』の蛮行によって実感できるだろう。




しかしながら、正戦論は“戦時において法は沈黙する”現実に敗れ続けてきた。オバマは言う。「人類史のほとんどの時期を通じて、この“正しい戦争”という考え方は、めったに守られることはありませんでした。お互いを殺しあう新しい方法を考えつく人間の能力には際限がなく、見た目が違う、あるいは異なる神を崇拝する人々に対しどれだけ無慈悲になれるかについて、人間に限界はありませんでした」と。そこで、オバマ大統領がオスロ演説で提唱したのが、“正しい戦争”を補完する“正しい平和”だ。平和は、決して戦争の反対概念ではない。戦争の欠如した状況を平和と呼ぶのではない。国家間の武力紛争は起こっていなくても、そこに欠乏や飢餓があり、圧政や差別があり、弾圧や虐殺がある場合、平和ではないのだ。オバマの打ち出した理念は全く正しかった。問題は、オバマ政権の採った外交・安全保障政策の殆どが、“正しい平和”の実現に何ら寄与しなかった点にある。


宮崎哲弥(みやざき・てつや) 研究開発コンサルティング会社『アルターブレイン』副代表・京都産業大学客員教授。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒。総務省『通信・放送の在り方に関する懇談会』構成員や共同通信の論壇時評等を歴任。『憂国の方程式』(PHP研究所)・『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』(新潮社)等著書多数。


キャプチャ  2016年5月5日・12日号掲載




スポンサーサイト

テーマ : サヨク・在日・プロ市民
ジャンル : 政治・経済

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR