【異論のススメ】(15) 西田幾多郎の哲学…西洋と異なる思想、今こそ

この6月7日は西田幾多郎の命日である。彼は戦争が終結する年、1945年に亡くなった。京都大学にやって来る若い学生でさえ、「名前は聞いたことあるなぁ」といった程度の人が結構いる。平成の時間は確実に、過去を置き去りにしているように見える。という訳で、今回は少し、西田幾多郎について書きたい。西田は、言うまでもなく、戦前の日本を代表する哲学者であるだけではなく、屡々、唯一の“日本の哲学者”と言われる。この“日本の”という形容詞は結構大事で、そこに彼の哲学の本質が見える。明治以来の日本の学問は凡そ、西洋思想や西洋科学の輸入・紹介に終始していた。それは、日本の近代化が、西洋化こそ即ち文明化であると信じていたからである。日本の学問は、兎も角も西洋に学び、西洋の水準に迫ることを課題とした。その中にあって西田は、西洋哲学を古代ギリシャから現代まで、彼なりの独特のやり方で咀嚼し、その上でそれと対抗できるだけの“日本の”哲学を生み出そうとした。それは、日本の思想や感覚を前提とした哲学である。西田が“日本で唯一の哲学者”と言われる所以である。

西田は1870年の生まれで、文字通り、近代日本をそのまま歩んだ人である。夏目漱石は3歳上だが、漱石は1916年に亡くなっている。だから西田は、漱石が知らなかった近代日本の帰結――つまり、あの大戦争という悲劇への道行きを凡そ目撃したことになる。そして、英米との戦争へと転げ落ちてゆく近代日本の歴史は、西田哲学と無関係ではなかった。元々西田は、西洋との対決や対抗を意図して哲学を始めた訳ではない。ただ、「西洋哲学は限界に突き当たっている」と感じていたであろう。その限界を突破する為に書かれたのが、1911年の『善の研究』である。それは西田が、40歳にして漸く、京都帝国大学に職を得て安定した生活に入った翌年のことであった。同じ年に漱石は、和歌山で有名な講演『現代日本の開化』を行っている。この講演の中で漱石は、「近代日本は、即席の文明化を達成する為に西洋を模倣し、無理やり西洋に追いつこうとしている。これは、内発的な真の開化ではない。その結果、日本人は常に西洋の文物を追いかけて自分を見失い、上滑りの近代化の果てに神経衰弱に陥る」と言う。この同じ年に西田は、“純粋経験”という独自の考えを打ち出すことで、西洋哲学の底を突き抜けようとする。斯くて、西田独自の、というより、日本独自の哲学へと向かってゆく。“日本独自の”というのは、「ここには、人は“私”を“無”にし、“私”を空しくすることで初めて、本当のもの(西田の言う真実在)へ接近できる」という考えがあるからだ。しかも、その“真”なるものは、言葉で把握できるものではなく、言葉以前のところにある。「美しい花を見たその刹那、我々は我を忘れている。言葉にならない。美しいという感動だけに捉われている。その一瞬の感動こそが本当のものだ」というような考えは、確かに我々に馴染み深いものであろう。この一瞬の刹那を愛で、言葉にならない感動に人生の思いを託する。ただ、その為には、“自我”や“私”に捉われては駄目で、“無私”でなければならないだろう。これは、兎も角も“私”や“我”という確固たる“主体”を前提にし、その“主体”が世界や自然を客観的に記述し、更にそれを操作し変化させようという西洋の思想とは対極にある。「全て、この世の出来事は夢まぼろし、私も含め、あらゆるものは“無”から出て“無”へ帰する」という思考は、我々には馴染み深い。西田は『善の研究』の後、初期の考えを発展させ、“無”という観念を中心に据える独特の哲学を構築していった。そして、西洋の論理を“有の論理”、対して日本の論理を“無の論理”と呼んだりもした。ここには、若い時から参禅するほどの仏教への傾倒もあったであろう。しかし、忘れられないのは、8人の子供のうち5人までも亡くし、病気の妻を5年も看護した挙げ句に失うといった果てしない人生の苦難であった。「哲学は人生の深い悲哀に始まる」と彼は言う。そのことと、「自我を無化し滅却する」という西田哲学の基本的な性格は、無関係ではなかろう。




今日、西洋の思想や科学が作り出したこのグローバルな世界は、殆ど絶望的なまでに限界へ向けて突き進んでいる。新たな技術を次々と開発し、経済成長に結び付けることで人間の幸福を増大できるという西洋発の近代主義は、極限まできている。しかし、日本は今日、丸ごとこの近代主義に呑み込まれ、漱石ではないが、その先端でグローバル化に遅れまいと上滑りを続けているように見える。国際化やグローバル化の掛け声よりも、我々が今日必要としているのは、我々自身の哲学であり、それはまた、西洋思想の深みにも突き刺さるであろう。西田は、一度も留学体験も無く、殆ど日常生活の空間を食み出すことなく思索を続け、それが成功したかどうかは別として、“日本の哲学”を構想した。戦後70年以上過ぎ、今日、改めて西田のような志が求められているのではないだろうか。


佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2016年6月3日付掲載≡




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