【宮崎哲弥の時々砲弾】 リベラル再装填のために part.9

戦後のドイツに取り付いた奇怪な経済イデオロギーである“オルド自由主義”については、前回引用した『フィナンシャルタイムズ』経済論説主幹のマーティン・ウルフだけではなく、それに先立つ1年半前に、同紙のコラムニストであるヴォルフガング・ミュンシャウが手厳しく批判している(『The wacky economics of Germany's parallel universe』・2014年11月16日付)。曰く、オルド自由主義は1945年以降、ドイツの中道右派の支配的なドクトリンとなり、1990年代にはドイツ社会民主党によって取り入れられ、同党のゲアハルト・シュレーダー政権による労働市場の自由化・社会保障費の大幅削減等の“改革”政策を正当化する理論として機能した。そうした“改革”の結果、前回のマーティン・ウルフの論説にあった通り、企業の内部留保も家計の貯蓄余剰も膨らんだ。構造改革は、総需要喚起には完全にマイナスだったのだ。

“ドイツ版ピケティ”の異名を持つジャーナリストのイエンス・べルガーは、この間、シュレーダーが強行した政策をこう酷評している。「左派である筈の政権が、ほんの数年で社会保障費を削減し、保守党を超えるほど右寄りの政策で国政を根底から覆し、改革支持派メディアの賞賛を受けるとは、歴史の皮肉としか言いようがない」(『ドイツ帝国の正体』・早川書房)。どこか、総需要拡大政策を否定し、逆進的な消費税率の引き上げに尚も拘り、歳出抑制を旨とし、ミクロな改革ばかりを掲げる民進党執行部と、その姿勢を支える朝日新聞との蜜月関係を想起させる。より保守寄りのアンゲラ・メルケル政権が、オルド自由主義を思想的基礎とする反リベラル・反ケインジアニズムの経済政策を継承したことは言うまでもない。べルガーがドイツ政府に要求しているのは、富裕層の資産の正確な捕捉・資産課税の強化・所得税の最高税率の引き上げ・法人税の増税・富裕層に対する特別税の導入・相続税の特別規定の廃止等と共に、本邦の消費税に当たる付加価値税の引き下げである。問題点が日本と驚くほど似ていることがわかる。戦後のドイツが財政均衡やインフレ忌避に異常なまでに執着する背景には、第1次世界大戦後のハイパーインフレがナチスの擡頭を齎したという“歴史認識”が控えているという説もある。




だが、この“歴史認識”は端的に誤っている。ナチスが政権掌握した1933年は、大戦後の悪性インフレの終息から10年が経過しており、当時は世界恐慌の波及でドイツもデフレに陥っていた。デフレと大量失業こそが、ナチスを歴史の表舞台に呼び出したのである。「ユーロ危機後デフレと大量失業でスペインやギリシャで急進左派政党が伸びている現実は、実はドイツの歴史と重なるのだ。だが、ドイツではなぜかインフレの話しかしない」(田中素香『ユーロ危機とギリシャ反乱』・岩波新書、下線は筆者による)。朝日新聞紙面には稀な、真っ当な経済論説が載る『経済気象台』欄に、“経済失政とトランプ現象”の牽連性に関する卓見を見出した(今月1日付朝刊)。アメリカの「エリートたちはグローバリゼーションと経済成長の果実を一般国民に広く分配することを怠り、大恐慌なみの金融危機リーマンショックを引き起こしながら責任を取ることもしなかった。トランプ氏の経済政策が、低金利政策の継続とインフラ整備を中心とする財政政策という国民生活に配慮したものであることは偶然ではない」。論鋒は日本にも及んでいる。「この“失われた20年”の原因は様々指摘されているが、経済失政が続いたことは事実である。バブル崩壊後、すぐに政府は財政拡張を、日銀は金融緩和をすべきだった」「日本経済の惨状もまたエリート層の失敗によるものだった」。日米独のリベラルなつもりの愚か者たちは、意図せずして最悪の帰結を招き寄せようとしている。


宮崎哲弥(みやざき・てつや) 研究開発コンサルティング会社『アルターブレイン』副代表・京都産業大学客員教授。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒。総務省『通信・放送の在り方に関する懇談会』構成員や共同通信の論壇時評等を歴任。『憂国の方程式』(PHP研究所)・『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』(新潮社)等著書多数。


キャプチャ  2016年6月23日号掲載




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テーマ : 経済
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