【働きかたNext】第10部・世界が問う(05) 転職“35歳”の壁壊す――職場再生へ動き出せ

20160711 03
欧米に比べ、人材流動化が進まない日本。転職を働き方を変える好機と捉える社会にできないか。「消費者と直接向き合う仕事がしたい」。『ニトリホールディングス』で働く瀧口哲也(41・左写真)は4年前、外資系自動車会社から転職した。担当していた商品開発では消費者の顔が見えず、物足りなさが募った。30代後半の転職。不安もあったが、成長企業で挑戦したい思いが背中を押した。ニトリでは実際売り場に立ち、土日出勤で以前より忙しくなった。それでも、瀧口は「やりがいを感じる」と満足気だ。店舗拡大を急ぐニトリは昨年、32人のミドルを採用。人事担当の五十嵐明生(52)は、「経験豊富な中堅人材は歓迎」と話す。日本の転職市場に存在した“35歳限界説”が崩れ始めた。転職サイト『DODA』では、転職成功者の3割が35歳以上。編集長の木下学(39)は、「人材難の中堅企業を中心に求人が急増し、未経験可の事例も目立つ」と話す。社内に燻るミドルを求める中小。転職社会を引き寄せるには、その流れを太く大きくする努力が必要だ。だが、ニーズが合うとは限らない。「入社後の事をもっと考えるべきだった」。電機会社勤務の男性(39)は悔やむ。経理のスキルを生かして3年前、医療機器商社に転職した。契約は年収700万円。だが、入社後に昇進して残業代が消え、業績も悪化して600万円に減った。人材紹介会社とは、入社時の条件を擦り合わせただけ。結局、2年で辞めた。

給与や職種等、条件を付き合わせるだけでは定着しない。大事なのは、自らのスキルと求められる役割を見極めることだ。フランス菓子店運営の『ペーアッシュ・パリ・ジャポン』(東京都港区)は昨年末、大手電機出身の50代男性を採用した。「菓子店の経験は無いですが」。男性は遠慮気味だったが、製造現場の経験は豊富。「業務の効率化や若手の育成経験がある。うちで必要な人材」と社長のルデュ・リシャール(43)は強調する。通用するスキルは意外な所に眠る。「専門性に偏った採用が、ミドルと企業のミスマッチを生んだ」。『人材サービス産業協議会』(東京都千代田区)の池目雅紀(50)は、自戒を込めて話す。協議会は仕事の進め方や人柄等、どこでも通用する能力を重視するように変えた。紹介後も定着するよう目配りし、再教育も厚くする。今後は人材会社の役割も問われる。『リクルート』によると、日本の平均転職回数は0.87回。アメリカの1.16回はおろか、アジアでも最も少ない。人口減が進む日本。人が企業の枠を超えて柔軟に移れる労働市場作りが欠かせない。職務に応じた給与の導入や長く勤めるほど有利な退職金制度の見直し、再就職支援や転職に伴う失業対策の充実もいる。法政大学名誉教授の諏訪康雄(68)は、「保守的だったミドルの転職を後押しすれば、日本全体が動き出す」と指摘する。働く6400万人が事情に応じて新たな働き方を自ら選ぶ。そんな社会を目指せば、日本の職場も再び輝く。 《敬称略》




20160711 01
転職を繰り返し、40代にして10社目の猛者がいる。しかも、その内の2社は“出戻り”だ。決して無謀な挑戦ではない。目指すキャリアは一貫している。オンラインで家庭教師サービスを提供する『マナボ』(東京都渋谷区)のディレクターである小林佳徳さん(42・右写真)は昨年4月、教育大手の『ベネッセコーポレーション』から転職してきた。転職はこれで9回目だ。40歳を過ぎて、大手から再びベンチャーへ。処遇や将来に不安は無かったのか。「これまでのキャリアを生かせると思ったんです」。小林さんの現在の仕事は、スマートフォン(スマホ)アプリの開発ディレクター。エンジニアに指示を出す、開発の船頭役だ。モバイル技術と教育サービスは、これまで追い続けてきたテーマ。その両輪が生きる場が今の会社だった。それだけではない。マナボでは広報・総務・人事、時には営業も担う。社員数15人のベンチャーでは、1人が何役も熟さないと業務は回らない。意図した訳ではないが、転職を繰り返す中で会得したスキルが、ベンチャーという場で生きている。大学院を出た後、大手印刷会社に新卒で入社した。時は1998年、インターネット時代が幕を開けた頃。インターネット系の企画を担当したが、大学院から来ると「遅れている」という印象。「最先端の仕事がしたい」。その思いが転職へと駆り立てた。当時、転職は未だ珍しかった。“我慢できない人”との視線を撥ね返して、ベネッセに転職した。同社では新規事業を次々と立ち上げた。それでも、大きな組織の中では歯車のひとつという感覚が抜けなかった。「自分の手で直接サービスに関わりたい」。新規事業が一段落したのを機に退職。充電期間を経て、IT系のベンチャーに転職した。ITベンチャーに入ったのは、「スタートアップ段階の企業を見てみたかった」という思いもある。短期間の在籍の後、『エッジ』に移る。社長は堀江貴文氏。後にライブドアとなる会社だ。

同社では、携帯サイトのディレクターを任された。急成長する会社で猛烈に働き、充実感もあったが、ライブドア事件が起きた。体力的にも限界を感じ、リセット目的で退社。ベンチャー企業に移った。次の会社でも新規事業を立ち上げた。小さい組織から成長する醍醐味を感じていたところへ、ライブドア時代の元上司(現『LINE』の出沢剛社長)から声がかかる。「会社を再建しよう」。ライブドアは、在籍時から「守りが弱い」と感じていた。そこで、人事や総務等管理部門を引き受ける。新しい分野での挑戦だった。逆風が吹き荒れる中、如何にして人材を確保するか。組織として足りないものをどう補うか。知恵を絞った。六本木ヒルズからの引っ越しも担当した。一連の経験は小林さんの財産となった。再建が一段落した後、ITベンチャー2社を経験した。1社目では人事で採用や人材育成に取り組み、2社目では携帯サイトのディレクターと人事を担当した。2度目のライブドアで広げたキャリアが生きた。ベネッセに戻ったのは、嘗ての上司からの誘いがきっかけだった。「転職はタイミングが大事。常に準備をしておかないと、好機を掴み損ねる」。ウェブマーケティングの担当として、培ってきたノウハウを注ぎ込んだ。「転職を成功と捉えるか、失敗と捉えるかは本人次第」。猛烈な職場も、不安定な組織で働いたことも、得難い経験になった。「直ぐ辞めたから失敗、長くいたから成功ではない。60代で市場価値がある人材になりたい」と小林さんは語る。目先の収入は減っても、長い人生でプラスになればいい。40歳で「ここが天井」と決め込むより、自分を成長させてくれる“面白いこと”に挑む。それが会社の成長にも繋がっていく。ミドルの転職は、個人と会社を大きく変える可能性を秘めている。 (河尻定)

               ◇

20160711 02
現職社員や退職者でなければ分からないような情報を公開する「転職口コミサイト」が人気だ。社内の雰囲気や休暇の取りやすさ、給与水準などが赤裸々に明かされ、転職希望者には貴重な情報だ。「30代までは積極的に育てるが、40歳からのキャリア育成プログラムはほぼ無い。自分で仕事を作るぐらいでないと苦労する」(検索サイト大手)、「あまり公にされないけど、かなり給料は良い会社。40歳ぐらいまでの昇給は比較的、皆が得られると思う」(大手商社)。こんな書き込みは、『リブセンス』の『転職会議』や『ヴォーカーズ』(東京都渋谷区・左写真)の『ヴォーカーズ』、『エンジャパン』の『カイシャの評判』等、転職口コミサイトでよく見られる情報だ。其々、独自の評価基準でサイトを開設し、企業の口コミ数は何れも100万件を超える。会社の内情を点数とコメントで示し、年代・職種・勤続年数等、書き込んだ人の属性も見ることができる。虚偽のコメントが入り込まないよう、一定の分量の記入を求めたり、“コピーアンドペースト”ができないような対策を取ったりしている他、人の目による監視も行っている。転職予備軍だけではなく、会社の人事担当者も退職者の退職理由等をチェックする為に登録しているという。転職時に口コミサイトを利用した衣料小売大手の女性社員(30)は、「人事担当者に聞いても、社内の雰囲気はわからない」とサイトの評価を重視。人材紹介会社からオファーが来ても、口コミの点数が低ければ断ったという。今勤めている会社も、「給与の評価は低かったが、『社内の雰囲気が良い』との声が多かった」と入社前に参考にしたという。通信機器大手の男性社員(42)は、過去の転職の際に「口コミサイトに辛辣なコメントが数多く、『まさかそんなことはないだろう』と思って入社したら、口コミの通りだった」と説明。「それだけに頼る訳ではないけど、参考になる」と評価する。100万人以上がユーザー登録しているヴォーカーズの増井慎二郎社長(41)によると、登録者数が伸びてきているのは、この2~3年。「転職後、思い描いていた仕事とのギャップに悩む人は未だ多い。風通しのいい転職市場にする為に、口コミを“第三者評価”として使ってくれれば」と話している。転職の前に一度、冷静な目で覗いてみるのもいいかもしれない。 (岩村高信)

               ◇

転職サイト『DODA』が昨年、22~59歳の正社員5000人を対象に行った意識調査によると、転職を検討している人の割合は4割に上った。実際に転職活動している人も1割に達した。転職を前向きに捉える人も目立つ。同調査で転職を「ポジティブ」「どちらかといえばポジティブ」と評価した人は45%。「ネガティブ」「どちらかといえばネガティブ」の27%を上回った。「やりたい仕事がしたい」。『エンジャパン』の宇田川努さん(39)は37歳の時、6年ぶりに同社に復帰した。その間に2社への転職も経験。元部下に教えを請うのは抵抗があったが、目先の処遇よりやりがいを優先した。転職が広がる日本だが、海外と比べると尚も抵抗感が強い。内閣府が7ヵ国の13~29歳を対象に行った調査によると、「できるだけ転職せずに同じ職場で働きたい」と答えた人の割合は日本が31.5%と、韓国(43.7%)に次ぐ高さだった。人手不足は転職に有利に働く。新たな働き方を選び易い環境作りへ、日本も取り組むべき時だ。 =完

               ◇

宮東治彦・柳瀬和央・田村明彦・河尻定・岩村高信・北西厚一・藤野逸郎・阿曽村雄太・松本史・小川望・大西智也・江里直哉・奥田宏二・木寺もも子・若杉朋子・学頭貴子・諸富聡・植出勇輝・龍元秀明が担当しました。


≡日本経済新聞 2016年3月24日付掲載≡




スポンサーサイト

テーマ : 働き方
ジャンル : 就職・お仕事

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR