【働きかたNext】第10部・世界が問う(02) 同一賃金、オランダの改革――痛みに耐え、花開く

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パートタイム労働でも、同じ仕事をしたら正社員と同じ賃金を貰う“同一労働同一賃金”。実現すると、私たちの働き方はどう変わるのだろうか? アムステルダム郊外にある大手人材会社の『ランスタッド』。求人サイト等ウェブ関連事業の女性マネジャーであるマルティナ・バービエベスツエス(39)は、週に4日しか勤務しない。毎週水曜日は、6歳と3歳の2人の子供と終日過ごす。2013年に入社してからずっとパートだった。それでも、時間当たり賃金や社会保険はフルタイムで働く人と変わらず、不況時に先に解雇されることもない。それどころか2度の昇進を果たし、今は12人の部下を束ねて海外出張も熟す。保険会社で働く夫も週1日は在宅勤務しているので、子供を保育所やベビーシッターに預けるのは週3日で済んでいる。「子供と触れ合う時間や保育費を考えれば、よいバランス」と話す。フルタイムとパートの差別を法律で禁じたオランダでは当たり前の光景だ。子供が成長したらフルタイムに戻る人も多い。ライフサイクルに合わせて労働時間を柔軟に変える。人口が減り、育児や親の介護を抱える“制約社員”の活躍が課題の日本にとって、理想型とも言える働き方だ。2014年にパート約2400人を短時間勤務の正社員にした家具大手の『イケアジャパン』。仕事やポストが同じなら、時間給は正社員と同じになった。人件費負担は億円単位で増えるが、従業員の離職率がほぼ半分に下がる効果が出ているという。

「働き方で不利益が無いようにしなければならない。同一労働同一賃金に踏み込みたい」。首相の安倍晋三は、5月までに対策を纏める考えだ。ただ、日本企業の給与体系は、働いた年数に応じて賃金を上げる年功型が尚も主流。正規と非正規の待遇を揃えることは、日本型雇用の根本を崩すことに繋がるだけに、先進企業も手探りだ。2008年に正社員とパートの時間給を揃えた『りそなホールディングス』。来月からは、育児中の女性等の人材を繋ぎ止める為、残業の無い正社員制度が始まる。ただ、ボーナスは既存の正社員の7割に抑える。残業を担う正社員の就労意欲に配慮した為だ。企業にとって、正社員の高い給与と終身雇用は、会社都合の配置転換や転勤を受け入れ、職務を限定せずに働くことへの対価と言える。日本の高度成長を支えた仕組みだけに、メスを入れる副作用は読み切れない。経団連会長の榊原定征は、「単純な考え方は導入しないでほしい」と政府に慎重な検討を求めている。人件費の増加も課題だ。オランダでは、改革が始まった1982年から1985年にかけて、平均賃金が4%も下がった。パートの処遇を高める代わりに、フルタイムの賃金を下げた為だ。正社員の賃金を削減せずに“同一労働同一賃金”を導入するには、働き手の生産性向上を伴う必要がある。オランダのような働き方を実現するには、“生みの苦しみ”が避けられない。法政大学教授の小峰隆夫は、「賃金体系を変える覚悟で取り組むべきだ」と説く。 《敬称略》




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オランダは、働く女性の8割・男性の3割がパートタイム労働という“パート大国”だ。ただ、その意味合いは、日本の“パート”とは大きく異なる。「オランダのパート労働者はれっきとした“正社員”だ」。オランダの労働市場改革に詳しい千葉大学の水島治郎教授は説明する。契約で定める賃金は、時間当たりに直すとフルタイムと同じ。年金等の社会保険や福利厚生も同等に受けられ、昇進して管理職にも就くことも多い。「水曜にお母さん、金曜はお父さんが休むというケースが多い」。あるパートはこう話す。パート大国の源流は、『ワッセナー合意』と呼ばれる1982年の政労使協定に遡る。当時、経済はマイナス成長に陥り、失業率は12%に達していた。雇用を生み出す為の苦渋の決断としてワークシェアリングに乗り出し、労働時間の削減と賃金の物価スライド制撤廃に踏み切った。結果として多くのパートが生み出されたが、彼らには労働組合も「初めは冷たかった」(水島教授)。しかし、製造業・男性中心だった労組は、産業構造の変化等で組織率が低下。激しい議論の末、女性等のパート取り込みに舵を切り、社会保険等のパート労働者の権利獲得に動き出したという。何故、労組はフルタイム労働者の既得権を脅かしかねない路線変更ができたのか。水島教授は、強いリーダーシップや政労使対話の仕組みの他、「元々大きな格差が無かったのも要因」と指摘する。日本の正社員は、手厚い雇用保護の代わりに、会社都合による配置換えや転勤を受け入れ、長時間労働にも耐える。しかし、オランダを始めとするヨーロッパでは、フルタイム労働者でも雇用契約で明確に職務範囲と労働時間が決まっている。日本企業が雇っている“人”に着目して労働者の潜在能力に応じた賃金を支払う職能型なのに対して、ヨーロッパでは雇っている人の“ポスト”に応じて賃金を支払う職務型。同一労働同一賃金を突き詰めると、ヨーロッパのような職務型の賃金体系にするということになる。『ヨーロッパ人材派遣事業団体連合』のアンネマリー・ムンツ会長(右写真)は、「日本が女性や高齢者の活躍推進に本気で取り組むなら、改革は避けられない」と言い切る。同一労働同一賃金を制度で保障した上で、「フルタイムのほうが格上である」という社会通念も改めなければならないという。これは、「オランダでも1世代分の時間がかかった」という大きな課題だ。日本では「配偶者手当や税制等、従来型のフルタイム正社員に手厚い制度も障害になっている」という。パート労働者が基幹業務に入ってくると、1人当たりの生産性が落ちてコスト増を招くことはないか。労働市場改革に熱心なヤン・ペーター・バルケネンデ前首相は、「その危険性はある」と認める。その上で、「ロボットやIT(情報技術)を活用する他、1人ひとりが生涯に亘ってスキルを磨くことで補っていく必要がある」と話す。オランダがパート大国になったきっかけは“失業者の増加”だったが、日本は“人手不足”をきっかけに同一労働同一賃金への道に進むことができるのかどうか。経営者と働き手の危機感が、改革の成否を分けそうだ。 (木寺もも子)

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カジュアル衣料品店『アースミュージック&エコロジー』等を展開する『ストライプインターナショナル』(旧社名は『クロスカンパニー』)。1995年の会社設立以来貫いてきた“全員正社員”を見直し、昨年にパート・アルバイトの採用を始めた。8月からは、役割が同じなら、総合職と給料がほぼ同じで転勤がない地域限定社員も導入する。創業者の石川康晴社長(45)に狙いを聞いた。

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――地域限定社員を導入します。
「これまで正社員にとっては、いつ転勤があるのかわからない不安があった。専門学校卒や短大卒の若者は、地域に根付いて仕事することを望むことが多い。当社の調査では、岡山県の専門学校生の99%が地元に残りたいという。国立大でも70%に上り、現在は殆ど公務員になっている。地元で働きたい人を沢山採用したい。地域限定社員の方が採用できる。バリバリ働きたい総合職とは異なるニーズがある。8月からは、既存の社員を含めて、地域限定社員も選択できるようにする」
「転勤が無ければ、会社も社宅等の手当て等が不要だ。将来的には、総合職と地域限定社員は1対5になるイメージだ。キャリアより幸福感を重視する人は増えている。既存の社員も、1年に1回は総合職か地域限定社員に変わる機会を設け、総合職に向いている人は切り替えを促していく」

――昨年にはパート・アルバイトの採用を始めました。
「専門学校や短大の女子学生に就職活動をしない人が増えている。インターネットを見ると、どんな企業も“ブラック企業”との書き込みがあるし、『長時間労働を強いられる正社員は逃げられないので怖い』と抵抗感を抱いている。パート・アルバイトで店で働いてもらい、そのまま正社員に就職する道を作りたい。昨年秋から年末にかけても社員登用を受ける人がいた。将来的には、正社員が6割になる。それだけ、キャリアを積むよりも幸福度を優先する人が増えている」
「働き方をカスタマイズしないと不安があった。当社は年間500人の採用が必要だが、採用セミナーを実施するよりも、学校と連携してパート・アルバイトで入ってもらったほうが効率的だ。充足度を高める為に、私も趣味のマラソン等、幾つかの社内サークルを立ち上げたい」

――政府は、同じ仕事をしていれば同じ給料を支払う同一労働同一賃金の実現を、政策の目玉の1つに掲げようとしています。
「最初から正社員だけではダメで、寧ろ多くの働き方を用意してゴールを正社員にすべきだ。当社では、地域限定社員でも役割が同じなら、総合職と給料はほぼ同じだ。新入社員で店舗からキャリアを積んだ年収1500万円の30代の女性ブランドマーネージャーもいる」

――大手企業が社員の基本給を底上げするベースアップ(ベア)に慎重な中で、1万円を超えるベアを実施しますね。
「居酒屋等、外食店で起こっているような人手不足による閉店は、アパレル業界では未だだが、今後1~2年で同じ状況になる。当社は国内で年100店出しており、このままでは労働力不足に陥る。ベアで人件費が年間6億5000円が上がる。上場を計画している当社にとって、人件費増は時価総額で10億円のマイナスだが、賃金を上げずに人手不足に陥るリスクのほうが大きい」
「新入社員の初任給も引き上げる。内定辞退率は低下しているが、採用面接に来る人が減っている。中途採用のセミナーに参加する総数も当社に限らず、百貨店等小売業全体で減っている。当社は、国内で約4000人の雇用を抱えている。政府も賃金アップを求めているし、地方の賃金アップも重要だと考えている」
「給料・休暇はモチベーションとは相関関係は無いが、離職率との関係はある。入社して3年以内に『将来が思い描けない』等と辞めるケースが目立つ。こうした人を一定数まで減らす為に、賃金改善等の施策が必要だと思う。入社1年目の離職率は8%から5%へと下げたい。来月からは、年間の休日数も108日から110日に増やす。有給休暇も取るように促す。休日・有給・給料の3本立てで離職率を下げる。入社3年目が会社に残り、地域の店舗統括に育つことが、出店を続け、成長を続ける上でカギを握る」 (聞き手/藤野逸郎)

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非正規社員の待遇改善へ企業も動き始めた。「夜10時から朝5時まで時給1500円~」。渋谷駅に近い牛丼店『吉野家』に、アルバイト募集のポスターが張られていた。夕方から夜10時も時給は1200円から。給与は月2回払いだ。渋谷では『松屋』等他のチェーン店も、アルバイトの深夜時給は1370円からが大半。人手確保へ時給の高止まりが続く。今春の労使交渉でも、非正規の待遇底上げが目立つ。『すき家』を運営する『ゼンショーホールディングス』は、店舗や工場等で働くアルバイト約10万人の時給を、来月から平均2%引き上げる。アルバイトの“ベア”は2年連続。10月から社会保険の適用範囲が広がり、会社は社会保険料の負担も増える。人件費の押し上げが続く。長引くデフレで外食は低価格競争に走り、人件費にメスを入れた。だが、人手不足で状況は一変。待遇を上げ、人材の確保に躍起だ。誰でもできるようにバイトの仕事をマニュアル化してきた店は多い。だが、『セブン&アイホールディングス』の鈴木敏文会長は、「単純労働ではなく、創意工夫ができる職場に人は集まる」と指摘する。時給引き上げ等の待遇改善と同時に、魅力ある働き方を提示する努力も欠かせない。


≡日本経済新聞 2016年3月21日付掲載≡




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