【宮崎哲弥の時々砲弾】 リベラル再装填のために part.10

『ヨーロッパ連合(EU)』からの離脱という衝撃的な結果が出たイギリスの国民投票から1ヵ月が過ぎた。既に、様々な視角からの論評や分析が出揃っている。その中で最も得心がいったのが、『朝日新聞』今月1日付朝刊掲載の匿名コラム『経済気象台』だ。前にも述べたが、世界に恥ずべき愚論を撤布する“経済右翼紙”朝日新聞にあって、例外的に真っ当なリベラル派の経済論が読める欄なのだ。とりわけ、“AS”名義の筆者の手になるものが例外なく良い。この日の主題は『不満かき立てる緊縮』。離脱派の現状への不満として、先ず移民流入が取り上げられるが、AS氏によれば、それはやや的外れである。何故なら、「英国の失業率は社会保障給付基準で現在2%と極めて低く、2008年の経済危機で上昇したのちに下がっている」。移民問題が焦点化したのは、離脱派が“国民の不満の一種の捌け口”として利用したからであり、雇用実態を反映したものではないという。然るに、イギリスの少なくとも半分を覆う「閉塞感と国民の怨嗟の声は根深い」。その原因は格差と貧困である。だが、政府は適切な対策を施さないばかりか、寧ろそれらを助長する超緊縮政策・大衆増税・サプライサイドの構造改革をゴリ押しした。そんな現況への焦燥と絶望が、民衆を自己破壊的な選択へと駆り立てていったのである。

即ち、EU離脱はデイヴィッド・キャメロン首相やジョージ・オズボーン財務大臣によって強行された空前の緊縮政策への“異議申し立て”という側面が看て取れる。単にポピュリズムやショーヴィニズムに煽られた民草の軽挙とは断じ難いのだ。「経済危機の最中に緊縮政策を進めて国民に犠牲を強いるエリート層の裏切りに大衆が反乱を起こす、という構図が世界中で出来上がりつつある。EUは緊縮財政押しつけの権化、と考えられている」。ここでも、ギリシャの債務問題と似た図式が浮び上がる。丁度1年ほど前に、EU等がギリシャに突きつけた緊縮財政案を受け容れるか否かを決する国民投票に際して、世界の名立たるリべラル派経済学者たちが挙って「緊縮では問題を解決できない」と声を上げたことを思い出そう。2010年から2014年にかけてキャメロン-オズボーン体制下で施行された財政緊縮策は、はっきり言って無茶苦茶な代物だった。年間9100億円にも上る福祉支出の削減・年金受給開始年齢の引き上げ・大学教育への補助金の大幅カット・公務員の人員10%削減及びその昇給の停止…。剰え、日本の消費税に当る付加価値税の税率を一気に2.5%も引き上げた。結果として、地方は衰退の一途を辿り、格差は拡がり、貧困が蔓延した。




『ニューズウィーク日本版』オフィシャルサイトの記事によると、キャメロン-オズボーン“改革”後のイギリスの障害者認定基準は、「片手に指が1本でもあれば“就労可能”にされる」と皮肉られるほど厳しくなったという。実際に、“頭蓋骨の半分を失って重度の記憶障害と半身麻痺を抱える男性”が“就労可能”と裁定された例が紹介されている。その他、高齢者・病者・障害者等、社会的弱者を支援する為の各種の補助や給付が次々にカットされた(『財政赤字を本気で削減するとこうなる、弱者切り捨ての凄まじさ』2016年5月24日掲出)。「日本では、リベラル派を名乗る人々でも緊縮財政を褒めそやす傾向がある。社会保障の充実をうたいながら、消費税増税の痛みに耐えなくてはならないといった意見もある」(前掲の経済気象台から)。当の朝日新聞の経済面や社説の基本姿勢がまさにこれだ。だが、心ある朝日人士はAS氏の結語を噛み締めるがいい。「しかし緊縮は人々の不満をかき立て、リベラルな世界を破壊する」。裏切り者の末路は暗いぞ、似非リベラル屋さん。


宮崎哲弥(みやざき・てつや) 研究開発コンサルティング会社『アルターブレイン』副代表・京都産業大学客員教授。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒。総務省『通信・放送の在り方に関する懇談会』構成員や共同通信の論壇時評等を歴任。『憂国の方程式』(PHP研究所)・『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』(新潮社)等著書多数。


キャプチャ  2016年7月28日号掲載




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テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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