【宮崎哲弥の時々砲弾】 リベラル再装填のために part.8

「マクロ経済に関するドイツの考え方はなぜかくも奇妙なのか」――。『フィナンシャルタイムズ』の経済論説主幹であるマーティン・ウルフは、率直に危疑の念を呈している(『ユーロ圏はドイツのものか』・同紙5月11日付。『日本経済新聞』5月15日付朝刊の訳による)。ドイツの理屈は、「金融緩和や財政出動などの総需要刺戟政策は構造改革を阻害する」という日本銀行や朝日新聞に代表される経済右翼メディアが繰り返し唱えてきたお題目と全く同じだ。アンゲラ・メルケル首相やヴォルフガング・ショイブレ財務大臣は、この怪しげな信念を手を替え品を替えて説き続け、『ヨーロッパ中央銀行(ECB)』が進めようとしている国債購入プログラムやマイナス金利等の積極策、各国に協調的な財政出動を求めるG7における日本のイニシアティヴの足を引っ張ってきた。最もインフルエンシャルな経済ジャーナリストと目されているウルフは、「2015年第4四半期のユーロ圏の実質需要は2008年第1四半期より2%少なかった」ことを指摘し、「この深刻な需要不足という視点がドイツによる批判からは抜け落ちている」という。

ドイツは、2000年代の初めに“人件費と労働者の収入を削る”労働市場改革を断行した。それ以前、ドイツの企業は内部留保を上回る投資を行っていたが、今はその逆。超低金利にも拘らず、国内貯蓄の3分の1も投資に回っていない。家計も貯蓄過剰。政府も財政均衡維持している為、日本型デフレ突入の軌道を“勇往”している。ウルフ曰く、労働市場改革以後の「ドイツ経済は構造改革が今の問題解決にはならないことを示している」。因みに、日本の総需要不足状況はもっと極端で、民間企業に実に366兆円もの内部留保が貯まっている。企業収益を伸ばしたのは確かにアベノミクスの功績と言えるが、需要不足が解消していない為、膨大な資金が企業内に滞留してしまっているのだ。設備投資にも従業員の給与にも中々お金を回そうとしない。譬えるならば、実を撓に稔らせたところまでは成功だったが、熟す前に全部落果してしまった形。こういう時に、消費税増税・財政支出の削減・金融引き締め・サプライサイドの構造改革等を実行したら、一体どうなるか。高校生にも十分わかる話ではないか。ドイツは対外黒字を不適切に溜め込んでいる。ここでいう黒字とは、ドイツ経済の良好や安定を示すものではなく、国内の総需要不足の反映に過ぎない。




「ECBがデフレ阻止に動くのも、国家レベルでよりバランスの取れた需要を目指そうとするのもそのためだ。ドイツの需要不足こそが大問題だ。欧州連合(EU)の“(経常収支や財政収支が)不均衡な国に対する是正勧告”の在り方は、ドイツの黒字に対し、もっと厳しくあるべきだ」(ウルフ、前掲)。然るに、ドイツ経済諮問委員会のクリストフ・シュミット委員長の如きは、この期に及んで尚も、金融緩和や財政出動を、構造改革の遅延を誘う“麻薬”と非難するのである。日本でも、ついこの間まで各所で高唱されていた戯言だ。どうしてドイツは、こんなに奇妙な信念の虜となっているのか。ウルフは、その元凶を示唆している。「経済学者故ヴァルター・オイケン氏が戦後に生み、ドイツで強い影響力を持ったオルド自由主義に遡る。この考え方は3つのマクロ経済的要素を重視する。(ほぼ)恒常的な予算均衡、物価の安定(インフレよりはデフレが望ましい)、そして自由市場だ」(前掲)。財政均衡主義・デフレ肯定・自由市場万能論…。まさに、マネタリズム・新自由主義の経済政策論と寸分も違わぬ。それは、リベラル経済学に反対する経済右翼の虚偽意識の源流なのである。


宮崎哲弥(みやざき・てつや) 研究開発コンサルティング会社『アルターブレイン』副代表・京都産業大学客員教授。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒。総務省『通信・放送の在り方に関する懇談会』構成員や共同通信の論壇時評等を歴任。『憂国の方程式』(PHP研究所)・『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』(新潮社)等著書多数。


キャプチャ  2016年6月16日号掲載




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テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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