介護業界崩壊の恐るべき実態――虐待に殺人、渦中の介護施設で起きたことは直ぐそこにある超高齢化社会の現実だった!

日本中を震撼させた元介護職員・今井隼人容疑者(23)の手による施設入居老人の殺人事件。今井容疑者が体現したのは、介護業界の地獄そのものだった――。 (取材・文/ノンフィクションライター 中村淳彦)

2014年11月から12月にかけて、神奈川県川崎市の有料老人ホーム『Sアミーユ川崎幸町』(株式会社『積和サポートシステムズ』)で、入居者3人が相次いでベランダから転落死しました。そして昨年9月、その事実を川崎市役所が「転落死はあまりにも不自然」と発表したことで、騒動に発展。当初は事故として処理されていた為、現場検証もされておらず、事件は迷宮入りかと言われていましたが、今年2月16日、事件が起こった夜に何れも当直勤務しており、転落死の第1発見者となった今井隼人容疑者(23)が窃盗の容疑で逮捕されました。この窃盗事件が、思わぬ形で高齢者転落死へ繋がることになります。元介護職員だった今井容疑者は警察の事情聴取で、2014年11月4日未明に87歳の男性利用者の体を抱えて転落させて殺害したという驚愕の供述をして、殺人容疑でも逮捕されることになったのです。真冬の深夜、認知症高齢者が120㎝の柵を超えて、続々と飛び降りるなど考えられないと誰もが思っていましたが、まさか無抵抗の高齢者を放り投げて殺していたとは…。疑いは持たれていたものの、その事実に衝撃が走りました。

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将来、日本の高齢者の9割が生活保護水準の生活となる“下流老人”、非正規雇用の蔓延で実家から離れられない現役世代(35~44歳)が305万人に増加すると見られ、親子共々経済的貧困に陥る“老後破産”等、これからの老後と社会保障が大きな話題となっているのも事実。しかし今、まさに問題となっているのは“介護崩壊”なのです。現在、同施設だけでなく、全国の介護施設は限度を超えた人手不足と人材の質の低下が深刻化し、入居者の虐待は日常茶飯事となり、本当に危険な状態なのです。今井容疑者の逮捕によって、同施設で起きている常人の想像を絶する施設の実態が、次々と明らかになりました。その内容は凄まじく、最早、法治国家とは思えません。最初の事件は2014年11月4日、87歳男性の転落死。続いて、同年12月9日にも86歳女性が転落死します。更に、同年12月中旬に89歳女性がトイレ前で倒れて病院に搬送され、10日後に死亡しました。そして、同年12月31日には96歳女性が転落死。これらの事件の第一発見者は、全て今井容疑者でした。原因不明の連続不審死に施設内部が震撼する中で、翌2015年春から施設内で次々と窃盗事件が起こり、同年5月21日に今井容疑者が窃盗容疑で逮捕されます。更に、同年6月28日に高齢者家族が撮影したビデオ映像から、男性介護職員4人による入居者への虐待が明らかになりました。様々な異常事態に行政も隠蔽し切れず、転落死から1年近くが経った同年9月に、川崎市役所は漸く同施設で起きた転落死事件について発表しました。介護業界は人手不足が深刻な上、重労働低賃金、職員たちは不満だらけで人間関係は滅茶苦茶。その為、職員が逃げ出しては人手が不足するという“負の連鎖”が続いています。しかし、この施設で起きた不審死と窃盗が連続するような事態は、まさに異常。それだけでは理由になりません。その実情は一体、どうなっていたのでしょうか。




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そんな中、同施設で働いていた元介護職員の田中氏(仮名・37)が本誌の取材に応じてくれました。田中氏は、転落死事件後に発覚した虐待事件で退職した男性介護職員の内の1人。今井容疑者とは同僚でした。「今井は、僕の1ヵ月後に入ってきた職員。救急救命士の資格を持っていたのですが、何故か介護職として入社してきました。彼はどちらかと言うと仕事ができるタイプで、周りには期待されていましたね。当時のSアミーユは人間関係が悪いということは無く、離職も少なかった。おかしくなったきっかけは、2014年10月辺りに施設長が変わったことでした。現場を知らない施設長が人権っぽい理念を掲げていながら、現場へのフォローも無く、皆が愚痴や悪口を言うようになったんです。今井も、皆と同じように『新しい施設長のことは全く信用できないし、あり得ない』と言っていましたね」。意外なことに、当時の同施設は離職率が低かったようです。何度も確認しましたが、著しい労働基準法違反も無く、正社員率も高く、給料も額面23万円程度と、介護職の中では高水準。業界では珍しいほどコンプライアンスが違守されている環境なのです。そんな中で起きた入居者の転落死。「今井が夜勤に入ると事件が起こることに施設側が気付いたのは、3人目の不審死が発生した時のことでした。『変だ』とは感じながらも、誰も職員が利用者を殺すなんて発想は無いから、皆が『事故だ』と思っていました。今井本人も、『自分が夜勤の日ばかりに人が亡くなって、本当に困っているし迷惑だ』みたいなことを言っていたんですよ」。次々と不審死が起こり、職場には不穏な空気が流れても尚、淡々と目の前の業務を熟し、退職する人は少なかったようです。無抵抗の高齢者を投げ殺す今井容疑者は常軌を逸脱した人物ですが、虐待事件で退職した4人の男性職員は、全員が至って普通の人物だったようです。実際に会った田中氏も年齢より若く見え、礼儀正しく、どこからどう見ても好青年でした。「第三者委員会の調査で施設内の虐待が公表されましたが、ナースコールのコードを抜いたのが僕です。その方は認知症で、ナースコールを押す回数が尋常ではなく、いけないこととはわかっていてもコードを抜いてしまいました。夜勤は70~80人の利用者を3人で担当するのですが、其々に休憩を取るので実質2人。そんな状況で細かく業務も決まっているのに、ナースコールを只管押されるのは辛かった。精神的にも限界でした。それと、家族からのパワハラが半端じゃなかったです。モンスター家族がいたのですが、自分の親だけ特別扱いをさせる為に、細かくて無謀な要求をしてくるんです。そんなの一々対応できる訳もなく、最終的に精神的にやられてしまいました。僕はクビではなくて、健康上の理由によってSアミーユを自主退職したんです」。

田中氏は、“業務表”と呼ばれている1日のスケジュールが記された紙のコピーを見せてくれました。職員の1日のスケジュールが分刻みに書かれ、全て熟さければならないというのです。これは、“LINE”と呼ばれる同施設独自の作業分担。必要な作業を分刻みで管理するという究極的に合理化された介護こそが、労働基準法違反もせずに、水準よりも高めな賃金を支給できる理由でした。そして、80人の利用者に対して8~10人の日勤職員、夜勤は3人と、最低限を下回る人員で業務を熟しています。し かし、実際の介護という 仕事は突発的な事象の連 続であり、分刻みで管理 されたとしても、完壁に 対応できるはずもあり ません。この徹底した管 理労働のせいで認知症高齢者の対応ができなかった上に、モンスター家族に追い詰められ、施設長からのフォローが一切無い状況が、介護職員たちに狂気を宿してしまったのです。「今井がどうしてあんな事件を起こしたのかは、身近にいてもわかりません。ただ、僕を含め、他に虐待をしてしまった人たちは限界だったんだと思います。皆、普通の人だったし、1人は施設長候補の人でした。僕も含めて、世間で言われているような悪魔ではない筈です。介護はもう懲り懲りだし、いつ自分が犯罪加害者になるかわからない、本当に危険な仕事だと思います。今は全然違う仕事をしています。給料は少しだけ上がりましたよ」。筆者も介護職の経験があるので、過剰な人材管理・重労働・低賃金・職場の混乱・犯罪加害者と隣り合わせ・モンスター家族等、善良な人でさえも高齢者に「死んでしまえ」と叫んでしまうような劣悪な環境であることを、よく知っていました。このような事態に陥る大きな原因の1つは、限度を超える人手不足です。本当に深刻で、2025年には1947~1949年生まれの“団塊の世代”が75歳を迎え、人口に対する高齢者率が、現在の12%から30.5%にまで膨れ上がるという超高齢化社会が控えています。それまでに介護関係職を350万人まで増やさなければ、超高齢化社会は破綻すると言われているのです。しかし、この“介護2025年問題”は解決の気配すらありません。人材不足の中で労働基準法を遵守した運営をする為に、徹底した業務管理システムを取り入れた同施設は、結果的に連続殺人が発生する生き地獄となってしまいました。最早、介護という社会保障が真面に機能する道はありません。現在においても要介護高齢者たちは、「いつ殺されるかわからない」という危険な最終段階に突入していると言えるでしょう。

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連続殺人まで起きてしまうような介護業界の事態を受け止め、“崩壊する介護現場”の現実を見つめることが必須となります。今後は、真面な労働環境を整えて離職を減らし、どんどん誠実な人材を受け入れていかなければ、負の連鎖が止まる筈もないのです。今井容疑者が逮捕され、マスコミ報道が過熱する中、今年2月18日、公益社団法人『日本介護福祉士会』が、テレビドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』を制作するフジテレビに対して、介護施設の劣悪な労働環境の描写に疑問を呈し、配慮不足という意見書を出しました。しかし、このドラマで描かれたのは、月14万円の低賃金で24時間勤務を強いられ、パワハラが蔓延しているという、紛うことなき介護業界の現実。脚本の坂元裕二氏は、介護業界関係者に入念に取材をしていました。ドラマを観たという介護職員の女性(46)は、溜め息混じりにこう語ります。「全て本当も本当じゃないですか。もっと酷い施設は沢山ある。日本介護福祉士会は国の天下り団体かなんかでしょ。酷い現実に蓋をしようなんて呆れました。あの人たちは現場の苦境を知らないし、私たちが長時間労働で病気になろうが、低賃金で貧困になろうが、どうでもいいのでしょう。真面な人間だったら、ドラマに現実が描かれたことを好機と捉えて、報酬を上げる為に動いてくれる筈なのに…」。この意見書が報道されるや否や、インターネット上では現場の職員たちから「単なる事実」「日本介護福祉士会が現場をわかっていないなんて」と批判の声が噴出。彼らは介護業界の隠蔽体質にも辟易している訳です。更に追い打ちをかけるように、介護報酬の大幅減額が昨年実行され、介護現場からは阿鼻叫喚が止まりません。モンスター家族に追い詰められた彼らは入居者を虐待し、最後には殺してしまう。これはSアミーユに限った問題ではないのです。介護施設は、まさに“絶望”一色といった状況になっています。「この数年間の国の動きを見ていると、『劣悪な介護で高齢者に早く死んでほしいと思っているのではないのか』と感じます。現在の絶望的な介護業界の姿は、狙い通りということです。平均寿命が短くなれば、福祉にかかる費用が圧縮できる訳ですから。そうとしか思えない」――。国と介護保険行政に憤る男性ケアマネジャーは、怒りに震えながらそう語りました。「国は介護を崩壊させることで、日本の平均寿命を下げることを狙っている」なんて陰謀めいた暴論も、強ち間違っていないように聞こえます。国は、この惨状と化した“介護問題”をどうするつもりなのでしょうか。


キャプチャ  2016年5月号掲載

崩壊する介護現場 [ 中村淳彦 ]
価格:822円(税込、送料無料)





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