アングロサクソンはなぜ最強なのか――ヨーロッパの田舎国が生み出した300年続く支配の論理

近年、日本でも「アメリカの衰退」「覇権の終焉」などという言葉をよく耳にするようになりました。たしかに外交・軍事的にはイラク・アフガニスタンからの撤退、経済的にはリーマンショックなど、一見、アメリカの力は後退しているように見えるかもしれません。しかし、それだけで世界の大勢を判断するのは、あまりにも表面的に過ぎるのです。グローバル時代を生き抜くには、まず“正しい世界地図”を手に入れることから始めなくてはいけません。

私の考えでは、広い意味で見た場合、アメリカの力はおよそ30年前、冷戦の末期と比較しても決して衰えてはいません。それどころか、21世紀にはますますその力を増していく可能性が高いと考えています。どうしてそうなるのかを説明するには、そもそもアメリカの覇権とは文明的にどういう特質を有しているか、そして、その歴史的成り立ちに目を向けなければなりません。






ここで“アメリカの覇権”と表現してきたもの、それは、より正確に言うなら“アングロサクソンの覇権”ということになります。たしかに今に続くアメリカの覇権が確立したのは、第1次世界大戦から第2次世界大戦にかけてでした。そして、それ以前、18世紀の半ばに産業革命を果たし、20世紀の初めまで世界の覇権国として君臨したのはイギリスでした。それまで覇権国の交代では、かならず大戦争が起きています。しかしイギリスからアメリカへの覇権交代においては戦争や対立もなく、実にスムーズにバトンが渡されました。これは世界史的に見ても異例のことです。

それは何故か。英米両国は別々の国であるとともに、『アングロサクソン』というひとつの文明世界だからです。つまり、現在の“アメリカの覇権”の正体は、18世紀のはじめからおよそ300年にわたって続いているアングロサクソン覇権の一部なのです。したがって、今のアメリカだけを見ていてはその強さの本質がつかめません。たとえば、いまの米軍は世界の中で圧倒的といえる兵力・技術力を有しています。だから、軍事力の優越こそ覇権国の条件だと早合点しがちですが、それではアングロサクソン覇権の本質を見誤る。そもそも英国が世界の覇権を握れたのは、文化的に卓越していたわけでも、軍事的に他のライバルを圧倒していたからでもないのです。

ローマ帝国以来、ヨーロッパではフランス・イタリア・スペインなどラテン系の国が勢力を誇り、イギリスは長く片田舎の島国に過ぎませんでした。近代に入ってからも、フランス語が外交官の必須言語であったように、外交的にも大陸側がヘゲモニーを握っていましたし、美術や音楽・料理などの文化面でも、イギリスは大いに見劣りします(そして彼ら自身、それを受け入れていました)。軍事力においても、島国であることもあって、陸軍はそれほど強くありません。フランスやロシアなどのような大陸軍国ではないのです。海軍も、世界最強を誇るのは19世紀に入ってからで、世界の強国として台頭した絶対的な要因とはいえません。

では、何故イギリスは勝者となったのか。その鍵となったのは、私の見るところ、3つの力によるものでした。それは、金融力・情報力・海洋力です。

簡単にイギリスの歴史を振り返ってみましょう。イギリスが覇権国家となるきっかけ、いわば挑戦者としての地位を確立したのは、なんといっても1588年、スペイン無敵艦隊を破ったアルマダ海戦です。しかし、堂々たるスペイン海軍に対し、イングランド海軍の実態は、いわば海賊の寄せ集めでした。実は、この海戦の最大の勝因は、海軍力ではなく、金融ネットワークを駆使した情報工作にあったのです。このときスペインはイギリス侵略に向けて130隻の艦隊を準備しますが、計画より1年半も遅れて出港します。その理由は軍資金不足でした。砲弾や物資の準備が整った船から先に、五月雨式の出陣となったために指揮系統もガタガタでした。

しかし、これこそイギリスによる情報工作の成果だったのです。当時、ヨーロッパで金融業に従事していたユダヤ人のネットワークを使って、「スペイン王室はすでに破産している」という噂を大々的に流させ、その結果、誰もスペインに金を貸さなくなった。そのうえ、スペイン海軍に多くのスパイを送り込み、逐一、情報を収集して、自国の防備を固めたのです。宗教の力が強かった16世紀に、異教徒であるユダヤ人と手を結ぶというのは、なかなかできることではありません。時のエリザベス1世は徹底した実利優先の現実主義的思考ができる、典型的なアングロサクソンの政治家でした。イギリス王室はその後もユダヤ人を優遇したために、大陸で迫害されたユダヤ人がやがてロンドンのシティに集まり、金融の一大中心として発展していきました。

こうしたイギリス人の“戦い方”は、われわれ日本にも重大な勝利をもたらしました。日露戦争です。巨額の戦費調達のため、高橋是清はロンドンに渡り、そこでユダヤ人の銀行家ヤコブ・シフを紹介されます。日露戦争を支えたのは、シフによる戦時国債の購入でした。また、イギリスは世界の金融界に働きかけてロシアを資金困難に陥れるとともに、自らの海洋覇権を生かし、バルチック艦隊に対して、世界の港の利用・水・食糧・燃料などの供給も拒否したのです。スエズ運河の航行も止められたバルチック艦隊は、はるばる南アフリカの喜望峰を回って、日本海を目指すしかありませんでした。

さらに、イギリスの情報重視の姿勢がよくあらわれているエピソードがあります。1755年~1763年の『7年戦争』において、イギリスは北米大陸でフランスと激しい戦いを繰り広げました。当時、フランスはカナダからメキシコ湾に至るまで北米に広大な領土を持っていました。この戦争に勝利したことで、イギリスは北米大陸を我が物とし、のちの合衆国やカナダをアングロサクソン世界の一部としたのです。この点で『7年戦争』はまさに世界覇権の帰趨に関わる重大な戦争でした。こうした視点からの世界史が十分に教えられてこなかったことが、日本人の世界像の歪みの一因ともなっています。

なかでもその勝敗を分けた『ケベックの戦い』(1759年)において、ぎりぎりの危機に立たされたイギリスは奇跡的な勝利を収めます。その決め手となったのが暗号解読でした。その手法は、フランスの通信文を盗み出し、暗号を解読して気づかれないように戻すという古典的なものでしたが、それによって「フランスの援軍を乗せた船がいつ到着するか」という戦況を決定的に左右する重大情報を入手したのです。この当時、イギリス政府は、暗号解読の技術者に対し、大貴族の年収に匹敵する年俸を支払っていました。暗号解読にかけるアングロサクソンの執念は当時から凄まじいものがあったのです。こうして金融と情報を重視し、それらを互いに連関させて駆使することで、アングロサクソンは覇権を手中に収めてきました。そして、島国でもあり貿易国家でもあるイギリス(そしてアメリカ)が力を注いだのが海洋における覇権の確立です。ここで重要なのは、覇権国、それも交易を重視するイギリス的な覇権国とそれ以外の国では、海洋支配に対する考え方が異なることです。それは『航行の自由(Freedom of Navigation)』の保障です。

軍艦の航行範囲が、そのまま国の勢力図でもあるのは昔も今も変わりません。たしかに強い海軍に守られることで、その国の商船団は世界中で経済活動を行うことができます。しかし、世界の覇権国家はさらに進んで、他国の船の安全も保障する。これが『航行の自由』です。それによって、どの国も自国の船を守るコストを大幅に軽減でき、覇権国による海洋覇権から大きなメリットを受けます。また覇権国は、それによって国際社会のリーダーシップを維持できる。現在、南シナ海などで中国が海洋進出している問題で、アメリカが繰り返し『航行の自由』を守ると宣言しているのはそのためです。一方、中国のように、領海を広げ自国の利益を独占し、他国の『航行の自由』を脅かすやり方は、せいぜい地域大国の域を出ない、まったく時代遅れの戦略といえます。むしろ、海洋覇権の確立とは正反対の道を進んでいるわけです。

実は、こうした“自由と開放”の論理こそ、300年近くも続くアングロサクソンの覇権の秘密なのです。自由を保障して広く門戸を開けば、人々が集まり、そこに大きなパワーが生まれる。それが、近代のイギリスが発見した“支配の哲学”でした。WTOやIMFなどの国際経済を運営するシステム、港湾や空港、近くはインターネットなど、英米主導で金融や交通、情報のインフラ・制度が整備され、世界中から多くの利用者が集まる。その参加者が増えるほど覇権も強固になり、さらに増幅していく。私が、冒頭で「21世紀もアングロサクソンの覇権はますます増大する可能性がある」と述べたのはそのためです。興味深いのは、現在の中国が金融面においても、アングロサクソン流の覇権を外見だけ真似しようとしている点です。今年7月、BRICs5ヵ国は、中国の主導で、新開発銀行を設立するという計画を発表しました。しかし人民元の国際通貨化も緒についたばかりで、IMFの向こうを張るには100年ほど早いといえるでしょう。何より“参加することが他国にも利益になる仕組み”という肝心の発想を、自己中心的な中華文明に定着させることは至難の業だと思います。

こうしたアングロサクソン的な覇権の仕組みは、教育などにもあらわれています。英米ともに国内の初等・中等教育は必ずしも成功しているとはいえない。むしろアジアや北欧のほうがレベルは高いでしょう。ところが、大学となると世界ランキングの上位は英米が独占する。それは恵まれた教育環境を提供して、世界中から優秀な留学生を集め、高い研究成果を生み出しているからです。こういうと、たとえば「英米系が強いのは、言語の問題が大きい。英語が強いのは英米が覇権国だからだ」という反論があるかもしれません。しかし、私は少し違う考えを持っています。英語が世界で最も多く使われるようになったのは、たしかに英米の覇権の影響も少なくないでしょう。と同時に、英語という言語の特質のなかに、アングロサクソン文明がなぜここまで覇権を保ち得たかという理由が潜んでもいる。

英語がこれほどまでに世界中で使われるようになった理由は、やはりとても簡単な言語だからです。フランス語やドイツ語・ロシア語などを学んだ人ならすぐに分かると思いますが、英語には単語の性別もなく、文法もシンプル、発音にも明確な原則はありません。しかも、ブロークンに話しても、意味さえ通じれば問題ない。徹底して実用本位なのです。母国語とする人たちだってアメリカ訛り・オーストラリア訛りと相当にブロークンなのですから。フランス語ではこうはいきません。文法や発音がおかしい人間は野蛮人ですから、相手にしてくれない。つまり、英語がここまで世界に普及した一因には、英語そのものに柔軟性や実用性がずば抜けて高かったことも大きいのです(その傾向は、世界中で使われることで、近年さらに増しているように思えます)。この徹底した実用重視、かくあるべしという理念よりも、「ものの役に立てばよい」という徹頭徹尾、現実重視の姿勢こそ、アングロサクソン文明の最大の強みともいえるでしょう。

そのルーツは一種の居直りです。先にも述べたように、イギリスはヨーロッパの田舎者的存在でした。しかし、イギリス人はいつごろからか、正統派に近づこうとするのではなく、「自分たちは自分たちだ、それで何が悪い」と居直って、独自の道を歩み始めたのです。イギリスが誇る議会政治も、実は居直りの産物でした。今でこそ、議会制民主主義は高く評価されていますが、18世紀初頭、イギリスが議会制をはじめた当時には、先進ヨーロッパの常識からすると何とも珍妙な制度で、フランス人やオランダ人は「うまくいくはずがない」と笑っていたといいます。当時、大陸は絶対王政の時代です。正統と認められた王を戴き、その下にエリート官僚が統治を行い、全ての決定権が王に集中している絶対王政のほうが、理念的にも合理性の面でも完成度の高いモデルでした。一方、イギリスも絶対王政をやってはみたのですが、その間に内乱や血なまぐさい独裁、おまけに外国に占領されそうになるなど、上手くいかなかったのです。そこで、統治権の半分は王様が持ち、あとの半分はみんなの言い分を聞いて決める仕組み、つまり議会制を取らざるを得なかった。理念や理屈よりも、つねに必要と実用を優先させたのです。

日本人はよく誤解しがちなのですが、アングロサクソンにとって民主主義は理念ではなく、パワーなのです。多数の意見によって決定した政策には、それだけ自発的に従う参加者が多いから、より強力に推進できる、といった発想が原点にある。その点、フランス革命に象徴される理念先行の大陸型民主主義とは別物といっていい。この“パワーとしての民主主義”こそ、先に述べた“自由と開放”の覇権の論理そのものなのです。みんなが自発的に参加する枠組みを作ることで、各国のパワーを集め、糾合して世界を統治していく。それがアングロサクソン流の覇権力学です。

大陸的理念主義とアングロサクソン的現実主義の違いは、法体系にもあらわれています。ローマ法以来、大陸ヨーロッパの国々が理念と条文を重んじるのに対して、英米法は目の前の揉めごとが解決できることが大事なので、慣習・先例などが重んじられる。英国に成文憲法がなく、米国には合衆国憲法があっても、修正条項で柔軟に変えてしまうのも「目の前の現実に合わせて法律があるべきだ」という考えのあらわれです。この点で「解釈改憲は絶対いけない」との批判は、おそらく英米人には理解不能なのではないでしょうか。アングロサクソンの文明では、人間をあまり高尚なものと見ていません。そして、お金のように、卑俗にも思える欲望を軽視しません。そもそもイギリス国教会がローマ・カトリック教会から離れたのは、よく知られるように、ヘンリー8世の離婚問題が原因でした。生身の低俗な人間に合わせるのが、一番生命力豊かな制度を作るのです。

ここまでアングロサクソン文明の特色を述べてきましたが、実はアメリカは少し違った面も持っています。もともと厳格で潔癖なピューリタンが植民して作った国ですから、寛容さに欠け、外交的にも経済的にも孤立主義を取る傾向も強かった。しかし、そこは「血は水より濃い」という通り、2つの大戦を経て、根を同じくするイギリスから、覇権国としての教育を受け、今のアメリカになった、といえます。そのため、覇権国としてのアメリカには3つの顔があります。まず1つはアングロサクソン的現実主義。2つ目はグローバル・スタンダード的な基準を持ち出すローマ帝国的普遍主義。そして3つ目は、16世紀から17世紀に絶頂を迎え、世界中に宣教師を送り出し、世界のキリスト教化を目指したスペイン帝国のような偏狭なイデオロギー的覇権主義です。ドミノ理論を掲げ、反共政策で突っ走ったベトナム戦争や、初めに“新世界秩序”“民主主義のための戦争”などと大言壮語したイラク戦など、アメリカがローマ的・スペイン的になると、往々にして失敗します。そこで窮地に追い込まれると、アングロサクソンのDNAが働きだして、目の前の問題を解決することに集中して形成を立て直す。これがアメリカ型覇権の1つのパターンといっていいでしょう。

最後に、アングロサクソン文明の秘中の秘ともいうべき特徴を論じたいと思います。それは『偽善』です。“自由と開放”もみんなの利益を尊重しているようにみえて、実際には自分たちの利益の最大化につながっています。またアングロサクソン流外交は嘘を戒めますが、最も適切なタイミングで嘘をつき、その効果を最大にするために、普段は嘘をつかず信用を高めておくわけです。昨年、アメリカ政府によるメールなどの無断傍受を暴露したスノーデン事件が起こりましたが、私が最も興味をおぼえたのは、アメリカが機密情報のレベルを3段階に区別していたことです。最も重要性が低いのは、日本など同盟国と共有する情報。最重要の情報は、自国だけで使う。そして、その中間に、イギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの『ファイブ・アイズ』と呼ばれるアングロサクソンの5ヵ国だけで共有する情報というカテゴリーが設けられていたのです。そこにはアングロサクソンの結束による世界最強の情報覇権の実態と、“血は水よりも濃し”という彼らのホンネがうかがえます。日本としては、こうした一筋縄ではいかない国が同盟相手であること、しかもその覇権は“自由と開放”という優れた戦略によって支えられ、さらにそれは現在もいささかも揺らいでいないことを念頭に、これからの国家戦略を見定めていくべきでしょう。


中西輝政(なかにし・てるまさ) 京都大学名誉教授。1947年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業、ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。著書に『大英帝国衰亡史』ほか多数。


キャプチャ  2014年秋号掲載
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