【日曜に想う】 経済成長の道、不都合な真実

「80歳を過ぎても皆で働けば、日本は成長できる」――。そう言われたら、多くの人は「よし、頑張ろう」と思うだろうか。気持ちが萎えるだろうか。「悪い冗談だ」と怒るだろうか。『日本銀行』副総裁の中曽宏さん(62)の講演録を読んで、そんなことを考えた。講演は今年2月、ニューヨークの日米交流団体『ジャパンソサエティー』であった。『金融政策と構造改革』と題した講演だ。平日の午後だが、240人余りが聴きに来ていたという。中曽さんは、日本政府が掲げている“実質的な経済成長2%”という目標を達成する厳しさから語り始める。実質的な成長率を引き上げるには、潜在力を強めなければならない。その潜在成長率を先ず2%にするには、仕事に就く人が増えることと、労働生産性を上げることが必要だ。先ず、働く人の数。日本では減り続けている。それが年間0.5%程の上昇に転じる前提として、次の2点を想定している。①女性の労働参加率がスウェーデン並みに上昇する②全ての健康な高齢者が退職年齢を問わず働き続ける。この②について「我が国の80~84歳の高齢者の内、約60%が『問題無く日常生活を送っている』と回答していることを踏まえ」、この人たちが「皆働き続ける」と仮定しての話だと説明している。勿論、「この仮定がどのくらい現実的かという問題はさておき」と中曽さんも付け加えている。会場で笑いが広がる様子が、講演の録画から窺える。

確かに、非現実的で冗談みたいだ。でも、同時にそれは現実でもある。80代でも過半数の人が働くという手段さえ想定させる日本の現実…。中曽さんは、その前提でも“2%”の実現には、「労働生産性は毎年1.5%以上伸びなければならない」と指摘する。更に、「『働く人が増える』という楽観的な仮定をせず、『減り続ける』と考えるなら、約3%もの上昇が必要だ」と論を進める。しかし、労働生産性の上昇率は、IT産業等の活躍が目覚ましい1990年以降のアメリカでも1.5%程度。並大抵のことで実現できる数字ではない。ここから中曽さんは、この難問に取り組む為に、中央銀行が実施している量的・質的金融緩和やマイナス金利を説明。ただ、それだけではなく「アベノミクスの元の“第3の矢”、即ち成長戦略は、更に加速させる必要があると思っています」と締め括っている。でも、どうやって“加速”するか? 「講演から、『移民も考えよう』というメッセージを感じました」というのは、『日本証券取引所グループ』元CEOの斉藤惇さん(76)。講演の内容に強い関心を持った1人だ。「“2%”を目指すのなら、労働力を増やすにしても生産性を上げるにしても、高齢化の続く社会ではあり得ないような数字を想定をしないといけないということでしょう」。だとすれば、「移民も…」ということになる。「難しいテーマ。反発は根強いし、ヘイトスピーチ等の厄介な問題も絡む。だけど、政治家も国民も向き合うしかない」




中曽さんに聞いてみると、80代まで働くという仮定は日銀での試算の結果という。「『問題が、よりはっきり見えるのではないか』と考えて紹介しました」。確かに、日本社会が抱える問題の途方もなさがよくわかる。では、移民という選択肢は念頭にあったのだろうか。「非製造業では、ITの導入等で生産性が伸びる余地も残っている。政府の成長戦略を着実に実現すれば、成長力を伸ばすことは可能。移民を考える前にできることは未だあります」。だが、どんな方法で取り組むにしろ、講演が改めて浮かび上がらせた“高齢化社会での成長を巡る不都合な真実”から逃げることはできまい。多分、日本の出口は2つ。“痛みを伴う解決法”か、そうでなければ“もっと痛みを伴う解決法”か――。時間が経つほど痛みは大きい。 (編集委員 大野博人)


≡朝日新聞 2015年5月29日付掲載≡




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