【宮崎哲弥の時々砲弾】 タックスウォーズ

朝日新聞の原真人編集委員と言えば、ちょっと前に元債券ディーラーの言を論拠にして、金融緩和や消費税増税延期を批判する論評で紙面を飾り、専門家筋を大いに沸かせた。その元債券ディーラーは4年ほど前、『フィナンシャルタイムズ』で万年国債暴落予言者として名指しされた御仁である。ノーベル経済学賞受賞者や世界で最も信頼の厚い経済ジャーナリストの分析や提言は軽視、若しくは無視して、マーケットエコノミストの万年暴落論を取り立てる…。これが果たして、リベラルを自任するクオリティーペーパーに相応しい文章か、朝日新聞はよくよく考え直してみるべきだろう。その原編集委員が、珍しく真面なことを書いている。今月3日付朝刊掲載の『賢者の提言、受け止めるべきは』と題されたコラムだ。大筋では、相も変わらぬ出鱈目な財政危機説に基づくタカ派政策論の繰り返しなのだが、次の一節が目に止まった。「ちなみにクルーグマン、スティグリッツ両氏は消費増税に反対だが、増税すべてに反対ではない。彼らが求める財政出動には財源が必要で、例えば環境税や相続税、法人税の増税を推奨している」。この所述は全く正しい。そして、私が年来主張してきたことでもある。

経済リベラルは一般に、緊縮政策には異を唱えるが、反増税の立場は採らない。経済格差を是正し、所得再分配を促進し、景気を浮揚させる効果のある税制改革には寧ろ賛成である。以前にも紹介したポール・クルーグマンらによる『金持ちは税率70%でもいいvsみんな10%課税がいい』(東洋経済新報社)や、トマ・ピケティの累進課税論を思い出してほしい。然るに、消費税は逆進的で再分配機能が弱く、消費支出に対するダメージが大きい。少なくとも、需要不足解消が最大の課題になっている状況下での消費増税など、以ての外だ。では、私たちは財政と税の問題に如何に向き合うべきなのか。例えば、『パナマ文書』問題が明らかにしつつあるのは、租税国家の基盤が掘り崩されている現実だ。ピケティの弟子であるガブリエル・ズックマンによれば、「世界規模では、家計の金融資産の8%がタックスヘイブンにある」という。凡そ720兆円に相当する。これは史上最高の数字だ。「EU圏では、この割合は12%近くになる」「フランス人は、オフショアにおよそ3500億ユーロを保有する。そのうちの半分はスイスにある。銀行の秘密業務によって可能になる巨額脱税がなければ、フランスの公的債務は、対GDP比で現在の94%から金融危機発生前のレベルの70%にまで下がるだろう」(ガブリエル・ズックマン『失われた国家の富』・NTT出版)。




日本からも、50兆円を超える膨大な資産がタックスヘイブンに流出したとされる。しかし、これでも日本の富裕層の利用は少ないほうなのだ。前掲書巻末に添えられた渡辺智之氏の解説によれば、「ズックマンはこの原因を日本の資本所得課税が比較的軽いためであろうと推測している」そうだ。だが、何れにせよ本来、富裕層が負担して然るべき税が低く抑えられている点に変わりはない。ズックマンの著作には、タックスヘイブンを有効に規制する為に採るべき具体的な施策が並べてある。後は、被害を受けている国々の指導者の決断次第だ。では、日本政府は何をなすべきか。『国際金融経済分析会合』でジョセフ・スティグリッツが推奨した炭素税の導入、そして相続税等の資産課税・法人税の増税・所得税の累進性強化は、直ぐにも検討してよい課題である。需要の喚起や穏やかな成長と矛盾せず、格差を拡大させることなく、財政を立て直す道は幾らもある。それは決して、緊縮政策や消費税率引き上げではない。原編集委員こそ、“賢者の提言”を虚心に聞くべきだ。


宮崎哲弥(みやざき・てつや) 研究開発コンサルティング会社『アルターブレイン』副代表・京都産業大学客員教授。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒。総務省『通信・放送の在り方に関する懇談会』構成員や共同通信の論壇時評等を歴任。『憂国の方程式』(PHP研究所)・『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』(新潮社)等著書多数。


キャプチャ  2016年5月19日号掲載




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