【中外時評】 “核なき世界”へ厚い壁――米露交渉の停滞が足枷に

アメリカのオバマ大統領が被爆地の広島を訪問した。慰霊碑に献花し、平和記念資料館も訪れた。原爆投下から71年。漸く実現した現職大統領の訪問はまさに、歴史的な出来事となった。「核兵器を使用した唯一の核保有国として、アメリカは行動する道義的な責任を持つ」――。就任当初から“核兵器なき世界”を訴えてきた大統領だからこそ、実現したのだろう。広島でも「核保有国は恐怖の論理から脱しなければならない」と語り、核廃絶への決意を改めて強調した。とは言え、理想と現実の落差はあまりに大きい。大統領自身、“核なき世界”を唱えた2009年のプラハ演説で「ゴールは直ぐには到達できない」と述べていたが、オバマ時代に核軍縮が格段に進んだとは到底言えない。イランの核開発を大幅に制限する合意のように、外交的な成果は一部に見られた。しかし、核保有国の中国は未だに核戦力を増強している。北朝鮮も金正恩体制下で核兵器開発を一段と進め、先の朝鮮労働党大会では「東方の核大国を目指す」と豪語した。

とりわけ、オバマ大統領にとって大きな“誤算”は、ロシアとの核軍縮交渉の停滞だったのではないか。『ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)』によると、世界には尚も1万6000発近い核弾頭が存在する。この内の9割以上を米露の2ヵ国が保有している。核廃絶に向けては何より、核大国の米露が率先して着実な核軍縮を進める必要があった。スタートは上々だった。オバマ大統領が“核なき世界”でノーベル平和賞を受賞した翌年の2010年には、ロシアのメドベージェフ大統領(当時、現在は首相)との間で『新戦略兵器削減条約(新START)』に調印した。米露が7年以内に戦略核弾頭の上限配備数を其々1550発に制限すること等を盛り込んだ。だが、そこまでだった。ロシアでプーチン政権が復活した後の2013年、オバマ大統領は戦略核弾頭の配備上限を更に3分の1削減して1000発程度にするよう提案し、同時に「射程が短い戦術核の削減も協議したい」と呼びかけた。




ところが、プーチン大統領は、アメリカがヨーロッパで配備を進めるミサイル防衛(MD)計画に反発し、新たな核軍縮交渉に応じなかった。ウクライナ危機後は米露関係そのものが大きく冷え込み、核軍縮どころではなくなってしまった。象徴的なのは、オバマ大統領が主導してきた『核安全保障サミット』だろう。今春、4回目で最後となる同サミットがワシントンで開かれたが、そこにプーチン大統領の姿は無かった。ロシアが大統領の欠席をアメリカに通告したのは、何と1年半も前のことだ。完全な嫌がらせだった。ロシアは予て、『北大西洋条約機構(NATO)』を中核にしたヨーロッパの安全保障体制に反発している。特にNATOの東方拡大と共に、アメリカのMD計画はロシアの神経を逆撫でした。アメリカ側は「イランのミサイル対策が目的」と説明するが、ロシアは自国の核抑止力の無力化が真の狙いだと見做しているからだ。

オバマ政権は前政権の計画を縮小し、一定の配慮を示したものの、ロシアの否定的な反応は続いた。ウクライナ危機後は、NATOがロシアの脅威を懸念するバルトや東欧諸国の防衛強化に動く中、ロシアはMDへの不信を一段と強めているのが実情だ。折から12日、アメリカとNATOはMD計画の一環として、ルーマニア南部で地上配備型の迎撃ミサイル発射基地の運用を始めた。ポーランドでもミサイル発射基地の建設を進め、2018年を目途に運用を始める予定だ。プーチン大統領は「状況はより深刻になった」と述べ、「脅威を取り除く為の対策を検討せざるを得なくなった」と表明した。ロシアは核戦力の近代化を進めており、同国の核問題の専門家であるアレクセイ・アルバトフ氏は「新型の戦略核は破壊能力の増大に加え、アメリカのMDシステムの突破を想定したものになる」と指摘する。アメリカも、そんなロシアを「軍事力によって自国の偉大さを誇示する衝動が強い」(オバマ大統領)と警戒する。2011年に発効した新STARTは、有効期間が10年間だ。米露の相互不信が続き、新たな核軍縮交渉に着手する目途が立たなければ、条約失効で「核兵器の監視体制に大きな穴が開く」(アルバトフ氏)恐れさえ現実味を増す。オバマ大統領の広島訪問という歴史的な出来事の裏で、核を巡る大国の攻防が続く厳しい現実も直視すべきだろう。 (論説副委員長 池田元博)


≡日本経済新聞 2016年5月29日付掲載≡




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テーマ : 国際政治
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