【私のルールブック】(65) トラウマ級の“よりによって”

私は今、新幹線に乗っている。北陸新幹線で軽井沢へ。勿論、とある番組のロケの為なのだが…。新幹線に乗ると、必ずと言っていいほど嫌~な記憶が蘇るのだ。ほぼトラウマに等しいほどの、思い出したくもない過去。それは、遅刻。20歳そこそこの頃、映画の撮影の為、朝一番の新幹線で京都へ向かった。時代劇と言えば京都である。結構な大作で、当然、監督も巨匠クラス、キャストも隅から隅まで贅沢三昧。そして、私の役はというと、ほぼ主役と言っても過言ではない重要な役所であった。そんな大事な撮影初日。新幹線の座席に着くなり、台本を開き、台詞覚えのチェック。ヨシヨシ、どうやら台詞は完璧に入っているようだ。続いて目を閉じ、シーン毎に動きをシミュレーション。この台詞の時に立ち上がり、この台詞の際には扇子を使い…等々、巨匠クラスの監督ともなると「座ったまま台詞を言うだけなんてアホでもできるわ!」と怒鳴られかねないので、極力動きを付けた芝居作りを心掛けていたのです。

しかし、前夜にもみっちりシミュレーションはしていたので、こちらもどうにかなりそうである。と、その時。いや、その瞬間。安心した訳ではないのですが、どこかでフッと気が抜けたんでしょうね。普段、私は新幹線は勿論、飛行機でも車でもバスでも、移動中はほぼ眠れないのに、この時だけは何故か寝てしまったんです。しかも、結構な爆睡だったようで…。突然、ガバッと起き上がると、その時点で妙な違和感を覚えました。「何かが違う」みたいな感じ。で、窓外に目を向けます。何てことはない山間の景色。目印になるような物は1つもありません。なのに、脳ではハッキリと乗り過ごしたことを確信しているんです。恐る恐る時計に目をやり、時間を確認すると、ポケットから乗車券を取り出し、今度は到着時間を確認。すると、時が止まります。うっすらと、「キーン」という耳鳴りがします。はい、乗り過ごし確定! 今更ですが、私は先ず遅刻はしないんです。「遅刻だけは死んでもダメ!」と、子役の頃から植え付けられていますから。




なのに何故、こんな時に…。よりによって大作映画の、しかも初日に…。結果、大阪をも乗り過ごし、神戸からUターンして京都の撮影所に入ったのは、予定時刻を3時間半もオーバーした昼前のことでした。そして極めつきは、お待たせした相手が大御所ばかりだったこと。主演の松方弘樹さんを始め、丹波哲郎さん・金子信雄さん・加藤武さん・江原真二郎さん他でございます。これぞ、“よりによって”でしょ。ここまでの“よりによって”も、そうそうないと思います。当然の如く、覚えていた台詞は遥か彼方に飛んで行ってしまいました。台詞が飛んだ訳ですから、予定していた動きなどできる筈がありません。というか、殆ど記憶が無いんですよね。1つだけハッキリと耳に残っているのは、「お前、大丈夫か?」という監督の一言のみ。今、思い出すだけでも寒気が走ります。とはいえ、強烈な戒めといいますか、以来、新幹線で寝過ごしたことはありません。怖過ぎて寝る気にもなれません。あ、そろそろ軽井沢に着くみたい。あ~あ、少しだけでもいいから寝たかったな~。


坂上忍(さかがみ・しのぶ) 俳優・タレント。1967年、東京都生まれ。テレビ出演多数。子役養成に舞台の脚本・演出等、多方面で活躍中。


キャプチャ  2016年9月1日号掲載




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