【震災5年・復興】(03) にぎわい再生、ミスマッチ

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宮城県南三陸町の三浦弘子さん(63)は2012年、津波で流された2つの水産加工場を、国のグループ補助金を使って再建した。東日本大震災で亡くなった夫の仁さん(当時62)と約30年前に創業し、二人三脚で大きくしてきた。「これで終わらせてしまっては、夫に申し訳なかったから」。しかし、再開してみると、嘗ての3分の1の10人ほどしか働き手が集まらない。震災前、三陸特産のホタテを捌いた売り上げは年間十数億円あったが、今はその半分になった。今月からフィリピン人実習生6人が漸く働いてくれることになったが、「人が多ければ、もっと捌けるのに」と表情は冴えない。国は、被災地の産業復興に様々な支援制度を設けた。グループ補助金は、昨年11月までに4727億円の交付が決定、約1万事業者が再建を果たす。東北経済産業局が昨年6月、補助金を受給した約6000事業者について調べたところ、「売り上げが震災前の水準に戻った」と答えたのは、建設業で8割近くだったのに対し、水産・食品加工業は3割弱だった。

被災3県の水産加工業の有効求人倍率は3倍前後。他業種に比べ際立って高く、人手不足が要因のひとつだ。事業を再開しても働き手が他業種に流れ、確保できないミスマッチ。水産加工業は沿岸部の基幹産業だけに深刻だ。岩手県大船渡市は先月、国の補助金が受けられる『まちなか再生計画』の認定を受けた。津波で流された駅前に衣料品店や飲食店等が入る複合商業施設を造り、新しい中心市街地を生み出す事業。来年度中の開業を目指す。当初、地元の商店主らは歓迎したが、1坪当たりの賃料が最低でも月3500円との試算が出ると、流れが変わった。震災前の駅前の賃料より高くなり、中には2倍になる店も。入居を検討していた一部の商店主たちは複合施設を諦め、独自の商店街を作ろうと動き始めた。その1人、仮設商店街に店を構える伊東修さん(63)は、「賃料の問題だけでなく、複合施設に入居すると定休日が殆ど無くなり、従業員を新たに雇用する必要も出てくる。震災で店も家も失った我々に、そんな余裕は無い」と話す。同施設の入居希望者は、当初の81店から31店に減少した。賑わいを生み出そうと制度を作る国や自治体と、地元商店主らの思いは擦れ違う。複合施設に入るか、商店街に店を構えるか――。揺れる店主の1人は話す。「立派な施設や制度じゃなくていい。被災した事業者、皆が1つに纏まれる制度は作れなかったのだろうか」。




■“新しい町”、今も模索
東日本大震災の被災地では、復興後のまちの形が見え始めてきた。しかし、その姿は必ずしも当初、思い描いた通りにはなっていない。5年という歳月の中で人口減が加速し、雇用や産業のミスマッチの他に、街づくりの構想にもズレが生まれた。歪みを如何に埋めていくか。自治体の模索が続く中、宮城県山元町の現状を見た。

先月中旬。新しい街の造成が進む山元町の新坂元駅(仮称)前に、コンビニエンスストアがオープンした。付近の住民にとって、これまで野菜や日用品の購入は、週5日訪れる移動販売車が頼りだっただけに、利用者は1日1000人にも及ぶ。ただ、その多くは高齢者だ。都市機能の集約で、公共インフラの維持費を節約する――。新坂元駅周辺は、山元町のコンパクトシティー構想で新たに形成される3市街地の1つだ。コンビニの隣にはホームセンターを誘致する計画だったが、手を挙げていた1社が撤退し、暗礁に乗り上げている。地区の行政区長を務める岩佐一郎さん(77)は、「若者を集める為にも、1日も早く中核施設を決めてほしい」と話す。636人が死亡し、町の4割が浸水した山元町。同構想は、人口減を見越した“復興の先進例”として注目を集めた。しかし、震災後の人口流出の勢いは凄まじく、先月発表された2015年国勢調査の速報値(10月1日現在)の人口は、5年前の前回調査比4390人減の1万2314人。町が震災後に推計した2020年の人口を5年も前に下回り、街づくりの計画とのズレは彼方此方に顔を出す。宮城病院周辺地区の宅地整備は2年遅れ、分譲数も5分の1に。新坂元駅と新山下駅(仮称)周辺地区では、分譲対象を被災者以外に拡大する。町の手法の評価は、住民の間でも割れる。隣の角田市へ避難中の菊地忠義さん(87)・貞了さん(52)親子。忠義さんは元の沿岸部に戻り、特産のイチゴ栽培を再開したいが、町は、災害危険区域になったそこでの住宅新築を原則認めていない。「コンパクトシティーというが、古里には戻れない。何の為の復興なのか」。長男の貞了さんは「安全な場所に人や施設を集めるのは合理的だ」と肯定的だが、「山元に戻るつもりはない」という。古里の新しい姿が見えてくるまでの時間は、あまりに長かった。「若い世代へのプレゼントになる」。2010年から現職の斎藤俊夫町長は語るが、構想見直しを訴える元町長と争った2014年の町長選は、僅か約200票差の再選だった。新山下駅周辺地区の災害公営住宅で2人の子供を育てる荻原友美さん(37)は、育児の悩みを相談できる同世代が殆どいないのが悩み。「元の場所での復興を選んでいれば、ここまで人がいなくなることはなかったのでは」と思う。だが、明るい話もある。震災前は仙台市のベッドタウンだった山元町。その足となるJR常磐線の線路移設工事の完了と運行再開予定が、来年春から今年末に早まった。「新しい街が賑わうきっかけに」。町も住民も期待を繋ぐ。

20161003 02
■計画見直し、苦悩の自治体
巨大化した事業の見直しが、逆に復興の遅れを招きかねないというジレンマを抱える被災自治体。だが、中には先行例に倣って、規模を大幅に縮小して事業に着手するケースもある。岩手県大槌町は昨年10月、庁内に検証チームを設け、復興計画に盛り込まれた255事業の点検を1ヵ月半かけて行った。しかし、見直しは小規模に留まった。移転希望者が減り、縮小を考えていた高台移転等のハード事業は、殆どが継続に。国・県と事業計画や設計を再協議し、施工業者と再契約する必要があったからだ。町の担当者は、「関係機関との協議だけで、半年は工事が止まる。大槌の場合、山を掘削する工事が多く、規模を縮小しても工期や費用に大差は無く、継続したほうが早く完工する」と明かす。結局、休廃止とされたのは、震災後にできた災害FMや特産品のブランド化等28事業。平野公三町長(59)は、「『必要な事業を見極め、人と予算を集中して、復興の加速化を図るべきだ』と考えたが、一旦走り始めると止まれない現実を感じた。急激な変化は難しいが、無駄を削る取り組みは着実に進めなければ」と語る。中心市街地の街づくりをこれから始める同県陸前高田市は昨年6月、公共施設の整備数を震災前の29から15に減らす方針を打ち出した。街づくりで先行する自治体が、人口減や住民の意向変化で災害公営住宅等の建設戸数が過剰になっていること等もみて、大幅な削減に踏み切った。図書館を商業施設に併設したり、保育所に幼稚園の機能も加えたりして、サービスの質を補う考えだ。市の担当者は、「人口増を見込めず、財政負担は少しでも軽くする必要がある」と話す。

■「事業検証のラストチャンス」  神戸大学名誉教授 室崎益輝氏
東日本大震災の被災地では様々なミスマッチが生まれ、複雑に絡み合っている。政府の復興の進め方が生んだと言えるだろう。阪神大震災は、企業が集中する大阪府内の被害が限定的だったこともあり、職を失う人が少なく、住宅再建が最優先にされた。しかし、津波による被害が大きかった今回の震災では、多くの被災者が住宅は勿論、働く場までも失った。だから、住宅再建は勿論だが、産業の再生にももう少し力を入れるべきだった。仕事が無いから都市部への人口流出が進み、高台に住宅地や災害公営住宅が完成しても、商売が成り立たない。店が無いから人も戻ってこないという悪循環に陥っている。景気が良く見えるのは、建設業等の一時的な復興需要によるもので、基幹産業の漁業や水産加工は人手不足が深刻だ。使途を限定した補助制度への不満も聞こえる。制度が複雑で、対象となる事業や人も細かく設定されている為、一般市民にとっては理解するのが難しく、門前払いにされることも各地で起きた。新潟県中越地震の時のように、復興財源を基金化し、住民主導で使途を決めるやり方を広げてもいいだろう。山元町等のコンパクトシティー構想は、機能集約の実現に囚われ、地場産業の切り捨てが起きていないか。山元の沿岸部では、イチゴ農家等を中心としたコミュニティーがあった。町としては、集約化で便利な街を造れるのかもしれないが、「地元で働き続けたい」と考える町民との間に、何れ意識の属たりが生じる恐れはないか。国や自治体は、震災から5年が経とうとしている今が最後の検証の機会と捉え、無駄な事業を見直すべきだ。


≡読売新聞 2016年3月3日付掲載≡



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テーマ : 東日本大震災
ジャンル : 政治・経済

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