【異論のススメ】(19) 保守とは何か…奇っ怪、米重視で色分け

産経新聞のインタビューの中で「私はバリバリの保守だ」と言った蓮舫氏が、民進党の代表になっている。大きく分ければ、自民党は保守で民進党はリベラルというのが世間の通念であり、蓮舫氏は「自分は保守の立場も理解できる」と言いたかったのかもしれない。しかし、実は保守もリベラルも中々理解し辛い言葉なのである。我々は、今日の政治を色分けする際に、つい保守とリベラルといった対立を作り出してそれに寄りかかってしまうのだが、本当にそんな対立があるのだろうか。例えば、安倍首相は屡々「保守色の強い政治家だ」等と言われる。同じ自民党でも、先日亡くなった加藤紘一氏はリベラルだとされる。それで我々はつい、何かを理解したつもりになってしまう。しかし、今日の日本にはリベラルはおろか、保守という確かな思想が存在しているのだろうか。

抑々、“保守”とは何か? 今日の日本では“保守”が政治的権力を掌握し、これに対して“リベラル”がその対抗勢力であるかのように語られる。しかし、元々は“保守”の側が抵抗勢力であった。フランス革命が生み出した自由・平等・人権等の普遍性を唱え、それを政治的に実現すべく、市民革命によって権力を掌握した革命派がリベラル(左翼)であり、それに抵抗して、伝統的社会秩序や伝統的価値観を重視したのが保守である。イギリスの政治家であったエドマンド・バークが“保守思想の父”と呼ばれるのは、彼が、フランス革命が掲げた革命的な社会変革や人権等の抽象的理念の普遍性を批判したからである。「改革は漸進的で、その社会の歴史的構造に即したものでなければならない」と彼は述べた。何故ならば、人間は既存の権威を全面的に否定して、白紙の上に全く新しい秩序を生み出すことなどできないからである。「人間の理性的能力には限界がある。それを補うものは、歴史の中で作り上げられた慣習的秩序や伝統の尊重である」という。これが本来の保守であり、今でもイギリスに強く根を張っている。ところが、近代社会は、系譜的に言えばフランス革命の革命派の流れの上に成立した。つまり、自由・平等・民主主義・人権主義等の普遍性こそが、近代社会の基本理念になってしまった。これをリベラルと言うなら、近代社会はリベラルな価値によって組み立てられている。“保守”は謂わば、リベラルの暴走を諌める役割を与えられたのだ。ところが、話が混沌としてくるのは、アメリカが現代世界の中心に躍り出てきたからである。言うまでもなく、アメリカは王制というイギリスの政治構造や伝統的価値を否定して、革命国家を作り出した。『独立宣言』にもあるように、その建国の理念は、個人の自由や平等や幸福の追求の権利を謳っている。その結果、若しもアメリカの建国の精神という“伝統”に戻るなら、そこには個人の自由・平等・民主主義等“リベラル”な価値が見い出されることになる。仮に伝統への回帰を“保守”と言うならば、アメリカの“保守”とは、自律した個人・自由主義・民主主義・立憲主義等へ立ち戻ることである。ここに宗教的・道徳的価値を付け加えればよい。これに対して“リベラル”は、20世紀の多様な移民社会化の中で、文化的多様性と少数派の権利を実現するような1つの共同社会としてのアメリカを構想する。ここに、イギリス等とは異なったアメリカ型の“保守”と“リベラル”の対立が生まれたのである。ということは、本来のヨーロッパの“保守”からすれば、アメリカは自由・民主主義という普遍的理念の実現を目指す“進歩主義”の国と言う他ない。伝統を破棄して、革新的な実験に挑むことが“進歩”だとする意識が、アメリカには強い。こうした進歩主義を警戒するのが“保守”だと言うなら、アメリカには本来の意味での“保守”は極めて希薄なのである。




扨て、それでは日本はどうなのか。我々は、アメリカとの同盟を重視し、価値観を共有する者を“保守派”だという。安倍首相が“保守”なのは、まさしくアメリカとの同盟重視だからだ。するとどうなるか。アメリカと協調して自由や民主主義の世界化を進め、絶えざる技術革新によって社会構造を変革することが“保守”ということになる。これは全く奇怪な話であろう。構造改革にせよ、第4次産業革命にせよ、急進的改革を説くのが“保守”だというのだ。元々、既成秩序の破壊、習慣や伝統的な価値の破壊を説き、合理的な実験によって社会を進歩させるという革新主義は、“リベラル”の側から始まった筈なのである。それが“保守”へと移ってしまい、リベラルは保守に吸収されてしまった。私は、“保守”の本質は、近代社会が陥りがちな、急激な変革や合理主義への抵抗にあると思う。それは、「社会秩序を抽象的な普遍的価値に合わせて急激に変革するのではなく、我々の慣れ親しんだ生活への愛着を大事にし、育ってきた文化や国の在り方を急激には変えない」という精神的態度だと思う。そして、この“本来の保守”の姿が、今の日本では見当たらないのである。蓮舫氏のように、「バリバリの保守だ」と言っている場合ではない。今日の日本に本当に必要なのは、“本当の”保守なのだ。

               ◇

佐伯啓思(さえき・けいし) 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に『反・幸福論』(新潮新書)等。


≡朝日新聞 2016年10月7日付掲載≡



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テーマ : 保守主義
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