特別対談「あらゆる文明はバカに向かう」 呉智英×中川淳一郎

「若者よ、夢を持て!」「学歴無用」だと? 欺瞞もたいがいにしておけ! 大衆社会で必然的に起きる“愚民化”の下で、いかにして“知”を守るか。

「小田嶋隆さんと“元アル中”“現アル中”対談をやっていたでしょう?」
中川「“cakes”というweb雑誌に載った“アル中対談”ですね」
「俺、インターネットやらないから、編集者がプリントして送ってくれたの」
中川「あの頃は水飲んでも吐く状態でした。そしてγ-GTP370、中性脂肪744という数値になり、1ヵ月酒を抜いたら正常値に下がり、1年経ちました」
「今、飲んでいるんですか?」
中川「はい。だから、γ-GTP310、中性脂肪83になっています」
「数値の問題でなくて、怖いのは依存症です。アル中だと精神的にアウトになるから、物書きとして嫌でしょう」
中川「僕は朝、タンメンやレバニラ炒めをよく作るんです。ところが、野菜切ったりするのに案外手間がかかり、少し疲れるんです。ふわーっと一息つきたいし、美味しいものを作るのだから『ビールは絶対必要』という滅茶苦茶な論理で(笑)、飲みたい気持ち満々になるんです」
「論理になってないじゃないの(笑)。完全に向うの世界に入りかけている」
中川「今日は6時頃からずっと起きていますけれど、一滴も飲んでいませんよ」
「煙草で精神はおかしくならないけど、酒は最後には幻覚も出てくる。断酒しかない。いつ頃から飲み始めたの?」
中川「27で、会社辞めてからです。夜中、ライターとして原稿を書くようになり、喉が渇いてしまうので、つい飲んだら止まらなくなってしまったんです」
「何か過激なことを書いて、右翼や左翼のテロで殺されるのなら嬉しくはないけれど(笑)、物書きとして勲章でしょう。徹夜明けでコンビニに行く途中、暴走車が突っ込んで来ても、不運だけれど仕方ない。でも、有望な人材が酒で自滅してゆくのはまずい」
中川「ありがとうございます……」
「昔、アル中の記録をいろいろ読んだんです。家庭崩壊してたりして止めてくれる人もいない。心も弱っているから、どうしても飲んでしまう。そういう人に、唯一、断酒法としてほかの分野にも汎用性があると膝を打った理論は、『今日だけ我慢して明日飲む』。これを必ず毎日続けるのが効くらしい。『今日飲んで明日から止める』が最悪」
中川「なるほど。で、今日は飲んでよろしいでしょうか(笑)」
「俺は貴方の主治医じゃない(笑)」




中川「適菜収さんとの対談本“愚民文明の暴走”の中で僕について触れて頂いたのを読んで、ちょっと驚きました」
「“ウェブはバカと暇人のもの”(2009年)が出た時から、『面白い人が出てきた』と注目していたんです」
中川「最近の大バカ野郎の話から行きます。最近僕は、とあるおばさんブロガーを注目していまして……」
「ブロガー?」
中川「ブログ書く人です。で、集まってどうすればお金が儲かるようになるかなどを議論する会があり、参加したブロガーは感想を書かなければならないという縛りがあるんです。依頼した主催者はいいこと書いてくれると期待していたんっでしょうが、1人が『運営が下手過ぎる、バカ』とか『スピーチの規定時間を過ぎるアホが多くて困った』という文句ばかり書いてあった。それに対しては、主催者側の人はほとんど、大人しく謝りの言葉をブログに書いたのに、ある1人のおばさんだけが、『うるせえ、私たちは赤字出てんだよ』とか『イベントでなくて勉強会だから、主催者側が叩かれる理由はない。主催者だって参加者の1人だから、飯食って酒飲んでもいいだろ』と逆ギレして正統性を主張すると、こいつは面白いとなりみんないじり始めたんです」
「逆に燃料投下しちゃったの」
中川「はい。自分たちの立場を守ろうとしたバカな味方が最大の敵になった。でも、僕は炎上しているのを見ると、次にそのイベントに参加したくなるんです(笑)。おばさん、ブログでは写真家風に一眼レフを構えていて顔が見えないので、ぜひ面を確かめてみたい」
「顔を隠しているんでしょう」
中川「そうです。でも、いつもラーメンばかり食っているから、たぶんデブでしょう。こういうバカは定期的に出てきてくれて、それを観察するのが好きなんです」
「“ラーメン好きはデブ”という因果関係を思想家として同意できないけれど(笑)、選挙の時の泡沫候補と同じ楽しみだね」

中川「最近の議員たちはひどいでしょう」
「号泣した議員がいるのは知っているけど、俺、テレビは見ないんだ。貴方の説によれば、ネット上の情報はほとんどゴミだそうで、その通りだと思うけれど、テレビも同じようにゴミだから、今まで200時間ぐらいしか見たことがない」
中川「一生でですか?」
「うん。一生といっても、まだ生きているけどね(笑)」
中川「間違いました。すみません(笑)」
「今から10年くらい前までは50時間くらいしか見ていない。でも、名古屋のテレビ局で番組審議委員になってしまったんだ。『私はテレビというものをほとんど見たことがないんですけど』と言っても、『いや、そういう方にこそぜひお願いしたい』と言われて、断る理由がなくて引き受けて、弟から古いビデオ再生機も貰って、この10年で150時間ほど見てしまった。負けた気分です(笑)。前は自分が出演した時間の方が長かった」
中川「もともと、自分が出た番組も見なかったんですか?」
「前は再生機がなかったから、自分の部屋では見られなかった。今は、テレビ局が送ってくるVHSやDVDを見たり、見なかったり」

中川「前から疑問に思っていたのは、オファーが来て、僕がディレクターに『俺はその分野のこと、よく分からない』と答えたら、よく『分からないほどいいんです。一般の目線が必要なんです!』と返ってくることなんです」
「昔から同じだね。20年ほど前、誰だか野球選手が日本人で初めて3億円の年俸を貰うことになり、『高すぎる』と騒ぎになった。それで週刊誌に俺がコメントを求められたの」
中川「中日の落合博満選手の話ですね」
「そうそう、落合という名前だった。で、俺は全然分からないから、まず『落合は野球がうまいんですか?』と聞いたりして、どうやら凄い成績らしいと分かったから、『まあ、上手ければ3億貰ってもいいんじゃないですか』と原則論を答えて、『どうせボツだろうな』と思っていたの。週刊誌が送られてくると、諸氏のコメントが並んだ最後に『評論家・呉智英氏は「落合って野球うまいんですか」と聞いた』という記者の言葉」
中川「オチに使われたわけですね」
「俺の野球の無知を逆用した見事な使い方で感心した。編集技術・ライター技術としてありうる手法だろう」

中川「リサーチ不足で『なぜ依頼してきたの』というのが多くないですか?」
「もちろん。俺はマンガ学会の前会長で今は理事だから、アニメについての仕事を依頼されることが多い。でも、マンガとアニメは研究対象としても全然違うものだし、俺はアニメを知らないから、専門の研究者を紹介することがよくある」
中川「僕には意味が分からない取材が来ます。先日は、全裸で対談したという理由でフィットネス派になって“Tarzan”から取材が来て、“VERY”からは『最近の困った人を語って下さい』と言われました。別にグッチのバギー・トートを云々する女性誌に載るような困った人専門家じゃない(笑)。『読んだこともない』というと、『普段我々にない視点だからぜひ一言』と」
「名の通った素人は利用価値があるから。昭和28(1953)年、俺が小学校1年生の時、テレビの放送が始まった。昭和33(1958)年頃は“月光仮面”やプロレスに子供たちが熱狂しているんだけど、テレビの普及率は低くてだいたい半々ぐらいだった。中学校頃に普及するんだけど、親が『勉強しなくなる』と心配して買わなかったんだ。俺は『あんな愚民が見るものは見ない』と思っていたから、もともとの心配と逆の意味で親に心配をかける人間に成長してしまった。テレビを見せて普通の人間にした方が、親としてはよほど良かっただろう(笑)」
中川「呉さん、愚民を叩くにはテレビはいい材料を提供してくれるんです。ただ、ネット上では今、『もうテレビ見ないし新聞も読まない』と言えば『俺格好いい』という雰囲気になれるんですが」
「俺が名古屋から上京して早稲田に通っていた頃は、下宿生にはテレビは高くて手が出ないからみんな持っていなかった。結婚して子供ができるとだいたい買うけれど、俺は独身だし。よくバカな教育一家が『週に1回はノーテレビデーをやっています』と吹聴するけれど、子供が見たいなら目から血が出るまで見せてやればいい。でないと、俺みたいな子供になるぞ(笑)」




中川「どうやって世間を知るんですか?」
「新聞は常に2紙、時に3紙とっている。知識人の義務だね。今は左の朝日と右の産経に地元の中日新聞。4紙・5紙もとると新聞読むだけで1日が終わる(笑)。新聞読む時は小ネタが大事なので、隈なく読むからね」
中川「ネットにある情報のほとんどはテレビや新聞などのマスメディアから来たものです。若い人たちは『ネットニュースがあるからもう十分』というけれど、『ちょっと待って』と言いたくなります」
「若いネット住民が新聞やテレビを見ないというのも、自己顕示欲というか、てらいの一種じゃないかな」
中川「呉さんが20代の頃、テレビ見てるとカッケーと見られました?」
「ほとんどの人が初めてのボーナスや結婚してテレビを買うのが普通だったから、あんまり意識しなかったな。見ていない俺の方がただの変人(笑)。むしろ、てらいの表現とすると、例えばワザと汚い恰好することがあるでしょう。今の人はダメージジーンズを穿いたりするけれど、旧制高校生が買ったばかりの帽子をドブにつけてぐしゃぐしゃにする弊衣破帽とメンタリティは同じでしょう」
中川「そして、マイノリティはマジョリティ化していく。目立つツッパリになりたくてリーゼントに剃りこみ入れていても、仲間が集まると全員同じ恰好とか」
「てらいの表現が飽和状態になれば次の流行に移るわけだ。いつの時代も同じ」
中川「5~6年前、ライター志望の若者は必ずピアスをつけて、ニットの帽子被っていました。みんな抜けられなくて、相変わらず夏でもニット被っています(笑)」
「『蒸れて40ぐらいでハゲるから止めろ』と言ってあげなさい(笑)」
中川「はい。でも、ライター志望者の数が減っているから抜けられない」

「それにしても、ネットがあると辞書や百科事典・人名事典を引かなくなるね。よくないです。ネットは誤記をする直せるのが利点だけれども、情報凝縮度と精度は紙媒体の方が圧倒的に高いのに。学生にレポートを書かせても全部ウィキペディアの焼き直し。情報の取捨選択がある奴はまだマシで、『丸々貼りつけてくる学生がいる』と教員は怒っている」
中川「今、コピーペーストする学生を撃退する“コピペルナー”というソフトがあって、全国352大学で導入済。学生から受け取った文字データを貼り付ければ、瞬時にコピペを判別してくれます」
「へえ、そんなものがあるのか。でも、コピペばかりの連中が夢を語るのもどうかと思うね。貴方の著書“夢、死ね!”を読んで思い出したけれど、俺の若い頃だと文学青年・政治青年・思想青年はみんな『そのままで行ける』と見込んでいたけれど、結局ものにはならないね。俺が評論家として接触していたのはマンガ青年たちで、持ち込み原稿についてコメントをしたりもしたけれど、プロのマンガ家になれるのは1万人に1人。でも、『マンガ家が夢』という若者はいまでもたくさんいる。若者に『夢を持て』と言い出したのはいつ頃のことかな?」
中川「呉さんの頃はどうでしたか?」
「先生が黒板に“私の夢”と書いて、『はい作文』というレベルかな。夢といっても、男の子はパイロット、女の子は看護婦さんとか、可愛いものですよ。大それた夢をメディアが煽ることはなかった。今時の音楽は、聞く方も演奏する方も“夢を持て”系の若者ばかりでしょう」

中川「ツイッター上でも、ちょっと有名なおっさんたちが『夢を持つことほどワクワクすることはない』とか呟くと、若い連中が『ですよね。僕にも起業するという夢があります』とか返事しちゃう」
「ふわふわした“夢”を称揚するようになったのは、この30年ぐらいじゃないの。ただ、マンガでは、スポーツ選手や相撲取りとちがって才能ははっきり分からないでしょう。俺や中川さんがプロ野球選手になりたいと宣言したって、一目で駄目です。100m15秒で走っている奴が、いくらオリンピック見て興奮したところで陸上選手になれるはずもない。でも、マンガ家・ミュージシャン・小説家はなれるような気がするし、仲間の誰かはプロになる。だから、マンガだと“夢”を抱いて同人誌やマイナー雑誌に集まり、40になり50になり、どんどん追い詰められて東京の下町で何だかわからない暮らしをしている連中がたくさんいる。俺は“夢の島”と呼んでいる(笑)」
中川「ああ、いいですね」
「苦労しているんですよ、みんな。マンガだけではない、この種のいろんな業界の“夢の島”が日本中のあちこちに、ぽこっぽこっと浮かんでいるわけです。“夢”はそういうものでしょう」
中川「昔は“夢”という言葉自体に照れがあった気がするんです。口に出すのは恥ずかしかった。キング牧師が『I have a Dream.』と言いましたが、ひどい人種差別の中で殺される可能性があるほどの“夢”でしたから、覚悟が違います」
「“夢”は本来リスキーなもの」

中川「自分が『夢は何ですか?』と尋ねられたら、一番恥ずかしいのは『事務所の株式上場』と答えることですね」
「今の貴方なら、手を伸ばせばあり得る話じゃないの」
中川「全然、その気ないですよ。2人で細々とやっていけたらいいです。あくまでも零細企業経営者が夢を聞かれてもっとも恥ずかしいのが“上場”だということです。尋ねられたら、だいたい『藤原紀香と一晩過ごしたい』とかテキトーに答えます」
「ほとんど冗談の世界じゃない」
中川「もちろん、冗談です。今41歳ですけれど、夢とは僕にとってはそんな扱いをしなければいけない恥ずかしいものです。なのに、なぜクソ真面目に大人たちが子供や学生に押しつけるのか?」
「俺たちが子供の頃は偉人伝というのがあったけれど、今、出版社が出さないでしょう。保守系の人は『二宮尊徳やエジソンを読んで子供たちに夢を持たせるべきだ』というし、革新系の人は『人間みんな平等だから、偉い人ばかり褒めるのではなく一人一人が尊重される世の中にすべし』と言う。両方ともバカな話で、俺は日本中の子供達に偉人伝をどんどん読ませて、『自分は偉人になど絶対なれない』と叩き込まなければいけないと思う」
中川「当然でしょう。だって、ファーブルになるには1日中フンコロガシを見ていなければならない。途中で飽きます」
「リンゴが木から落ちるのを見て引力を発見できたのはニュートンだけ。しかも、今さら同じ発見しても意味なし。これだけ偉人が出ているのだから、もはや夢など持っても何の役にも立たないことを、十分に知ってから世に出ないとまずい」




中川「手が届きそうで、かつ回り道しないですぐ美味しい思いができることを見つけるのに東大生は長けています」
「そりゃそうだよ。リアリズムを知っているから東大生になれる(笑)」
中川「東大生が日本一強いボディビルなんです。運動神経は関係なく鍛えれば誰でもできるし、プロテインや栄養素を研究し規則正しく摂取できるなど、根性があって自立できる人間がいい」
「東大生向きだ(笑)。三島由紀夫」
中川「パワーリフティングという、ベンチプレスとスクワットとデッドリフトを合わせた競技も強い。後はボートとダンスです」
「ダンスは分かるけど、ボートは?」
中川「高校の花形競技じゃないし、呼吸を合わせるのが上手だからでしょう」
「秀才だから(笑)」
中川「『頭でトップを取ったから次にスポーツで』という場合、サッカーや野球のように体育推薦があるような領域で競争するのはバカだとすぐ気づくんでしょう。でも、スポーツの分野日本3位とかの称号を獲得している東大生は一杯います」

「昨年、近藤雅樹という民俗学者が亡くなりました。“霊感少女論”という本を書いているんだけれど、彼は武蔵美の出身です。その学生時代の体験で、大学1年の夏休みが終わってもう一度教室に集まると、女の子の1割ぐらいが『霊が見える』と言い出すらしい。美術系の学校に進学するのは高校時代、絵が上手な子ばかりでしょう。『自分は現代のピカソだ、ローランサンだ』と思い込んで上に進むわけだけれど、大学に入ってみれば周囲には似たような学生ばかり。『自分は絶対にピカソにもローランサンにもなれない』と気づいた時、何を言ったら勝てるか。『背後に霊が見える』と言い出すほかないんです」
中川「1割も“霊感少女”になるわけですから、また過酷な競争になりますね」
「それも、学校で4年間『霊が見える』とか『悪魔がいる』とか言って闘えるだけだな。しかし、19歳の女の子の話として考えると気持ちは分かる。ただ、卒業して霊媒師として喰ってゆけるペテンの才能がある江原啓之のような人間はほとんどいないから、世の中に出たらまた大変だけれど。文科系だって同じだね。俺の大学時代でも『自分はいっぱしの読書家だ』と思っていても、『吉本の“共同幻想論”を読んでさ』とか言ったら『お前、“言語にとって美とはなにか”にこう書いてあるぞ。それくらい知らないの』とか言われて、夏休みの間に必死に読む……(笑)」
中川「やっぱり、夏休みが問題ですね」
「『吉本を読んでいるなら、こっちのウエタニオタカを読んでみるか』と思い、『お前、ウエタニオタカって読んだ?』『それは埴谷雄高か』と言われてまた沈没とか(笑)。日々、マウンティングを繰り返しているわけです」

中川「逆パターンもあります。僕は一橋の商学部に入ったんですが、入った瞬間、公認会計士目指す人間が300人中200人いるんです。ところが、夏休みが終わると希望者は60人に(笑)」
「俺だって、みんな文学部卒だと思っているけど、司法試験を受けるつもりで中央と早稲田の両方の法学部に通ったんだぞ。早稲田だと、だいたい3人に1人は司法試験希望者だったな」
中川「それにしても、一橋は公認会計士志望者が異常に多かったんです。未熟なので、『公認会計士の年収は平均5000万らしいぞ』と噂が広まったりして(笑)。周囲に多すぎて、焦ってダブルスクールをやったりする連中が夏休みに洗脳が解けて、『やっぱり銀行員になるか』とか現実的な方向に舵を切ったんです。もしかしたら夢をあきらめたのかもしれません」
「一流大学の卒業生が銀行員になるのと公認会計士や税理士になるのは、実質的に同じようなものじゃないの」
中川「『銀行員になると、雨の日も自転車に乗らなくちゃいけないらしいぞ』という噂が流れるんです(笑)」
「自転車ぐらい乗れよ(笑)」

中川「芸能人になりたいというハードルがある場合、『簡単なのは東大に行くことかもしれない』と思うんです。東大卒の菊川怜や高田万由子と比較すれば、絶世の美女度合で言えば米倉涼子の方が圧勝でしょう。でも……」
「付加価値の問題だね」
中川「全国の美人1万人が受けるオーディションでトップ3に入るよりは、勉強を頑張って東大に入る方が楽でしょう」
「確かに。しかも後で潰しが利くし」
中川「そうです(笑)。だから、東大に行くやつは賢いですよ」
「まあ、昔から将来を現実的に見通して、自分を律することができる人間が東大に行っているのは変わらないね」
中川「でも、大人たちが『世の中は学歴じゃない』とよく言うでしょう」
「とんでもない間違いでしょう。俺は“東大は偉い”という法律をなぜ作らないのかと言っています(笑)。東大以外のやつが東大をバカにしたら無礼討ちで斬っていいと法律で制定する。日本で最初に斬られるのは俺だけどね(笑)」
中川「『努力すれば報われる』という幻想をふりまくのではなく、世の中には変えようのないものがある話をするべきであり、自分もそれに合わせて変わった方がいいと考えてしまうんです」
「学歴ほど、欺瞞的な正義が通用している問題はないね。保守革新関係なく、朝日も産経も学歴無用論を必ず書く。ならば、どちらも社員の学歴と偏差値と収入を公表すべきだと言っている(笑)。成績さえよければ世の中ではバカにされないというリアリズムが必要だよね」

中川「“ドラゴン桜”というマンガがあるでしょう。底辺高校の中でもバカな奴が東大を目指すという話ですが、ネット上で『こんな話はありえない』と指摘している人がいるんです。なぜか? 『東大を目指すと決めた日に、もう√7×√21ができるのはおかしい』からです。どうも塾講師をやっている人のようですが、現実に算数が小学校3年で止まっている子が意外なほど多く、底辺校の子がすぐルートなど使えるはずがない。高い学費を払っていい大学に行き、倍率何百倍をくぐり抜けたマスコミの正社員は、本当の底辺を分かっていないのかもしれません」
「分かっていても書かないね。それは、俺たちのような外部のフリーの者が書く領域だろう。俺はいい大学とFランク校と両方とも非常勤講師で教えているからよく分かるんだけれども、底辺大学だと“名古屋文化論”という授業で出席カードを回すと、“屋”の字が書けない子が2人いた。名古屋の大学でですよ」
中川「ほおー」
「つまり、8画以上の漢字が書けない」
中川「“屋”は……9画ある(笑)」
「掛け算の九九が言えない子が今は普通。ゆとり教育の問題が騒がれた頃は、分数の掛け算ができない大学生がいるとか嘆かれていたけれど、もう珍しくも何ともない。勉強したくても、躓いても授業が進むから、追いつけなくなるんだ」
中川「でも今は、大学行こうと思えば誰でもどこかに入れる状況でしょう」
「Fランクの大学の大学経営者は学生集めに必死だから。友達の教授に聞いた話だけど、『近隣の高校に行って「来年の春よろしくお願いします」と土下座するのが教授の仕事』という大学があるらしい。研究や教育どころじゃない」
中川「ベネッセの子会社の生徒募集・学生募集の広告会社は忙しいそうです」
「上位の大学は基本は変化がないと思うけれど、無条件で入れる下の方はひどくなる一方でしょう」




中川「『今の我々の会話がもしインターネット上で展開されたら』とつい考えてしまいます。この雑誌は紙媒体で、しかもこれだけの活字を読むのが苦痛じゃない人を対象にしています。でも、ネットだと一番過激なところだけ抜き出されて、『上から目線の連中だ』と絶対に糾弾される側になってしまうんです。これがネットの気持ち悪いところですし、とにかく弱者に目線を合わせなくちゃいけない風潮が気持ち悪くて仕方ありません」
「それこそ大衆社会の特徴でしょう。“大衆社会化”という現象は1920年代頃から問題にされていて、心理学や社会学という学問もその意識から出てくるもので、学者たちも相当な危機感を持っていたけれど、完全に現実化し極限まで来た状況に、今は手の施しようがない。特にネットは、誰でもボタン1つである議論に参加している昂揚感を味わうことができ、しかも自分の言葉が初めから活字になるわけだから、ますます実感が増すでしょう。本当に議論しているかどうか怪しいもんだけど」
中川「すると“弱者の強者化”が発生して、“上から目線”という言葉が人を糾弾する言葉になる。とにかく傷ついたと言えば謝罪を求める権利が生じる……」
「弱者が勝利しているように見える」
中川「だから、自衛策を決めたんです。自分も弱者になればいいんです」
「どうやって?」
中川「『私は実はインポでして、10日間下痢止まらず体重が5kg減ってしまい、だからかわいそうなんです。しかもアル中で吐いてばかりです』と書くわけです」
「それは、『暴風雨が来ているから唐紙を閉めましょう』という程度の防衛だな」
中川「おちょくっているだけの話です」
「まあ、障子・唐紙でもないよりはマシという話だね。ただ、無駄な抵抗というより高度大衆化社会、しかもねっとのような媒体であれば否応なく出てくる問題でしょう。新聞や雑誌の場合は、制度として言説にフィルターもありレフェリーもいるけど、ネットの場合は何も規制がかかっていないわけでしょう」

中川「若い人はネットの機能に応じた文章術を学んでいます。決して断定せず前置きだらけ。『私は2人のこの議論に両方とも首肯できるのだが、あえて少し意見を申し上げるのなら、Aさんの方が……と考えてもよいのでは』という文体」
「まるで典型的な官僚答弁だな」
中川「“ウェブはバカと暇人のもの”を書く時、全部批判する狙いでネット関連の本を読み漁りました。その中で、荻上チキさんの“ウェブ炎上”(2007年)は、新書の分量なのにツッコミどころがないほど予防線を張りまくっていて、批判のしようがない。彼に会って聞いたら、『ネットでずっと文章を書いているから、隙をなくすのに慣れているんです』と言われて、僕は『負けました』と言いました。若いブロガーも予防線を張りまくる文体を習得していますが、何を主張したいのかが分からない。批判したい空気ムンムンなのに、お茶を濁すだけ」
「ネットが日常的なツールになっている若者にとって、叩かれたり炎上したりするのはすごく嫌なんだろうな」

中川「最近は、ツイッターで1回炎上するとほとんどの人が止めます」
「俺、仕組みは全く分からないけれど、ツイッターで炎上すると携帯が使えなくなってしまうの?」
中川「自分へのメッセージが届いたり、どこかで言及された場合、携帯に通知が来る設定にしておけば、ビヨーンとか通知音が鳴るんです。炎上すると、もう音が鳴りっぱなしです。通話はできますし機能をオフにしておけば鳴りませんが、こうして喋っていてもバランバランと鳴りますからもう耐えられなくなる」
「なるほど、そういうことか」
中川「最近は日本人が海外の人も炎上させています。去年、オリンピックが東京開催に決まった瞬間、イスタンブールに決まって欲しかったので『Fuck Tokyo』と呟いた人がいるんです。ところが、『Fuck Tokyo』という言葉でひたすら検索をかけている日本人が一杯いて、『こいつが日本の悪口言っているぞ』とツッコんで何千人もが叩く。向うでは『意味が分からない』と呆れられています」
「どうでもいい話かもしれないけど、現実的な力を持つのかもしれない」
中川「今、日本の草の根活動家がオバマとキャロライン・ケネディを攻撃しています。オバマは寿司を残したから(笑)」
「“すきやばし次郎”の話か」
中川「『安倍晋三さんがお前をミシュラン3つ星の店で接待してやったのに、ひどい態度ではないか』という理由です。ケネディは今年イルカ漁を批判して……」
「日本は情報戦略を考えなければいけないね。誰でもサイバー攻撃できるし、電脳中枢に集中すれば回線が使えなくなる」
中川「アノニマスというサイバー攻撃集団が、一度霞が関を攻撃しようとしたことがあります。ところが、日本語にあまり詳しくなかったのか、国土交通省の霞ヶ浦河川事務所を攻撃してホームページが止まってしまった(笑)」

「大衆化社会では、人間はアトマイズ(原子化)、つまり孤立し個別化します。共同体があった頃は、農村に生れれば百姓とか職人の子供は職人という形で、将来の目標が善悪は別としてはっきりしていた。ところが今は、社会の規範が茫漠としていて基準が自分だけだから、突然ミュージシャンとか小説家を目指してしまう」
中川「多額の金を稼ぐ人の情報をバシバシ見れるようになったのも大きいかもしれません。プロ野球の契約更改もそうだし、テレビで高橋ジョージが“ロード”という歌でいまだに印税が入ってきて、気づいたら22億円の収入があったと告白したり。一方で“世界に1つだけの花”みたいな、一人一人個性があってみんな大切という幻想も蔓延していて、可能性はみんな無限とか刷り込まれているでしょう。もう1つ、昔のダッカ日航機ハイジャック事件の時の福田赳夫首相の『人命は地球より重い』発言みたいな幻想もあるでしょう」
「大衆社会化現象は民主主義と親和的に進行する。日本だと大正デモクラシーの頃に始まり、まず『末は博士か大臣か』だけでなく『平凡でいいけれど一人一人価値がある』という考えが出てくる。平凡が取れて“一人一人”の方が強調されれば、貴方の言う通りの方向になる」
中川「今の若い人は、『堀江貴文さんみたいになりたい』というパターンが多いです。『奇想天外なアイデアを出して、いろいろな人と楽しそうにつき合い、宇宙旅行を考えて実現する力がある人になるのが夢』という話なんです。去年はちょっと安藤美冬さんの“ノマド”が流行りました。彼女は集英社を辞めて『職業、安藤美冬』と言い、そしてどこかの場所に縛られずに自由に働く」
「“ノマド”とか“職業、自分”という規定の仕方は、自分の幻想を自己肯定していくわけだから、アトマイズされた人間の最後の形でしょう」
中川「安藤美冬さんは『セルフブランディングが大事です』とか言って、今“自分をつくる学校”の校長先生をやっています。生徒は結構集まっていますよ」




「マンガだと去年、渋谷直角の“カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生”が話題になった。自主制作から書籍になったんだけれど、ミュージシャンなど夢を追いかける連中の行く末を辛辣に描いて評判になった。青野春秋の“俺はまだ本気出してないだけ”も面白い。漠然とマンガで偉くなりたいと思うけれど、何もしない話。あるいは、えりちんの“描かないマンガ家”には、マンガ家専門学校に行くとよくいるデッサンもコマ割りの練習も何もせず、有名になった時のサインの練習だけをしている子をギャグにしている。今、マンガ青年たち自身が自分の“夢”を客観的に見て、どうダメになってゆくか作品化しています」
中川「いしいひさいちの“バイトくん”の世界とはまったく違いますね」
「もちろん。ただ、貴方の“夢、死ね!”を読んで面白かったのは、中川君の自画像や行動は実はバンカラタイプだということなんです。俺は、明治以後ずっとバンカラが正しい青年像だと思っている。いしいひさいちの“バイトくん”も、ぼろアパートに住んで焼酎飲んで煙草吸って、外へ出てバカなことをやる世界で、つまりバンカラです。遡れば漱石の“吾輩は猫である”が典型かな。“高等遊民”とか妙なことを言っている若者を猫が観察している。頭がいいけれど、何をしていいか分からず自分を持てあましている人間の青春記です。“猫”では喜劇的に描いているけれど、“それから”だと悲劇になる。戦後の傑作は北杜夫の“どくとるマンボウ”シリーズでしょう。明治以来の青春像として一貫した流れの中にある、かつ正しい」

中川「僕はファーブルのようにぶっ飛んだ偉人にはなれません。僕もバンカラを心掛けているところがあり、博報堂でサラリーマンとして通用しなかった話とか、フリーライターとして稼げない話などをひたすら書いて、“夢”の要素が一切ない内容にしたんです。読者がいると思うと、うまくいった話を書くのは何か恥ずかしいんです」
「誇りと恥じらいは裏表でしょう。心ある人はみんな持っています。漱石先生だって、高等遊民が集まりギリシャ語の薀蓄とか披露しているんだけれど、飯は食えずそれを猫が見ているという構造になっている。夢を持ちつつも実現しない状況を、恥じらいを持ちつつ自分はどう生きるべきかを戯画化して見る。北杜夫先生にしても、お父様は偉大なる斎藤茂吉先生でその圧迫下にありながら、とりあえず医学部に入って親の顔を立てるぐらいはできる。でも、医学で一流になる気にもなれないし、同人誌で小説を書きつつ水産庁の漁業調査船に乗り込んだ体験記が第1作でしょう」
中川「“どくとるマンボウ航海記”」
「夢を持つことに対して自制的で、それをユーモラスな雰囲気として書けるだけの筆力があるという作品でしょう」
中川「僕が一番好きなのは椎名誠の“哀愁の町に霧が降るのだ”です。あの話のいいところは、とにかく登場人物がみんなひたすら女にもてない。椎名さん自身もほとんど男くさい世界にしかいないし、最後のデート場面もいきなりフラれてひどい目に遭う情けない話です」
「バンカラは自分の情けなさを対象化することで見ている者の共感を呼び、場合によっては文明論にもなってゆく」
中川「そこでどうして、若者たちがセルフブランディングをして自分をつくる学校に通う方向に突然変わってしまうのか」

「今、格差社会になったと言われている。政治的に是正されるべき問題ではあるけれど、俺が育った昭和30年代だと、小学校の頃は夏休みが終わり学校に戻ると、学校で2人ぐらいは日本脳炎で死んでいるんだ。エボラ出血熱どころではない。だから日本脳炎の予防注射が始まったけれど、今、日本脳炎で死ぬ人など1年に10人いるかどうか。死亡率や平均寿命を考えても、昔より豊かで平和になっているに決まっています」
中川「ひどい貧乏はなくなりました」
「文明の逆説があって、豊かになり楽ができると同時に、人間は堕落していくわけだ。規模とレベルは全然違うけれど、ローマ帝国の崩壊と同じだよ」
中川「じゃあ、僕たち日本人はみんなローマ貴族に成り上がったわけですか。めでたい話ですね(笑)」


くれ・ともふさ 評論家。1946年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。1981年の『封建主義者かく語りき』で本格的な評論活動に入る。近著に『吉本隆明という“共同幻想”』『知的唯仏論』(宮崎哲弥氏との共著)。

なかがわ・じゅんいちろう ネットニュース編集者。1973年東京都生まれ。一橋大学商学部卒。博報堂・ライター・『テレビブロス』の編集者などを経て現職。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ウェブを炎上させるイタい人たち』『ネットのバカ』等。


キャプチャ  2014年12月号掲載


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