【震災5年・復興】(02) 沿岸部、人が戻らない

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東日本大震災から5年を控えた先月下旬。岩手県の達増拓也知事は、報道各社のインタビューで災害公営住宅の整備方針を問われ、こう答えた。「現に、内陸部に避難している人の為に整備することを考えている」。津波に襲われた沿岸部の住民向けに、県が内陸部でも災害公営住宅の建設に踏み切る方針を、知事が初めて認める発言だった。背景には、ある数字がある。“18.5%”。昨年初め、沿岸部から内陸部や県外に避難した約1900世帯が回答したアンケートで、「元の市町村に戻る」とした世帯の割合だ。住民に“内陸志向”が強いことを意味していた。人が戻ってこなくなる――。沿岸市町村に共通する懸念だ。陸前高田市の戸羽太市長は、「地元に踏み留まった人が不公平と思うような対応はしないでほしい」と県に訴える。総務省が先月発表した昨年の国勢調査の速報値(10月1日現在)によると、岩手県で人口減少率が最も大きかったのが大槌町だ。2010年の前回調査比23.2%減の1万1732人。震災で関連死を含む死亡・行方不明の1285人を除いても、2259人が減った計算だ。転出先が、隣接の釜石市に次いで多かったのが盛岡市。県によると、震災前の2010年10月から昨年9月までに511人が移った。

阿部拓光さん(51)一家は、盛岡市郊外にある“みなし仮設”の戸建てに引っ越し、もうすぐ5年。住民票も既に盛岡に移した。4人の子供が通う小中学校と幼稚園が全壊や浸水被害に遭ったことが、震災から間もなくの移住を決断させた。「子供の教育を第一に考えた。盛岡に災害公営住宅ができれば申し込むかもしれない」と話す。「大槌での自宅再建も考えたんだけど…」。山崎ウメさん(85)も、大槌から盛岡に来た1人。3年近く過ごした地元の仮設住宅は手狭だったが、近所付き合いが深く、居心地は悪くなかった。仮設で知り合った人たちとは、電話や手紙でやり取りを続ける。移住は、山崎さんと夫(85)に将来、介護が必要になることを心配した次女(50)が決めた。「大槌の人たちには何十年とお世話になったけど、夫には病気もある。病院が沢山ある盛岡に移ってよかった」。今では山崎さんも納得している。内陸部の災害公営住宅が沿岸住民の受け皿となっているケースは、既に顕在化している。宮城県南三陸町は仮設住宅の建設適地が不足し、震災後、内陸側に隣接する登米市にも仮設を建設。今も642人が仮設暮らしを続けるが、同市の災害公営住宅にも59人が移り住む。後藤すゑ子さん(76)は、災害公営住宅で暮らす元・南三陸町民だ。仮設と合わせ、登米での生活は4年半。「南三陸にいた頃と変わらない」とすっかり慣れた。南三陸町は、町外の住民に渡すタブレットや広報誌で町の情報を発信し、繋ぎ留めようとしているが、人口流出に歯止めはかからない。今回の国勢調査で、南三陸の人口減少率は前回の6.5%から29.0%に拡大。一方、登米市は6.0%から2.4%に下がった。定住先を探す被災者の動きが、人口減に直面する自治体の行方を左右する。




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■移住先、“都市より隣町”も
東日本大震災は、岩手・宮城・福島3県の被災地に急激な人口減少を齎した。震災前から起きていた傾向に拍車がかかり、子供・若者・女性・働き盛りの人たちが故郷を離れている。彼らは、どこを新たな生活の地に選んだのか。そして、被災地では今、どのような歪みが生じているのだろうか。

総務省が先月発表した昨年の国勢調査の速報値(10月1日現在)によると、被災3県の沿岸部や東京電力福島第1原発周辺の計42市町村の内、2010年の前回調査より人口が減ったのは36市町村。総数は約15万6000人に上る。減少率が10%を超えたのは18市町村。宮城県で最も高かったのは女川町(37.0%)で、岩手県では大槌町(23.2%)だった。国勢調査は、実際の居住実態を基に行われる。原発事故で全域が避難指示区域となっている福島県浪江・双葉・大熊富岡4町の減少率は、“人口ゼロ”を意味する100%だった。噴火で全住民が避難した東京都三宅村でも、2000年の調査で同様の結果になったことがある。減少した人口はどこに向かったのか。住民基本台帳を基に、自治体間の人口移動を調べた政府の『地域経済分析システム』の最新データ(2014年)で検証した。活用したのは“転出超過数”のデータ。A市からB町への転入数より、B町からA市への転出数が多ければ、B町の人口流出の実態がより正確に把握できる。各市町村の転出超過の上位3位までに入った自治体を集計し、多い順に並べてみると、仙台市への転出超過が16市町で最多。10市町村の盛岡市が続いた。福島県でも、いわき市や郡山市に集中し、利便性の高い都市部や内陸に人口が流れていることが窺える。一方、近隣自治体に移るケースも目立つ。復興の遅れから地元での生活再建は断念したものの、古里から離れたくない人も多いようだ。

大槌町の自宅を失い、隣の釜石市に2014年に自宅を建てた佐藤フミさん(76)は、「釜石には娘家族がいるし、愛着がある大槌の近くに住みたかった」と話す。人の減り方は一様ではない。女川町は年少人口(0~14歳)の減少が特に激しく、住民基本台帳べースで比較すると、震災前の2011年2月末から今年1月末の間に42.7%も落ち込んだ。同町の離島である出島。震災前は保育所・小学校・中学校が1つずつあったが、津波被害や子供の減少で何れも閉園・閉校となった。自宅が流された養殖業の須田尚道さん(39)は2012年、隣の石巻市に新居を構えた。子供は長女(8)と4歳・1歳の息子の3人。「人の繋がりが太い島は好きだ。でも、子供の教育を考えると島には戻れない」と打ち明ける。震災前に約500人いた島民は半減。酒井修子さん(67)は、「子供の元気な声が島から消えてしまった」と嘆く。出生率に関わる若年女性人口(20~39歳)の減少も見過ごせない。宮城県山元町では、2011年2月末から今年1月末にかけて37.9%も減った。町内の育児サークル『なかよし会』の安住美和代表(44)は、「自分の子供と年の近い子の親や、先輩ママがいなくなってしまう」と不安を語る。働き手の流出も深刻だ。大槌町では、労働力の中心となる生産年齢人口(15~64歳)が25.2%減った。鮮魚販売会社『平庄』(釜石市)は2014年、同町に食品工場を建てたが、従業員は約30人と必要数の半分に留まる。「需要に応えるマンパワーが無い。働く世代が町から出てしまい、従業員の確保が予想以上に厳しい」。菅原盛治工場長(37)は窮状を訴えた。

■「若者来たれ」、自治体奮闘
人口減を食い止めようと、被災自治体は様々な対策を講じている。宮城県南三陸町は今年度から、入居者がいなくなった仮設住宅を再利用し、Iターンの若者向けに貸し出す“定住促進住宅”の整備に乗り出した。福島県相馬市は今年1月、独身男女の交流会を開催する等、地元での結婚サポートを開始。岩手県大槌町は2013年から、町内で新築物件を購入した被災者に200万円を補助している。宮城県石巻市は今年10月、子供の通院時にかかる医療費の無料化の対象年齢を12歳から15歳に拡大する。こうした取り組みがどこまで人口回復に繋がるかはわからない。それでも、大槌町の担当者は「1人でも多くの定住に繋げていきたい」と語る。『国立社会保障・人口問題研究所』が2013年3月に発表した将来推計人口を基に算出すると、岩手県沿岸12市町村の人口は2040年には16万人となり、昨年比で34.9%も減少。宮城県の沿岸15市町は11.3%減る。同研究所は、原発事故の影響が大きい福島県では市町村別の将来人口を推計していない。一方、同県が昨年11月に公表した県人口ビジョンの推計によると、何も対策を講じない場合、県人口は現在の191万人から2040年には147万人、2060年には107万人まで減少する。被災地の人口減少問題に詳しい岩手大学農学部の広田純一教授(農村計画学)は、「行政だけでなく、地域全体が人口減少にどれだけ危機感を持って取り組めるかが問われている」と指摘。「地元出身者やボランティアもコミュニティーの一員として、地域住民と継続的に交流したり、ターゲットを絞って積極的に移住を働きかけたりしていくことが重要だ」と話している。

■震災後にやって来た人も
①吉野和也さん(35)  東京都→岩手県大槌町
千葉県出身で、震災当時は東京都内に住んでいて、ホームページ制作会社に勤めていました。2ヵ月後にボランティアで町を訪れ、地元の女性たちに東北の伝統手芸をあしらってもらったバッグを販売する支援活動を始め、継続的に役に立ちたいと移り住みました。昨年2月には町の『復興推進隊』第1号に任命され、市街地の再生や水産業の振興に取り組んでいます。町の活性化には、“大槌ファン”を増やすことが大切。そのきっかけ作りとして、漁業体験ツアーを行う計画も進めています。美しい自然等、町には魅力的なものが沢山あります。それを発信していくのが、余所者の自分の役割です。

②根岸えまさん(24)  東京都→宮城県気仙沼市
大学卒業後の昨年4月、生まれ育った東京都から気仙沼市の半島の唐桑地区に移住しました。2011年冬、がれき撤去ボランティアで地区を訪れた時に出会った漁師の言葉がきっかけです。「この町の漁業に生かされてきた。何としても復興させないと」。涙ながらに語る姿に心を打たれました。高齢化が進む漁師町に若者を呼び込もうと、移住した女性5人で『ペンターン』を結成しました。ペニンシュラターン(半島移住)の略で、移住生活や地元の子供と交流する様子をブログで紹介する等しています。若者との懸け橋となって漁師町の復興に力を注ぎ、町の人と一緒に強く生きていきたいです。

③大野栄峰さん(32)  東京都→福島県石川町
東京でファッションモデルをしていましたが、2012年5月に古里に戻り、両親が営む農園を継ぐことにしました。原発事故がきっかけです。原発から約65km離れているのに、実家の農園にも風評被害が広がりました。農業は素人でしたが、「このままでは駄目になってしまう」と思いました。果物でジュースやジャムを作り、オリジナルのロゴを付けて販売しています。農園にお客さんを招くイベントも開催し、ここでできる作物を特別なものだと感じてもらえるようPRしています。未だ復興に向かっている途中ですが、「福島は元気なのだ」としっかり発信していきます。


≡読売新聞 2016年3月2日付掲載≡

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