【私のルールブック】(55) 失敗を恐れるなら早めに恥をかいておく

長~く1つの仕事に携わっていると、色々なことがあって当たり前。忘れられない苦~い思い出の1つや2つ、無いほうが不思議。勿論、私にもございます。死んでも忘れられない苦渋の瞬間が…。若かりし頃、森光子さんと芦屋雁之助さん主演の舞台に出させて頂きました。脇役には山岡久乃さんや米倉斉加年さんと、錚々たる顔触れ。そして極めつきは、演出を務めるのが三木のり平さんということ。稽古初日から、もうガチガチでした。台詞は頭に入れた筈なのに、何故か出てこない。「ここではこう動こう」とシミュレーションしてきているのに、足が竦んで身体が動かない。見かねた共演者の方々がリラックスさせようと話しかけて下さるのですが、愛想笑いを浮かべるのが精一杯で、何も言葉が頭に入ってこない。

最悪でした。子役からやってきて、そこそこ度胸には自信があったんです。どんな大物が相手であろうと、いざ芝居が始まってしまえば上下関係など関係ない。ガンガン勝負を仕掛けていけばいいんだって…。そんな自信が脆くも崩れ去った瞬間でした。で、流石にマズいと思ったのか、のり平先生が身振り手振りで教えて下さるようになりました。ですが、これが更に私を追い詰めることに…。だって、メチャメチャ巧いんだもん。当たり前だけど、巧過ぎるんだもん。言い回し・表情・何気ない仕草…。どれを取っても完璧でした。そりゃそうですよ、だって三木のり平なんだから。結果、私は更に卑屈になり、完全に心を閉ざしてしまったんです。「僕には無理だ」って…。しかし、お客様は待ってくれません。稽古は進み、あっという間に舞台の幕は開き…。私はというと、教わった通りの段取り芝居を追うだけで、正直、気持ちが入っていたとは言えなかった。ただの裏切り者です。板の上に立つ資格などない状態。それが…ほんと不思議なもんですよね。ある日、出番を終えて楽屋に戻ろうとすると、のり平先生に呼び出されたんです。未だ上演中でしたが、次の出番まで10分ほど時間があったので。で、のり平先生の控室をノックすると、のり平先生は待ち構えていたように、私に向かってダメ出しの言葉を浴びせました。




ですが、私は既に思考回路が停止している状態ですから、悔し涙すら出てこない。時間だけが過ぎていきます。すると突然、無音の世界が訪れたんです。1つの物音も立たない、無音の世界が…。因みに、上演中に無音というのはほぼあり得ません。何故ならば、モニターから舞台上の台詞は届いていますから。その音を頼りに、私たち出演者は準備を進めるのです。ということは…はい、所謂“出トチリ”ですね。のり平先生のダメ出しが長過ぎて、舞台上にいなくてはならないのに、私はいなかった。慌てて舞台監督が呼びに来ましたが、時既に遅し…。でもね、この出トチリがキッカケで、私は開き直ることができたんです。気持ちが、身体が楽になった。1つの出トチリが、私を救ってくれたんです。私がこの舞台で教わったことは、「失敗をするなら1日でも早いほうがいい」「恥をかくなら、とっととかいちゃったほうが自分が楽になる」…。のり平先生、ご迷惑をお掛けしました。そして、ありがとうございました!


坂上忍(さかがみ・しのぶ) 俳優・タレント。1967年、東京都生まれ。テレビ出演多数。子役養成に舞台の脚本・演出等、多方面で活躍中。


キャプチャ  2016年6月16日号掲載




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テーマ : 俳優・男優
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